花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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再思編

第38話 百鬼夜行

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 身体中の痛みを我慢し、ある皇国兵は朦朧とする意識の中、目を開ける。

"あれ…おれ…どうしたんだ…"

 皇国兵が見たのは、鈍く輝く赤い目をした異形の怪物たち。その視線の向きから、自分が地面に倒れていることに気付いた皇国兵であったが、動こうにも身体が言うことを聞いてくれない。

"一体、何が…"

 皇国兵は倒れながら過去を振り返る。

 剣翔隊の一員として本陣を攻めていた彼は、隊長である御剣を見送った後、本陣を守護する守備隊と死闘を繰り広げていた。

 次々と仲間が倒れていく中、ついに敵将を討ち取ったという吉報が流れる。しかし、しばらくして本陣からどす黒い渦が巻き上がり、突然の衝撃で地に倒れてしまったのだ。

 そして、気がつくと。自分の目の前にはおびただしい数の妖の姿。それらが、自分たちの方へとゆっくりと歩みを進めているのだ。

 彼の思考は絶望に染まる。


 ◇


 敵の本陣で起こった異変は、少し離れた私たちですら不気味に感じる程の異様な光景だった。

 あれから敵本陣に向かうことで包囲を脱することができた私は、空を見上げる。

 空は相変わらず漆黒の闇に染まっていた。雷鳴が轟き、さきほどまで本陣に降り注いでいた火球は雨粒へと変わる。

「一体何が!?」

 私を後ろに乗せる日々斗が、空を見上げてそう言う。すると、本陣を攻めていた御剣と藤香が、生き残りの隊士たちを連れて前線の私の元へと戻ってきた。

 二人の顔は疲労の色に染まっていた。

「御剣、藤香!良かった、二人とも無事だったのね!」
「あぁ…」
「敵将は討ち取った。だけど…」

 藤香は後方の敵本陣を振り返る。

「瑞穂、早く全部隊を立て直して迎撃の態勢を整えて」
「そうするつもりだけど、どうして全部隊?」
「全部隊じゃないと止められない。早く、もう来る」

 私の視線の先には、平原を埋め尽くすほどの異形の怪物たちが闊歩する様子が見えた。

「おいおい、んだよあれは…」
「嘘でしょう…」
「早く何とかしないと、私たちは飲み込まれてしまう」

 いつもは冷静沈着な藤香の表情が曇りきっている。

 妖鬼を始め、多種多様な妖が我が物顔で地を練り歩き、皇国斎国問わずに手当たり次第に兵士を殺し、その肉体を貪り始めた。

「く、喰ってる。奴ら、人を喰っているぞ…」

 妖が人を喰らうことは知っているが、改まってそれを目の前にすることは恐ろしいことだった。

「敵陣に現れた奴が、自分の持っていた赤い液体を飲み込んだんだ。すると、奴の体は崩れ落ち、あの黒い化け物になった」
「それって、あれのこと?」

 私の視線の先には、妖たちの先頭を引き連れるようにして進む、黒い物体の様なもの。体と思わしき部分からは、不規則に触手が飛び出し、地に転がる無数の骸を取り込んでは、その体から新たな妖を生み出していた。

 黒い化け物と妖によって、戦場は混乱に陥っていた。特に、背後から妖たちの襲撃を受けた斎国軍は、もはや完全に統率が乱れ陣形が瓦解していた。

「相手が何者かは分からないけど。ここで食い止めるしかなさそうね」
「食い止める!?食い止めるって、ここは早く撤退した方が…」

 私は日々斗の頭を刀の鞘で軽く叩いた。

「撤退したところで、奴の進路は皇都よ」
「その通りです。勝算は分かりませんが、手段はいくらでもあります」

 その声に振り返ると、千代が本陣の巫女たちを連れて私たちのもとへとやってきた。

「千代、あなた本陣にいなさいって」
「皆さんが戦っているのに、私一人が安全な場所にいるなんて出来ません」
「でも、あなたに何かあったら…」
「瑞穂様、心配無用です。何より、妖退治は私の得意分野ですから」
「…分かったわ。無理しないで」

 そう言った私に、千代はにっこりと微笑んでくれた。

「ありがとうございます。事態はおおよそ把握しております。ここは私たちに任せていただけませんか」
「えぇ、何か名案があるならそれに従うわ」

 千代は巫女たちを引き連れて、隊列の先頭へと向かう。

「こんな時に言うのもなんだが、葦原の面子が揃ったんだな…」

 御剣がそう言う。

 私に御剣、千代、藤香、そして日々斗。
 今思えば、この五人が揃ったのはこれが初めてだった。

「誰一人、欠けないでね」
「もちろんです」
「もちろんだ」

 今は懐かしい思い出に浸っている場合ではない。

 私は空いていた馬に跨り、自分の顔を両手で二度叩いて気を引き締める。

「それじゃあ、皆、やるわよ」

 私は部隊の立て直しを図った。

 御剣と藤香が両翼の部隊を自分の部隊に取り込み、真ん中の私の指示を伝達できる態勢を取る。

 千代が率いる巫女隊は、千代を先頭に横一列に並び祝詞を詠唱する。

 すると、迎撃するために布陣させた部隊の先頭部分に、巫女たちは呪術で一つの壁を作り出した。

「第一陣は敵の動きを止め、第二陣は動きの止まった奴らを押し返すぞ!」

 第一陣に配置された兵士は、屈強な体の兵士が選抜された。これまで、対妖戦なんて経験したこともなければ、考えたことすらない。

 そこで私は、千代の提案した作戦に基づいて動く様に指示した。

 まず、千代と彼女が率いる巫女たちが、作り出した呪術の壁によって、妖たちの勢いを抑える。しかし、呪術の壁は耐久力が少なく、いずれは突破されてしまう。

 その時に備えて、呪術の壁が妖を食い止めている間に、第一陣の兵士たちを密集させた横陣に布陣させる。

「抑えろぉ!!」
「ぐおおおぉ!」

 壁が破られた後は、人による肉壁を使う。妖の攻撃は人をいとも簡単に吹き飛ばすが、何度吹き飛ばされても兵士たちは立ち上がり、盾を手に妖の前進を食い止める。

「今だ、千代!」
「浄符、六根清浄!」

 千代の放った無数の護符が、宙を舞い迫りくる妖の群れに向かって落ちる。

 その護符が妖の体に触れると、青白い光を放つ。すると、その光を浴びた妖たちが一同にもがき苦しみだす。

 浄化の光、人にとっては無害であるが、人が呪力によって変態を遂げた妖にとってはこれ以上にない威力を発揮する。

「御剣、藤香!」
「応ッ!」

 両翼の御剣と藤香が、騎馬を率いて妖の群れへと突撃する。浄化の光によって弱体化した妖は、御剣や藤香を始め、常人であっても相手にするのが容易であった。瞬く間に戦場には妖の骸が積み上げられる。

 しかし、問題はあの黒い化け物。御剣たちがいくら妖を斬り伏せたとしても、あの黒い化け物が戦場の遺骸を吸収し、新たな妖へと変貌させるのだ。

「千代、あいつを何とかしないと、このままじゃきりがないわ」
「ですが、あの様な妖は、私は見たことがありませんので。どうやって倒せばよいのか…」

 すると、自軍の方が何やら騒がしくなる。私たちが振り返ると、こちらに向かってくる白い狼が見えた。

「お、狼!?」
「まずいぞ、皇を守れ!」

 近衛兵たちが慌てて私の周りを囲むと、白い狼はその透き通る様な金色の獣の眼を私へと向ける。

 その体は汚れの一切ない雪の様な毛並みに覆われ、その体躯は普通の狼よりも一回り大きい。

「皇、お、お下がりください」
「大丈夫よ…」

 私は不思議な感覚にとらわれ、白い狼へと歩み寄る。

 狼は私の顔を見ながら唸る。

「懐かしい顔ぶれよのう」
「えっ!?」
「狼が喋った!?」

 しかし、どうやら狼が話していることに気づいたのは、私と千代の二人だけらしい。

 すると狼は、私たちの頭上を飛び越え、妖の群れに向かって走り出した。


 ◇


 千羅城 城下町


 黒煙と火の手が上がる千羅城の城下町では、麒麟率いる斎国軍の別働隊と、ミィアン、龍奏、嶺率いる皇国軍による戦いが繰り広げられていた。

 斎国軍にとって、援軍として駆けつけてきた皇国軍さえ排除できれば、千羅城を背後から攻め落とすことが可能になり、一気に落城へと持ち込むことができる。

 しかし、援軍の皇国軍を率いるのは、琉球の狂い姫と呼ばれるミィアン。彼女以外にも、槍においては御剣を凌駕する腕を持つ龍奏。建国当初から激しい戦いに身を投じてきた歴戦の猛者、嶺もいる。

 正面から千羅城を攻める宇都見国軍と、それを城壁で迎え撃つ皇国軍。

 城壁の皇国軍を正面の宇都見国軍と挟撃しようとする斎国軍。

 そして、それらを押さえ込む様に現れた皇国軍。

 挟撃の挟撃。

 戦況は宇都見国・斎国の優勢から、皇国の優勢に一気に傾こうとしていた。

 そして繰り広げられる一騎討ち。

 麒麟の振り下ろした大槌が、大地に地割れを起こす。常人では考えられない威力で、華麗に動くミィアンを捉えようとする。

「あはは、まだ遅いぇ!」

 重量を感じさせないほど素早く振り落とされる大槌を避けながら、ミィアンは攻撃の隙を伺っていた。ミィアンは相手の攻撃を避けることが容易であるが、その隙のなさにミィアンは反撃できずにいた。

「どうした狂姫、逃げてばかりではこの麒麟に勝てんぞ!」

 大槌を振るう麒麟は、全く反撃してこないミィアンにそう言い放った。

 ミィアンは、あえて麒麟自身を狙わないことにした。

「これならどうやぇ!?」

 ミィアンは火災によって倒壊しかけていた家屋の柱を吹き飛ばす。すると、支えを失った家屋が麒麟の頭上へと崩れ出した。

「ふんっ!」

 麒麟はその瓦礫を大槌で吹き飛ばす。これこそ、ミィアンの狙いだった。

 吹き飛ばした瓦礫の隙間から、ミィアンが方天戟を振り下ろす。瓦礫を吹き飛ばしたことで隙を作ってしまった麒麟は、大槌の柄でミィアンの方天戟を受け止める。強烈な振り下ろしに、麒麟の腕は筋肉を総動員して力を発揮する。

「ぐぉおおお!」
「まだまだいくぇ!」

 先ほどとは打って変わり、次々と繰り出されるミィアンの攻撃に、防戦を強いられる麒麟。二人の武器が交差するたびに、甲高い金属音が辺りへと鳴り響く。

 砂煙が舞い、火花が散る。周囲の両兵士は助太刀を目論むも、それは不可能だと感じていた。

 それほど、二人の戦いは常人の域を超えていたのだ。

「な、何という戦い…」
「我らでは、近づくことさえできんな…」

 その様子を戦いながら見守っていた嶺と龍奏は、ミィアンと麒麟の一騎討ちに邪魔が入らない様に、周囲の敵を相手にしていた。

「龍奏、あれを!」

 嶺が家屋の屋根に立つ斎国兵を指差す。斎国兵は弓を引き絞り、その射線は一騎討ちを繰り広げているミィアンに向けられていた。

「まずい、狙われている!」
「龍奏、何をする気だ!?」

 龍奏はその場に落ちていた槍を手に取ると、屋根の弓兵に向けてその槍を投げつけた。

「ッ!?」

 龍奏の槍は見事に弓兵の胴を突き刺した。しかし、ほんの一瞬の差で矢は弓から撃ち出されており、その矢は一直線にミィアンへと向かっていった。

 戦場において、最も生死を左右する要素、それは運である。
 
 その運はミィアンに味方した。龍奏が槍を投げつけたお陰で弓兵の射線がずれてしまう。その矢はミィアンの顔を後ろから紙一重で避け、その先にいた麒麟の左肩へと突き刺さった。

「なっ!?」
「いただきやぇ」

 ミィアンは体勢の崩れた麒麟の胴に、すかさず蹴りを入れる。その蹴りで完全に宙に浮いた麒麟は、自分に向けて方天戟を振り下ろそうとするミィアンの姿を見た。

 とてつもない衝撃。そして、鎧を突き破り生身の胴体に食い込む鉄の刃。

 力づくで振り下ろされた方天戟は、麒麟の胴を鎧ごと貫き、そしてその勢いのまま、突き刺した体を地面へと叩きつけたのだ。

 地面に叩きつけられ、胴体を刃で貫かれた麒麟は動かなくった。

「なかなか強かったぇ」

 動かなくなった麒麟の体から、突き刺さっていた方天戟を抜き取る。

 ミィアンが背を向けてそこから立ち去ろうとしたとき、麒麟が呟いた。

「これで終わりか…何とも呆気ない最期だった…」

 麒麟の言葉に、ミィアンは方天戟を肩に担ぎながら答えた。

「戦やぇ、生きるも死ぬも紙一重。あの矢がもしうちに当たってたら、うちが負けとったかもしれん。今回は、うちの運が良かっただけやぇ」
「なるほどな…俺がお前に勝てなかった理由…分かったよ…」

 その言葉を最後に、麒麟はゆっくりと目を閉じ、二度とその目を開くことはなかった。


 坂田の地


 一方この地では、斎国軍の本隊となる斑率いる部隊と、それらを壊滅させんと正面から強行突破を図るローズたちの部隊との間で、激しい戦闘が続いていた。

 戦況が有利に進んでいるのは、ローズたち皇国側。斎国軍の守備の要であった双子の戦士、西海と東海を打ち破ったことにより、斎国軍には前線において将軍に次ぐ強力な駒を失いってしまう。

 あれほど、高い士気を保持していた斎国兵たちであったが、圧倒的な突破力を見せる皇国兵を前に逃げ出す者さえ現れ始めた。

「くくく、まさかこれほどのものとは。いやはや、面白いね」
「き、貴様、何を…」

 黒装束の周りには身体を真っ二つにされた兵士たちの亡骸が散らばっている。黒装束は片手で斑の首を掴み持ち上げると、もう片方の手で持っていた筒から赤い液体を斑の口へと流し込む。

「ぐぼっ、おぼぼっ!」
「あなたには期待外れもいいところですよ、斑将軍。そういうわけで、あなたにはささやかですが、私から素敵な贈り物を授けましょう」

 黒装束は赤い液体を斑に流し込むと、掴み上げていたその身体を無造作に投げ捨てる。液体を飲まされた斑は、体内の血管が膨張し、皮膚は異色に染まりだす。

 そんな斑の様子を見て不気味な笑みを見せた黒装束は、空間に呪術の術式を描く。すると、空間が左右に割れ、その先には全く違う世界が広がっていた。

「あなたはもう用済みです。せいぜい将軍らしく足掻いてくださいね。くくく」

 一言そう呟き、黒装束は空間の裂け目へと入りその場から姿を消した。

「かはっ、はぁ、はぁ」

 立ち上がろうとした斑は、自分の口から吐き出したものを見る。

 血ではない、紫色の液体。

「ぐぁあああ!」

 絶叫と共に班の体から、骨が飛び出す。体から飛び出した骨はやがて巨大化し、ついには体を脱ぎ捨てた巨大な骸骨となった。

 名あり妖、がしゃ髑髏。

 その大きさは、まるで山の如し。無骨な骨によって作り出された骸骨。その頭蓋骨には、周囲に恐ろしい視線を向ける目玉が片方だけ残っていた。

「妖の類か…」

 その様子を見ていたリュウは、がしゃ髑髏を見据える。

 リュウがいた西洋では妖魔と呼ばれる妖に似た人外の化け物が存在していた。妖魔を知っている彼は驚きはしなかったが、その巨大な妖の姿には度肝を抜かれていた。

「リュウ」
「あれのことよりまず、戦況はどうだ?」
「断然こっちの優勢ね。あらかた片付いたし、あとは本陣の周囲を固める敵を狙うだけだけど…」

 ローズの視線は敵の本陣から突如現れ、縦横無尽に暴れ回るがしゃ髑髏を捉えていた。

「あれは?」
「突然現れた。妖だろうが、あんな大きさのやつを見たのは初めてだ」

 ローズは自らの背中に光の翼を纏う。

「あれを倒さない限り、私たちに勝利はなさそうね」
「あぁ、どうやらそうみたいだ」

 リュウは身体に電撃を纏わせると、ローズと共に敵本陣に向けて駆け出した。
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