花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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総撃編

第51話 皇宇開戦

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 緻密に編み込まれた糸は、獲物を捕らえるために時に罠と化す。四方に罠という糸を張り巡らせて、敵が罠にかかるのをじっと待つ。それが妖の賢者と呼ばれ、かつては大御神カミコを幾度となく苦しめた、土蜘蛛の策略を例えるなら。

 麗鳴は陣へ戻ると、国麻呂が何かの作業をしていることに気付く。そこは人目につくことのない物陰で、何かを斬り、そして繋ぎ合わせていた。

「中々面白いことをしているんだね。それは、元々は人間かな?」
「………」

 麗鳴の言葉を無視するかの様に、黙々と作業を進める。その様子を見て、麗鳴は少し困った表情を見せるが、国麻呂の体の隙間から見える臓物の欠片を見て、それ以上の詮索をすることはやめた。

「皇国とは中々のものだったね。そういえば、君が狙っているのは彼らを付き従える皇国皇だったね。あれほどの連中を揃える皇だ。どうやって倒すつもりなの?」
「罠だ」
「ん、罠?」
「この村には、すでに我の罠が張り巡らされている。踏み入れば最後、この村から出ることはできない」
「でも、僕が見た限りその様な罠はなかったけど?」

 ドンと、包丁を叩きつける音とともに、臓器が真っ二つに斬り分けられる。

「我が狙うは大御神の命。其方ら小童どもの戦に毛ほどの興味もないわ」
「小童って、また随分な言い草だね。まぁ、いいや」

 麗鳴は背を向けると、国麻呂に言葉だけを投げる。

「皇国の本隊が来るのは、今日の夕刻。明日が総力戦になると思うよ」

 それだけを言い残し、麗鳴はその場を立ち去る。

「せいぜい、時間稼ぎに励むといい…」

 再び、包丁が叩きつけられた。


 ◇


「敵には、少なくとも俺と同等かそれ以上の実力を持つ手練れが1人。その者は麗鳴と名乗り、自ら咲耶波の副官と言っていた」
「麗鳴、聞いたことがないわね…」

 本隊を引き連れて来た瑞穂は、先に戦いを終えたリュウから報告を受けていた。

「咲耶波に麗鳴、それに何か得体の知れない呪力を感じるわ…」
「瑞穂様、これはおそらく妖の類ではないかと」
「妖…」

 妖という言葉を聞いた者の表情が、一様に暗くなる。瑞穂たちは、先の斎国との戦いで名あり妖のデイダラボッチとがしゃ髑髏、そして魑魅魍魎の百鬼夜行を目にしている。妖の恐ろしさが、戦いを通して身に染みて理解できていた。

「此度の戦も、死力を尽くすことになりそうね…」
「どうするんだ瑞穂、敵に妖がいると分かっている以上、普通の戦い方では勝利できんぞ」
「分かっているわ御剣。これからの作戦は、すでに小夜と私で練っているわ」
「はいです。みなさん、これを」

 小夜が広げたのは、皇国軍の部隊配置がびっしりと描かれた地図だった。

「これは、すごいな…」
「部隊配置を説明しますで。今回、皇国軍の総数は本軍と合流した第4軍を含めて約7千。対する宇都見国軍は約2万。普通に戦えば明らかな戦力差によってこちらは敗北してしまいます」

 小夜は地図に描かれた3つの部隊を指差す。

「東を前とし、両翼に強固な部隊を配置し防御に徹します。リュウ様、ローズ様、お二人が率いる隊にこの2つをお願いするです」
「分かった」
「承知した」
「次に真ん中の部隊となります。ミィアン様」
「待ってたぇ小夜はん。うちの出番やね」
「はい。ミィアン様に指揮をお願いするここは、本来主攻として運用するのが定石です。ですが、ミィアン様の隊はあくまで助攻となります」
「助攻?」
「はいです。ミィアン様は主戦場のど真ん中を真っ直ぐ進み、正面から敵の注意を引いていただきます」
「主攻はどうするんだ。小夜?」
「主攻はここです」

 小夜が指を指したのは、ミィアンの部隊の後方、本陣であった。

「まさか、本陣を動かすのか」
「はいです。これは、圧倒的戦力差のもとにおける賭けなのです。瑞穂様がいる本陣を部隊後方に位置させた場合、迂回してきた敵の攻撃があれば本陣は攻撃に晒されてしまうです。そこで、ミィアン様率いる仮の主攻の後ろで本陣も前進させ、回り込む敵にはリュウ様ローズ様の両隊に対処していただきます」
「本当に賭けね…」
「敵はおそらく先手を打たないです。あくまでこちらの動きを見て、適切な戦術を組んでくるはずなのです。しかし、相手がこちらに攻め込まないとも言い切れないです。この戦力差がある以上、守りよりも攻めに主眼を置くべきなのです」
「動く本陣を守る陣形か、西洋でも経験したことない新たな戦術だな」

 しかし、小夜の作戦にはまだ続きが残っていた。

「これだけでは地の利を活かした戦いとは言い切れません。藤香様」
「うん」
「御剣様と共に両側の山から敵本陣目掛け挟撃を仕掛けてくださいです。両側の山は深い森のため、少数の部隊でのみ移動が可能です。ここに潜んでいるであろう伏兵を無力化し、一気に本陣へと駆け上がってくださいです」
「しかし、それでは本陣の守りが手薄になるのでは」
「本陣の正面はミィアン様の部隊です。両側はリュウ様ローズ様の部隊が配置されています。お二人が抜けて本陣が手薄になるよりも、私が危惧しているのは相手の両側からの挟撃です。地形上、両側の山を取られてしまっては圧倒的にこちらが不利になるです」
「それに、妾や斎ノ巫女殿もおるからのぅ。安心せぇ、御剣よ」
「私が本陣で直接指揮を執るです。戦況の変化と同時に、千代様率いる巫女様たちから思念を送っていただきますです」
「分かった」
「さて、慣れない戦い方だけど、やる事は同じよ。皆、以上のことを部隊に伝え、配置につく様に。それと」

 瑞穂は立ち上がり、皆を見渡す。

「皆、命を大切に。矛盾するようだけど、無茶だけはしないよう心しておいて」
「何だ、いつもの瑞穂らしくないな」
「そうやぇ、いつもの瑞穂はんなら。敵を殲滅せよとか言うと思ったんやけど」
「これは私の招いた事態よ。私は己の目標を達成するため、それに伴う大きな代償を受けたわ。だからこそ、だからこそ、今ここにいるあなた達には、私の目標を達成するその時まで、そばにいて欲しいの」

 その言葉に対して、誰も異を唱えることも、誰も声を上げることもなかった。全員が、その胸にその言葉を静かにしまった。


 ◇


 翌朝、私たちが小夜の立案した戦術通りに配置につき始めると、敵もそれに従うような形で陣形を整え出した。すでに御剣の率いる剣翔隊と、藤香率いる藤花隊が両側の山を占領するために本隊から離れ動き出していた。

「先の戦場もそうであったが、まさかこうして御身と共に戦場を駆けることになるとはのぅ…」
「先代の時も、一緒に戦ったの?」
「左様、あの頃は今と比べ、悲惨な戦場ばかりじゃった。いや、戦場を今と昔で比べるのは、間違っておるな」

 少女の姿から本来の姿である白狼の姿となったシラヌイは、その背に小夜を乗せる。

「小夜よ、落ちるでないぞ」
「はいなのです」

 あどけない表情を見せる小夜に、シラヌイは鼻を鳴らす。

「妾の背に乗るのも、其方で2人目じゃな」
「2人目?」
「最初に背に乗ったのを許したのは、其方によく似たシロという子じゃった。また、その子の話でもしてやろうぞ」
「瑞穂様、各部隊、および巫女隊、配置完了しました」
「では、全隊に伝達。これより我らは作戦を開始する!」

 私は鉄扇を広げる。その鉄扇には、今まで私のために犠牲となった者の魂が宿っているように感じた。

 陽が上り、煤木村を照らす。

「行くぞ!!」


 ◇


 先に動き出したのは皇国軍であった。

 小夜の立案した作戦に従い、移動する主攻の本陣の前方に布陣したミィアン率いる部隊が、敵の注意を引きつけるべく正面から突撃を開始する。その先頭を走るのは、磨き上げられ刀身の輝く方天戟を携えたミィアンである。

「うひひ、選り取り見取りや!」

 突撃するミィアンたちに向けて、宇軍弓兵による弓の第1射が降りかかる。先頭を走るミィアンは、自らに降り注ぐ矢を方天戟で薙ぎ払うが、彼女の後ろに続く後続の兵士たちの中には、身体や馬に矢が命中し、落馬する者も出た。

 第1射の中を掻い潜ったミィアン達を迎えるのは、横一列に並んだ兵士達の盾。しかし、完全な横一列ではなく、その勢いを受け流すかの様に斜めに布陣していた。

「無駄やぇ!」

 人間離れした剛力を持つミィアンは、片手に持った方天戟で先頭に立っていた盾兵を薙ぎ払う。

 しかし、その一撃で薙ぎ払えたのは2列目まで。宇軍兵士はこれまでミィアンたちが戦って来たどの相手よりも、精強で戦いに慣れていた。それを感じ取ったのはミィアンだけでなく、これまで幾度となく死闘を積み重ねてきた皇国軍兵士たちも同じであった。

「なんかしっくり来ぇへん」

 3列目の槍兵たちから突き出される槍を避けながら、ミィアンは腑に落ちないでいた。ミィアンたちの突撃を察知し、この弓兵と槍兵を含めた4列に渡る防御陣形を敷いているのは理解できる。しかし、ミィアンが問題視しているのはまさにそれ。

 4列のみしか防御陣を敷いておらず、大半が山の中腹に陣取ったままであったのだ。

「隊長、恐れながら違和感が!」
「うちもそう思っとるぇ」

 戦いに際して狂人と化すミィアンの表情が、真剣な眼差しになる。その間も眼前の敵を薙ぎ払うが、その視線は逐次山の敵に向けられている。

「隊長のあの様子を見るの、初めてだ…」
「あぁ、俺も見たことねぇ…」

 いつもと違う雰囲気を纏うミィアンを見て、部隊の兵士たちの中でも何かを察する者が出始めた。

 対して、その様子を山から見下ろす者たちがいる。侵攻軍の総指揮を執る咲耶波と、副官の麗鳴、そして国麻呂。

「向こうにも、感の良い将がいるのね。まぁ、気付いてはいないだろうけど」
「あれは、確か琉球の狂い姫と聞きました。どうして琉球の皇女が皇国軍として戦っている理由は分かりませんけど」
「誰が皇国軍として戦おうが、私には関係ないわ。そう言えば麗鳴、あなた皇国で一番気をつけるべき相手、誰だか分かるかしら?」
「皇国皇、瑞穂之命と思いますが」
「違うわ。確かに皇国皇は大御神の生まれ変わりであって実力は相当なもの。でも、実はそれ以上に気をつけるべき子がいるの」
「して、それは?」
「彼女の従者、御剣という子よ」

 その名前に反応したのは、意外にも国麻呂の方であった。

「それは誠か」
「えぇ、確かに彼女の側に仕えているのは、御剣という子だったわ」

 すると、国麻呂は手にしていた湯飲みを握り潰す。その顔つきは変わらないものの、額には何本もの青筋が浮いていた。

「そうか、其方もいるのか。やはり、瑞穂之命が実の大御神で間違い無いのだな…」
「ふふ、舞台も役者も揃ったわね。そろそろ始めようかしら、国麻呂」

 咲耶波がそう言うと、国麻呂は地面に両手を付ける。すると、彼の手から無数の糸が噴き出し、地面を伝って瑞穂やミィアンたちのいる村へと伸びていった。


 ◇


”滑り出しは順調かしら…”

 私はミィアンの部隊の後ろについて行くように歩を進めていた。小さい頃に凛と遊んでいた煤木村は広く、大軍を展開できるほどであった。

 すでに、先頭のミィアンたちが敵との戦闘を開始している。

「姉様、ミィアン様の動きに少し変化があるです」
「どういう状況?」
「突撃し、防御陣の先頭に斬りかかっていますが、どうも進軍が止まってるです」
「進軍が?」
「はいです」

 小夜は前方に目を凝らす。すると、小夜が跨っていたシラヌイが敵の方角を見ながら唸る。

「何か臭うのぅ。気をつけられよ瑞穂殿、嫌な予感がする…」
「嫌な予感?」

 その時、体勢を崩すほどの勢いで地が揺れ、轟音が鳴り響いた。すると、煤木村の周囲を覆うかのように、地面が割れ、そこから土の壁が迫り出してきた。そして、私たちのいる本陣とミィアンたちがいる場所を遮るかのように、同じく私たちの周囲に土の壁が築き上げられた。

「地の割れ目に近づくな!」
「なっ、一体何が!?」
「ほっ、報告します!地面から突出した壁によって、先頭の部隊が分断されました!」
「何っ!?」
「リュウ様、ローズ様の部隊とも分断!」
「この術は奴の、いや、奴はカミコ殿に封印されておるはず…」

 私たちの軍は、突如として地面から現れた土の壁によって、各部隊が分断されてしまった。こうなってしまうと、小夜が考えた戦略の部隊行動などとれるはずもない。

 嵌められた。

「シラヌイ、これは」
「妾にはこの呪術の使い手に覚えがある。奴は、彼の大戦でカミコ殿に敗れ、その身は人目のつくことのない山奥へと封印されたはずなのじゃ…。奴の名は国麻呂、その正体は妖の賢者と謳われた名あり妖、土蜘蛛じゃ」
「名あり妖!?」
「左様。妾の記憶が正しければ、これは奴の十八番の呪術じゃ。奴は妖でありながら、戦では戦術を好む。すでにここは奴の巣じゃ…」
「そんな…じゃあ、私たちは今…」
「奴の巣にまんまと入り込んだ、恰好の獲物じゃろうな…」
「きゃあ!!」

 その時、後方から悲鳴が聞こえる。振り返ると、そこには人並みの大きさをした巨大な蜘蛛が、後方に控えていた巫女隊の一人の巫女を糸で絡めていた。

「ち、千代様!」
「桜!」

 周囲にいた兵士たちの攻撃や、千代の呪術による攻撃も虚しく、蜘蛛は捕らえた巫女を加えて壁を上ると、その身を鋭利な口で貪り始めた。

「いやぁああ!!」
「弓兵!あの蜘蛛を狙え!!」
「駄目だ、ここからじゃあの場所に届かない!」
「いや!死にたくない!助けて!」

 その叫び声は、蜘蛛が巫女の頭部に喰らいつくことで消え去った。頭部を失った巫女の身体から、おびただしい血が流れ落ち、血の雨が降る。

「あ、あ、あぁ…」

 その光景に、側にいた小夜は言葉を失い唖然とする。周囲を見渡すと蜘蛛が地面から湧き出てくる。

「かっ、囲まれている!?」
「千代!巫女隊を中央に!全員、方円を組み防御陣を整えるぞ!」

 唯一の脱出口である天は蜘蛛の糸で蓋をされ、私たちは完全に孤立してしまった。周囲を蜘蛛たちに囲まれているこの状態では、密集して個々の攻撃に対処するしか方法がない。

 千代や巫女たちを側に控えさせて、私は刀を抜く。この位置ですら、安全とはいえない。

「小夜!小夜!」
「ごめんなさい、私のせいなのです、ごめんなさい、私の…」

 小夜の方を見るが、小夜は唖然としたまま何かを呟き続けていた。

「くっ、シラヌイ!」
「うむ」
「小夜を守りなさい!絶対死なせるな!」
「承知じゃ」

 口調が荒れ、鼓動の脈打つ音が聞こえる。

 そさて、額を流れる一筋の汗。

 緊張しているのだ。この絶体絶命の状況に、緊張しない方がおかしい。
 
「千代、外の部隊に思念を、各自私たちに構わず自分たちの作戦を遂行しなさいと!」
「はっ、はい!」
「全員、この場を死守するぞ!」

 孤立無援の私たちに残された希望は、外にいる御剣たちに託すしかなかった。

「頼んだわよ、皆…」

 覚悟を決めた私は大御神の力を解放させる。
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