花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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再思編

第34話 古賀奪還戦(壱)

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 古賀の地には、大小10の村がある。

 斎国が古賀の地に攻め入った際、わずか半日で守備隊が壊滅。その主な要因は、守備隊に敵将湖琴をはじめとする強力な武将と渡り合える実力者がいなかったためである。

 守備隊が壊滅し、斎国軍の侵攻を受けた古賀の10の村は瞬く間に蹂躙され、斎兵(斎国軍兵士)によって略奪、虐殺、強姦が行われていた。

 その斎国軍侵攻部隊を指揮するのは、斎国軍将軍の麒麟。そして、古賀の地から進軍中の第6軍に対しての夜襲を指揮した、火傷女こと将軍の湖琴。

 そして、侵攻部隊の総指揮官として全軍の指揮を任された将軍斑。

 斎国の五将軍のうち三将軍を侵攻部隊に組み込んだことから、斎国王の烈丕の力の入れようが見てとれる。人口15万の斎国のうち、兵士は約3万。このうち、本国の守備を任された1万を除く2万の軍勢が、国境を越えて古賀の地へと攻め入っていた。

「夜襲は失敗しよったか」

 腕を組み、古賀の村の一つである坂田の村に本陣を置く斎国軍総司令の斑。白い口髭を蓄え、銀色の甲冑を身につけた老将である。

「湖琴が下手を取るとは考えにくい。余程、戦慣れした敵だったのであろう。その部隊を指揮する者は判明したか?」
「申し訳ございません。潜入している草が根こそぎ刈られておるゆえ、有力な情報は未だ入っておりませぬ」

 しかし、斑は全く表情を変えない。

「左様か。では援軍の正体を掴む事を最優先とせよ。麒麟と湖琴に伝令。麒麟はこのまま千羅城へ向かい、湖琴は現在地から撤退後、南の利水の村で敵軍を迎え撃たせよ」

 部下に指示を出した斑は、口元に不適な笑みを浮かべる。

"皇国の猿共め、これが斎国を見くびったツケだ"





 夜襲を凌いだ俺たち第6軍は、別部隊として移動していた各部隊と共に、千賀と呼ばれる地で合流を果たした。

 古賀の南に位置するこの地は、実は先の迦ノ国との戦によって可憐姉さんが恩賞で得た土地であり、要塞や砦が建つなど、北の脅威に対する備えが充実化されていた。

 そして、合流を果たした俺たちは、急遽次の動きについての軍議が開いていた。

「古賀まであと少し。夜襲を仕掛けてきたと言うことは、敵はすでに古賀を攻め落としそこに橋頭堡を築いていると見るべき。であれば、こちらは侵攻部隊から古賀を守る戦いではなく、占領された敵地を攻め落とさなければならない」
「攻め戦なら上等やぇ。ウチに先陣きらしてぇな」

 相変わらず戦狂いのミィアンが目を輝かせながらそう言う。しかし、瑞穂は慎重だった。

「まぁ、待ってミィアン。今から作戦を説明するわ。敵はまだ、第6軍の正確な規模を把握しきれていないでしょう。そこで、あえてここで軍を3個部隊に分けるわ」
「また分けるのか?」
「えぇ、こちらの兵力が向こう側に割れていないのであれば、この状況を有効活用するまでよ。まずは、リュウ、ローズ、宝華。3人は8千の兵を率いて主攻として北上、一直線に古賀の地を攻めてほしい」
「分かったわ」
「承知した」
「ミィアン、龍奏、嶺の3人は別働隊として7千を編成。古賀ではなく北東の千羅城を目指してほしい」
「あらら、ウチらが主攻やないんかぁ」
「我慢してミィアン。敵はおそらく、千羅城攻略を主眼としているわ。そうなれば、必然的に部隊を千羅城の背後に向かわせているはずよ。ミィアンたちはそいつらを後ろから攻撃してもらう」

 背後からの奇襲、ミィアンがそれを理解したのか満足した笑みを浮かべる。

「命令、しかと承りました」
「ふふ、分かったぇ」

 すると、天幕に伝令が駆け込んでくる。

「軍議中に失礼します。報告よろしいでしょうか?」
「許可するわ」
「千賀兵より報告、北東千羅城に向かう敵兵多数ありとのこと」

 状況は瑞穂の読み通りであった。斎国軍が千羅城攻略を行うのであれば、敵は必ず撤退するために古賀の地に守りを敷いている。瑞穂は古賀の地を奪還することで、皇国領内に侵入してきた斎国軍に蓋をしてしまおうと考えているのだ。

「敵は戦力を二分している。それはこちらも同じ。ミィアン、龍奏、嶺、くれぐれも油断しない様に」
「分かったぇ」
「私と御剣、藤香は、5千でリュウ・ローズ・宝華隊とは別働隊として北上。敵の横っ腹を食い破る」

 こうして第6軍は戦力を大きく3つに分け、1つを千羅城を攻める敵部隊の攻撃に、残りを古賀の地奪還へと向かわせた。


 ◇
 

 坂田 小高い丘


「こうして2人揃って戦場に立つのって、随分と久しいわね」
「そうだな。ローレアン包囲戦以来じゃないか?」
「あの…ろうれあん攻略戦とは、何のことですか?」

 2人の会話にそばにいた宝華が質問する。今年で24になる宝華にとって、西洋とは未知の国の話であるため、その詳細について興味津々であった。

「俺たちがまだ西洋にいた頃、ブリタニア王国とガリア王国との間で百年戦争ってのがあってな。俺たちはガリアのローレアンという城壁都市で包囲戦に参加していたんだ」
「ひゃ、百年も戦があったのですか!?」
「ローレアン包囲戦は、その後の戦の形勢を一気に覆す様な戦いだった」
「そう言えば、ガリアのジャンヌとジルドレだっけ、あいつら強かったわね」

 ローズは敵側だったガリアの女騎士ジャンヌと、その従者のジルドレの事を思い出す。

「ローレアンでブリタニア王国に傭兵として参加していた俺は、そこでブリタニア国教会聖堂騎士団の団長だったローズと出会ったんだ」
「その…聖堂騎士団とかあまりよく分かりませんが、運命的な出会いだったのですね」
「あの時のリュウったら、本当にかっこよかったのよ」

 行軍中、宝華はしばらくローズの惚気話を聞く羽目になった。

「さてと、見えてきたな…」

 3人は小高い丘から、坂田村を見下ろす。斎国軍は坂田村の本陣を中心に、東西南北四方向に方陣を敷く。

 対する皇国軍は、斎国軍方陣の南側を攻めるべく、ローズを先頭に鋒矢の陣を敷く。宝華は二人の本隊に奇襲が及ばないよう、後方の別働隊として機能する。

「そろそろ始めましょうか」

 ローズは手綱を引き、自らが跨る馬を部隊が一望できる場所へと移動させる。

「ここに集う全ての者に告ぐ!昨日兵士となった新兵も、100人敵を葬った練兵も、何十年と兵士を続けている老兵も、ここでは皆同じ志である!」

 その言葉に、兵士たちは大きな歓声をあげる。

「ここに集いし者が同じ志を持って集まっている。我らが家族、我らが故郷、我らが恋人。愛する者を守るために戦う者は、誰もが一騎当千の鋭兵となる!」

 ローズは皇国の旗章がはためく旗槍を掲げ、部隊の先頭に立ち鎧兜を被る。

「全員、私に続け。敵を蹂躙する!」

 ローズ、そしてリュウを先頭に、皇国軍は斎国軍に向けて突撃を開始する。ローズが率いる槍騎兵隊が先頭を走り、眼前の斎国兵に向けて一直線に突き進む。

「来るぞ、構えよ!」
「弓隊、放て!」

 無数の矢がローズたちに向けて撃ち放たれる。

「ローズ殿、リュウ殿、矢が!」

 宝華は敵陣から放たれる矢を見てそう叫ぶが、すでに気付いているはずの2人は突撃をやめようとしない。寧ろ、その速度は弧を描いて降り注ぐ矢よりも早く、敵陣の先頭へと辿り着くほどであった。

 そして。

「Percée(突破)」

 両者が激突し、血肉が弾け飛ぶ。盾兵と槍兵による堅牢な防御陣に対してローズとリュウ、そして槍騎兵隊はその圧倒的な突破力を発揮する。

「ほぅ、中々の手練れがおるようだな。西海、東海」
「将軍、ここに」
「参上致しました」

 本陣から前線の様子を見ていた斑は、斎国において五将軍に匹敵する力を持つ双子の戦士、双竜の西海、東海を呼ぶ。

 二人は常人の二回りほど大きな巨躯で、青い鎧を着た西海は戦斧を、東海は大錐を手に斑将軍のもとへと参上した。

「手練れがおる。主らで消してこい」
「「御意」」

 破竹の勢いで突撃していたローズたちであったが、ふとリュウが前方に違和感を感じる。

「ローズ、新手だ」

 斎国兵の列を割って2人の前に現れたのは、まるで大男という言葉が相応しいほどの巨躯の持ち主であった。その場には、誰が意図したわけでもなく大きな空間が作られ、周囲にいた者たちは手を止め見入っていた。

「どっちをやる、東海」
「俺はあの男だ。そこの旗持ちは譲る」
「リュウ、どっちを相手にする?」
「大錐持ちをやる。斧持ちは任せた」

 偶然にも、互いに決めた相手が同じであった。巨躯と騎士、巨躯と武人は互いに相手を見据える。

「旗を持って離れていなさい」
「はっ、ご武運を」

 副官に旗を預けたローズは、ウォングとマトゥンを手にする。

「見慣れぬなりをしているな。貴様、西洋の者か?」
「そうね」
「俺は西海、斎国双竜の名を持つ海兄弟の兄、西海だ」
「皇国軍3千人将、元ブリタニア王国聖堂騎士団団長ローズマリー・ラヴィーニ」
「いざ、勝負」

 西海は人丈ほどある戦斧を軽々と振り回す。土煙が舞い、柄を叩きつけた地面にひびが入る。

「貴様が俺の相手か、精々楽しませてくれよ」

 東海はリュウを挑発する。しかし、リュウはそんな東海に全く反応を示さず、刀を構える。

「残念ながら、俺はお前を満足させられない」
「あ?」
「お前は楽しむ間もなく、後悔だけ残し俺に倒されるからだ」
「ほざきやがって。この大錐で叩き潰してくれるわ」

 両軍兵士が固唾を呑んで見守る中、一騎打ちが始まる。


 ◇


 利水 平野


「どうして、私だけ死なせてくれなかったんだ、蓮兄…」

 煉獄の炎に焼かれる中、必死に自分を守った兄のことを思い出す。

 湖琴は斎国で行商人の両親のもとに6人兄弟の末子として生まれた。小さい頃から両親と共に国中を渡り歩いていた彼女は、6つの時に偶然立ち寄った斎国南の都市水郭で、北征してきた緋ノ国軍による焼き討ちを受けた。

 誰もが抗うことのできない炎に焼かれる中、湖琴は家族全員の最期を見る羽目になった。最後まで生き残った彼女の兄、6人兄弟の長男である蓮に背負われた湖琴は、命からがら都市の外へと逃げ出すことができた。

 しかし、それまでに大火傷を負っていた蓮は、湖琴を都市の外へと連れ出したのを最後に息を引き取った。

"生きろ湖琴"

 6つの湖琴に、目の前で大切な人が次々と死んでいく現実は受け入れることができず、恐怖と憎悪の感情が爆発し、白くなった髪を染料で紅蓮の赤に染め、自分たちを地獄に陥れた緋ノ国に復讐するためだけに生きてきた。

 緋ノ国は滅亡し、皇国と呼ばれる新しい国家に移り変ろうが、彼女の決意には変わりはない。

 湖琴は自らの額に刻まれた傷に触れる。油断していたとはいえ、もう少し軌道が手前だったら、と考えてしまう。

「一人残さず、焼き尽くしてやる…」

 復讐に囚われた湖琴は、眼前に布陣する皇国軍を睨みつけた。


 ◇


「向こうも準備万端ね」

 本陣から利水の村に布陣する斎国軍を見た瑞穂はそう呟く。千賀の地を出発した翌日、利水の村に敵軍が集結しつつあるという情報を得た瑞穂は、この村の攻略に動き出した。

 利水の村を占領している斎国軍は、村を守備拠点とはせずにその周囲にある平原に布陣している。村を守備拠点としない理由は、利水の村の背後は険しい崖となっており、守備に徹する場合は退路を絶たれてしまうからである。

 そこで、斎国軍は横陣を敷き、平野で一方向からの攻撃を迎え討とうとしていた。

 対して瑞穂は、攻撃に特化した楽毅がくき隊を頂天に、翔鶴しょうかく隊、王凛おうりん隊の三隊を三角形に布陣させ、右翼に藤香率いる藤花ふじはな隊、左翼に御剣率いる剣翔けんしょう隊を布陣させ、両翼から敵を挟み込む作戦を取った。

 いわば、三方向からの同時作戦である。

 瑞穂は鉄扇の先を敵軍へと向ける。すると、太鼓の音と共に本陣の丘に旗が掲げられる。赤青黄紫色の旗の色が意味するのは、組み合わせによって様々である。これは大陸の宋帝国で使われている伝達方法である。

 例えば攻撃を意味する赤と、前進を意味する青が掲げられれば突撃。赤と後退を意味する黄が掲げられれば、後退しつつ攻撃となる。他の組み合わせであれば青と黄は進軍を停止。補足色である紫を掲げられれば、その色との組み合わせに応じた陣形を取ることが求められる。

 伝令よりも戦場に立つ将兵にすぐさま命令が伝わるという反面、戦域が広がればある方向からの視認性が極端に低下する。また、敵に旗の色が露呈すれば、その裏をかいた戦術をとられる危険性も孕んでいた。

 そこで瑞穂は、旗による伝達方法をあくまでも戦場全体の動きのみに限定し、従来のとおり生身の人間による伝令を多用し、新しく導入した呪術使いによる思念伝達を行なっている。思念伝達を行うのは、呪術に才のある千代以下十数名の巫女たちである。

 巫女たちは常に瑞穂のそばに控え、各部隊の将たちに命令を直接思念で送り飛ばしていた。

「楽毅隊が攻撃を開始した。現時点はこちらが押しているな」

 瑞穂の隣に立つ日々斗が、戦況を逐一報告する。

 斎国軍は突撃した三隊に対し、陣を斜めにして攻撃をいなす斜陣をとって迎え討った。

「攻撃がいなされている」
「中央軍の楽毅隊を指揮する楽位は、確かに宝玉隊の宝華や龍角隊の龍奏にも劣らない実力の持ち主だ。しかし、その傾向は少し攻撃ばかりに傾きすぎている」
「だからこそ、先陣をきらしたの」

 瑞穂は攻撃をいなされながらも、斜陣の中に食い込む楽毅隊の姿を見る。

「突破したのか!?」
「………」

 その時、瑞穂は斜陣の左方にある部隊がいる事に気づく。ここからはその姿ははっきりと見えないものの、その先頭を走る者だけははっきりと分かっていた。

 それは、敵を挟撃するために左翼に配置していた御剣率いる剣翔隊であった。

「日々斗、あれって左翼に布陣させていた御剣よね?」
「ん?え、ええっ、いつの間にあんな場所まで!?」
「あそこにいたら、挟撃は成功しないわね」
「作戦が根っこから崩壊するぞ。何をしているんだあいつは…ん」

 日々斗は、反対側の右翼に視線を移す。そこでも、右翼に配置していた藤香率いる藤花隊が剣翔隊と歩調を合わせて移動していたのだ。

 その両隊の進路の先を合わせると、そこには。

「本陣か!」

 日々斗は両隊が戦場を大きく迂回して、斎国軍の本陣へと接近している事に気づく。

「二人とも、一直線に本陣へと向かっている。しかし、なぜ…」

 両隊は中央を挟んで離れており、当初は本陣からの伝達に従って布陣していた。同時に歩調を合わせて本陣に攻め入ることは、常に意思疎通ができていなければ不可能である。

「日々斗、私は二人に事前にあることを伝えていたの」
「あること?」
「私は前線から離れた位置で指揮を取る。しかし、それでは前線の状況の変化に対応が追いつかない。だから二人には、戦場の状況の変化を感じ取った時は、独自に動くように指示しておいたの」
「だからといって、あれほど離れていた二隊が同時に動けるものなのか」
「それが恐ろしいことなの。二人は戦場で同じ変化を感じ取り、同じ行動を取っているわ。それはつまり、確実にここから状況が変化するという事よ」

 瑞穂が御剣を始め、葦原の親友たちに対しては絶大な信頼を寄せている。だからこそ、戦場で自由に動くことのできる権限を与えているのだ。

「中央三隊に伝令、三隊は現状を維持することを優先し奮闘せよ」

"頼むわよ、御剣、藤香…"

 瑞穂は二人の行動次第で、この戦が大きく動き出すことを予期していた。
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