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詠嘆編
第96話 天叢雲剣
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落ノ都
私たちは楼門を抜けて、落ノ都へと足を踏み入れる。廃都というだけあって人気はなく、水面を歩く時の水を打つ音のみが響く。
しばらく歩くと大きな建物が見えてきた。それは広大な宮城で、それを中心にして多くの建物が建ち並んでいた。
「瑞穂」
藤香の指さす先を見ると、一際門が見えた。恐らく、斎ノ宮へ入るための門だろう。
「あの先に木葉咲耶姫がいるのですね」
「そうでしょうね。急がないと」
千代と藤香が先へ進む。私は少しだけその場に立ったまま動かないでいた。
「どうしたの?瑞穂?」
「少し考え事をしていて」
「体調は大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫よ。ありがとう」
私はは千代たちの後を追って歩き出した。
門の前で3人揃って深呼吸をする。意を決して、扉に手をかけた時だった。
「お姉ちゃんたち、何してるの?」
後ろから声がして振り向くと、そこにはまだ年端のいかない黒髪の少年と白髪の少女が立っていた。
この不思議な空間にいる子どもだ。おそらく普通の人ではないことは予想できる。
「あなたたちは?」
「僕はクロ!」
「私はシロ」
「お姉ちゃん、カミコお姉ちゃんの匂いがする」
「カミコ?貴方たち、カミコのことを知っているの?」
カミコのことを聞いた二人は笑顔で頷く。私はこの二人を、何処かで見た記憶がある。おそらく、私が受け継いだカミコの記憶だろう。
細かい記憶までは思い出せないが、この二人は、カミコにとってとても大事な存在だったみたいだ。
「「うん!」」
「お姉ちゃんたち、もしかして御剣お兄ちゃんの友達?」
「え、えぇ。そうよ。そのお兄さんがどこに行ったか知っているかしら?」
「そっか!御剣お兄ちゃんは穴の中にいるよ!サクヤ様が案内してくれると思う」
「着いてきて!」
クロとシロに手を引かれ、私たちは斎ノ宮の敷地内を歩いていく。そして、広い中庭へと辿り着いた。
「サクヤ…」
「この力は、もしかして、大御神様…」
木陰に座る彼女は立ち上がり、私の元へと駆け寄ってきた。その表情は、寂しさから解放された一人の女性のその顔だった。
その時、私たちのいる斎ノ宮の地面が大きく揺らいだ。
◇
五芒院
「神術、水鏡」
巨大な大水晶の柱が瑛春の背後に浮かび上がり、先端を鋭く尖らせる。御剣はその槍のような柱に向けて天叢雲剣を突き刺す。
すると、刺し込んだ箇所から大水晶は黒く変色し始め、ボロボロと崩れ落ちていく。
"相殺できた!"
天叢雲剣の呪力に反応して、大水晶の柱が崩壊する。その様子を見ていた瑛春は、すかさず別の術式を唱える。
「神術、陽炎」
御剣の周りに黒い靄が立ち込める。それは視界を奪うだけでなく、その靄に触れると体が痺れるような感覚に襲われる。
御剣は咄嗟に天叢雲剣を地面に突き刺す。その瞬間、靄の中で無数の白い光が線を描くように瞬く。それは草薙剣の呪力が周囲の大水晶の柱を崩壊させた際に出る光だった。
「神術、神雷」
「ッ!?」
天叢雲剣に意識を向けていた御剣の周囲に、黒い靄から飛び出した白い光が迫る。その速度は尋常ではなく、気がついた時には既に躱せない状況だった。
"しまった!?"
神の鉄槌とも言える雷撃が直撃する瞬間、御剣は天叢雲剣を地面に突き刺す。すると、突き刺した箇所から眩い光が放たれ、その光は雷撃を受け止めると、そのまま呑み込むようにして消滅させる。
「な、なに!?」
"なんだ、今のは?"
自ら放った神雷が防がれたことに驚く瑛春だったが、御剣が天叢雲剣を地面から引き抜いた時には既に次の術式を唱えていた。
しかし、御剣もただ受け身ばかりに回るわけにはいかなかった。不思議と手に馴染む天叢雲剣に呪力を込める。
御剣の体から紫色の呪力が放出される。そして、彼の周りに稲妻が纏わり、やがてその筋は数を増やしていく。周囲に現れた稲妻から放たれる熱と衝撃を肌で感じながら、御剣は意識を集中させる。
「魂斬、紫電一刀」
御剣から発せられる稲妻の熱量に圧倒され、瑛春は神滅刀を振り下ろす。すると、稲妻の中から無数の雷流が姿を現し、次々に射出される。
迫り来る雷流を、瑛春は神滅刀で薙ぎ払おうとする。
「っ!?」
雷流は切り払われることなく、そのまま瑛春の体を打ち付ける。神滅刀で防ぎきれず、瑛春の体は後方に吹き飛ばされる。
御剣は地面を蹴り上げて、追撃を試みる。
しかし、一歩踏み込んだところで異変に気がつく。
"なんだ…何かがくる"
「やるねぇ、神器御剣。何があったか知らないが、こちらも本気を出さないといけないみたいだ」
瑛春は宙に指で術式を描く。
「神術、朧月」
御剣の視界が黒い靄によって遮られる。そして次に視界が開けた時には、既に目の前に瑛春の姿はなかった。
「ど、どこに⁉︎」
「後ろだよ」
「っ!?」
慌てて振り返ろうとするが、それよりも先に瑛春は御剣の体を斬りつける。
"この靄のせいで、視界が……"
靄によって視界を奪われたことで、御剣は周囲を警戒する。しかし、呪力を感じることができずに次の攻撃に備えることができない。
「神術、月読」
瑛春は神滅刀で斬りつける。その一撃は御剣の右肩を切り裂く。斬られた傷口からは血が流れるが、御剣は全く痛みを感じていなかった。
「ぐっ!?」
さらに斬りつけられても、やはり痛みは感じられない。
「っ!?」
再度、御剣は斬りつけられた箇所を触る。そこには赤い血が付着しているだけで、痛みはなかった。
"これは一体?"
瑛春が術式を唱えると、神滅刀から白い光の筋が伸びていき、辺り一帯を覆う黒い靄の中に入る。
「っ!?」
御剣は激痛に襲われ、その場で膝をつく。
"な、なんだ!?"
地面に膝をつき、蹲る御剣の体を瑛春が斬りつける。傷は付くことはないが、それでも体は痛みを訴えていた。
"まさか……これは"
「気づいたかい?君の体を斬りつけた箇所には、私の術式の効果が発動している。この朧月は視界を奪うだけでなく、肉体に傷をつけることはできないが、痛みだけを与える効果があるのさ」
御剣は再び靄の中へと入っていく瑛春に向かって、天叢雲剣を振り下ろす。しかし、その刃が届くことはなく空振りに終わる
「っ!?」
「無駄だよ、その靄の中は私の領域。いかに神刀といえども、私に触れることはできない」
御剣の背後から瑛春の声がする。振り返ると同時に天叢雲剣を振り下ろす。しかし、そこには既に瑛春の姿はない。今度は逆から声がする。
「そろそろ諦めたらどうだ?」
「抜かせ」
御剣は天叢雲剣を地面に突き刺し、術式を唱える。すると、地面から青白い光の筋が放たれる。そしてそれは、周囲一帯を覆う黒い靄を霧散させる。
"これが……こいつの呪力"
その様子を見て瑛春は驚きつつも、すぐに同じ神術を発動させる。
「だか、無駄だよ御剣。君の呪力ではこの朧月の効力は打ち消せない」
「やってみないと分からないだろう」
天叢雲剣を地面から引き抜き、周囲を見回す。しかし、瑛春の姿はどこにもない。
御剣は目を閉じる。目で追えないのなら、他の手段で動きを捉えればいい。
「さっさと僕の理想の引き立て役として、倒れてくれないか」
頭の中で響く幻聴に答えながら、意識を集中する。そして、ゆっくりと目を開く。
"そこか!"
天叢雲剣を薙ぎ払うと、その先には神滅刀を振りかぶる瑛春の姿があった。
「魂斬、一閃」
御剣は握っていた天叢雲剣を横に斬る。刀身は瑛春の胴を捉え、互いに交差する。
「がはっ!?」
神滅刀を振りかぶっていた瑛春は、その衝撃に耐えられずに地面に倒れ込む。 そして、倒れる間際の瑛春は魂斬の一閃によって魂が斬られる。
「く、くくく、くはははは‼︎」
「ッ⁉︎」
倒れる瑛春は狂ったかのように笑う。すると、彼の体は徐々に黒く染まり、体中から水晶が突き出す。
「御剣、君は本当に面白い。面白い、面白いゾォォォオオ‼︎」
瑛春の体から突き出た水晶は砕けると同時に、再び新しいものが生まれる。その様はまるで生物の成長を見ているかのようだった。
地面、否、空間が大きく揺らぎ始める。
「この、力……まさか!?」
「神術、祟乃神威大転変」
「ッ!?」
瞬間、御剣の体が吹き飛ばされる。そして気がつけば再び黒い靄に包まれていた。
"しまった!?"
御剣は立ち上がろうとするも、体に力が入らないことに気がつく。それどころか、体を動かすことすらできなかった。
「全てを喰らってやる!この世の全てを!」
"ダメだ、このままでは"
薄れゆく意識の中で、瑛春の声が響く。しかし、御剣にはそれに反応するだけの体力は残っていなかった。
「神術、清浄」
突然、御剣を覆っていた黒い靄が晴れる。目の前に四人の男女が立っていた。
「随分と舐めた真似してくれたな。テメェ」
「アマツ、やれるか」
「もちろんだ。トキ」
「二人とも、私とミトが援護します」
「やってやるにゃ!」
白髪の男と黒髪の男が、刀と長巻を手に瑛春の元へと飛び出す。その動きは人のそれを軽く凌駕しており、再び迫り来る黒い靄を斬り裂きながら瑛春の元へと殺到する。
「神術、明鏡」
黒髪の女が、無数の光の筋が輝く円陣を出現させる。そしてそこから放たれた光が黒い靄を掻き消していく。
「「神術、蒼雷」」
白髪の男と黒髪の男が、術式を唱える。二人の体からは青白い光が放たれ、それが体を覆うと更にその輝きを増す。そして次の瞬間には、凄まじい呪力が放たれる。
光の筋が重なり合うようにして現れた斬撃は、瑛春に襲いかかる。しかし、その攻撃は神滅刀に受け止められる。
「ッ⁉︎」
「何ッ⁉︎」
瑛春が握る神滅刀から伝わる衝撃は凄まじく、白髪の男と黒髪の男は思わず歯を食いしばる。しかし、それでも二人は決して手を離そうとはしなかった。
「その太刀筋、その神術、よく覚えているぞ。貴様ら、大御神の側付き共か」
立ち上がった瑛春は両方からの攻撃をいなしていく、その間に、女の一人が御剣の元へと駆け寄る。
「立てますか?」
「え、えぇ。あなた方は」
「説明は後で。今言えるのは、私たちは皆、貴方の味方です」
「味方?」
御剣は女の言葉に、自分の置かれている状況を思い出す。そして、彼らの姿をよく見て、神器として内に眠っていた記憶を呼び覚ます。
「なぜ……あなた方がここに」
「今は説明している暇はありません」
女は御剣の体に触れると、術式を唱える。すると、御剣の体が白く光り輝き、その光が消えた頃には、全身の傷は癒えていた。
「私はこれで」
女は立ち上がり、白髪の男と黒髪の男の元へと戻っていく。そして二人と共に再び瑛春へと向かって行く。
「やっぱり、シノの神術はすごいにゃ」
猫の様な耳と尾を持った少女が、御剣の元へと駆け寄ってくる。
「傷は治ったはずにゃ。うちらがどこまで戦えるか分からないにゃ。今は回復を待って、最後は主が決めるにゃ」
そう言って、猫耳の少女は御剣に手を差し伸べる。
「君は?」
「うちはミト。まぁ、見ての通り元猫又にゃ」
御剣は差し出された手を掴み、立ち上がる。そして、白髪の男と黒髪の男を見つめる。
「うちらはカミコ様の側についていた大神にゃ。封印の要だったレイセンが消えたから、またこうして出てきたにゃ」
「そうか、あなた方が…」
御剣は白髪の男の方に目を向ける。そして、その顔をはっきりと見ることはできなかったが、記憶の中にあったその顔と重なった。
白髪の武人。彼は武の大神、土岐乃兼定。
土岐乃兼定の妻であり、武と守護の大神、志乃流冥姫。
北の鉱物の大神、天津彦根尊。
そして、元猫又の大神、御津乃猫神。
かつて、カミコの側付きとして禍ツ大和大戦に身を投じ、タタリの封印を担っていた大神たちであった。
◇
斎ノ宮に着き、サクヤとの再会を果たしたと同時に、落ノ都全体が大きく揺れた。
「な、なに⁉︎」
「こ、この揺れは一体…」
「おそらく、御剣様たちの戦いの衝撃でしょう。まさか、ここまで響くとは…」
「サクヤ」
「は、はい!」
「時がないから手短に。私達は御剣と彼が追う瑛春という男を探しているの。此処とは別の場所なの?」
「左様にございます。こちらへ」
サクヤは瑞穂たちを同じく最深部へと続く大穴へと案内する。
「御剣様はこの穴の先、夢幻の狭間の最深部へと向かわれました」
「かなり深いわね。どうすれば…」
「私の呪術で、なんとか致します」
千代が祝詞を詠唱すると、瑞穂たちの体がゆっくりと浮かび上がる。
「急ぎましょう」
「お、お待ちを」
サクヤは瑞穂の元へと駆け寄ると、その手を優しく握る。
「本当は、あなたともっとゆっくり話したかった」
「私もでございます」
「行ってくるわ」
「はい。どうかご無事で」
瑞穂たちはサクヤたちに見送られ、最深部へと続く大穴へと降りていく。
私たちは楼門を抜けて、落ノ都へと足を踏み入れる。廃都というだけあって人気はなく、水面を歩く時の水を打つ音のみが響く。
しばらく歩くと大きな建物が見えてきた。それは広大な宮城で、それを中心にして多くの建物が建ち並んでいた。
「瑞穂」
藤香の指さす先を見ると、一際門が見えた。恐らく、斎ノ宮へ入るための門だろう。
「あの先に木葉咲耶姫がいるのですね」
「そうでしょうね。急がないと」
千代と藤香が先へ進む。私は少しだけその場に立ったまま動かないでいた。
「どうしたの?瑞穂?」
「少し考え事をしていて」
「体調は大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫よ。ありがとう」
私はは千代たちの後を追って歩き出した。
門の前で3人揃って深呼吸をする。意を決して、扉に手をかけた時だった。
「お姉ちゃんたち、何してるの?」
後ろから声がして振り向くと、そこにはまだ年端のいかない黒髪の少年と白髪の少女が立っていた。
この不思議な空間にいる子どもだ。おそらく普通の人ではないことは予想できる。
「あなたたちは?」
「僕はクロ!」
「私はシロ」
「お姉ちゃん、カミコお姉ちゃんの匂いがする」
「カミコ?貴方たち、カミコのことを知っているの?」
カミコのことを聞いた二人は笑顔で頷く。私はこの二人を、何処かで見た記憶がある。おそらく、私が受け継いだカミコの記憶だろう。
細かい記憶までは思い出せないが、この二人は、カミコにとってとても大事な存在だったみたいだ。
「「うん!」」
「お姉ちゃんたち、もしかして御剣お兄ちゃんの友達?」
「え、えぇ。そうよ。そのお兄さんがどこに行ったか知っているかしら?」
「そっか!御剣お兄ちゃんは穴の中にいるよ!サクヤ様が案内してくれると思う」
「着いてきて!」
クロとシロに手を引かれ、私たちは斎ノ宮の敷地内を歩いていく。そして、広い中庭へと辿り着いた。
「サクヤ…」
「この力は、もしかして、大御神様…」
木陰に座る彼女は立ち上がり、私の元へと駆け寄ってきた。その表情は、寂しさから解放された一人の女性のその顔だった。
その時、私たちのいる斎ノ宮の地面が大きく揺らいだ。
◇
五芒院
「神術、水鏡」
巨大な大水晶の柱が瑛春の背後に浮かび上がり、先端を鋭く尖らせる。御剣はその槍のような柱に向けて天叢雲剣を突き刺す。
すると、刺し込んだ箇所から大水晶は黒く変色し始め、ボロボロと崩れ落ちていく。
"相殺できた!"
天叢雲剣の呪力に反応して、大水晶の柱が崩壊する。その様子を見ていた瑛春は、すかさず別の術式を唱える。
「神術、陽炎」
御剣の周りに黒い靄が立ち込める。それは視界を奪うだけでなく、その靄に触れると体が痺れるような感覚に襲われる。
御剣は咄嗟に天叢雲剣を地面に突き刺す。その瞬間、靄の中で無数の白い光が線を描くように瞬く。それは草薙剣の呪力が周囲の大水晶の柱を崩壊させた際に出る光だった。
「神術、神雷」
「ッ!?」
天叢雲剣に意識を向けていた御剣の周囲に、黒い靄から飛び出した白い光が迫る。その速度は尋常ではなく、気がついた時には既に躱せない状況だった。
"しまった!?"
神の鉄槌とも言える雷撃が直撃する瞬間、御剣は天叢雲剣を地面に突き刺す。すると、突き刺した箇所から眩い光が放たれ、その光は雷撃を受け止めると、そのまま呑み込むようにして消滅させる。
「な、なに!?」
"なんだ、今のは?"
自ら放った神雷が防がれたことに驚く瑛春だったが、御剣が天叢雲剣を地面から引き抜いた時には既に次の術式を唱えていた。
しかし、御剣もただ受け身ばかりに回るわけにはいかなかった。不思議と手に馴染む天叢雲剣に呪力を込める。
御剣の体から紫色の呪力が放出される。そして、彼の周りに稲妻が纏わり、やがてその筋は数を増やしていく。周囲に現れた稲妻から放たれる熱と衝撃を肌で感じながら、御剣は意識を集中させる。
「魂斬、紫電一刀」
御剣から発せられる稲妻の熱量に圧倒され、瑛春は神滅刀を振り下ろす。すると、稲妻の中から無数の雷流が姿を現し、次々に射出される。
迫り来る雷流を、瑛春は神滅刀で薙ぎ払おうとする。
「っ!?」
雷流は切り払われることなく、そのまま瑛春の体を打ち付ける。神滅刀で防ぎきれず、瑛春の体は後方に吹き飛ばされる。
御剣は地面を蹴り上げて、追撃を試みる。
しかし、一歩踏み込んだところで異変に気がつく。
"なんだ…何かがくる"
「やるねぇ、神器御剣。何があったか知らないが、こちらも本気を出さないといけないみたいだ」
瑛春は宙に指で術式を描く。
「神術、朧月」
御剣の視界が黒い靄によって遮られる。そして次に視界が開けた時には、既に目の前に瑛春の姿はなかった。
「ど、どこに⁉︎」
「後ろだよ」
「っ!?」
慌てて振り返ろうとするが、それよりも先に瑛春は御剣の体を斬りつける。
"この靄のせいで、視界が……"
靄によって視界を奪われたことで、御剣は周囲を警戒する。しかし、呪力を感じることができずに次の攻撃に備えることができない。
「神術、月読」
瑛春は神滅刀で斬りつける。その一撃は御剣の右肩を切り裂く。斬られた傷口からは血が流れるが、御剣は全く痛みを感じていなかった。
「ぐっ!?」
さらに斬りつけられても、やはり痛みは感じられない。
「っ!?」
再度、御剣は斬りつけられた箇所を触る。そこには赤い血が付着しているだけで、痛みはなかった。
"これは一体?"
瑛春が術式を唱えると、神滅刀から白い光の筋が伸びていき、辺り一帯を覆う黒い靄の中に入る。
「っ!?」
御剣は激痛に襲われ、その場で膝をつく。
"な、なんだ!?"
地面に膝をつき、蹲る御剣の体を瑛春が斬りつける。傷は付くことはないが、それでも体は痛みを訴えていた。
"まさか……これは"
「気づいたかい?君の体を斬りつけた箇所には、私の術式の効果が発動している。この朧月は視界を奪うだけでなく、肉体に傷をつけることはできないが、痛みだけを与える効果があるのさ」
御剣は再び靄の中へと入っていく瑛春に向かって、天叢雲剣を振り下ろす。しかし、その刃が届くことはなく空振りに終わる
「っ!?」
「無駄だよ、その靄の中は私の領域。いかに神刀といえども、私に触れることはできない」
御剣の背後から瑛春の声がする。振り返ると同時に天叢雲剣を振り下ろす。しかし、そこには既に瑛春の姿はない。今度は逆から声がする。
「そろそろ諦めたらどうだ?」
「抜かせ」
御剣は天叢雲剣を地面に突き刺し、術式を唱える。すると、地面から青白い光の筋が放たれる。そしてそれは、周囲一帯を覆う黒い靄を霧散させる。
"これが……こいつの呪力"
その様子を見て瑛春は驚きつつも、すぐに同じ神術を発動させる。
「だか、無駄だよ御剣。君の呪力ではこの朧月の効力は打ち消せない」
「やってみないと分からないだろう」
天叢雲剣を地面から引き抜き、周囲を見回す。しかし、瑛春の姿はどこにもない。
御剣は目を閉じる。目で追えないのなら、他の手段で動きを捉えればいい。
「さっさと僕の理想の引き立て役として、倒れてくれないか」
頭の中で響く幻聴に答えながら、意識を集中する。そして、ゆっくりと目を開く。
"そこか!"
天叢雲剣を薙ぎ払うと、その先には神滅刀を振りかぶる瑛春の姿があった。
「魂斬、一閃」
御剣は握っていた天叢雲剣を横に斬る。刀身は瑛春の胴を捉え、互いに交差する。
「がはっ!?」
神滅刀を振りかぶっていた瑛春は、その衝撃に耐えられずに地面に倒れ込む。 そして、倒れる間際の瑛春は魂斬の一閃によって魂が斬られる。
「く、くくく、くはははは‼︎」
「ッ⁉︎」
倒れる瑛春は狂ったかのように笑う。すると、彼の体は徐々に黒く染まり、体中から水晶が突き出す。
「御剣、君は本当に面白い。面白い、面白いゾォォォオオ‼︎」
瑛春の体から突き出た水晶は砕けると同時に、再び新しいものが生まれる。その様はまるで生物の成長を見ているかのようだった。
地面、否、空間が大きく揺らぎ始める。
「この、力……まさか!?」
「神術、祟乃神威大転変」
「ッ!?」
瞬間、御剣の体が吹き飛ばされる。そして気がつけば再び黒い靄に包まれていた。
"しまった!?"
御剣は立ち上がろうとするも、体に力が入らないことに気がつく。それどころか、体を動かすことすらできなかった。
「全てを喰らってやる!この世の全てを!」
"ダメだ、このままでは"
薄れゆく意識の中で、瑛春の声が響く。しかし、御剣にはそれに反応するだけの体力は残っていなかった。
「神術、清浄」
突然、御剣を覆っていた黒い靄が晴れる。目の前に四人の男女が立っていた。
「随分と舐めた真似してくれたな。テメェ」
「アマツ、やれるか」
「もちろんだ。トキ」
「二人とも、私とミトが援護します」
「やってやるにゃ!」
白髪の男と黒髪の男が、刀と長巻を手に瑛春の元へと飛び出す。その動きは人のそれを軽く凌駕しており、再び迫り来る黒い靄を斬り裂きながら瑛春の元へと殺到する。
「神術、明鏡」
黒髪の女が、無数の光の筋が輝く円陣を出現させる。そしてそこから放たれた光が黒い靄を掻き消していく。
「「神術、蒼雷」」
白髪の男と黒髪の男が、術式を唱える。二人の体からは青白い光が放たれ、それが体を覆うと更にその輝きを増す。そして次の瞬間には、凄まじい呪力が放たれる。
光の筋が重なり合うようにして現れた斬撃は、瑛春に襲いかかる。しかし、その攻撃は神滅刀に受け止められる。
「ッ⁉︎」
「何ッ⁉︎」
瑛春が握る神滅刀から伝わる衝撃は凄まじく、白髪の男と黒髪の男は思わず歯を食いしばる。しかし、それでも二人は決して手を離そうとはしなかった。
「その太刀筋、その神術、よく覚えているぞ。貴様ら、大御神の側付き共か」
立ち上がった瑛春は両方からの攻撃をいなしていく、その間に、女の一人が御剣の元へと駆け寄る。
「立てますか?」
「え、えぇ。あなた方は」
「説明は後で。今言えるのは、私たちは皆、貴方の味方です」
「味方?」
御剣は女の言葉に、自分の置かれている状況を思い出す。そして、彼らの姿をよく見て、神器として内に眠っていた記憶を呼び覚ます。
「なぜ……あなた方がここに」
「今は説明している暇はありません」
女は御剣の体に触れると、術式を唱える。すると、御剣の体が白く光り輝き、その光が消えた頃には、全身の傷は癒えていた。
「私はこれで」
女は立ち上がり、白髪の男と黒髪の男の元へと戻っていく。そして二人と共に再び瑛春へと向かって行く。
「やっぱり、シノの神術はすごいにゃ」
猫の様な耳と尾を持った少女が、御剣の元へと駆け寄ってくる。
「傷は治ったはずにゃ。うちらがどこまで戦えるか分からないにゃ。今は回復を待って、最後は主が決めるにゃ」
そう言って、猫耳の少女は御剣に手を差し伸べる。
「君は?」
「うちはミト。まぁ、見ての通り元猫又にゃ」
御剣は差し出された手を掴み、立ち上がる。そして、白髪の男と黒髪の男を見つめる。
「うちらはカミコ様の側についていた大神にゃ。封印の要だったレイセンが消えたから、またこうして出てきたにゃ」
「そうか、あなた方が…」
御剣は白髪の男の方に目を向ける。そして、その顔をはっきりと見ることはできなかったが、記憶の中にあったその顔と重なった。
白髪の武人。彼は武の大神、土岐乃兼定。
土岐乃兼定の妻であり、武と守護の大神、志乃流冥姫。
北の鉱物の大神、天津彦根尊。
そして、元猫又の大神、御津乃猫神。
かつて、カミコの側付きとして禍ツ大和大戦に身を投じ、タタリの封印を担っていた大神たちであった。
◇
斎ノ宮に着き、サクヤとの再会を果たしたと同時に、落ノ都全体が大きく揺れた。
「な、なに⁉︎」
「こ、この揺れは一体…」
「おそらく、御剣様たちの戦いの衝撃でしょう。まさか、ここまで響くとは…」
「サクヤ」
「は、はい!」
「時がないから手短に。私達は御剣と彼が追う瑛春という男を探しているの。此処とは別の場所なの?」
「左様にございます。こちらへ」
サクヤは瑞穂たちを同じく最深部へと続く大穴へと案内する。
「御剣様はこの穴の先、夢幻の狭間の最深部へと向かわれました」
「かなり深いわね。どうすれば…」
「私の呪術で、なんとか致します」
千代が祝詞を詠唱すると、瑞穂たちの体がゆっくりと浮かび上がる。
「急ぎましょう」
「お、お待ちを」
サクヤは瑞穂の元へと駆け寄ると、その手を優しく握る。
「本当は、あなたともっとゆっくり話したかった」
「私もでございます」
「行ってくるわ」
「はい。どうかご無事で」
瑞穂たちはサクヤたちに見送られ、最深部へと続く大穴へと降りていく。
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焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
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