花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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総撃編

第50話 強敵現る

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 宇都見国軍の皇国上陸より少し前、旧諸国連合構成国である小国家の一つ、梛。

 新たに東征軍の指揮官となり、瞬く間に諸国連合を壊滅させた咲耶波は、ここ梛の山中にある洞窟へと来ていた。

「誰ぞ?」

 洞窟の奥から響いてくる、低い声。それは獣の唸り声が、咲耶波に声として認識されているものであり、実際はただの唸り声である。

「私の声を忘れたとは言わさないわよ」
「其方か?」

 暗い洞窟の中から、6本の脚を持つ巨大な妖が、横一列に並ぶ8つの眼を開かせて歩いてくる。その体躯は毛で覆われ、人はこの生き物を蜘蛛と称するだろう。

 その名も、土蜘蛛。

 名あり妖の一体であり、古くからこの地に畏怖の念を抱かせていた伝承上の存在。元々は人間であり、神職であったと言われている。

「何故ここにいる?」
「私がこの国を落としたのよ。梛だったかしら、諸国連合も全て手中に納めたわ」
「そうか。しかし、我は其方に用はない、立ち去るといい」
「ふふ、私があなたに用があるのよ」

 咲耶波の背後に九つに分かれた尾が現れる。

「あなた、復讐したいとは思わない?」
「………」

 その言葉の後、両者の間にしばらく沈黙が流れる。

「愚問だ。その様な戯言、聞くに耐えぬ」
「あなたも含めて、大御神にお灸を据えられた連中は本当に意気地なしになったものね。それでも、妖怪の賢者と謳われる土蜘蛛なの?」

 すると、土蜘蛛は8つの眼で咲耶波を睨みつける。

「我の復讐は其方に関係のないことだ。大方、それを条件に我を自らの軍門に下らせようと考えているのだろう」
「流石は賢者、お見通しってわけね。なら、隠し事なしに話させてもらうわ。ここより南西の国、元は緋ノ国と呼ばれていた国に、新たな皇が誕生した」
「豊葦原瑞穂皇国であったな」
「えぇ、その皇である瑞穂之命。実はあなたをここに閉じ込めた大御神の生まれ変わりよ」
「………誠か?」

 土蜘蛛、先の大戦で大和側として参戦し、その強大な力で大神たちを圧倒していたが、大御神に倒伏させられた妖である。滅されはされなかったものの、この洞窟に封印された。

「私の支配する宇都見国は、これから皇国と戦を構える。大神たちがこの世から消え去った現状、例え大御神やそれに付き従う大神が残っていたとしても、私たちの有利には変わりないわ」
「其方の狙いは一体何なんだ?」

 土蜘蛛の質問に、咲耶波は不敵な笑みを浮かべる。

「復讐の機会を与えると言ってるの。私たちと共に皇国を攻め、あなたを封印した大御神の生まれ変わりが現れたとき、その生まれ変わりを殺す機会をあなたに譲ってあげるわ。私は戦いに勝つことができて、あなたは復讐を果たすことができる。悪い話ではないと思うわよ?」

 咲耶波はそう言って、洞窟に刻まれた封印の術式を破壊していく。術式はある大神によって施されていたが、その大神も今はこの世におらず、咲耶波ほどの実力があれば破壊は容易いものだった。

「来るがいいわ、土蜘蛛」
「………」
「人の姿の時は、何て呼べばいいかしら?」

 6脚の姿から、若い青年の姿へと変態した土蜘蛛は、咲耶波に向かって一言だけを呟く。

「我は名は国麻呂、欲望に抗えず妖に堕ちた愚かな者よ」


 ◇


 リュウ、ローズ率いる部隊は、周囲の警戒を怠る事なく煤木村へと到着した。ここ煤木村は、上陸した沿岸部から山一つを挟んだ盆地に広がっており、瑞穂はこの地が決戦場になることを予測していた。

「やはり、山に陣を敷いているわね」

 煤木村を挟んで対面の山、ローズはそこに宇軍の旗印が立っている事に気付く。

「あくまで俺たちを迎え撃つ気か。攻め側の戦にしては、奇妙な戦術だな」
「だとすれば、采配を執る咲耶波という人物、なかなか侮れないわ」

 山に陣取れば、高低差において宇軍は圧倒的に有利になる。その反面、攻め側でこうした戦術をとると、勝敗を分けるのは兵站。

 宇軍が沿岸部を占領してあえて動かないのは、本国からの物資輸送が着実に行われているということだと、2人は推測していた。対して、皇国は国都たる皇都を目前にされ、その喉元に剣を突き立てられかけている。

「どうする、リュウ?」
「どうするも何も、こちらと向こうでは戦力差がある。本来であれば奴らを囲み、補給が途絶えるのをじっと待ちたいが…」
「海からの補給線が確立している現状、意味をなさないってことね」
「それに、現状の皇軍の戦力では、奴らを包囲することは難しい」

 リュウは鎧の紐を締め直し、腰に携える刀を左手で触れて確認する。

「本陣はここに構える。こちらから出れば、向こうも動かざるを得ないだろう。ローズ、本陣を任せた」
「分かったわ」
「あと、今から弱音を吐くから聞かないでくれ。正直言って勝てる自信はない」
「私もひとり言を言うわ。私たちはいつも、勝てる見込みのない戦いに勝って生き残ってきたのよ」
「そうだったな」
「何だかこの緊張感、お父様に結婚のご報告をしたときくらい緊張するわ」
「はは、本当だな。よし、さっきの言葉は忘れてくれ」
「あら、何のことかさっぱり」
「行ってくる」

 リュウは兵を率いて本陣を後にする。山を降りて煤木村へ向かって歩いていると、宇軍の陣地に動きがある事に気付いた。

 そのうちの一部の部隊が、リュウたちを迎え撃つために陣のある山から煤木村へと降りてきたのだ。明らかに、リュウたちの動きに合わせた戦術を展開していた。

"動いたか、しかし…"

 リュウは違和感を感じていた。距離が離れているため、分かるのは相手の動きだけ。しかし、リュウたちに合わせて動いた敵兵は、どこか普通とは違う雰囲気を纏っていた。

 リュウの目的は、あくまで敵の実力を計る偵察。それも、実際に剣を交える威力偵察である。

 本隊である瑞穂たちが到着するまでに、リュウは威力偵察を行なって、この違和感の正体を暴き、不安を解消したかった。

「動いた敵を狙う、前衛は敵陣からの弓の射程に入らないように注意、後衛は敵の伏兵に注意しつつ、攻撃後の退路の確保を行え。いいな」
「了解しました」
「俺が前を走る、全員遅れないようについて来い」

 リュウは手綱を絞り、馬を前へと走らせる。彼の後に続いて、皇軍の中でも精強な兵士たちが走り出す。

 狙うのは、自分たちの動きに合わせて迎撃に向かってきた一部の宇軍兵。敵陣の真正面に突出するような形で展開しており、冷静なリュウはこれが罠であるとは理解していた。

 それでも、彼は自らの敬愛する主の安全のために、あえて火中の栗を拾うことを選んだ。

「敵の遠距離攻撃に注意しろ」

 煤木村の中を駆け抜け、敵の姿をはっきり視認できる距離にきたところで、リュウはまた違和感を感じる。

"何だ、あの陣形は?"

 まるで、壁を作るかのように宇軍兵士が等間隔に横一列となっていた。

「呪術兵!?」

 リュウたちを待ち構えていたのは、呪術に長けた兵士たちであった。突撃するリュウたちに対して、無数の火球が撃ち出される。

 頬を掠める火球。髪が焦げる臭いが鼻につく。

「はぁあ!!」

 撃ち出される火球の雨を掻い潜り、リュウは先頭に立っていた呪術兵を斬り裂く。刀で斬り裂かれた

 しかし、先頭の呪術兵を倒したところで、次々と呪術兵が列を成していく。絶え間ない呪術の攻撃によって、リュウ以外の皇軍兵士たちは進攻を阻まれ足を止めてしまう。

"まずいな。たかが呪術兵と侮っていたが、こいつら相当の実力だ…"

 足を止めた皇軍兵士たちは、呪術によって一人ずつ倒されていく。しかし、先の戦いにおいても、その強さで斎国軍を圧倒したリュウの率いる兵士たちは、呪術の攻撃を掻い潜り呪術兵たちへと肉薄する。

「出来るだけ数を減らすぞ!」

 その様子を、山の上から眺める者が3人。

「私たちも舐められたものね。本隊の到着を待たず、それも少数で攻撃を仕掛けてくるなんて」
「あくまでこちらの力を推し量る考えでしょう。向こうにとって、こちらは未知の敵ですから」

 椅子に腰掛ける咲耶波にそう言うのは、彼女の副官である麗鳴れいめい。中性的な顔つきに、切れ長の目、そして長い髪が特徴の彼はその見た目から麗人と見間違えられることが多々ある。

「姫様、歩兵を送らなくても、よろしいので?」
「この攻撃が威力偵察であるなら、こちらの手の内を見せる必要もないでしょう。あの程度なら、呪術兵だけで事足りるわ。補充なら幾らでもいるし」
「左様ですか。では私も、少し身体を動かしてきてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、構わないわ。何なら、敵将を討ち取ってきてくれても良いのよ?」
「私にはそれほどの力はございませんので。善処は致します、ねぇ君、この槍借りていくよ」
「は、はい」

 麗鳴は咲耶波に頭を下げると、台に立てかけていた剣と槍を手にして馬に跨って陣を後にする。

「心配している様に見えるが?」
「あの子とは長い付き合いなの。今じゃ、本当に我が子の様に思えるわ」
「我には理解できん。特に、子どもという存在とは無縁であったからな」
「あなたもいずれ理解できる時が来るわ、国麻呂」

 咲耶波の横に立つ国麻呂は、興味がなくなったのかそれ以上麗鳴のことについて口にすることはなかった。

「どこに行くのかしら?」
「大御神はまだここにいない。我は天幕で休ませてもらうことにする」
「将より先に休むのは、人としてどうかと思うわ」
「生憎我は人にあらず。それと、我は其方に従ったわけではない。あくまでも利害が一致しているから手を貸すだけだ」

 国麻呂はそう言って、陣内の天幕へと消えていく。

「我が一番理解できんのは、其方だ。なぜに人の真似事をする。そこに何か、其方の求める答えがあるものなのか?」 

 
 ◇


 同刻 大和朝廷 聖廟


 聖廟の東の離れには、皇女カヤの住う部屋がある。多数の女官がいるかと思いきや、彼女の部屋を出入りすることが許されているのは、帝ミノウと彼女の側付きであるシオンの二人のみとされている。

「そうか、ついに始まったのじゃな」
「はい。皇国、斎国、そして胡ノ国の連合軍は西の砦である烈から宇都見国に攻め込んでいます。また、新たに入った情報では宇都見国の東部沿岸部に宇都見国の水軍が上陸したとあります」
「それでは、皇国は攻め戦と同時に守り戦をすることになっておるではないか」
「文字通り、国家の存亡を賭けた戦いとなっています。仮に皇国が敗北すれば、小国である斎国と胡ノ国は瞬く間に蹂躙されることでしょう」
「むぅ、父上は一体何を考えておるのじゃ。皇国とは同盟を結んでいないとはいえ、先の皇国皇の来訪で、大和と皇国は友好関係にあるのじゃぞ。それも相手は大和に敵対する元王の国じゃ。義勇兵を送り支援するべきではないのか」

 カヤは許されるのであれば、自らが軍を率いて皇国の援軍に出立したいと考えていた。彼女にとって、皇国は自らの理念に通ずる存在であり、その皇国の皇である瑞穂たちに危険が及ぶのを憂慮していた。

「実は、聖上の提案で、皇国に軍を送る話が出ておりました」
「誠か、ではなぜすぐにそうしないのじゃ」
「七星将の半数が反対の立場をとっているからです。姫殿下もご存知かと思われますが、我ら七星将には是非曲直という権限があります」
「分かっておるのじゃ」

 大和の七星将に付与された権限のひとつに、是非曲直というものがある。これは大和の方針を決める上で、七星将による審議のことであり、七星将の中で半数が否の意思を示せば、たとえ帝の意思であっても異を唱えることができるというものだ。

 つまり、皇国への援軍の派遣が提案されたのにも関わらず実行されていないことは、七星将の半数が反対の立場にあるということであった。

「シオン、其方はどうなのじゃ?」
「私は賛成で、反対はハクメイ、ゴウマ、カゲロウ、そしてレイセンです」
「何じゃと、ハクメイのみならずレイセンまでもか!?」
「ゴウマとカゲロウは予想していました。理由は、南方の迦ノ国に攻め込まれる隙を与えると。ハクメイとレイセンの反対は予想外でした。ハクメイは軍最高指揮官としての立場からということは理解できますが、不思議なのはレイセンです」
「これまで、彼奴が反対の意思を示したことはなかったのじゃ。なぜ、今更…」
「分かりかねます。レイセンは七星将の中でも特に異質な存在ですから。七星将の立場にありながら、ほとんどのことに興味を示さず、内裏の館から出ることはほとんどありませんからね。コチョウとムネモリ様は、私と同じく賛成でした」

 カヤの疑問は晴れない。それと同時に、カヤは本能的に不気味な寒気と悪い予感を感じた。

「シオン、他の七星将の動静を探るのじゃ。何か嫌な予感がする…」
「嫌な予感ですか?」
「そうじゃ、余はこれをなんと言ってもいいか分からぬ。ただ、何かが起こってからでは遅い。この事は余とシオンだけに留めておく」
「ですが、せめて聖上にはお伝えするべきでは?」
「良いかシオン、これは余とシオンだけの話じゃ。父上であっても、他言することのないようにな」

 何かあったときに、帝である父親を巻き込まないため。カヤの意図に気付いたシオンは、この話を2人の間だけに留めておくことにした。

「承知しました」


 ◇


“粗方片付いたか…“

 リュウは周囲を見渡す。自分たちを迎え討った呪術兵は、先ほどまでとは違い大きく人数を減らしていた。しかし、リュウの率いる部隊も無傷とはいえず、周囲は両軍の兵士たちが折り重なる様に倒れている状況だった。後衛の部隊は、リュウの指示通りいつでも離脱できるように退路を確保していた。

「良し、引き上げるぞ!」

 馬を反転させその場から離脱しようとした時だった。リュウは後方から自分に向けて投げつけられた槍に気付き、振り返りざまに刀でそれを叩き落とした。少しして、宇軍が陣を構える山から一人の男が馬にまたがって降りてきた。

「あの距離から投げた槍を気付いた上、叩き落とすとは。なかなかのものだね」
「投げた主はお前か?」
「初めまして。僕の名前は麗鳴、宇都見国将軍が一人、咲耶波姫の副官だよ」
「副官…」

 本来であれば指揮官の次に戦場において重要な役割を担う副官が、たった一人で陣を離れ、呪術兵の残党がいるにしてもこうして敵の前に姿を現すのは珍しい。

「君の名前は、何て言うのかな」
「お前に言う必要はない」
「ふぅん、面白くない人だなぁ」

 麗鳴は一気に距離を詰めると、リュウに剣を振り下ろす。

「くっ!?」

 その剣を刀で受けるリュウ。

 “はっ、速い!?”

 麗鳴自体も他の兵士とは違い動きは速いが、彼の操る馬も、彼の動きについていっている。

 剣と刀が交差し火花が散る。リュウはその重い攻撃に両手で刀の柄を握り受け止める。

 同時に、リュウは刃を交えるこの相手、麗鳴の実力が並大抵のものではないと察した。

「いけ好かないな」
「ん、何のこと?」

 間合いをとったリュウは、麗鳴に話しかける。

「お前のことだ。見てくれは女みたいな格好をしているくせに、俺と互角に渡り合っている」
「………」
「そして、何よりも戦って分かった。お前、手を抜いているだろう。攻撃の瞬間に力を抑え込んでいる」
「………」
「人の皮を被った化け物か。それに、お前は戦いが好きなんだろう?」
「それは違うよ」

 リュウの言葉を否定した麗鳴は、その美しい顔からは想像もできないほど不気味な笑みを見せる。

「僕は人さ。ただ、他の人よりも少しだけ強くてさ…戦いは嫌いだけど、少しだけ強い人と戦うと興奮するんだ」

 麗鳴の口角が吊り上がる。

 先ほど以上に素早い攻撃を繰り出す麗鳴。リュウは麗鳴の本当の実力について、すでに最初の一撃を受けた時から気づいていた。両手で刀を持つ自分を、麗鳴は片手で持った剣で圧倒してきたからだ。

「ふふっ、防いでばかりだと僕には勝てないよ!」

 麗鳴の剣が刀の刀身を滑りリュウの手元へと迫る。リュウは咄嗟に刀の角度を変えてその攻撃をいなした。この剣撃の中、麗鳴はリュウの戦闘能力を奪うために、確実にリュウの両手を狙っていた。

「これまで何人も強い人と戦ってきたけど、君が今のところ一番だね!」

“恐ろしい奴だ、まだ全力を出し切っていない…”

 その実力はリュウと互角どころか、凌いでいるともいえる。一方的な攻撃にリュウは防戦を強いられる。しかし、呪装刀でもある愛刀稲妻に呪力を込めると、通常の倍以上の力を発揮することができる。刀身に稲妻を纏わせ、攻撃してきた麗鳴の剣を弾き馬ごと仰け反らせた。

「へぇ、やるじゃん。皇国って、強い人が沢山いるんだね」
「まぁな」
「さてと、そろそろ時間かな」

 麗鳴はそう呟くと、剣を鞘に納めてその場を立ち去ろうとする。リュウの部下たちがその背を追おうとするが、リュウはそれを止める。

「止めろ。お前らじゃあいつは倒せん」
「しかし…」

 立ち去ろうとする麗鳴は振り返ると、一言だけ呟いた。

「次は本気で行くからね。楽しみにしていてよ、えっと」
「リュウだ」
「じゃあ、次戦う時を楽しみにしているよ、リュウくん」

 麗鳴に続いて、生き残っていた呪術兵たちも山の陣へと撤退していく。
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