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再思編
第35話 古賀奪還戦(弐)
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坂田の地
坂田の村、ここでは今だに一騎打ちが繰り広げられていた。
西海が軽々と振り回す戦斧は、敵味方問わず周囲にいる者を巻き込んでしまうほどの勢いである。対するローズは、その攻撃を避け、避けきれない攻撃をマトゥンで受け流していた。
戦斧と盾がぶつかり合い、金属音と火花を散らす。
「この俺の攻撃を受け流すとは。なかなか手応えのある者だな」
"これは、油断すると真っ二つにされるわね…"
ローズは西海の攻撃を受け流しながら、弱点を考えていた。大抵、大きな体格に大きな武器を持つ者は、その攻撃の動作によって生み出された隙が大きい。しかし、西海はその隙をなるべく少なくし、反撃の隙を与えなかった。
"まるで、ジルドレみたい"
ローレアン包囲戦で、ローズは自分を追い詰めたジルドレと名乗った豪傑な軍人を思い出す。
「ふ、ふふふ」
「?」
彼女が敬愛する皇たる瑞穂や、ジルドレ以来に出会った好敵手。ローズは胸の高鳴りが抑えきれなかった。
「確かに、貴方は強いわ。とても素晴らしい」
振り下ろされた戦斧を身体を翻して避ける。そして間合いを取ると、ローズは左腕に青い光を纏わせた。
「これほど強い相手には、相応の力を見せるべきね」
ローズは左腕に纏わせていた青い光を増幅させ、身体中に纏わせる。すると、ローズの背中と頭に、青い光できた翼が現れた。
「ッ!?」
突然の変化に、西海は思わずその場に立ちすくんでしまう。彼の目の前には、まるで大神の如く神々しい姿となったローズが、宙に浮かび西海を見据えていた。
「Je suis Valkyria, j'invite un noble guerrier à Valhalla(我はヴァルキュリア、我は気高き戦士をヴァルハラへと誘う者)」
その姿に、その場にいた者は目を奪われる。しかし、リュウだけはその状況を平然と受け入れていた。
"力を使うのか"
ローズが戦乙女と呼ばれた所以、それは彼女が自身の精神に宿すヴァルキュリアの力が大きく関わっている。人が大神の力をその身に宿すように、ローズは西洋の大神たるアース神族の血縁たるヴァルキュリアの力をその身に宿している。
「ただの女剣士と思っていたが。こんな力をまだ隠していたとは…」
それを見据える西海の顔も、笑っていた。
「さぁ、来るが良い外ツ国の者よ。この双竜が片竜、西海が葬ってくれようぞ」
先に動き出したのはローズだった。ローズは空中から西海に向けて一気に距離を詰め、猛烈な勢いでウォングを叩き下ろす。
「ぐおっ、ぐぉぉぉ!」
その力は、先ほどまでとは比べものにならない程強烈で、片手で攻撃を防ごうとした西海の巨躯を支える足が、地面にめり込むほど押しつけられた。
そして、そのまま青い光でできた片翼で、西海をなぎ払う。ローズのウォングを受け止めるので精一杯だった西海は、片翼に身体を吹き飛ばされる。
「か、かはっ!?」
吹き飛ばされた西海は、その巨躯で何人もの斎国兵を押しつぶし、ようやく止まる。
「せ、西海様…」
「すまぬ、少し油断した」
西海は立ち上がると、額から流れ落ちる血を拭う。
「Lance légère(光の槍)」
すかさずローズは光の翼から無数の光の槍を撃ち出す。西海はその攻撃を戦斧を振り回して防ぐが、防ぎきれなかった光の槍が西海の身体とその周囲にいた斎国兵を貫いていく。常人の力など、戦乙女の力の前には皆無に等しかった。
「ぐっ、ぐおぉっ!」
しかし、西海はその攻撃を側に倒れていた馬を盾にすることで防いだ。おびただしい数の光の槍が馬の体を貫き、地面を地に染め上げる。
「な、なんのこれしきっ!」
「Doux(甘いわね)」
その瞬間、ローズのウォングが西海を馬ごと斬り倒した。胴体を斬られた西海の上半身が宙を舞い、切断面から鮮血が舞い散る。
早くも双竜の片方がその場から退場し、皇国軍からは歓声が上がる。
「せ、西海っ!」
「よそ見している場合か?」
「くっ!」
西海がローズに倒されたことに動揺する東海。リュウはその隙を見逃さず、振り下ろした大錐の軌道がずれたのを見計らい、そのまま攻撃を避けると同時に東海の片腕を切り落とす。
「ぐあぁ!?」
片腕を斬り落とされた東海は、その手に持つ大錐を地面に落としてしまう。
「確かに、お前たち双竜とやらは強い」
「なっ、ま、待てっ」
「しかし、片腕を斬り落とされた程度で落としてしまう得物を持つ者など」
リュウは両膝をついてしゃがみ込む東海に向けて刀を構える。
「俺たちには取るに足らん相手だ」
そして、横に滑らせた刃が東海の首を刎ねる。
「な、そ、そんな…」
「う、嘘だろ。双竜の海兄弟が…」
「さてと…」
天から地に降り立ったローズは光の翼を消し、副官から皇国旗を受け取る。
「総員突撃!」
「させるか!」
周囲にいた斎国兵がローズたちを取り囲もうとするが、その包囲の外から怒濤の勢いで中へと迫りくる軍勢によって、包囲は見事に打ち破られた。
「宝玉隊、敵の包囲網を破るぞ!」
二振りの直刀を自在に操り、敵兵を薙ぎ倒してきた宝華であった。
◇
「ほ、報告です!」
「………」
「西海様、東海様、討ち死に!南側防御陣が甚大な損害を被っており、現在被害確認中とのことです」
部下の報告を聞いた斑は、近くに置かれていた椅子を蹴り上げる。
「ひっ!?」
「いやはや、これは早速危機到来ですかな?」
その言葉に場の空気が凍りついた。
「やはり、傀儡国家の軍勢には皇国の相手など荷が重かったのではありませんか?」
斑は隣に立っていた黒装束の男を斬り付けるが、剣は見事に空を斬る。そして、黒装束の男は再び斑の隣へと現れる。
「ちっ」
「さてさて、決断は早い方がよろしいかと。貴殿らに残された選択肢は、そう多くないはずですよ?」
「まだ終わってはおらん。禍ツ神に魂を売ることなどせぬわ」
その言葉に、黒装束の男は不気味な笑みを見せる。
「では、私はその強気がどこまで保つのか、もう少しだけ楽しませてもらいましょうか」
「………」
「そんな睨んでくださるな、少し面白い仕掛けを組み込んでおきましたので、ね?」
「仕掛けだと?」
「えぇ、大したことありませんが、そうですね。この大局に動く盤上を濁すくらいなら、ね?」
利水の地
すでに平野では楽毅隊を始めとした皇国軍と、平野に防御陣を敷いた斎国軍との間で決戦が繰り広げられていた。
皇国軍にとって一刻も早くこの平野を突破し、利水を奪還、坂田の斎国軍本陣へ進攻中の別働隊を支援したいところだ。
しかし、眼前の斎国軍は強固な守備陣を敷いており、皇国軍の中でも攻撃に特化した楽毅隊が陣形を突破できずにいた。
「くそっ、こいつら固ぇ!」
「怯むな!何度も突撃すれば抜けられる!歩兵隊、遅れをとるな!」
しかし、斎国軍は皇国軍の動きを逐一捉え、その動きに合わせた陣形へと変化していく。
「まずい、楽毅隊が分断された!」
三隊の先頭を走り、敵陣の中央付近まで押し込んでいた楽毅隊は、左右から分断され敵陣中に取り残される状況となった。
後方を走る翔鶴隊と王凛隊はまだ到着していない。分断された楽毅隊は敵兵に囲まれる。足を止められた騎兵は本来の力を発揮することなどできない。
「串刺しにせよ!」
四方八方から突き出された槍によって、騎乗していた騎兵は文字通り串刺しとなる。斎国軍の陣中に孤島の様に取り残されていた楽毅隊は、一瞬のうちに斎国軍の波に飲まれていく。
「楽毅隊からの思念…が、と、途切れました」
本陣にて呪術の思念を行なっていた巫女の一人が、恐る恐る瑞穂に報告する。思念が途切れたということは、楽毅隊が全滅したということを意味する。
「瑞穂、このままでは…」
「何かがおかしい…」
「何かって、何がおかしいんだ?」
「千代、感じる?」
瑞穂はすぐ後ろにいた千代にそう問いかける。千代は、見えない何かに怯えている様な様子だった。瑞穂と千代は、敵軍から発せられる無気味な呪力の渦を感じ取っていたのだ。
「これは一体…」
瑞穂の感じ取っていた呪力は、敵陣中のある者から発せられていた。その者は、常人より二回りほどの巨躯を持ち、黒装束姿に頭巾を目深に被り、手には禍々しい闇を纏わせた斧が握られていた。
その者はまるで獣の様な唸り声を上げ、斎国兵の合間を飛ぶように縫い、突撃を敢行していた翔鶴隊へと襲いかかる。
「ウガァ!」
「な、何だこいっ!?」
「き、気をつけろ!」
黒装束は瞬時に何人もの皇国兵を切り刻んだ後、頭に攻撃を受けて頭巾が外れる。
「なっ!」
「何なんだこいつは!?」
全身は赤く、その顔は人とはかけ離れた醜悪な顔つき。
そして、その頭部には禍々しい角が2本生えていた。
「よ、妖鬼だ!」
「妖!?何で妖がこんな所に!」
「妖がいるなんて、聞いてないぞ!」
それは、名ありの妖の一種【妖鬼】。妖鬼は両軍の前線へと着地すると、敵味方諸共その斧で見境なく攻撃し始めた。
常人を超える力によって、まるで蹴鞠の様に切り離された人の胴体が空に打ち上げられる。突然の妖の出現によって、前線は混乱状態に陥ってしまった。
「翔鶴隊と王凛隊を後退させよ!」
「ま、待て瑞穂。二隊を後退させたら、敵は一気に本陣に攻めこんでくるぞ!」
「承知の上よ」
「じゃあ、どうするつもりなんだ」
日々斗の言葉を聞くよりも前に、瑞穂は千代の持っていた愛刀を手に取っていた。
「どうするって。簡単よ、こちらから攻めるわ」
瑞穂は刀を抜き、愛馬へと跨がる。
「兵2百は私についてきなさい。他はこの本陣を死守せよ。毒には毒、御剣と藤香が敵本陣を攻めている以上、あの妖をやれるのは私くらいよ」
「む、無茶だ。総大将がやられれば、軍自体が崩れるぞ!」
「さぁ、行くわよ日々斗。私を守れなかったら、近衛隊長から降格してもらうからね」
「くそっ、無茶苦茶だ!」
日々斗はすぐに、選りすぐりの二百の兵だけを集める。
「千代、私に何かあればその時は…」
「信じております。ご武運を、必ず勝利して戻ってくることをお祈りしております」
「そうね。必ず戻ってくるわ」
瑞穂と日々斗が兵を引き連れて丘を下っていくのを、千代は祈りを捧げながら見送った。
笠原の地
千羅城のある杭名の地から西へ約1里離れた笠原の地。千羅城を後方から攻めるために、将軍麒麟率いる斎国軍の背後を強襲するべく、ミィアン・龍奏・嶺の三人は、7千の軍勢を率いて古賀からここ笠原の地まで移動していた。
「ふぁ、早よ敵さんと遭遇せんかぇ」
先頭を行くミィアンは、相当な距離を移動しているにも関わらず、一向に会敵しないため思わず欠伸を漏らしてしまう。
「ほんま、瑞穂はんいけずやぁ、うちも本隊攻めしたかったなぁ。それにしても、ほんまに敵さんおるんかぁ。こんなに歩いてるのに、全然会えへんぇ」
その時、風を切る音が聞こえる。ミィアンは自分に向けて飛んできた矢を、2本の指で受け止める。
「あやや、これはちょっとまずいかも…」
次の瞬間、森の中から無数の矢がミィアンたちに撃ち放たれる。
待ち伏せであった。千羅城を攻めるはずであった斎国軍は、追撃してくるであろう皇国軍を迎え討つため、この場所でじっと息を殺して待っていたのだ。
「みんな、敵さんのお出ましやぇ。うひひ、奇襲するはずがこっちが奇襲されてしもたなぁ」
軍団は停止し、森で待ち伏せをしていた斎国兵の掃討へと向かう。しかし、ミィアンは見える敵だけを倒すと、部隊に深追いしない様に命令する。
「ミィアン様、よろしいのですか?」
「我々の力でしたら、待ち伏せの一つや二つ、排除できますが…」
「焦ったらあかん、焦って追いかけたらあっちの思う壺やぇ。おそらく、敵さんは部隊を小規模に分散させて、森の中からうちらと一緒に併走してるんよ。のこのこ森の中を追いかけてきたうちらを、囲い込んで一気に殲滅するつもりやぇ」
「では、ここからどうしましょう。杭名まであと少しですが」
「走るぇ」
「は、はい?」
「全員走るぇ!」
ミィアンは方天戟を担ぐと、街道を全速力で走り出した。予想外の行動に意表を突かれたのは、龍奏や嶺といった味方ではなく、彼女の読み通り周囲を並走していた斎国軍の兵士たちだった。
皇国軍が進軍するのは、比較的整備が施された森の中の街道。対する斎国軍は、崖や川などが入り組む足場の悪い山中。皇国軍の駆け出しに気づいて同じく走り始めるが、整備された街道と悪路の山中とでは、圧倒的に皇国軍の移動の方が圧倒的に速かった。
「攻撃されても無視やぇ。ひたすら走ってこの街道を抜けるぇ」
途中、何度か後続が攻撃に晒されるが、それすらも無視して足を止めずに走り続けた。
「はい、到着やぇ」
開けた場所に辿り着いた時、目の前には千羅城の後ろ姿と、その下に広がる城下町が見えた。
しかし、すでに城下町では火の手が上がり、斎国兵は千羅城を後方から攻め落とそうとしていたのだ。
「ふひひ、出遅れてしもたけど、中々盛り上がっとるぇ」
ミィアンは方天戟をしっかりと見つめ、異常のないことを確認する。すると、後方から慌ただしい声が聞こえる。
「背後から敵襲!」
「くっ、背中はお任せくださいミィアン様!」
「おおきに。城は攻められ、背後には敵軍。絶交の狩り場、存分に暴れさせてもらうぇ!」
その様子を、高台からほくそ笑んで眺める一人の屈強な男がいた。
「さぁ、来るがいい琉球の狂姫とやら」
男は手にした大槌を抱え、高台から地面に降り立った。
「この麒麟が相手になってやる」
坂田の村、ここでは今だに一騎打ちが繰り広げられていた。
西海が軽々と振り回す戦斧は、敵味方問わず周囲にいる者を巻き込んでしまうほどの勢いである。対するローズは、その攻撃を避け、避けきれない攻撃をマトゥンで受け流していた。
戦斧と盾がぶつかり合い、金属音と火花を散らす。
「この俺の攻撃を受け流すとは。なかなか手応えのある者だな」
"これは、油断すると真っ二つにされるわね…"
ローズは西海の攻撃を受け流しながら、弱点を考えていた。大抵、大きな体格に大きな武器を持つ者は、その攻撃の動作によって生み出された隙が大きい。しかし、西海はその隙をなるべく少なくし、反撃の隙を与えなかった。
"まるで、ジルドレみたい"
ローレアン包囲戦で、ローズは自分を追い詰めたジルドレと名乗った豪傑な軍人を思い出す。
「ふ、ふふふ」
「?」
彼女が敬愛する皇たる瑞穂や、ジルドレ以来に出会った好敵手。ローズは胸の高鳴りが抑えきれなかった。
「確かに、貴方は強いわ。とても素晴らしい」
振り下ろされた戦斧を身体を翻して避ける。そして間合いを取ると、ローズは左腕に青い光を纏わせた。
「これほど強い相手には、相応の力を見せるべきね」
ローズは左腕に纏わせていた青い光を増幅させ、身体中に纏わせる。すると、ローズの背中と頭に、青い光できた翼が現れた。
「ッ!?」
突然の変化に、西海は思わずその場に立ちすくんでしまう。彼の目の前には、まるで大神の如く神々しい姿となったローズが、宙に浮かび西海を見据えていた。
「Je suis Valkyria, j'invite un noble guerrier à Valhalla(我はヴァルキュリア、我は気高き戦士をヴァルハラへと誘う者)」
その姿に、その場にいた者は目を奪われる。しかし、リュウだけはその状況を平然と受け入れていた。
"力を使うのか"
ローズが戦乙女と呼ばれた所以、それは彼女が自身の精神に宿すヴァルキュリアの力が大きく関わっている。人が大神の力をその身に宿すように、ローズは西洋の大神たるアース神族の血縁たるヴァルキュリアの力をその身に宿している。
「ただの女剣士と思っていたが。こんな力をまだ隠していたとは…」
それを見据える西海の顔も、笑っていた。
「さぁ、来るが良い外ツ国の者よ。この双竜が片竜、西海が葬ってくれようぞ」
先に動き出したのはローズだった。ローズは空中から西海に向けて一気に距離を詰め、猛烈な勢いでウォングを叩き下ろす。
「ぐおっ、ぐぉぉぉ!」
その力は、先ほどまでとは比べものにならない程強烈で、片手で攻撃を防ごうとした西海の巨躯を支える足が、地面にめり込むほど押しつけられた。
そして、そのまま青い光でできた片翼で、西海をなぎ払う。ローズのウォングを受け止めるので精一杯だった西海は、片翼に身体を吹き飛ばされる。
「か、かはっ!?」
吹き飛ばされた西海は、その巨躯で何人もの斎国兵を押しつぶし、ようやく止まる。
「せ、西海様…」
「すまぬ、少し油断した」
西海は立ち上がると、額から流れ落ちる血を拭う。
「Lance légère(光の槍)」
すかさずローズは光の翼から無数の光の槍を撃ち出す。西海はその攻撃を戦斧を振り回して防ぐが、防ぎきれなかった光の槍が西海の身体とその周囲にいた斎国兵を貫いていく。常人の力など、戦乙女の力の前には皆無に等しかった。
「ぐっ、ぐおぉっ!」
しかし、西海はその攻撃を側に倒れていた馬を盾にすることで防いだ。おびただしい数の光の槍が馬の体を貫き、地面を地に染め上げる。
「な、なんのこれしきっ!」
「Doux(甘いわね)」
その瞬間、ローズのウォングが西海を馬ごと斬り倒した。胴体を斬られた西海の上半身が宙を舞い、切断面から鮮血が舞い散る。
早くも双竜の片方がその場から退場し、皇国軍からは歓声が上がる。
「せ、西海っ!」
「よそ見している場合か?」
「くっ!」
西海がローズに倒されたことに動揺する東海。リュウはその隙を見逃さず、振り下ろした大錐の軌道がずれたのを見計らい、そのまま攻撃を避けると同時に東海の片腕を切り落とす。
「ぐあぁ!?」
片腕を斬り落とされた東海は、その手に持つ大錐を地面に落としてしまう。
「確かに、お前たち双竜とやらは強い」
「なっ、ま、待てっ」
「しかし、片腕を斬り落とされた程度で落としてしまう得物を持つ者など」
リュウは両膝をついてしゃがみ込む東海に向けて刀を構える。
「俺たちには取るに足らん相手だ」
そして、横に滑らせた刃が東海の首を刎ねる。
「な、そ、そんな…」
「う、嘘だろ。双竜の海兄弟が…」
「さてと…」
天から地に降り立ったローズは光の翼を消し、副官から皇国旗を受け取る。
「総員突撃!」
「させるか!」
周囲にいた斎国兵がローズたちを取り囲もうとするが、その包囲の外から怒濤の勢いで中へと迫りくる軍勢によって、包囲は見事に打ち破られた。
「宝玉隊、敵の包囲網を破るぞ!」
二振りの直刀を自在に操り、敵兵を薙ぎ倒してきた宝華であった。
◇
「ほ、報告です!」
「………」
「西海様、東海様、討ち死に!南側防御陣が甚大な損害を被っており、現在被害確認中とのことです」
部下の報告を聞いた斑は、近くに置かれていた椅子を蹴り上げる。
「ひっ!?」
「いやはや、これは早速危機到来ですかな?」
その言葉に場の空気が凍りついた。
「やはり、傀儡国家の軍勢には皇国の相手など荷が重かったのではありませんか?」
斑は隣に立っていた黒装束の男を斬り付けるが、剣は見事に空を斬る。そして、黒装束の男は再び斑の隣へと現れる。
「ちっ」
「さてさて、決断は早い方がよろしいかと。貴殿らに残された選択肢は、そう多くないはずですよ?」
「まだ終わってはおらん。禍ツ神に魂を売ることなどせぬわ」
その言葉に、黒装束の男は不気味な笑みを見せる。
「では、私はその強気がどこまで保つのか、もう少しだけ楽しませてもらいましょうか」
「………」
「そんな睨んでくださるな、少し面白い仕掛けを組み込んでおきましたので、ね?」
「仕掛けだと?」
「えぇ、大したことありませんが、そうですね。この大局に動く盤上を濁すくらいなら、ね?」
利水の地
すでに平野では楽毅隊を始めとした皇国軍と、平野に防御陣を敷いた斎国軍との間で決戦が繰り広げられていた。
皇国軍にとって一刻も早くこの平野を突破し、利水を奪還、坂田の斎国軍本陣へ進攻中の別働隊を支援したいところだ。
しかし、眼前の斎国軍は強固な守備陣を敷いており、皇国軍の中でも攻撃に特化した楽毅隊が陣形を突破できずにいた。
「くそっ、こいつら固ぇ!」
「怯むな!何度も突撃すれば抜けられる!歩兵隊、遅れをとるな!」
しかし、斎国軍は皇国軍の動きを逐一捉え、その動きに合わせた陣形へと変化していく。
「まずい、楽毅隊が分断された!」
三隊の先頭を走り、敵陣の中央付近まで押し込んでいた楽毅隊は、左右から分断され敵陣中に取り残される状況となった。
後方を走る翔鶴隊と王凛隊はまだ到着していない。分断された楽毅隊は敵兵に囲まれる。足を止められた騎兵は本来の力を発揮することなどできない。
「串刺しにせよ!」
四方八方から突き出された槍によって、騎乗していた騎兵は文字通り串刺しとなる。斎国軍の陣中に孤島の様に取り残されていた楽毅隊は、一瞬のうちに斎国軍の波に飲まれていく。
「楽毅隊からの思念…が、と、途切れました」
本陣にて呪術の思念を行なっていた巫女の一人が、恐る恐る瑞穂に報告する。思念が途切れたということは、楽毅隊が全滅したということを意味する。
「瑞穂、このままでは…」
「何かがおかしい…」
「何かって、何がおかしいんだ?」
「千代、感じる?」
瑞穂はすぐ後ろにいた千代にそう問いかける。千代は、見えない何かに怯えている様な様子だった。瑞穂と千代は、敵軍から発せられる無気味な呪力の渦を感じ取っていたのだ。
「これは一体…」
瑞穂の感じ取っていた呪力は、敵陣中のある者から発せられていた。その者は、常人より二回りほどの巨躯を持ち、黒装束姿に頭巾を目深に被り、手には禍々しい闇を纏わせた斧が握られていた。
その者はまるで獣の様な唸り声を上げ、斎国兵の合間を飛ぶように縫い、突撃を敢行していた翔鶴隊へと襲いかかる。
「ウガァ!」
「な、何だこいっ!?」
「き、気をつけろ!」
黒装束は瞬時に何人もの皇国兵を切り刻んだ後、頭に攻撃を受けて頭巾が外れる。
「なっ!」
「何なんだこいつは!?」
全身は赤く、その顔は人とはかけ離れた醜悪な顔つき。
そして、その頭部には禍々しい角が2本生えていた。
「よ、妖鬼だ!」
「妖!?何で妖がこんな所に!」
「妖がいるなんて、聞いてないぞ!」
それは、名ありの妖の一種【妖鬼】。妖鬼は両軍の前線へと着地すると、敵味方諸共その斧で見境なく攻撃し始めた。
常人を超える力によって、まるで蹴鞠の様に切り離された人の胴体が空に打ち上げられる。突然の妖の出現によって、前線は混乱状態に陥ってしまった。
「翔鶴隊と王凛隊を後退させよ!」
「ま、待て瑞穂。二隊を後退させたら、敵は一気に本陣に攻めこんでくるぞ!」
「承知の上よ」
「じゃあ、どうするつもりなんだ」
日々斗の言葉を聞くよりも前に、瑞穂は千代の持っていた愛刀を手に取っていた。
「どうするって。簡単よ、こちらから攻めるわ」
瑞穂は刀を抜き、愛馬へと跨がる。
「兵2百は私についてきなさい。他はこの本陣を死守せよ。毒には毒、御剣と藤香が敵本陣を攻めている以上、あの妖をやれるのは私くらいよ」
「む、無茶だ。総大将がやられれば、軍自体が崩れるぞ!」
「さぁ、行くわよ日々斗。私を守れなかったら、近衛隊長から降格してもらうからね」
「くそっ、無茶苦茶だ!」
日々斗はすぐに、選りすぐりの二百の兵だけを集める。
「千代、私に何かあればその時は…」
「信じております。ご武運を、必ず勝利して戻ってくることをお祈りしております」
「そうね。必ず戻ってくるわ」
瑞穂と日々斗が兵を引き連れて丘を下っていくのを、千代は祈りを捧げながら見送った。
笠原の地
千羅城のある杭名の地から西へ約1里離れた笠原の地。千羅城を後方から攻めるために、将軍麒麟率いる斎国軍の背後を強襲するべく、ミィアン・龍奏・嶺の三人は、7千の軍勢を率いて古賀からここ笠原の地まで移動していた。
「ふぁ、早よ敵さんと遭遇せんかぇ」
先頭を行くミィアンは、相当な距離を移動しているにも関わらず、一向に会敵しないため思わず欠伸を漏らしてしまう。
「ほんま、瑞穂はんいけずやぁ、うちも本隊攻めしたかったなぁ。それにしても、ほんまに敵さんおるんかぁ。こんなに歩いてるのに、全然会えへんぇ」
その時、風を切る音が聞こえる。ミィアンは自分に向けて飛んできた矢を、2本の指で受け止める。
「あやや、これはちょっとまずいかも…」
次の瞬間、森の中から無数の矢がミィアンたちに撃ち放たれる。
待ち伏せであった。千羅城を攻めるはずであった斎国軍は、追撃してくるであろう皇国軍を迎え討つため、この場所でじっと息を殺して待っていたのだ。
「みんな、敵さんのお出ましやぇ。うひひ、奇襲するはずがこっちが奇襲されてしもたなぁ」
軍団は停止し、森で待ち伏せをしていた斎国兵の掃討へと向かう。しかし、ミィアンは見える敵だけを倒すと、部隊に深追いしない様に命令する。
「ミィアン様、よろしいのですか?」
「我々の力でしたら、待ち伏せの一つや二つ、排除できますが…」
「焦ったらあかん、焦って追いかけたらあっちの思う壺やぇ。おそらく、敵さんは部隊を小規模に分散させて、森の中からうちらと一緒に併走してるんよ。のこのこ森の中を追いかけてきたうちらを、囲い込んで一気に殲滅するつもりやぇ」
「では、ここからどうしましょう。杭名まであと少しですが」
「走るぇ」
「は、はい?」
「全員走るぇ!」
ミィアンは方天戟を担ぐと、街道を全速力で走り出した。予想外の行動に意表を突かれたのは、龍奏や嶺といった味方ではなく、彼女の読み通り周囲を並走していた斎国軍の兵士たちだった。
皇国軍が進軍するのは、比較的整備が施された森の中の街道。対する斎国軍は、崖や川などが入り組む足場の悪い山中。皇国軍の駆け出しに気づいて同じく走り始めるが、整備された街道と悪路の山中とでは、圧倒的に皇国軍の移動の方が圧倒的に速かった。
「攻撃されても無視やぇ。ひたすら走ってこの街道を抜けるぇ」
途中、何度か後続が攻撃に晒されるが、それすらも無視して足を止めずに走り続けた。
「はい、到着やぇ」
開けた場所に辿り着いた時、目の前には千羅城の後ろ姿と、その下に広がる城下町が見えた。
しかし、すでに城下町では火の手が上がり、斎国兵は千羅城を後方から攻め落とそうとしていたのだ。
「ふひひ、出遅れてしもたけど、中々盛り上がっとるぇ」
ミィアンは方天戟をしっかりと見つめ、異常のないことを確認する。すると、後方から慌ただしい声が聞こえる。
「背後から敵襲!」
「くっ、背中はお任せくださいミィアン様!」
「おおきに。城は攻められ、背後には敵軍。絶交の狩り場、存分に暴れさせてもらうぇ!」
その様子を、高台からほくそ笑んで眺める一人の屈強な男がいた。
「さぁ、来るがいい琉球の狂姫とやら」
男は手にした大槌を抱え、高台から地面に降り立った。
「この麒麟が相手になってやる」
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