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決戦編
第64話 大御神の神器
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「どうだった、千代?」
山の中で空き家を見つけた御剣は、瑞穂をここに移して療養する事にした。瑞穂は、自分の作った薬を飲んで眠りについている。しかし、眠っていても苦しそうな呼吸と表情をしていた。
「傷の方はもう少しで完治すると思います。ですが、ひとつ気になることが…」
「気になること?」
「はい。瑞穂様の脇腹、刺傷の部分から歪な力を持った呪力が感じられました。瑞穂様の呪力は、その歪な力を持つ呪力によって少しずつ侵食されています。御剣様、何か心当たりはありませんか?」
「歪な呪力、か」
御剣には思い当たる節があった。
「神滅刀、確か黒国主の呪力を纏っていると聞いたことがある…」
「く、黒国主様の、ですか⁉︎」
その名を聞いた千代は驚くと同時に、畏怖の表情を浮かべる。
「恐ろしい…ですが、にわかに信じられませんが…」
「確か、黒国主は根の国の大神だったか。そんなに恐ろしい存在なのか?」
「黒国主様は、ご存知の通り根の国の大神様でございます。かつて、禍ツ神様に操られていたとは言え、大戦で大御神様を追い詰めた恐ろしい力の持ち主でございます」
「大御神を?」
「はい…」
人々が、大御神への信仰を失うきっかけとなった禍ツ大和大戦。
大御神に付き従う旧来の大神たちと敵対した大和大神の中に、根の国の大神である黒国主がいた。
元々、黒国主は死者が生を終えて常世へと向かう前に訪れる根の国の管理を任されていた。
カミコやシラヌイの様に人の姿をとることなく、根の国の管理を任された黒国主は、言い換えれば根の国の存在そのもの。つまり、根の国という世界こそ、黒国主であるといえる。
禍ツ神である禍褄棚綺大神によって、大戦の際に根の国と現世との境界が破壊され、根の国から死者が現世へと溢れる事態が起こった。
これを黒国主の仕業であると仕立て上げた禍ツ神によって、時の大御神であるカミコ一行は根の国へ侵攻した。これには、事情を知らない黒国主が激怒し、自らの力を封じた神滅刀をある者に授け、カミコを斬らせた。
これにより、カミコは再起不能の傷を負ったが、初代斎ノ巫女と巫女たちによる懸命な説得の末、ことの次第を理解した黒国主が大御神派に鞍替えし、大戦は瞬く間のうちに終結した。
「大戦の後、初代様は大神を滅するという神滅刀を悪用されることを避けるため、神社に封印しておりました。あまりにも強大な力を持っていたため、封印の際には多くの巫女たちがその命を落としたほどです…」
「なるほどな。黒国主の力が恐れられている理由も分かった。千代、斎ノ巫女であるお前に聞きたいことが一つある」
「何でございましょうか?」
「時の大御神は、その神滅刀に斬られた際、どうやって生きながらえた。いや、単刀直入に言う。どうすれば瑞穂を救える?」
「………」
「千代、頼む。瑞穂を助けるためだ」
「………承知しました。大御神様を初め、人の姿を得て現世におられる大神様は、神器を創り出しその力を抑えております」
「大御神である瑞穂なら、三種の神器ということか?」
「左様にございます。御自ら創り出した神器から力を得ることで、大神様は元の力を取り戻すことができます…」
「俺が、その一つである剣だ。なら、どうすればいい?」
「直接、神器を取り込むことです」
その言葉を聞いた瞬間、沈黙が2人を包み込む。
「どういう事だ?」
「すでに、瑞穂様はその身に神器の一つである勾玉の首飾りを下げておられます。生憎、鏡は明風神社に。御剣様」
千代は言いにくそうに告げる。
「瑞穂様と目合い、その呪力を直接分け与えてください…」
◇
目の前で苦しそうに横になる瑞穂を見る。
互いにまだ子どもだった頃、瑞穂はよく体調を崩した。そんな時は、いつも屋敷で寝込む瑞穂の世話をしていた。
「御剣…」
あの頃から、俺たちは成長した。田舎の小さな村に生きてきた俺たちは、今では何千、何万という民の命運を握る立場となっていた。
「調子はどうだ。良くなってきたか?」
「分からない…」
「何か必要なものがあれば言ってくれ。俺に出来ることなら、何だってしてやる」
瑞穂がこんな事になったのも、従者である俺が情けなかったせいだ。主を、たったひとりの親友さえも守ることができなかった。
そんな俺の姿を、瑞穂は横になりながら見つめてきた。
「あなたのせいじゃない…」
「俺のせいだ。俺が強ければ、お前がこうして苦しむこともなかったんだ」
「ほんと、根っからの堅物ね…まぁ、御剣らしいと言えば、御剣らしいけど…」
すると、瑞穂は横になりながら俺の手を握ってきた。
「こうしていると、落ち着くの…ねぇ、御剣。一つお願いがあるの…」
「なんでも言ってくれ」
「横になって」
言われた通り、俺は瑞穂の隣に横になる。すると、瑞穂は体を寄せて密着させると、優しく抱き寄せてきた。
「変わってない…」
「え?」
「私を心配する時の顔つきも、口調も、目も、何もかもあの頃のまま…」
「人はすぐ変わらない。瑞穂もあの頃のままだぞ」
「ふふ…良かった。私、心配してたの。自分が大御神として生きると、なにかを失うんじゃないかって…。でも、あなたも、千代も、藤香も、日々斗も、みんないつまでも私のことを瑞穂って呼んでくれる…」
「俺たちにとって、お前が例え大御神だとしても、葦原の瑞穂には変わりないからな」
「ねぇ、御剣」
瑞穂は苦い表情を抑え、優しさに満ちた笑顔を見せる。
「好きよ、御剣。あの頃から変わらない、かっこいいあなたのことが好き」
「俺も、今はっきりした。俺はお前を好いている。従者となったあの日から」
瑞穂は目を閉じる。俺は瑞穂の口にそっと自分の口を近づけた。
柔らかい感触。
一度口を離すが、再び抱き寄せられて口づけを交わす。瑞穂とは、過去に何度かしてきたが、今までとは違い初めての様に感じた。
互いに抱きしめる力が強くなる。
「不思議、こうしてあなたに抱きついていると、どこか落ち着く…」
「………」
◇
「瑞穂様と目合い、直接呪力を分け与えてください…」
私は、何を言っているのだろうか。
分かっていたはずだ。斎ノ巫女として、仕える大御神様のためにするべきことを。
大神様と神器の関係性についても、理解している。
大御神様である瑞穂様の力を取り戻すために、神器である御剣様が何をしなければならないのかも分かっていた。
だから、私は自分の仕事を、自分の役目を果たした。
なのに、この苦しみは。胸を締め付けるような気持ちは、何。
小屋から離れた私は、雨の降りしきる中、一人で洞窟へと戻った。
「おかえり、千代」
「藤香様、お身体はもう大丈夫なんですか?」
洞窟に戻ってすぐ、重傷だった藤香様が私を出迎えた。
「もう大丈夫、千代のおかげで動けるようになった」
「ですが、まだ完治しておりませんので、どうか安静に」
「千代、瑞穂は?それに、御剣の姿も見えないけど」
「離れた小屋にて療養されています…」
「そう…」
それを聞いた藤香様は、何かを察したのかそれ以上なにも聞いてこなかった。
しばらくして、シラヌイ様とミィアン様が戻ってきた。御二方は、瑞穂様が無事であることを知ると、安堵の表情を浮かべた。
「巫女のお姉さん」
「どうしましたか琥珀様?」
琥珀様は私の背後に回ると、小さな身体で私に抱きついてきた。
「巫女のお姉さん、元気ない」
「そ、そうでございますか?」
「うん。だから、私が癒してあげる」
琥珀様に無垢な笑顔を向けられ、気分が少し和らいだ気がした。
“私も、覚悟を決めなければ…“
来るべき時を前に、私自身も自分の中で覚悟と決意を決めなければならない。
◇
一方、別働隊として行動し、奇襲に参加しなかったカヤたちを襲撃したルージュたちであったが、カヤやシオン、そしてシラヌイや千代たちの予想外の抵抗を受け、配下の暗殺者のほとんどを失った状態で撤退を余儀なくされた。
かくいうルージュ自身も、左肩にカヤの放った矢が突き刺さり、右足に至っては、骨が見えるのではないかと思えるほど深い切創が見受けられた。
「殺してやる…殺してやる…殺してやる…」
傷口の手当をしつつ、ルージュは呪文のようにそう唱えていた。
「派手にやられたようだな、ルージュよ」
「ッ⁉︎聖上…」
手当をするルージュの元に、同じく傷痕が痛々しいウルイがやってくる。
驚くべきことに、瑞穂が斬り落としたはずの右手は、傷口が黒い触手のような物で継ぎ接ぎされ、元の体へと戻っていたのだ。
「その腕は、どうしたの?」
「ちと、斬られてしまってな。儂としたことが油断してしもうたわ」
斬られたと言った割には、その腕は元どおりになっている。
「どうやってくっ付けたの?」
「カカカ。なあに、この刀の力を借りれば斬られた腕もこの通り元通りよ」
ウルイの右手を繋げるその黒い触手は、まるで生きているかのようにうねる。その触手から不気味な呪力を感じ取ったルージュは、生まれて初めて他者に対する嫌悪という感情を覚えた。
しかし、もう一人のピュラは笑った。
「あはっ、何それ、興味深いんだけど!」
ルージュ、もといピュラは治療を終えると、地面に突き刺していた円刀を手にして立ち上がる。
「それで、予定通り高野に攻め上がるの?それとも、のこのこ侵入してきた皇国の連中を縊り殺すの?」
「いや、儂らはこのまま高野へと北上する。今の皇国に我らの進行を止められる術はない。ピュラよ、其方は殿を務め、背後から攻めてくるであろう皇国皇たちを迎え討つのじゃ」
「皇国皇?腕を斬られたとは言え、聖上が突き刺したんじゃないの?」
「彼奴ならまだ生きておる。致命傷を負ったのは確かだろうが、死んではおらぬだろう」
ウルイにとっての優先目標は、大和の打倒であり、皇国は二の次であった。ゆえに、ウルイに対する瑞穂たちの奇襲も、彼にとっては意に留めるほどのものではなかった。
「カカカ、致命傷を負ってもなお、儂の腕を斬り落としたのだ。並みの人間には出来ぬ芸当だ。彼奴、誠に大御神なのかも知れぬな」
ウルイはそう言うと、薙刀を手に馬へと跨り、北に向けて兵を引き連れ北上していく。
彼らが向かうは、大和の国都たる帝京。
大国同士の生き残りを賭けた戦い。巻き込まれる皇国。
勝敗の行方は如何に。
山の中で空き家を見つけた御剣は、瑞穂をここに移して療養する事にした。瑞穂は、自分の作った薬を飲んで眠りについている。しかし、眠っていても苦しそうな呼吸と表情をしていた。
「傷の方はもう少しで完治すると思います。ですが、ひとつ気になることが…」
「気になること?」
「はい。瑞穂様の脇腹、刺傷の部分から歪な力を持った呪力が感じられました。瑞穂様の呪力は、その歪な力を持つ呪力によって少しずつ侵食されています。御剣様、何か心当たりはありませんか?」
「歪な呪力、か」
御剣には思い当たる節があった。
「神滅刀、確か黒国主の呪力を纏っていると聞いたことがある…」
「く、黒国主様の、ですか⁉︎」
その名を聞いた千代は驚くと同時に、畏怖の表情を浮かべる。
「恐ろしい…ですが、にわかに信じられませんが…」
「確か、黒国主は根の国の大神だったか。そんなに恐ろしい存在なのか?」
「黒国主様は、ご存知の通り根の国の大神様でございます。かつて、禍ツ神様に操られていたとは言え、大戦で大御神様を追い詰めた恐ろしい力の持ち主でございます」
「大御神を?」
「はい…」
人々が、大御神への信仰を失うきっかけとなった禍ツ大和大戦。
大御神に付き従う旧来の大神たちと敵対した大和大神の中に、根の国の大神である黒国主がいた。
元々、黒国主は死者が生を終えて常世へと向かう前に訪れる根の国の管理を任されていた。
カミコやシラヌイの様に人の姿をとることなく、根の国の管理を任された黒国主は、言い換えれば根の国の存在そのもの。つまり、根の国という世界こそ、黒国主であるといえる。
禍ツ神である禍褄棚綺大神によって、大戦の際に根の国と現世との境界が破壊され、根の国から死者が現世へと溢れる事態が起こった。
これを黒国主の仕業であると仕立て上げた禍ツ神によって、時の大御神であるカミコ一行は根の国へ侵攻した。これには、事情を知らない黒国主が激怒し、自らの力を封じた神滅刀をある者に授け、カミコを斬らせた。
これにより、カミコは再起不能の傷を負ったが、初代斎ノ巫女と巫女たちによる懸命な説得の末、ことの次第を理解した黒国主が大御神派に鞍替えし、大戦は瞬く間のうちに終結した。
「大戦の後、初代様は大神を滅するという神滅刀を悪用されることを避けるため、神社に封印しておりました。あまりにも強大な力を持っていたため、封印の際には多くの巫女たちがその命を落としたほどです…」
「なるほどな。黒国主の力が恐れられている理由も分かった。千代、斎ノ巫女であるお前に聞きたいことが一つある」
「何でございましょうか?」
「時の大御神は、その神滅刀に斬られた際、どうやって生きながらえた。いや、単刀直入に言う。どうすれば瑞穂を救える?」
「………」
「千代、頼む。瑞穂を助けるためだ」
「………承知しました。大御神様を初め、人の姿を得て現世におられる大神様は、神器を創り出しその力を抑えております」
「大御神である瑞穂なら、三種の神器ということか?」
「左様にございます。御自ら創り出した神器から力を得ることで、大神様は元の力を取り戻すことができます…」
「俺が、その一つである剣だ。なら、どうすればいい?」
「直接、神器を取り込むことです」
その言葉を聞いた瞬間、沈黙が2人を包み込む。
「どういう事だ?」
「すでに、瑞穂様はその身に神器の一つである勾玉の首飾りを下げておられます。生憎、鏡は明風神社に。御剣様」
千代は言いにくそうに告げる。
「瑞穂様と目合い、その呪力を直接分け与えてください…」
◇
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互いにまだ子どもだった頃、瑞穂はよく体調を崩した。そんな時は、いつも屋敷で寝込む瑞穂の世話をしていた。
「御剣…」
あの頃から、俺たちは成長した。田舎の小さな村に生きてきた俺たちは、今では何千、何万という民の命運を握る立場となっていた。
「調子はどうだ。良くなってきたか?」
「分からない…」
「何か必要なものがあれば言ってくれ。俺に出来ることなら、何だってしてやる」
瑞穂がこんな事になったのも、従者である俺が情けなかったせいだ。主を、たったひとりの親友さえも守ることができなかった。
そんな俺の姿を、瑞穂は横になりながら見つめてきた。
「あなたのせいじゃない…」
「俺のせいだ。俺が強ければ、お前がこうして苦しむこともなかったんだ」
「ほんと、根っからの堅物ね…まぁ、御剣らしいと言えば、御剣らしいけど…」
すると、瑞穂は横になりながら俺の手を握ってきた。
「こうしていると、落ち着くの…ねぇ、御剣。一つお願いがあるの…」
「なんでも言ってくれ」
「横になって」
言われた通り、俺は瑞穂の隣に横になる。すると、瑞穂は体を寄せて密着させると、優しく抱き寄せてきた。
「変わってない…」
「え?」
「私を心配する時の顔つきも、口調も、目も、何もかもあの頃のまま…」
「人はすぐ変わらない。瑞穂もあの頃のままだぞ」
「ふふ…良かった。私、心配してたの。自分が大御神として生きると、なにかを失うんじゃないかって…。でも、あなたも、千代も、藤香も、日々斗も、みんないつまでも私のことを瑞穂って呼んでくれる…」
「俺たちにとって、お前が例え大御神だとしても、葦原の瑞穂には変わりないからな」
「ねぇ、御剣」
瑞穂は苦い表情を抑え、優しさに満ちた笑顔を見せる。
「好きよ、御剣。あの頃から変わらない、かっこいいあなたのことが好き」
「俺も、今はっきりした。俺はお前を好いている。従者となったあの日から」
瑞穂は目を閉じる。俺は瑞穂の口にそっと自分の口を近づけた。
柔らかい感触。
一度口を離すが、再び抱き寄せられて口づけを交わす。瑞穂とは、過去に何度かしてきたが、今までとは違い初めての様に感じた。
互いに抱きしめる力が強くなる。
「不思議、こうしてあなたに抱きついていると、どこか落ち着く…」
「………」
◇
「瑞穂様と目合い、直接呪力を分け与えてください…」
私は、何を言っているのだろうか。
分かっていたはずだ。斎ノ巫女として、仕える大御神様のためにするべきことを。
大神様と神器の関係性についても、理解している。
大御神様である瑞穂様の力を取り戻すために、神器である御剣様が何をしなければならないのかも分かっていた。
だから、私は自分の仕事を、自分の役目を果たした。
なのに、この苦しみは。胸を締め付けるような気持ちは、何。
小屋から離れた私は、雨の降りしきる中、一人で洞窟へと戻った。
「おかえり、千代」
「藤香様、お身体はもう大丈夫なんですか?」
洞窟に戻ってすぐ、重傷だった藤香様が私を出迎えた。
「もう大丈夫、千代のおかげで動けるようになった」
「ですが、まだ完治しておりませんので、どうか安静に」
「千代、瑞穂は?それに、御剣の姿も見えないけど」
「離れた小屋にて療養されています…」
「そう…」
それを聞いた藤香様は、何かを察したのかそれ以上なにも聞いてこなかった。
しばらくして、シラヌイ様とミィアン様が戻ってきた。御二方は、瑞穂様が無事であることを知ると、安堵の表情を浮かべた。
「巫女のお姉さん」
「どうしましたか琥珀様?」
琥珀様は私の背後に回ると、小さな身体で私に抱きついてきた。
「巫女のお姉さん、元気ない」
「そ、そうでございますか?」
「うん。だから、私が癒してあげる」
琥珀様に無垢な笑顔を向けられ、気分が少し和らいだ気がした。
“私も、覚悟を決めなければ…“
来るべき時を前に、私自身も自分の中で覚悟と決意を決めなければならない。
◇
一方、別働隊として行動し、奇襲に参加しなかったカヤたちを襲撃したルージュたちであったが、カヤやシオン、そしてシラヌイや千代たちの予想外の抵抗を受け、配下の暗殺者のほとんどを失った状態で撤退を余儀なくされた。
かくいうルージュ自身も、左肩にカヤの放った矢が突き刺さり、右足に至っては、骨が見えるのではないかと思えるほど深い切創が見受けられた。
「殺してやる…殺してやる…殺してやる…」
傷口の手当をしつつ、ルージュは呪文のようにそう唱えていた。
「派手にやられたようだな、ルージュよ」
「ッ⁉︎聖上…」
手当をするルージュの元に、同じく傷痕が痛々しいウルイがやってくる。
驚くべきことに、瑞穂が斬り落としたはずの右手は、傷口が黒い触手のような物で継ぎ接ぎされ、元の体へと戻っていたのだ。
「その腕は、どうしたの?」
「ちと、斬られてしまってな。儂としたことが油断してしもうたわ」
斬られたと言った割には、その腕は元どおりになっている。
「どうやってくっ付けたの?」
「カカカ。なあに、この刀の力を借りれば斬られた腕もこの通り元通りよ」
ウルイの右手を繋げるその黒い触手は、まるで生きているかのようにうねる。その触手から不気味な呪力を感じ取ったルージュは、生まれて初めて他者に対する嫌悪という感情を覚えた。
しかし、もう一人のピュラは笑った。
「あはっ、何それ、興味深いんだけど!」
ルージュ、もといピュラは治療を終えると、地面に突き刺していた円刀を手にして立ち上がる。
「それで、予定通り高野に攻め上がるの?それとも、のこのこ侵入してきた皇国の連中を縊り殺すの?」
「いや、儂らはこのまま高野へと北上する。今の皇国に我らの進行を止められる術はない。ピュラよ、其方は殿を務め、背後から攻めてくるであろう皇国皇たちを迎え討つのじゃ」
「皇国皇?腕を斬られたとは言え、聖上が突き刺したんじゃないの?」
「彼奴ならまだ生きておる。致命傷を負ったのは確かだろうが、死んではおらぬだろう」
ウルイにとっての優先目標は、大和の打倒であり、皇国は二の次であった。ゆえに、ウルイに対する瑞穂たちの奇襲も、彼にとっては意に留めるほどのものではなかった。
「カカカ、致命傷を負ってもなお、儂の腕を斬り落としたのだ。並みの人間には出来ぬ芸当だ。彼奴、誠に大御神なのかも知れぬな」
ウルイはそう言うと、薙刀を手に馬へと跨り、北に向けて兵を引き連れ北上していく。
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