花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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決戦編

第58話 同盟撤回

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 皇宮の禊ノ間には、私の下命で各方面の重鎮や顔役たちが一同に集結していた。

 篝火が照らす中、こうして彼らを集めたのも、先日、私の元へと届いた一通の書状が全ての発端だった。

『大和征伐、皇国援兵承諾』
 
 それは、迦ノ国のウルイから届いた、大和征伐への皇国の参戦要求であった。
 
 現在、迦ノ国は大和と国境を接する北の地から、大軍を率いて北上していた。一方、大和は南の地である登勢において、迦ノ国の侵攻を食い止めるべく戦を展開している。

 宇都見国無きこの世において、大国として名を馳せている二国の大戦であった。
 
 皇国は仮初めであれ、迦ノ国と同盟関係である。本来であれば、同盟国から救援を要請されれば応じるのが同盟という関係性である。しかしながら、相手は他の追従を許さない超大国大和。帝であるミノウとは、先の大和への親善訪問の際に、良好な関係を築いている。
 
 迦ノ国が開いた戦端に参戦し、超大国である大和との関係を悪化させる事だけは避けたいのが、私の本心であった。それに、此度の迦ノ国の侵攻は、間違いなく領土拡張を目的としている。そもそもこの戦に皇国が参戦したところで、私たちの平和を求める理念に反していた。

 自国の兵を他国のために戦わせ、命を散らせる。例えどちらが勝ったとしても、どちらかについた私たちには失うものばかりであり、得るものはない。
 
「迦ノ国は、此度の戦に私たち皇国に軍の派兵を要請している。私はこの要請をきっぱりと断ろうと思う」
「英断かと。迦ノ国からは叱責を受けるでしょうが、今我らが大和との戦に参戦したところで、何も得るものはないかと」
「うちもそう思うなぁ。どうせ、宇都見国との戦いがうちらの劣勢になってれば、後ろから斬ろうとしとった連中やぇ。そんな連中に援軍なんか送るのも、何か違うと思うなぁ」
 
 この場にいる誰もが私の意見に同調している。しかし、問題はそれだけで解決するほど簡単なものでもなかった。
 
「ユーリ」
「はい。皆様はご存知ないかと思われますが、此度の宇都見国との戦に際し、聖上がご不在のこの皇宮に、招かれざる者が浸入しました。その者たちは、防諜に就いていました琥珀が処理しましたが、彼らを尋問した結果、荒吐の刺客であることが判明しました」
「荒吐、太古から恐れられている暗殺集団で、その拠点は確か迦ノ国に…」
「現在は迦ノ国に取り込まれ、腕利きの暗殺者たちが迦ノ国の尖兵となっている」
「では、彼らの正体が本当に荒吐であれば、迦ノ国は同盟国の聖上の御命を狙おうとした事になります」
「ええ。迦ノ国は同盟関係にある私の命を狙ったくせに、何も知らないふりをして、厚かましく援軍を要請したってことよ」
「しかし、なぜ彼らはその様な回りくどいことを…。それに、それほどの任を帯びた刺客が、簡単に自らの属する立場を口にするとは」
「そこが引っかかるの。同盟関係の国の長を襲うのも、わざわざ尋問程度で口を割る刺客を送り込むのも…」
「失礼。それについては、私から報告がございます」
 
 そう言ったのは、検非違使巡ら隊長でもあり、度重なる功績を修めて今では皇都守の地位となった瑛春であった。

「発言を許可するわ」
「では報告を。独自の調査で、私どもの把握する間者が迦ノ国の刺客と頻繁に接触していることが判明しております。刑部が間者を問い詰めたところ、確かに迦ノ国の長であるウルイの命によって動いていたと」
「瑛春、それが本当であれば今後の皇国の行く末を決める重要な事項になるわよ。信憑性はあるのかしら」
「この首と官職を賭けて、誠であると」
「迦ノ国の真意が分かりませんが、刺客を送ってきた者と共に戦うことは、我ら一同賛成しかねます」

 これには、その場にいる全員の答えが一致した。

「その通りね。ユーリ、迦ノ国の使者へは丁重にお断りするよう伝えて」
「御意にございます」
「ちょ、朝儀中、失礼いたします!」
 
 禊ノ間に入ってきたのは、息を切らした文官だった。
 
「朝儀中であるぞ、何事か!」
「いい、瑛春。報告を」
「無礼ながら報告させていただきます。大和より皇女を名乗る者が皇都南門である神羅門を訪ねて来ております」
「皇女…まさか、カヤが?」
「その者より書状を預かっております。封印には、大和天子帝乃印が!」

 文官から預かった書状には、間違いなく大和の帝の親書である証明、大和天子帝乃印と書かれた封蝋が押されていた。
 
「その者を私の前へ通しなさい」
 
 
 ◇
 
 
 帝都からほぼ休むことなく走り続けたカヤは、出立から約4日足らずで皇都へと到着した。
 
 皇都の玄関口である神羅門でしばらくの間、足止めを食らっていたカヤたちであったが、書状を文官に渡し、しばらくすると、皇国近衛兵守護の元、皇宮へと招かれることになった。
 
「瑞穂殿、急な来訪お許し願いたい」
「いえ、こちらこそ出迎えが出来ず申し訳ありません。皇女殿下、親書を拝見しましたが…」
「瑞穂殿。余は隠し事抜きで、単刀直入に伝えさせてもらいたい。余の父、大和の帝は、此度の迦ノ国との戦に、是非とも皇国の参戦を願いたいと申しておる」
「なっ、何だと⁉︎」
「大和は我らに迦ノ国との同盟を破れと申しているのか⁉︎」
 
 これには、事情を知らない文官や武官たちが大和側の不作法に異論を呈する。
 
「無礼は百も承知じゃ。この世において、国同士の決め事を破ることは、その国が信用に値しないと示すことになるのは理解しておる」
「なら、尚更のことではないか‼︎」
 
 場が騒がしくなる中、瑞穂が扇で椅子を叩くと、その場にいた者全員が一斉に口を閉じる。
 
「皇女殿下、確かに私は、貴国への旅路において帝殿と腹を割り、未来について話を交わした。その経験は私の一生に残る素晴らしきものだった。それに、私は皇女殿下個人にも、同じ気持ちを抱いています」
「なら!」
「ですが、戦への参戦要求はお断りします。例え大和であったとしても、皇国は迦ノ国と同盟にある以上、軍の派兵には賛同できません。他国の戦に、自国の民が血を流す理由がありませんから」
「なっ⁉︎」
 
 この答えには、瑞穂以外の全員が驚きを隠せなかった。この言葉の意味は、例え同盟関係であれ友好関係であっても、他国のいざこざに皇国は一切関与しないという意思の表れであったからだ。
 
「瑞穂、それは⁉︎」
「御剣、これは皇である私と大和皇女殿下の話よ。口を挟まないで」

 予想していたのか、カヤは辛辣な表情を向ける。

「やはり、そうであるか。此度、余は父の代理として言葉を伝えにきたのだったが、それでも皇国は動かない、そういうことじゃな…」
「皇国は大和にも、迦ノ国にも加担しない。遠路遥々ここまで来てもらったのに、申し訳ありません」
「承知した。父にはそう伝える。シオン、戻るとしよう」 
「はい」
 
 カヤはシオンと取り巻きを連れて謁見の間を出る。
 
「やはり、皇国は静観を貫くようですね」
「予想はしていたのじゃが、現実を告げられると思っていた以上に悲観してしまうのぅ…」
「ここまで来たのに、無駄足に終わってしまいましたね」
「仕方あるまい、瑞穂殿とて一国の長、自国の民を守るのが何よりも先決じゃ。しかし、父上には何と報告すれば良いか…」

 2人が皇宮の廊下を歩いていると、曲がり角の先から誰かの話し声が聞こえる。カヤは姿を隠しながら聞き耳を立てると、どうやら女官が立ち話をしている。
 
「ねぇ、北の街道が落石で寸断されたって話聞いてる?」
「確か、大和まで続く道だったよね。あそこ、北へ向かう唯一の街道だけど、落石のせいで人も通れない位らしいわ」

 女官たちが立ち去ってから、カヤとシオンは姿を見せる。

「北の街道、余たちが来た道ではないか…」
「皇国から大和へ戻る近道でしたが、彼女たちの話が本当でしたら、大きく迂回する必要がありますね。帝都へ戻るのには、遅くても半月は掛かるでしょう」
「それでは、この事を父に報告するのが遅れるぞ。思念では、信憑性が薄れよる…」 
 
 想定外の事態は続く。皇宮の外で2人の帰りを待っていたはずの侍女が、慌てて2人の元へと駆け寄ってきた。
 
「皇女様、シオン様。きゅ、急報にございます!」
「なんじゃ?」
「登勢での戦況が入りました」
「誠か⁉︎それで、戦況は?」
「は、はい。定かではありませんが、登勢における戦いは惨敗を喫し、ゴウマ様とコチョウ様の部隊は高野まで撤退したとのことです…」

 それは、無情にも大和の敗報であった。

「そ、それは誠か…。あの2人が負けたと言うのか…」
「ゴウマ様は敵方に捕縛され、コチョウ様は残存戦力を率いて高野へと後退されました」

 それは、これまで築いて来た大和の無双神話を、根幹から揺るがす重大な事態であった。

 
 ◇
 
 
 登勢の地における戦いでは、大和側の人間が予想だにしない結果を迎える事となっていた。
 
 当初は、迦ノ国の猛攻に圧倒されていた大和軍であったが、七星将の一人であるゴウマの前線における無双によって、大和軍は戦線を押し返し、形勢は徐々に大和側へと傾き始めていた。

 彼が一度腕を振るえば、数十人単位で敵が消え去る。彼の前には常人など塵に等しく、それを消し去るのに慈悲すら感じなかった。
 
「虫けらどもめ、消えるがいい」
 
 強大な呪術を纏った体術で、目の前の敵を殲滅していくゴウマ。

 しかし、いくら敵を倒したところで、無限に沸き続ける敵に、ゴウマ以外の大和兵たちには、徐々に疲労が見え始めていた。
 
 ゴウマの元に他方の戦況が届く。
 
「左翼、突破されました!」
「キリュウ将軍、ナギ連隊長討ち死に!」
「戦線が崩壊しつつあります!ゴウマ様、一時退却を」
「ならん」
「しかしっ⁉︎」
「ならんと言っておる。迦の虫けらどもが、一兵たりとも大和の地を踏むことは、このゴウマが許さぬ。退くな、このまま継戦だ」 
「で、ですが、かはっ⁉︎」
 
 ゴウマの側近たちが矢を受けて倒れる。ゴウマは自らに迫る矢を体術で叩き落とすが、兵士たちはそうもいかなかった。
 
 たちまち、前線で戦っていたゴウマは、たった一人で敵中に取り残されることとなる。
 
「やっぱり、七星将は強いなぁ。うちの兵隊どれだけ倒すんだよ」
「む」
 
 周囲を包囲されたゴウマの前に現れたのは、烏帽子を被り軽装な装束を身に纏った男。その手には、半弓が握られている。
 
「貴様が、敵将か?」
「まぁ、そうだね」
「その首、このゴウマが貰い受ける」
「この状況で俺の首を?」
「一騎討ちを申し込む。尋常に勝負されよ」

 男はその言葉を聞くと、呆れ笑いをする。

「誰が一騎打ちなんてするか。おい、こいつを生け捕りにするぞ」
「貴様っ⁉︎」
「油断するなよ。こいつは暴れ馬だからな」
 
 男が右手を振り下ろすと、四方から呪術や弓矢による攻撃が行われる。しかし、下級の呪術程度ではゴウマには効かない。
 
「その程度では、我は倒せん」
「別に、倒す必要ないんだよ」
「何っ⁉︎」
 
 ゴウマの右胸に、矢が命中する。その矢には術式が刻まれており、命中したゴウマの右胸から徐々に術式が広がり、全身が硬直する。

"此奴、いつの間に矢を…"

 身体を動かそうとするが、ゴウマの身体は意思に反して動こうとしない。

"体が、動かぬ…"

「くっ、ぐぐ」 
「簡単には動けないよ。俺の使う拘束術式の中でも、最も強力なものだからね」
「がぁああああ‼︎」
 
 雄叫びを上げ体を動かそうとするゴウマであったが、その後も男によって立て続けに矢を射られ、完全にその動きを封じられてしまった。
 
「呪術師、こいつを眠らせろ」
「承知しました」
 
 10人の呪術師による呪術により、何とか眠らされるゴウマ。象徴であり、圧倒的存在である七星将が封じられたことで戦意を失った大和兵たちは、我先と撤退を始めた。
 
「七星将、豪傑のゴウマもこの程度、大和も落ちたものだな。前進するぞ、奴らの背を叩く」
 
 ゴウマを敵に捕縛されたという報告を受け、本陣で指揮を取っていたコチョウは、早々に全軍を後退させる。

 こうして、登勢における戦いは大和軍が予想外の敗北を喫し、迦軍は戦力を維持し大和軍を追従する形で北上する事となった。
 

 ◇


 迦ノ国 国都 


 迦ノ国の国都、その中心には周りを山に囲まれた天然の要塞がそびえ立っている。その要塞こそ、迦ノ国初代皇である天子ウルイの座する長居城であった。

「ウルイ様、ジュラ様とオルルカン様の率いる遠征軍は、登勢で待ち構えていた大和軍を突破したとのことです。大和軍は後退し、残存部隊は高野へと撤退したとの事です」
「カカカ、そうかそうか、順調で何よりだ。して、皇国への援軍の要請はどうだ」
「皇国皇は、我らの戦いには参陣しないとのこと。大和からも同様の誘いがあったそうですが、こちらも断ったとのことです」
「ほう、儂の誘いは断ると予想していたが、大和も考えることは同じであったか。あの小娘にしては、正しい判断をしよるわ」
「ですが、同盟関係の皇国に荒吐を送り込んだ事については、すでに皇国に露呈してしまいました。使者の書状には、その件について釈明がない限り、同盟関係の解消を考えると書いておりました」

 ウルイは瑞穂から送られた書状を流し読みし、それを適当に破り捨てる。

「背を突いてやろうとしたが、まさか小娘自ら東へ出向いているとは思わんだったわ。先の戦で、宇都見国と共倒れすれば良かったが」
「だから言ったのに、皇。私が行けば、あの女の側近全員殺せたのに」

 不満そうにそう述べるルージュ。

「まぁ、そう言うなルージュ。急いては事を仕損じる。全ては儂の思い通りにことが進んでおる。お主には、敵が雁首揃えて集まったとき、一網打尽にしてもらうつもりだ」
「約束だよぉ、皇様」

 ウルイの言葉を聞き、不敵な笑みを浮かべるルージュ。

「任せておれ。それと書状については適当に流しておけ、何も知らんとな。使者も適当に処理しておけ」
「承知いたしました」
「それにしても、あの小娘。皇国皇という立場にありながら、自らを大御神などと謳いよって。儂がその化けの皮を剥がしてやるわい」

 ウルイの座する王座の側には、禍々しい呪力を纏う一振りの刀が置かれていた。


 ◇


 北の街道が落石により通行できなくなったことから、カヤ達はしばらくの間、皇国に滞在することにした。

 本来であれば、遠回りしてでも帝京へ帰京するつもりであったが、落石が人為的に起こされたものであるとの情報が入り、道中の安全を考慮した結果であった。

 本国との連絡手段は緊急事態ゆえ鳥か、若しくは一団に属する呪術師による思念で行うことにした。瑞穂も事態が落ち着くまでの間、カヤ達の皇都滞在を許した。

 カヤが滞在を選んだ理由は他にもあった。舞い込んでくる戦況が大和の劣勢に動く中、何としてでも皇国からの助力を得るために瑞穂を説得しようとしていたのだ。

「聖上、迦ノ国からの使者が期日までに戻りません。残念ながら、最悪の事態を想定した方が良いかと…」
「ユーリ、気持ちは分かるけど。他国の争いに私たちの血を流す必要はないわ」
「ですが、迦ノ国はご不在であったとは言え、聖上の御命を狙おうと刺客を送り込んできました。その様な国と、同盟関係を継続するのには、私は些か賛同しかねますわ…」
「私も同意見です。使者の扱いもありますし、刺客の件に対して正式な回答がない以上、迦ノ国との同盟関係は見限るべきかと…」

 国同士の取り決めは、そう簡単に解消することはできない。例えそれが、同盟関係でありながら刺客を送り込んできた国に対してもだ。

「…分かったわ。阿礼をここに呼んできて」

 瑞穂は迦ノ国との同盟関係となった当初から、人質として滞在していた稗田阿礼を呼んだ。

「僕に何か用、執筆で忙しいんだけど?」
「阿礼、今日をもってあなたは人質の身分を解消することになるわ」
「それって、迦ノ国との同盟を無かったことにするのか?」
「その通りよ」
「皇さんよ、一つだけ言っておく。確かに、あんたの命を狙ったのは荒吐の連中だ。しかし、ウルイの爺はそれについて知らないふりを通す。あんたが同盟を解消するのは勝手だが、あいつはそれを逆手にとって一方的に同盟を破棄したと難癖つけるはずだ」
「それでもよ。あなたを迦ノ国へ返すことで、迦ノ国との関係を元に戻すだけよ」
「言いにくいけど、僕はもう迦ノ国に戻る気はない」
「は?」

 人質の身でありながら、その立場を理解していない阿礼の発言に、瑞穂は思わず顔を歪ませる。

「あなた、自分の立場が分かっているの?」
「例え皇さんの命令であっても、聞けないね。僕はこの国の歴史書を最後まで書くって決めたんだ。何が嬉しくて、あんな野蛮な国に帰るかっての」
「何と我が儘な人質だ…」
「我が儘とか言うな。せっかく僕がこの国の歴史書を書いてやってるってのに」
「帰りなさい」
「やだね」
「帰れ」
「やだ!」
「あぁ、もう!」
「大体、大体な。ウルイの爺はもう僕のことなんか忘れているさ。そもそも俺はあいつの親類でもなんでもない。親類だってのも、村で一番の記憶力を持つ僕を手元に置こうと、勝手にでっち上げた噂話なんだ。第一、その親類が人質でいるのに、その国の皇を殺そうとするんだからな…」

 そう言った阿礼は、握りしめた拳を震わせる。

「帰ったところで、家族のいない僕の居場所なんてないんだ。また、一人ぼっちになるなんて、いやだ…」
「阿礼…」

 瑞穂は悩んだ末、ある結論を出す。

「分かったわ。人質としての身分は解消するけど、それとは別に、この国での滞在を許可するわ」
「良いの?」
「これからの処遇については、後で伝えるわ。下がりなさい」

 阿礼が出て行った後、仁が瑞穂に話しかける。

「宜しいのですか、聖上?」
「仕方がないわ。結果が同じなら、不幸になる人間は一人でも減らしておきたいし。迦ノ国との同盟は、私を狙った刺客を送り込んだ理由で解消する。はぁ、私も甘くなったわ…」
「聖上のご意志でしたら、我ら一同異論はございません。しかし彼にはご注意を、人質でないとはいえ、迦ノ国との繋がりは否定できません…」
「その心配はないわ、仁」
「え?」
「あの子の書いた皇国の歴史書には、嘘は書かれていない。偽りだらけの迦ノ国の歴史書と比べれば、それだけでもあの子を信用できるわ」

"いつの間に見てたんだよ…"

 その言葉を扉越しに聞いていた阿礼は、涙を目に浮かべながらそう呟いた。

 迦ノ国との同盟関係解消を決断した瑞穂は、離れの宮殿に滞在するカヤの元を訪れた。

「皇国皇、それは誠であるのか?」
「はい。皇国は今日をもって、迦ノ国との同盟を解消します」
「ならば、余の父の要請、受けてくれるのか⁉︎」
「いえ、皇国は大和の要請を受けません。ですが、皇国は明後日を持って、迦ノ国に対して宣戦を布告します」
「なぜじゃ。宣戦を布告せずとも、援軍さえ送れば…」
「いえ、どちらも同じことです。皇国はあくまで単独で迦ノ国へと侵攻し、皇であるウルイを討ちます。理由は、大和へ援軍を送ったところで、大軍を動かすには時間がかかりすぎるからです」

 カヤ達が軽装で休まず馬を走らせて4日掛かるなら、重武装の万単位の軍勢が移動するにはそれ相応の時間が掛かる。

 それなら、皇国は西の国境線から直接攻撃を仕掛ける方が、無駄が少ないと言うことにカヤも気付く。

「なら、余もその軍勢に同行する」
「カヤ様⁉︎」
「シオン。余がいれば、皇国が戦うのは大和の朝敵である迦ノ国となる。お父上なら、余が皇国軍と共にいる意味が解るはずじゃ」
「皇国は表向きは単独で、しかしカヤ様の存在は、大和に対して共通の敵を倒すという意味になる…」
「では、出立の際には、皇女殿下にも同行していただきます。それまでにはご準備をお願いします」
「皇国皇、いや、瑞穂之命殿!」

 立ち上がる瑞穂に、カヤは頭を床につけて礼を言う。

「感謝する!この御恩、余は一生忘れぬ!」
「皇女殿下はただ、帝都への帰途の際に偶然皇国軍と合流した。今回は、ただそれだけのことです」

 しかし、問題は山積みだった。宇都見国との戦で喪失した戦力を再編成するには、あとひと月は掛かる。

 そこで瑞穂は、ある事を思いついた。
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