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再思編
第37.5話 託された希望
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「魂は淀み、亡者は死後の世界へ穢れを持ってくる。それが今、特に顕著になっている」
そんな一言で始まったのは、魂についての話。立派な屋敷の応接室に面と向かい合うのは。
大御神、またの名をカミコ。
そして万物の魂を司るキクリと呼ばれる大神、菊利乃命。
「我ら大神が現世より姿を消してから、今この時まで、亡者の魂は淀みきっている。人の世は乱世、そこに妖の出現ときた。再び我ら大神がその力で現世を平定せねば、これ以上に世が乱れるのは必須でなかろうか?」
その口調は一切の抑揚なく、ただ率直な言を述べる菊利乃命。
「キクリ、私は別に否定をしているわけではないの。存じていると思うけど、私たちは間違いを起こしてしまった立場。それを受け入れている…」
カミコは手に抱えていた湯飲みを卓に置くと、静かな口調で話し始めた。
「確かに、現世は人同士が戦に明け暮れ、淀みが溢れ、妖が我が物顔で闊歩している」
「では何故、御身は現世に出られない。御身の存在は、今なお多くの信仰を集めている。それほどの信仰があれば、再びその姿となりて現世に現れることなど」
「無理なのよ、それが」
「何故に?」
「確かに、キクリの言う通り今の私であれば、あの時の様に人として世を治めることは容易。では何故それをしないか」
カミコは小さく息を吐く。
「それは、世の摂理だから」
「摂理?それを決めることこそ、御身の意思では?」
「いいえ、これは私の意思から生まれた摂理ではないわ。この世が生まれた時から作り出された自然の摂理よ。その摂理とはすなわち正しき住み分け。現世は人の世、私たち大神や亡者は黄泉。そして、根の國。これは必ず守らなければならない」
「小生には理解できぬ。その程度、御身の力であれば覆すことも可能では?」
「否。自然とは、大神の力が唯一及ばない領域。天候、気候、そして生物の意思。その全てにおいて私たち大神は本来の力を発揮することができないわ」
「ならば、その摂理をそのままに放置し、常世を穢れの淀みで埋め尽くすおつもりか。流石にそうとなれば、魂を司る小生、誠に遺憾ながら相手が御身であっても自由にさせてもらう所存」
「まぁ、待ちなさい。話は最後まで聞くべきよ。あなたが何をしたところで、世の摂理に全てを無効にされてしまうわ」
カミコは今にも帰ろうとするキクリを呼び止める。
「輪廻転生、あの時、私が後の現世において生まれ変わることは存じている?」
「存じている。寧ろ、それを信じぬのであるのなら、小生、御身を敬いこの様な場所にはいない」
「会うことができたの。今は、まだまだ力不足が見えるけど。その子の名は瑞穂。祈祷後は、瑞穂之命を名乗っているわ」
「瑞穂之命…瑞穂…、どこかで聞いた記憶がある。もしや、あの時選定した老婆が言っていた…」
「そう、彼の地にやってきた葦原の村長、墨染の孫よ」
ここでようやく、キクリの表情がうっすらと和らいだ様に感じるくらいであった。
「まさか、あの者の孫が御身の生まれ変わりとは…」
「血の繋がりはないけれどね。遅かれ早かれ、あの子は私の生まれ変わりの大御神として、その定められた運命を全うするでしょう。私が現世に蘇らなくとも、その力を十分発揮するはず」
カミコは、自分の代わりに大御神の役目を瑞穂が担うという認識であった。
「生まれ変わったあと、御身は一体どうするおつもりで」
「大御神は生まれ変わり、その者が大御神となれば、元の私は必要なくなる。名実共に、この世から消え去る運命ね」
「それはまた、何とも儚きこと…」
「消えるなんて言葉、悲しくなるので冗談でも言わないで下さいね」
カミコにそう言った後、応接室に茶菓子を盆に乗せた巫女が入ってくる。
「茶菓子をお持ちしました、カミコ様」
「ありがとう舞花」
舞花と呼ばれた金髪の巫女は、手慣れた動作でカミコとキクリの前に茶菓子を並べていく。
「自らの生まれ変わりに会われたそうですね」
「聞いていたのね。えぇ、皆に慕われている透き通った心を持った子だったわ」
「良いことですね。やはり、人徳はカミコ様譲りでございましょうか」
「嬉しい言葉。そういえばキクリ、舞花に用があったのよね」
「そうであった。白雪の巫女どの、貴女に渡すものがある」
キクリはそう言うと、装束の袖の中から1本の巻物を取り出した。舞花がそれを受け取り広げると、巻物の中に一枚の上質な紙が挟まれていた。
『千代』
「今代の斎ノ巫女の命名書との事だ。葦原の村長より預かっていた。良き名だ」
「白雪千代。本当に素敵な名前ね」
子の名前については事前に認知していた舞花であったが、改めて命名書を手にしてその名前を聞くと笑顔になる。なぜなら、舞花にとって千代は血の繋がった我が子であると同時に、斎ノ巫女として大御神であるカミコに仕えた自分と同じ境遇であるから。それは、生涯に渡ってカミコに仕えた舞花にとって、とても誇り高きことであった。
命名書を手にしたことで、改めて実感したのだ。
「しかし、やはり不安です。現世は乱世、妖までいると聞きますし…」
「あなたの血を引いているのだから、心配いらないわ。それに、現世にはシラヌイがいるの。シラヌイがこの子たちのことを守ってくれるわ」
「シラヌイ様がですか?」
不知火大神、カミコが絶大な信頼を置く大神の一柱である。
「えぇ、シラヌイは私たちと違って動物たちの大神だから、人の信仰が薄れても現世に現界できるの。動物たちは人と違って健気にシラヌイを祀っているわ」
「白狼のシラヌイであれば、安心であろう」
「なんと言っても、私が一番信頼を置く大神ですもの」
「心外だな。一番の信頼を置いているのは小生かと思っていたが」
「言葉の綾よ。私は私を敬愛し随順な大神に等級などつけない。それほど信頼しているということ」
「存じている。悪ふざけが過ぎたことを容赦願いたい」
「ふふ、キクリのそういうところ私は嫌いじゃないわ」
先ほどまで無表情であったキクリの表情が緩む。
「私も会ったみたいですね。千代やカミコ様の生まれ変わりに」
「いづれ刻が来たら叶うわ」
カミコは現世に残した自らの遺産に、希望を託していた。
瑞穂が、自らの生まれ変わりが、この乱世の渦から抜け出せなくなっている現世に、平和と安寧をもたらす一筋の光となることを。
そんな一言で始まったのは、魂についての話。立派な屋敷の応接室に面と向かい合うのは。
大御神、またの名をカミコ。
そして万物の魂を司るキクリと呼ばれる大神、菊利乃命。
「我ら大神が現世より姿を消してから、今この時まで、亡者の魂は淀みきっている。人の世は乱世、そこに妖の出現ときた。再び我ら大神がその力で現世を平定せねば、これ以上に世が乱れるのは必須でなかろうか?」
その口調は一切の抑揚なく、ただ率直な言を述べる菊利乃命。
「キクリ、私は別に否定をしているわけではないの。存じていると思うけど、私たちは間違いを起こしてしまった立場。それを受け入れている…」
カミコは手に抱えていた湯飲みを卓に置くと、静かな口調で話し始めた。
「確かに、現世は人同士が戦に明け暮れ、淀みが溢れ、妖が我が物顔で闊歩している」
「では何故、御身は現世に出られない。御身の存在は、今なお多くの信仰を集めている。それほどの信仰があれば、再びその姿となりて現世に現れることなど」
「無理なのよ、それが」
「何故に?」
「確かに、キクリの言う通り今の私であれば、あの時の様に人として世を治めることは容易。では何故それをしないか」
カミコは小さく息を吐く。
「それは、世の摂理だから」
「摂理?それを決めることこそ、御身の意思では?」
「いいえ、これは私の意思から生まれた摂理ではないわ。この世が生まれた時から作り出された自然の摂理よ。その摂理とはすなわち正しき住み分け。現世は人の世、私たち大神や亡者は黄泉。そして、根の國。これは必ず守らなければならない」
「小生には理解できぬ。その程度、御身の力であれば覆すことも可能では?」
「否。自然とは、大神の力が唯一及ばない領域。天候、気候、そして生物の意思。その全てにおいて私たち大神は本来の力を発揮することができないわ」
「ならば、その摂理をそのままに放置し、常世を穢れの淀みで埋め尽くすおつもりか。流石にそうとなれば、魂を司る小生、誠に遺憾ながら相手が御身であっても自由にさせてもらう所存」
「まぁ、待ちなさい。話は最後まで聞くべきよ。あなたが何をしたところで、世の摂理に全てを無効にされてしまうわ」
カミコは今にも帰ろうとするキクリを呼び止める。
「輪廻転生、あの時、私が後の現世において生まれ変わることは存じている?」
「存じている。寧ろ、それを信じぬのであるのなら、小生、御身を敬いこの様な場所にはいない」
「会うことができたの。今は、まだまだ力不足が見えるけど。その子の名は瑞穂。祈祷後は、瑞穂之命を名乗っているわ」
「瑞穂之命…瑞穂…、どこかで聞いた記憶がある。もしや、あの時選定した老婆が言っていた…」
「そう、彼の地にやってきた葦原の村長、墨染の孫よ」
ここでようやく、キクリの表情がうっすらと和らいだ様に感じるくらいであった。
「まさか、あの者の孫が御身の生まれ変わりとは…」
「血の繋がりはないけれどね。遅かれ早かれ、あの子は私の生まれ変わりの大御神として、その定められた運命を全うするでしょう。私が現世に蘇らなくとも、その力を十分発揮するはず」
カミコは、自分の代わりに大御神の役目を瑞穂が担うという認識であった。
「生まれ変わったあと、御身は一体どうするおつもりで」
「大御神は生まれ変わり、その者が大御神となれば、元の私は必要なくなる。名実共に、この世から消え去る運命ね」
「それはまた、何とも儚きこと…」
「消えるなんて言葉、悲しくなるので冗談でも言わないで下さいね」
カミコにそう言った後、応接室に茶菓子を盆に乗せた巫女が入ってくる。
「茶菓子をお持ちしました、カミコ様」
「ありがとう舞花」
舞花と呼ばれた金髪の巫女は、手慣れた動作でカミコとキクリの前に茶菓子を並べていく。
「自らの生まれ変わりに会われたそうですね」
「聞いていたのね。えぇ、皆に慕われている透き通った心を持った子だったわ」
「良いことですね。やはり、人徳はカミコ様譲りでございましょうか」
「嬉しい言葉。そういえばキクリ、舞花に用があったのよね」
「そうであった。白雪の巫女どの、貴女に渡すものがある」
キクリはそう言うと、装束の袖の中から1本の巻物を取り出した。舞花がそれを受け取り広げると、巻物の中に一枚の上質な紙が挟まれていた。
『千代』
「今代の斎ノ巫女の命名書との事だ。葦原の村長より預かっていた。良き名だ」
「白雪千代。本当に素敵な名前ね」
子の名前については事前に認知していた舞花であったが、改めて命名書を手にしてその名前を聞くと笑顔になる。なぜなら、舞花にとって千代は血の繋がった我が子であると同時に、斎ノ巫女として大御神であるカミコに仕えた自分と同じ境遇であるから。それは、生涯に渡ってカミコに仕えた舞花にとって、とても誇り高きことであった。
命名書を手にしたことで、改めて実感したのだ。
「しかし、やはり不安です。現世は乱世、妖までいると聞きますし…」
「あなたの血を引いているのだから、心配いらないわ。それに、現世にはシラヌイがいるの。シラヌイがこの子たちのことを守ってくれるわ」
「シラヌイ様がですか?」
不知火大神、カミコが絶大な信頼を置く大神の一柱である。
「えぇ、シラヌイは私たちと違って動物たちの大神だから、人の信仰が薄れても現世に現界できるの。動物たちは人と違って健気にシラヌイを祀っているわ」
「白狼のシラヌイであれば、安心であろう」
「なんと言っても、私が一番信頼を置く大神ですもの」
「心外だな。一番の信頼を置いているのは小生かと思っていたが」
「言葉の綾よ。私は私を敬愛し随順な大神に等級などつけない。それほど信頼しているということ」
「存じている。悪ふざけが過ぎたことを容赦願いたい」
「ふふ、キクリのそういうところ私は嫌いじゃないわ」
先ほどまで無表情であったキクリの表情が緩む。
「私も会ったみたいですね。千代やカミコ様の生まれ変わりに」
「いづれ刻が来たら叶うわ」
カミコは現世に残した自らの遺産に、希望を託していた。
瑞穂が、自らの生まれ変わりが、この乱世の渦から抜け出せなくなっている現世に、平和と安寧をもたらす一筋の光となることを。
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