花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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詠嘆編

第99話 仲間の絆

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 皇都の防衛線では、民を避難させた皇城を幽鬼たちから死守せんと、各将軍が皇国兵たちに奮起を促していた。侍大将として、全軍の指揮を任されている仁も、最前線である内裏に陣を構えていた。

 頭上の島から降り注ぐ黒い靄によって、逃げ遅れた皇都民が妖化したことが報告されている。その妖は意志を持つかの様にこの皇城を目指して進軍していた。

「検非違使より報告、皇都民の避難完了!」
「仁様!東壁の観音寺将軍から援軍の要請です!二の丸門まで突破され、青龍門の防衛中です!」
「分かりました。百合、飛翔隊と巌窟隊を東壁の救援に向かわせてください。他の状況はどうですか」
「西壁の右京将軍、北壁の可憐将軍、共に持ち堪えています!」

"将軍たちがいたのが救いでしたね…"

 この日は、偶然か必然か、瑞穂、千代、藤香を除いた皇国の顔役たちが、自軍の兵を率いて皇宮へ滞在していた。そのおかげで、皇城に駐屯する第6軍と近衛兵、そして検非違使たちを効果的に指揮することができた。

 だが、雪崩のように押し寄せる妖の群れを押し留めるには、戦力の差が著しく、奮戦するも落城するのは時間の問題だった。

"しかし、負ける訳にはいきません。聖上が戻られるまで、何としてもここを死守しなくては"

 自分たちの背後には、守るべき皇国の民がいる。ここで挫ける訳にはいかない、仁が立ち上がり、檄を飛ばそうとした時、妖の群れの中から一際巨大な温羅鬼が壁を越え、仁のいる陣中へと着地する。

 温羅鬼は数人の兵士を踏み潰し、新たな獲物をその鋭い視線で探す。狙われたのは、作戦の伝達を担う巫女隊の巫女たちだった。彼女たちを失えば、仁の指示は各軍に送り出せず、戦況が大きく動く。

「巫女隊は下がってください!」

 仁は太刀を手にして、温羅鬼へと斬りかかる。岩のような堅牢な皮膚を持つ名ありの妖に、武に長けているとは言え常人が相手では分が悪い。しかし、だからと言って怯むわけにはいかない。

「させません!」

 太刀を振りかぶり、温羅鬼を一刀両断にする。あれほど堅牢な皮膚を誇っていた温羅鬼でさえ、皇国侍大将の前では一撃で沈められた。

『皆、私よ。聞こえる?』
「この声は、聖上⁉︎」
『今から伝えることをよく聞いて』

 突然、仁の頭の中に瑞穂の声が響く。それは、皇都で戦う全ての者たちに同時に届いた。


 ◇


 痛い。

 戦いを始めてからしばらく、無意識に痛みという感覚を切り離していたせいか、反動で猛烈な痛みが身体に襲いかかってきた。どうやら、右手だけにあった呪詛痕が全身に回り、体中の呪力を極限まで引き出している。

"あぁ、痛い…"

 それでも、何とか全身に力を入れ、鞘を杖にしてその場から立ち上がる。全ての物を飲み込もうとせんばかりに、渦を巻く空。稲妻が走り、辺りは暗闇に包まれている。

「くそ…」

 俺を庇った大神様たちは消えた。四柱様たちは最後の最後、俺にあとを託すと言ってくれた。

「弱イ」

 靄から再び元の姿に、それも前よりも禍々しくなった瑛春は両翼を広げる。

 有象無象、全てを取り込まんとするその姿は、まさに森羅万象を体現する存在そのものである。

 瑛春は告げる。

「人ハ神ニ勝テズ」

 自らが勝者であると言わんばかりの言葉に、俺は真っ向から否定した。

「くっ、はは」
「何ガ可笑シイ」
「笑わせる」

 俺は痛みに耐え、瑛春を睨みつける。

「なら1つ言わせてもらう。お前が何を成そうとしているのか、俺の知った事じゃ無い。ただ、ひとつだけ許せない事がある。お前は人の命を軽く見過ぎた」

 仕組まれた争いによって命を落とした葦原村の仲間たち。

 妖から人々を守って犠牲になった兵たち。

 圧倒的力に成す術なく飲み込まれていった罪のない民たち。

 全ての人の思いを胸に、俺は最後の力を振り絞り、手にしていた天叢雲剣を握る。

 すると、右手の呪詛痕が熱くなり、身体中に力がみなぎってきた。右手だけに発現していた呪詛痕が、身体中に広がる。

「決着をつけよう。瑛春」

 俺はそう告げて、瑛春に斬りかかる。瑛春の右腕に刀を振り下ろすが、周囲に纏っていた呪力が集まり、斬撃を防ぐ。

「無駄ダ」

 何回斬りつけようとしても、全ての攻撃を呪力が邪魔する。

「下ラン」
「かはっ!?」

 瑛春から攻撃を受け、後ろに吹き飛ばされる。それでも、何度も吹き飛ばされようが立ち上がり、全力で斬りかかった。

「何故ダ、何故抗ウ」
「何故だと?それはな、俺たちは弱いからだ!」

 攻撃を行いつつ、俺は無心に話を続ける。

「どんなに理不尽な状況に陥りようともな!俺たちは抗うんだよ!簡単なことだ!弱さを知らないお前には理解できないんだろう!」
「戯言ヲ」

 瑛春は収束させた呪力を手のように操り、俺の腹部を叩きつける。猛烈な痛みと共に、口から血が噴き出てしまう。

「あぁ、確かに戯言さ」

 霞の構えで瑛春を見据える。

「だがな、自らの欲の為に人を滅さんとほざきやがるお前の妄想こそ、よっぽど戯言だ!」

 一か八か、瑛春の額に向けて刀身を突き立てる。

「無駄ダト言ッテイル」

 言葉の通り、突き立てた刀身は呪力によって防がれ、額まで到達していない。

「塵ト化セ」

 黒く染まった空に渦が巻き、稲妻が降り注ぐ。瑛春の額から脱出し、地面を蹴って飛び跳ねることで、何とか直撃を避ける。

 瑛春の心の臓部分に向けて刀を突き立てようとした。

 命中はした。しかし、その堅い甲皮に阻まれ、天叢雲剣は突き刺さらない。

「良い加減くたばりやがれ!」

 この一撃で勝負が決まる。そう感じ、火花が散る刀の柄頭に拳を打ち付ける。

 拳が傷だらけになろうが、血が出ようと構わない。すると、何度も叩いているうちに、剣先が呪力の膜を突き破り、それまで防がれていた刀身がどんどん奥にめり込んでいく。

「何?」

 やがて、刀身は少し下に軌道をずらし、瑛春の心の臓部分に突き刺さる。

 心の臓に刀を突き立てられた瑛春は、もはや人間だった頃の声からはかけ離れた、異質な声で悲鳴をあげた。

「グアァアアア!」
「くっ!?」

 再び吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。立ち上がろうにも、力を使い果たしたせいか全く力が入らない。

 天叢雲剣の攻撃を受けた瑛春は、その影響で苦しみ始める。しかし、しばらくしてその身体にさらに変化が現れる。

「ガァアアーーー!!」

 一言で言えば化け物だ。すでに背に生えた一対の翼のすでに後ろに、さらにもう一対の翼が生え、もはや、人だった頃の面影がないほどの化け物の顔つきとなる。

 そして、黒い呪力傷口から溢れ出し、瑛春に纏う様に浮遊する。

「あぁ、くそ。動かん…」

 全く言うことを聞かない自分の身体に、悪態を吐く。瑛春はみるみるうちに変態し、標的を俺に定めて突進し始める。

「くそ、駄目か…」
「弱音を吐くには、少し早いんじゃないか?」

 聞き覚えのある声と共に、巨大な瑛春の体が金属音と共に弾き飛ばされる。巨体が倒れると同時に、震動が地面を伝って広がる。突然の攻撃に、吹き飛ばされた瑛春は怯む。

 そして聞こえてきたのは、仲間達の声だった。

「お兄さん!」
「ご無事で何よりです、御剣様」
「ったく、御剣。俺たちに黙って行くなんて」
「ほんと、薄情にもほどがあるわね」

 俺を守るように現れたのは、皇都に残していたはずの仲間達だった。

「何でお前たちが…」
「瑞穂様から全て聞いたのさ」
「ひとりで全てを背負い込むなんて、不器用なお前にはできないだろう」
「私たちも一緒に背負いますよ」
「立てますか、御剣」
「すまない…」

 仁の手を握り、右京に肩を抱えられて立ち上がる。千代が駆け寄り、俺の身体に治癒の術を施し、小夜が左肩に止血を施してくれる。

「皆、どうしてここに…」
「ユーリ様が転移の術を使ってくれたんだ」
「私たちは皆、仲間が一人で戦いに行くのを、黙って見ていられるほど落ちぶれていないわ」

 その声を聞いた瞬間、俺は声を詰まらせた。

「瑞穂…」
「言い訳なら後で聞いてあげるわ。とりあえず、今はこいつを倒さないと…仁!」
「はっ!攻撃命令、全戦力を持って眼前の敵を抹殺せよ!」
「了解! 弓隊、構え! 放て!」

 仁の号令で、瑛春を囲むように現れた皇国兵が、弓を引く。八方から放たれた矢が、雨のように瑛春の体へと突き刺さる。

「グォォォオオオオ!」

 矢を受けた瑛春が手当たり次第に体を動かし、暴れ始める。すでに半壊していた塀が吹き飛ばされ、矢を放っていた皇国兵ごと巻き込み崩れる。

「弓隊が!」
「なんて出鱈目な力だ!」
「この化け物め!」
「皆の者、怯むな! 奴を倒さねば、皇国、強いてはこの世の破滅ぞ!」

 しかし、矢による攻撃や、呪術、仁を始めとする仲間の攻撃を受けても、瑛春には効果がない。

 俺は一つ、賭けに出ることにした。

 それは、神器として、本来の力を引き出す唯一の方法であった。

「瑞穂、1つ頼みごとがある。大御神の力を俺に分け与えてくれ」

 その言葉を聞いた瞬間、そばにいた瑞穂の表情が変わる。

「何言ってるの、御剣。あなたが例え神器として人以上の力を持っていると言っても、大神のその力は、とても扱いきれないものなのよ…」
「分かっている。だが、このままでは皆が」
「絶対に駄目よ!」

 突然、瑞穂が俺を叱咤した。その瞳には、涙が浮かんでいる。

「力を使いすぎたら神器がどうなるか…」

 俺は瑞穂の元へと歩み寄り、唯一無事な右手で頬に触れる。

「身体はこんな調子だ。それに、全力を出し切ったせいで呪詛痕が身体中に廻っている」
「だからこそよ!」
「いや、だからこそやらなければならない。タタリを取り込んだ瑛春は、もはや天災だ。ここで決着をつけなければならない」
「…馬鹿、そうやって馬鹿な従者に振り回される主の身になってみなさいよ」

 瑞穂が俺の前に立つ。そして、その目には涙の代わりに従者を信じる主の決意が宿っていた。

「約束しなさい。必ずあいつに勝ってくるって」
「承知した…」

 手にした鉄扇の刃で自分の指の皮膚を切る。

 滴る鮮血。

 それを膝をつき、口へと運ぶ。

 鉄の様な味が喉に染みる。

 血が体に巡り、呪力と融合するのを感じる。そして、身体中の呪力が燃え上がる。

「瑞穂、勅命を」
「従者、御剣に命ずる。我が大御神の力を持って眼前の敵を滅せよ」
「御意に」

 すると、身体に不思議な力が満ち溢れる。

 神器の力とは違う、強大ながらも全てを包み込むような優しさに溢れている。

 大神の創りし神器としての本来の力。そして、手に握る天叢雲剣から、桜吹雪が舞う。



「神器御剣。推して参る!」

 刀を片腕だけで握り、瑛春に向けて突き進む。瑛春は俺の接近を阻もうと、周囲に展開した錫杖を降り注がせる。

「邪魔だ! 」

 降り注ぐ錫杖を天叢雲剣で弾く。

「お兄さん!」

 新たに降り注ぐ錫杖を、琥珀が小刀で、ミィアンが方天戟で叩き落とす。

「ミィアン、琥珀」
「早く行くぇお兄はん」
「ここは私たちに任せて!」

 さらに降り注いだ錫杖を、右京が叩き斬る。

「行ってこい、兄ちゃん」
「あぁ!」

 琥珀や右京達に任せ、俺は瑛春に向けて一直線に駆ける。

 跳躍、刹那。

 刀身が瑛春の身体に火花が散る。

 その表皮は鉄のように硬い。

 いや、ただ硬いだけだ。

「ただ、それだけだ」
「!?」
「魂斬、乱波」

 俺は瑛春の左腕を肩から切り落とす。

 切った腕からは血の代わりに黒い触手が飛び散る。恐らく、取り込んだタタリの呪力だろう。そして、その額に大きな一つ目玉が露出する。

「ミィツゥルゥギィィイイ!」

 横薙ぎしてきた右腕を跳躍で避ける。今度は空ぶった右腕を叩き斬る。

 だが、角度が悪かったのか、完全に切り落とすことが出来ない。

「まだだ!」

 再び振り上げられた右腕を斬る。

 甲高い金属音が鳴る。

 ここまで共に戦ってきた天叢雲剣が、とうとう根元から折れてしまった。

「終ワリダァア!」
「御剣!」

 タタリが迫る瞬間、振り向くと瑞穂が自らの鉄扇を投げ渡してきた。

 右手で受け取り、鉄扇を開く。

 身体を捻り、瑛春の額に露出した目玉にめがけて鉄扇を突き刺す。目玉の膜を鉄扇で貫き、宙に舞っていた天叢雲剣の破片を掴み取ると、破れた膜から破片を目玉へと突き立てた。

 その時、時間が止まったかに感じた。

 破片を突き立てた場所から目玉がひび割れ、瑛春を動かしていた黒い呪力が一気に噴き出す。

 そして、託されていた要の物を懐から取り出す。

「サクヤ様、お借りします」

 天之無目堅間、サクヤ様が俺に授けた神器。手のひらに収まる小さな箱を開け、瑛春の心の臓に押し付ける。

「ギィギャァアア‼︎」

 瑛春は断末魔の悲鳴を上げ、その巨体が吸い込まれる様に箱の中へと消えていく。体の全てが中に入ると同時に蓋を閉じ、最後の力を振り絞って呪術を放つ。

「火符、業火」

 天之無目堅間に呪力によってできた業火が燃え移り、手の中で跡形もなく消えて灰と化した。

「やった…」

 そのとき、精神の中で何かが切れたのを感じた。俺は気を失いながら、地面に向かって落ちていった。
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