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詠嘆編
第98話 皇都決戦
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突然、目の前の景色が歪む。そして徐々にそれは拡大していく。空間が、徐々に崩れていく。
「嘘、でしょう…」
「瑞穂様、ここは皇都です!」
「なんで、俺たち夢幻の狭間にいたはずじゃ…」
崩れ去った空間は、瞬く間に皇都の景色へと変わる。瑛春は、暴走する神力の力だけで、私たちのいるこの場所を、異界である夢幻の狭間から現世の皇都へと転移させたらしい。
私は目を疑った。先程まで夢幻の狭間にいたはずの私たちが、一瞬にしてこの皇都に戻ってきたのだから。
だが、今はそんなことはどうでもいい。そんなことよりも問題なのは、目の前にいるこの怪物だ。
それはまるで漆黒の靄が纏った巨大な化け物。
そして、その正体はタタリ、それも神力が暴走し、業魔化した瑛春だということを私は一瞬で理解した。
私たちがいるのは、皇都の頭上。まるで地面が丸ごと抉れるかの様に、不可思議な力で浮かび上がり、島の様になっている。
「千代、ユーリに思念を送って。すぐに皇都全域に退避勧告を出すように」
「は、はい!」
夢幻の狭間であれば、なんの気兼ねなく戦うことができた。しかし、ここでは10万の皇都臣民が巻き込まれる。関係のない民たちを巻き込むことだけは避けなければならない。
「ユーリ様、千代です………」
千代が思念をユーリに向けて飛ばす。すぐに行動に移してくれたようだ。程なくして皇都中に緊急事態を知らせる鐘が鳴り響くと、住民たちは宙に浮かぶ舞台に目を向けながらも、慌ただしく動き始めた。
◇
「早く始末しないと、まずいね」
「あぁ、行けるか藤香」
「準備万端、いつでも」
「なら、行くぞ」
御剣は手に持っていた天叢雲剣を視線の前で横に構える。
そして、自らの呪力を込める。
「呪力を全て開放してやる」
その言葉と共に、天叢雲剣は眩い光を放ち始める。それはまさに神々しい輝きだった。そして大きく振りかぶると、そのまま業魔化した瑛春に向けて振り下ろす。
「はぁぁああ!!」
振り下ろされた天叢雲剣は、一瞬にして業魔化した瑛春を真っ二つに斬り裂いた。しかし、それでもなおその体は再生を始めていく。
「まだか……」
「神器御剣!」
シノが手にしていた鈴を前に出して叫ぶと、天叢雲剣はまばゆい光を放つ。
シノの神器である『神威鈴』は、御剣の手にする天叢雲剣の呪力を集束させて安定化させる。そして、さらにそれは新たな力を生み出す。
"大神様がここまで…"
「藤香、合わせろ!」
「分かった!」
御剣を追うように、藤香も宙に浮かび上がる。そしてそのまま彼に追いつくと、彼の背中に手を当てる。その瞬間に二人の呪力は混ざり合い、一つとなる。
「「ニ身一刀流、対‼︎」」
そして、二人は同時に言葉を発する。
「「一閃‼︎」」
その一言と共に、御剣の呪力は一瞬にして膨張し、膨れ上がった呪力は斬撃となって瑛春に向かって放たれる。それはまさしく神速の一撃だった。
そして、その一撃は瑛春の体を両断した。
「やった!」
思わず千代が声を上げる。しかし、瑞穂の表情に喜びの色はない。
なぜなら……。
「まだ、生きている」
そう、確かに御剣と藤香の一撃は瑛春に直撃し、その体を両断した。しかし、それでもなお、瑛春は動き続けているのだ。
「不死身……か?」
その瞬間だった。業魔化した瑛春の体から黒い靄が溢れ出し、両断した体同士を接着させる。
「黒い靄は、あの時のタタリと同じだな」
「どうする、御剣」
「どれだけ斬っても、再生する。おまけにこの刀で斬ったとしても、奴の魂までは届かない。凍らせるかどうかして、再生を阻害しなければ…」
「俺にいい案があるぞ」
「あなたは…」
いつの間にか、御剣の隣にトキが立っていた。その横にはアマツもいる。瑛春は体を再生させており、すぐには動きそうにない。
「俺たちで奴を足止めする。お前は隙を見て、その刀で最大限の力を使ってとどめを刺せ」
「だが、しかし。どうやって」
「俺たちの力なら、完全に奴を倒せないが深手くらいなら負わせられる」
「御剣と言ったな。お前は俺たちを信じていればいい」
「…承知。御二方に任せます」
「よし、行くぞ。アマツ」
「応よ」
二人は同時に飛び上がると、業魔化した瑛春に向かって行く。そしてアマツが術式を発動させた。
「神術、岩龍!」
地面から巨大な岩の龍が現れる。岩の龍は瑛春の周囲の地を抉りながら囲み込む。
「神術、封術」
アマツが指で術式を描くと、瑛春を囲む様に動いていた岩龍は、一気に中心へ集まり瑛春を包み込む。その勢いは凄まじく、衝撃で砕けた岩が弾け飛ぶ。
そして、岩で動きを封じられた瑛春に、トキが長巻を振りかぶる。
「神術、天羽々斬!」
その瞬間に放たれた斬撃は瑛春を斬り裂く。それも一度のみにとどまらず何度も何度も羽衣の様に薄くなるまで切り裂く。
しかし、それでもなお、瑛春は黒い靄を出して再生する。
「シノ!」
「神術、神炎!」
シノが手をかざしてそう叫ぶと、業魔化した瑛春を包み込むように巨大な炎の渦が現れる。それはまるで全てを燃やし尽くすかの様に、業魔化した瑛春にまとわりつく。
「やったか?」
「まだだ!」
火の手から逃れようとする黒い靄、そこに吹き飛ばされそうになるほど強い風が吹く。
「風符、旋風陣!」
千代が放った呪術は風の渦を起こし、瑛春に纏わりついていた炎を更に広範囲へと拡散させる。
炎が止むと、そこには辛うじて再生した業魔化した瑛春がいた。しかし、その再生力は明らかに弱まっているように見える。まるで何かに耐えているかの様に。
「拘束するわ!神術、氷牢!」
シノがそう言うと、空中に巨大な氷塊が現れる。そして、その氷塊はみるみるうちに大きくなっていく。
「神術、大冷界!」
シノがそう叫ぶと、地面が凍り始めていく。するとすぐに業魔化した瑛春は完全に拘束されてしまう。
「今です!御剣!」
「承知した!」
そして、御剣は天叢雲剣を大きく振りかぶると、そのまま業魔化した瑛春に向けて振り下ろす。
その瞬間に先ほどよりも更に大きな光を放つ斬撃が放たれる。その斬撃は地面をも削り取りながら進んで行く。そしてその一撃は、瑛春の心の臓に向けて一直線に振り下ろされる。
「これで終わりだ!」
御剣がそう叫ぶと、天叢雲剣から放たれた光は大きな閃光となり、瑛春の心の臓を貫通する。そしてその瞬間に斬撃は大爆発を起こし、その爆風によって吹き飛ばされた業魔化した瑛春の体は粉々に砕け散る。
「はぁ、はぁ」
大きく息を吐く御剣。他の大神たちも一息つこうと武器を下ろす。
しかし、安堵したのも束の間。
「待って、まだ靄が残っている!」
瑞穂の声で、御剣はある事を失念していたことに気がつく。それは、爆発四散した瑛春の黒い靄のことだった。
「まずい!靄だ!」
「なにっ⁉︎」
「靄がまだ残っている!」
爆発四散した靄は地面に落ちると、まるで川を流れる水面の如く、地面の水に沿って地上に降り注ぐ。
「まずいぞ!あれはタタリの呪力だ!下界の人間が取り込めば、妖となる!」
御剣はすぐさま、瑛春の靄に斬りかかろうとするが、彼が進む先の地面に靄が溜まっていた。
「なにっ⁉︎」
靄の上を通った御剣は、突然靄から飛び出してきた腕に鷲掴みにされる。
「ぐぁ!!」
御剣はそのまま地面に叩きつけられる。そしてすぐに靄を振り払うと、体勢を立て直す。しかし、彼が立ち上がった瞬間だった。
「御剣!」
「まずい、靄が広がっている…」
藤香やトキたち大神の足元にも靄が広がる。その場にいた全員が、そこから飛び出してくる腕を避けるだけで精一杯になり、御剣を助けに行くことができない。
「ぐぁ、くそ……抜けられない」
御剣が苦痛の声を上げる。腕は彼の足を掴み、そのまま地面へと引きずり込もうとする。
「くっ!」
それでもなんとか振り払おうと試みるが、腕の力は凄まじく、御剣の力ではびくともしなかった。
「にゃぁぁあ‼︎」
ミトが御剣を掴んでいた腕を爪で切り裂く。そのおかげで何とか脱出できた御剣であったが、飛散した靄はまた中心に集まり、黒い怪物の姿へと変貌する。
「消エヨ」
瑛春は額に赤い眼を浮かび上がらせる。その眼は輝きを増すと同時に、強力な神力が集まる。
「御剣!」
「ッ⁉︎」
赤い眼から放たれた光線が御剣へと迫る。しかし、御剣の前に突如としてミトたち大神四柱が現れる。
「あとは頼むぞ、大御神様の神器よ」
トキが御剣に告げる。四柱たちは自らの神力を合わせ、瑛春が放つ呪火砲を相殺させた。
◇
検非違使の八尋は、頭上に浮かぶ島に気を取られつつも、必死に皇都民達を皇都外へと誘導していた。
「落ち着いて、慌てずに!」
"御剣さん…"
色々と噂を聞いていた八尋は、自分の知らないところで戦う師の無事を案じていた。
「八尋、東門は滞留しているそうだ。ここから南門へと振り分けてくれ」
「はい!」
「澪っ!何処にいるの⁉︎」
八尋は誘導の最中、通りの端で子どもの名前を叫ぶ母親を見つける。慌てて駆け寄り事情を聞く。
「どうしたのですか!」
「け、検非違使さん!うちの子が、澪と逸れてしまって」
「娘さん、最後は何処で逸れたんですか⁉︎」
「六角町の高津通東智慧です!」
「ここから少ししか離れていない…分かりました。娘さんを探して来ます。お待ちください」
「おっ、おいっ、何処に行く八尋!」
「先輩、ここは任せました!」
「おい!」
"今いるのは高津、東智慧は柳熊田の6つ西だったはず!"
避難民の列を避けながら、何とか逆方向である西へと向かう八尋。しかし、かなりの数の避難民の列と逆行するため、前に中々進めずにいた。
"致し方ない!"
八尋は列の荷車を飛び台に、家屋の尾根へと飛び移る。そして、屋根伝いに西へ西へと走っていく。
「澪ちゃん!澪ちゃん!」
大声で子供の名前を呼ぶが、混乱する避難民達の声でかき消されてしまう。八尋は神経を全集中させて、目で子どもを探す。
やがて、避難民がいなくなった東智慧の一つ手前である相町通に来たところで、家屋の隅に座り込んで啜り泣く少女を見つける。
「いた!」
「お、かあ、さん…」
八尋が少女の元へと近づこうとした時だった。逃げ遅れた数人の皇都民が、西からこちら側に向けて走ってくるのが見える。
「は、早く逃げんと!」
荷物の多さから、おそらく荷造りに時間をかけ過ぎていたのだろう。その時、八尋はその者たちの頭上から黒い靄が降ってくるのが見えた。
「何だ、あれは…」
黒い靄は逃げ遅れた皇都民に降りかかる。皇都民たちは悶え苦しみ始める。
「急がなくては!」
ただ事ではないと察した八尋は、慌てて少女の元へと飛び降りる。
「澪ちゃんだね!」
「う、うん…」
「お母さんが待っている!お兄さんと一緒に行こう!」
「わ、分かった」
八尋が少女を抱き抱えようとした時だった。先ほど黒い靄を被った者たちが、異形の姿と化して八尋の元へと迫っていたのだ。
「グギギギッ!」
「くそ!何だこいつ!」
飛びついてきた青白い怪物を斬り伏せる。しかし、一体のみならず複数を相手にできる余裕がないと悟った八尋は、少女を抱き抱えて東へ向けて走り出す。
「はっ!はっ!はっ!」
「お兄さん…」
「大丈夫だからね!お兄さんが絶対守ってあげるから!」
すでに避難民は大方避難が完了していたため、誰もいなくなった通りを疾走する。その時、ふと頭上を見上げた八尋は、少女の頭上に靄が降りかかりそうになっていたことに気付く。
「くっ!」
"避けられない!"
抱き抱えてきた少女を胸の内に隠し、自ら靄を被る。
「あがっ!がぁ!」
「お兄さん⁉︎」
「が、がはっ、負けるか、負けてたまるか!」
武人として、都の治安を守る一人の検非違使として、精神を強く持っていた八尋は、ついに少女の母親が待つ通りへと辿り着く。
「澪っ‼︎」
「お母さん!」
娘の到着を待っていた母親の元に、少女を送り出す。しかし、八尋のすでに精神は限界にきており、目は赤く充血していた。
「八尋!」
「下がって!もう、間に合いません!」
先輩検非違使たちが八尋に駆け寄ろうとするが、八尋はそれを静止する。そして、自らの腰に差していた短刀を引き抜くと、喉に剣先を立てる。
「お前!何しようとしてる!」
「先輩!黒い靄を被ったら妖になります!良いですか!すぐに報告を!」
「分かった!だが、馬鹿な真似はやめろ!何とかなるはずだ!」
「い、いえ、もゔ、まに…」
八尋の背中が開き、青白い触手が現れる。しかし、最後の最後まで八尋は短刀を手放さなかった。
"せめて、人として最後を迎える…"
「皇国に栄光あれ!」
"御剣さん、後を頼みましたよ…必ずや、皇国に勝利を…"
八尋は自らの喉元に短刀を突き刺した。
◇
「千代」
「は、はい!」
満足に体を動かせない瑞穂は、離れた場所で御剣たちの戦いを見守っていた。
「あなたに頼みがあるの、残っているみんなに私の声を送ってほしい」
「分かりました!」
「嘘、でしょう…」
「瑞穂様、ここは皇都です!」
「なんで、俺たち夢幻の狭間にいたはずじゃ…」
崩れ去った空間は、瞬く間に皇都の景色へと変わる。瑛春は、暴走する神力の力だけで、私たちのいるこの場所を、異界である夢幻の狭間から現世の皇都へと転移させたらしい。
私は目を疑った。先程まで夢幻の狭間にいたはずの私たちが、一瞬にしてこの皇都に戻ってきたのだから。
だが、今はそんなことはどうでもいい。そんなことよりも問題なのは、目の前にいるこの怪物だ。
それはまるで漆黒の靄が纏った巨大な化け物。
そして、その正体はタタリ、それも神力が暴走し、業魔化した瑛春だということを私は一瞬で理解した。
私たちがいるのは、皇都の頭上。まるで地面が丸ごと抉れるかの様に、不可思議な力で浮かび上がり、島の様になっている。
「千代、ユーリに思念を送って。すぐに皇都全域に退避勧告を出すように」
「は、はい!」
夢幻の狭間であれば、なんの気兼ねなく戦うことができた。しかし、ここでは10万の皇都臣民が巻き込まれる。関係のない民たちを巻き込むことだけは避けなければならない。
「ユーリ様、千代です………」
千代が思念をユーリに向けて飛ばす。すぐに行動に移してくれたようだ。程なくして皇都中に緊急事態を知らせる鐘が鳴り響くと、住民たちは宙に浮かぶ舞台に目を向けながらも、慌ただしく動き始めた。
◇
「早く始末しないと、まずいね」
「あぁ、行けるか藤香」
「準備万端、いつでも」
「なら、行くぞ」
御剣は手に持っていた天叢雲剣を視線の前で横に構える。
そして、自らの呪力を込める。
「呪力を全て開放してやる」
その言葉と共に、天叢雲剣は眩い光を放ち始める。それはまさに神々しい輝きだった。そして大きく振りかぶると、そのまま業魔化した瑛春に向けて振り下ろす。
「はぁぁああ!!」
振り下ろされた天叢雲剣は、一瞬にして業魔化した瑛春を真っ二つに斬り裂いた。しかし、それでもなおその体は再生を始めていく。
「まだか……」
「神器御剣!」
シノが手にしていた鈴を前に出して叫ぶと、天叢雲剣はまばゆい光を放つ。
シノの神器である『神威鈴』は、御剣の手にする天叢雲剣の呪力を集束させて安定化させる。そして、さらにそれは新たな力を生み出す。
"大神様がここまで…"
「藤香、合わせろ!」
「分かった!」
御剣を追うように、藤香も宙に浮かび上がる。そしてそのまま彼に追いつくと、彼の背中に手を当てる。その瞬間に二人の呪力は混ざり合い、一つとなる。
「「ニ身一刀流、対‼︎」」
そして、二人は同時に言葉を発する。
「「一閃‼︎」」
その一言と共に、御剣の呪力は一瞬にして膨張し、膨れ上がった呪力は斬撃となって瑛春に向かって放たれる。それはまさしく神速の一撃だった。
そして、その一撃は瑛春の体を両断した。
「やった!」
思わず千代が声を上げる。しかし、瑞穂の表情に喜びの色はない。
なぜなら……。
「まだ、生きている」
そう、確かに御剣と藤香の一撃は瑛春に直撃し、その体を両断した。しかし、それでもなお、瑛春は動き続けているのだ。
「不死身……か?」
その瞬間だった。業魔化した瑛春の体から黒い靄が溢れ出し、両断した体同士を接着させる。
「黒い靄は、あの時のタタリと同じだな」
「どうする、御剣」
「どれだけ斬っても、再生する。おまけにこの刀で斬ったとしても、奴の魂までは届かない。凍らせるかどうかして、再生を阻害しなければ…」
「俺にいい案があるぞ」
「あなたは…」
いつの間にか、御剣の隣にトキが立っていた。その横にはアマツもいる。瑛春は体を再生させており、すぐには動きそうにない。
「俺たちで奴を足止めする。お前は隙を見て、その刀で最大限の力を使ってとどめを刺せ」
「だが、しかし。どうやって」
「俺たちの力なら、完全に奴を倒せないが深手くらいなら負わせられる」
「御剣と言ったな。お前は俺たちを信じていればいい」
「…承知。御二方に任せます」
「よし、行くぞ。アマツ」
「応よ」
二人は同時に飛び上がると、業魔化した瑛春に向かって行く。そしてアマツが術式を発動させた。
「神術、岩龍!」
地面から巨大な岩の龍が現れる。岩の龍は瑛春の周囲の地を抉りながら囲み込む。
「神術、封術」
アマツが指で術式を描くと、瑛春を囲む様に動いていた岩龍は、一気に中心へ集まり瑛春を包み込む。その勢いは凄まじく、衝撃で砕けた岩が弾け飛ぶ。
そして、岩で動きを封じられた瑛春に、トキが長巻を振りかぶる。
「神術、天羽々斬!」
その瞬間に放たれた斬撃は瑛春を斬り裂く。それも一度のみにとどまらず何度も何度も羽衣の様に薄くなるまで切り裂く。
しかし、それでもなお、瑛春は黒い靄を出して再生する。
「シノ!」
「神術、神炎!」
シノが手をかざしてそう叫ぶと、業魔化した瑛春を包み込むように巨大な炎の渦が現れる。それはまるで全てを燃やし尽くすかの様に、業魔化した瑛春にまとわりつく。
「やったか?」
「まだだ!」
火の手から逃れようとする黒い靄、そこに吹き飛ばされそうになるほど強い風が吹く。
「風符、旋風陣!」
千代が放った呪術は風の渦を起こし、瑛春に纏わりついていた炎を更に広範囲へと拡散させる。
炎が止むと、そこには辛うじて再生した業魔化した瑛春がいた。しかし、その再生力は明らかに弱まっているように見える。まるで何かに耐えているかの様に。
「拘束するわ!神術、氷牢!」
シノがそう言うと、空中に巨大な氷塊が現れる。そして、その氷塊はみるみるうちに大きくなっていく。
「神術、大冷界!」
シノがそう叫ぶと、地面が凍り始めていく。するとすぐに業魔化した瑛春は完全に拘束されてしまう。
「今です!御剣!」
「承知した!」
そして、御剣は天叢雲剣を大きく振りかぶると、そのまま業魔化した瑛春に向けて振り下ろす。
その瞬間に先ほどよりも更に大きな光を放つ斬撃が放たれる。その斬撃は地面をも削り取りながら進んで行く。そしてその一撃は、瑛春の心の臓に向けて一直線に振り下ろされる。
「これで終わりだ!」
御剣がそう叫ぶと、天叢雲剣から放たれた光は大きな閃光となり、瑛春の心の臓を貫通する。そしてその瞬間に斬撃は大爆発を起こし、その爆風によって吹き飛ばされた業魔化した瑛春の体は粉々に砕け散る。
「はぁ、はぁ」
大きく息を吐く御剣。他の大神たちも一息つこうと武器を下ろす。
しかし、安堵したのも束の間。
「待って、まだ靄が残っている!」
瑞穂の声で、御剣はある事を失念していたことに気がつく。それは、爆発四散した瑛春の黒い靄のことだった。
「まずい!靄だ!」
「なにっ⁉︎」
「靄がまだ残っている!」
爆発四散した靄は地面に落ちると、まるで川を流れる水面の如く、地面の水に沿って地上に降り注ぐ。
「まずいぞ!あれはタタリの呪力だ!下界の人間が取り込めば、妖となる!」
御剣はすぐさま、瑛春の靄に斬りかかろうとするが、彼が進む先の地面に靄が溜まっていた。
「なにっ⁉︎」
靄の上を通った御剣は、突然靄から飛び出してきた腕に鷲掴みにされる。
「ぐぁ!!」
御剣はそのまま地面に叩きつけられる。そしてすぐに靄を振り払うと、体勢を立て直す。しかし、彼が立ち上がった瞬間だった。
「御剣!」
「まずい、靄が広がっている…」
藤香やトキたち大神の足元にも靄が広がる。その場にいた全員が、そこから飛び出してくる腕を避けるだけで精一杯になり、御剣を助けに行くことができない。
「ぐぁ、くそ……抜けられない」
御剣が苦痛の声を上げる。腕は彼の足を掴み、そのまま地面へと引きずり込もうとする。
「くっ!」
それでもなんとか振り払おうと試みるが、腕の力は凄まじく、御剣の力ではびくともしなかった。
「にゃぁぁあ‼︎」
ミトが御剣を掴んでいた腕を爪で切り裂く。そのおかげで何とか脱出できた御剣であったが、飛散した靄はまた中心に集まり、黒い怪物の姿へと変貌する。
「消エヨ」
瑛春は額に赤い眼を浮かび上がらせる。その眼は輝きを増すと同時に、強力な神力が集まる。
「御剣!」
「ッ⁉︎」
赤い眼から放たれた光線が御剣へと迫る。しかし、御剣の前に突如としてミトたち大神四柱が現れる。
「あとは頼むぞ、大御神様の神器よ」
トキが御剣に告げる。四柱たちは自らの神力を合わせ、瑛春が放つ呪火砲を相殺させた。
◇
検非違使の八尋は、頭上に浮かぶ島に気を取られつつも、必死に皇都民達を皇都外へと誘導していた。
「落ち着いて、慌てずに!」
"御剣さん…"
色々と噂を聞いていた八尋は、自分の知らないところで戦う師の無事を案じていた。
「八尋、東門は滞留しているそうだ。ここから南門へと振り分けてくれ」
「はい!」
「澪っ!何処にいるの⁉︎」
八尋は誘導の最中、通りの端で子どもの名前を叫ぶ母親を見つける。慌てて駆け寄り事情を聞く。
「どうしたのですか!」
「け、検非違使さん!うちの子が、澪と逸れてしまって」
「娘さん、最後は何処で逸れたんですか⁉︎」
「六角町の高津通東智慧です!」
「ここから少ししか離れていない…分かりました。娘さんを探して来ます。お待ちください」
「おっ、おいっ、何処に行く八尋!」
「先輩、ここは任せました!」
「おい!」
"今いるのは高津、東智慧は柳熊田の6つ西だったはず!"
避難民の列を避けながら、何とか逆方向である西へと向かう八尋。しかし、かなりの数の避難民の列と逆行するため、前に中々進めずにいた。
"致し方ない!"
八尋は列の荷車を飛び台に、家屋の尾根へと飛び移る。そして、屋根伝いに西へ西へと走っていく。
「澪ちゃん!澪ちゃん!」
大声で子供の名前を呼ぶが、混乱する避難民達の声でかき消されてしまう。八尋は神経を全集中させて、目で子どもを探す。
やがて、避難民がいなくなった東智慧の一つ手前である相町通に来たところで、家屋の隅に座り込んで啜り泣く少女を見つける。
「いた!」
「お、かあ、さん…」
八尋が少女の元へと近づこうとした時だった。逃げ遅れた数人の皇都民が、西からこちら側に向けて走ってくるのが見える。
「は、早く逃げんと!」
荷物の多さから、おそらく荷造りに時間をかけ過ぎていたのだろう。その時、八尋はその者たちの頭上から黒い靄が降ってくるのが見えた。
「何だ、あれは…」
黒い靄は逃げ遅れた皇都民に降りかかる。皇都民たちは悶え苦しみ始める。
「急がなくては!」
ただ事ではないと察した八尋は、慌てて少女の元へと飛び降りる。
「澪ちゃんだね!」
「う、うん…」
「お母さんが待っている!お兄さんと一緒に行こう!」
「わ、分かった」
八尋が少女を抱き抱えようとした時だった。先ほど黒い靄を被った者たちが、異形の姿と化して八尋の元へと迫っていたのだ。
「グギギギッ!」
「くそ!何だこいつ!」
飛びついてきた青白い怪物を斬り伏せる。しかし、一体のみならず複数を相手にできる余裕がないと悟った八尋は、少女を抱き抱えて東へ向けて走り出す。
「はっ!はっ!はっ!」
「お兄さん…」
「大丈夫だからね!お兄さんが絶対守ってあげるから!」
すでに避難民は大方避難が完了していたため、誰もいなくなった通りを疾走する。その時、ふと頭上を見上げた八尋は、少女の頭上に靄が降りかかりそうになっていたことに気付く。
「くっ!」
"避けられない!"
抱き抱えてきた少女を胸の内に隠し、自ら靄を被る。
「あがっ!がぁ!」
「お兄さん⁉︎」
「が、がはっ、負けるか、負けてたまるか!」
武人として、都の治安を守る一人の検非違使として、精神を強く持っていた八尋は、ついに少女の母親が待つ通りへと辿り着く。
「澪っ‼︎」
「お母さん!」
娘の到着を待っていた母親の元に、少女を送り出す。しかし、八尋のすでに精神は限界にきており、目は赤く充血していた。
「八尋!」
「下がって!もう、間に合いません!」
先輩検非違使たちが八尋に駆け寄ろうとするが、八尋はそれを静止する。そして、自らの腰に差していた短刀を引き抜くと、喉に剣先を立てる。
「お前!何しようとしてる!」
「先輩!黒い靄を被ったら妖になります!良いですか!すぐに報告を!」
「分かった!だが、馬鹿な真似はやめろ!何とかなるはずだ!」
「い、いえ、もゔ、まに…」
八尋の背中が開き、青白い触手が現れる。しかし、最後の最後まで八尋は短刀を手放さなかった。
"せめて、人として最後を迎える…"
「皇国に栄光あれ!」
"御剣さん、後を頼みましたよ…必ずや、皇国に勝利を…"
八尋は自らの喉元に短刀を突き刺した。
◇
「千代」
「は、はい!」
満足に体を動かせない瑞穂は、離れた場所で御剣たちの戦いを見守っていた。
「あなたに頼みがあるの、残っているみんなに私の声を送ってほしい」
「分かりました!」
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隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
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