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総撃編
第44.5話 草薙の残照
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葦原村の周囲には、いくつもの村が存在する。
緋ノ国時代、関所によって物流が停滞していた村は、近隣の村同士で物資を援助しあう事によって生活を維持していた。
そのため、皇国となった今でも村同士の結束力は強く、新体制となった皇国では各村の長が国の重要な役割を担ったりしている。
そんな皇国に、とある村が存在する。
その村は草薙村といい周囲の村の中では一番の規模を誇っていた。
◇
荒れ果てた村の入り口へとやってきたのは、右京と仁。
二人は皇である瑞穂から、この村の調査を命じられてやって来た。
きっかけは、皇国における各村の長に対して役職の割当てをしていた時、ふと高齢の村長が草薙村の話をこぼしたのが始まりだった。
「随分と荒れ果ててやがるな」
「人の気配も感じられませんね」
瑞穂にとって、自分の代わりとして仕事を任せる二人に、自国の未把握情報をできる限り解消することを命じていた。
この村は葦原の隣に位置しながら、何らかの理由で今日までその存在が語られてこなかったのだ。
その存在を知っているのは、村長にあっても一部の老年層。
その他の人間は、草薙という村の存在すら知らないという状態であった。
二人は瑞穂が皇宮にいる合間を見て調査に向かった。
「確かに、道から外れた山道の奥にあるが。これほど大きな村が一切話題にならないのは、不思議だ」
右京は村を見てそう呟く。
「中を見ましょう、右京。この村の手がかりが見つかるかもしれませんし」
そう言って、仁は手近な家屋の中に足を踏み入れる。
村の家屋は木々の浸食が進み、屋根や壁に草木が絡み付いている。
倒壊しかけている屋根の隙間から陽の光が差し込んでいた。
「随分と前に打ち捨て去られたみたいですね。家屋は経年による劣化はしていますが、損傷は見当たりません」
「じゃあ、戦や盗賊の襲撃なんかで人がいなくなったとかじゃなくて、ただこの村から人が去ったってわけか?」
「ですが、これほどの村を放棄する理由がわかりません。もう少し探索してみましょう」
二人がしばらく村を探索していると、どこからか人の声がすることに気がつく。
「右京」
「あぁ、何かがいやがるぜ」
武器を構えつつ声のする方へと進むと、たどり着いた先は荒れ果てた村に唯一原型を残し、手入れが行き届いている神社であった。
「なぜここだけ、これほどに綺麗なのでしょうか…」
「草薙村の神社、草薙神社か。どこかで聞いた記憶があるんだが…」
右京には草薙神社に聞き覚えがあったものの、詳しいことについては思い出せなかった。
「あれは…」
視線の先には、空に向かって伸びる六角の柱の上に座り、二人を見下ろす女性の姿があった。
◇
妾は、何と愚かだったのだろう。
共に世の安寧を願った友。その友の目論見を見抜くことができず、守るべきはずであった世の調和を乱す羽目になった。
そして、妾に付き従っていた伊之瀬も、草薙の村人たちも、皆離れていった。
信仰の消失。
人の信仰によってその姿を保つことができる大神にとって、自分に対する信仰の薄れは存在価値の低下と言い換えられる。
そう、妾はこの世に、この世の人に必要とされなくなった。
土地神として長きにわたってこの地を守り続けてきた。辛うじて形を保っていられるのは、古くから妾を信仰してくれた村の老人たちの信仰のおかげである。
しかし、今はそれも次第に薄れつつあった。
必要とされなくなるのも当然だ。
世の調和を乱し、あろうことか自らの母なる存在である大御神に反旗を翻した。
この身、この心、この力。
もはや必要ではなくなった。
妾は、自らが大神であることを放棄しようとした。
「あなたは、この地の大神。この地を愛し、この地に愛されし存在。その行いは到底許されるべきではない。しかし、あなたにはやるべきことが残っている」
しかし、あのお方は違った。
私に進むべき道を示してくれた。
◇
女は二人の姿を見ると、柱から飛び降り地面へと着地する。
警戒する二人に歩み寄り、口を開く。
「妾の姿が見えるものと出会うのは、いつぶりであろうか…」
女は二人の顔をじっと見ると、その理由に気がつく。
「なるほど、其方らには大御神さまの御加護が付いているのか。それであれば、妾の姿が見えるのも不思議ではないな」
話がよく分からなかった二人は、困った表情を浮かべながら女に問いかけた。
「失礼、私は仁、こちらは右京と申します。貴女は…」
「妾か?」
女はふふっと笑う。
「亡霊、いや、死に損ないの方が妥当か。そうだな、クサナギとでも呼んでくれ」
クサナギと名乗った女は、自らの犯した罪について赤裸々に語り始めた。
彼女にとって、失ったものは途方もなく多かったが、同時に得たものもまた多かった。
だからそこ、今は誰か人のためにこの場にその姿を保ち続けている。
「友の犯した罪、一生消えることのない魂を持ち、こうして移りゆく時代を見守るのも、また一興。稀に訪れる其方らのような人に、過去を語るもいとおかし。ここに参ったのもなにかの縁。其方らに妾の加護を授けよう」
村はこの地を統べていた大神への信仰心が失われ、次第に衰退していった。
訪れた二人はクサナギにそう告げられ、特に疑うことなく理解を示し、村から去っていった。
「やはり、あなたの周りには、不思議と人が集まるのですね。大御神殿…」
柱の頂に座る彼女を、夕日が淡く照らした。
草薙比命姫
草薙村の土地神である彼女は、自身に対する信仰が失われてもなお、祀られている神社へ鎮座し、罪を償い続けていた。
緋ノ国時代、関所によって物流が停滞していた村は、近隣の村同士で物資を援助しあう事によって生活を維持していた。
そのため、皇国となった今でも村同士の結束力は強く、新体制となった皇国では各村の長が国の重要な役割を担ったりしている。
そんな皇国に、とある村が存在する。
その村は草薙村といい周囲の村の中では一番の規模を誇っていた。
◇
荒れ果てた村の入り口へとやってきたのは、右京と仁。
二人は皇である瑞穂から、この村の調査を命じられてやって来た。
きっかけは、皇国における各村の長に対して役職の割当てをしていた時、ふと高齢の村長が草薙村の話をこぼしたのが始まりだった。
「随分と荒れ果ててやがるな」
「人の気配も感じられませんね」
瑞穂にとって、自分の代わりとして仕事を任せる二人に、自国の未把握情報をできる限り解消することを命じていた。
この村は葦原の隣に位置しながら、何らかの理由で今日までその存在が語られてこなかったのだ。
その存在を知っているのは、村長にあっても一部の老年層。
その他の人間は、草薙という村の存在すら知らないという状態であった。
二人は瑞穂が皇宮にいる合間を見て調査に向かった。
「確かに、道から外れた山道の奥にあるが。これほど大きな村が一切話題にならないのは、不思議だ」
右京は村を見てそう呟く。
「中を見ましょう、右京。この村の手がかりが見つかるかもしれませんし」
そう言って、仁は手近な家屋の中に足を踏み入れる。
村の家屋は木々の浸食が進み、屋根や壁に草木が絡み付いている。
倒壊しかけている屋根の隙間から陽の光が差し込んでいた。
「随分と前に打ち捨て去られたみたいですね。家屋は経年による劣化はしていますが、損傷は見当たりません」
「じゃあ、戦や盗賊の襲撃なんかで人がいなくなったとかじゃなくて、ただこの村から人が去ったってわけか?」
「ですが、これほどの村を放棄する理由がわかりません。もう少し探索してみましょう」
二人がしばらく村を探索していると、どこからか人の声がすることに気がつく。
「右京」
「あぁ、何かがいやがるぜ」
武器を構えつつ声のする方へと進むと、たどり着いた先は荒れ果てた村に唯一原型を残し、手入れが行き届いている神社であった。
「なぜここだけ、これほどに綺麗なのでしょうか…」
「草薙村の神社、草薙神社か。どこかで聞いた記憶があるんだが…」
右京には草薙神社に聞き覚えがあったものの、詳しいことについては思い出せなかった。
「あれは…」
視線の先には、空に向かって伸びる六角の柱の上に座り、二人を見下ろす女性の姿があった。
◇
妾は、何と愚かだったのだろう。
共に世の安寧を願った友。その友の目論見を見抜くことができず、守るべきはずであった世の調和を乱す羽目になった。
そして、妾に付き従っていた伊之瀬も、草薙の村人たちも、皆離れていった。
信仰の消失。
人の信仰によってその姿を保つことができる大神にとって、自分に対する信仰の薄れは存在価値の低下と言い換えられる。
そう、妾はこの世に、この世の人に必要とされなくなった。
土地神として長きにわたってこの地を守り続けてきた。辛うじて形を保っていられるのは、古くから妾を信仰してくれた村の老人たちの信仰のおかげである。
しかし、今はそれも次第に薄れつつあった。
必要とされなくなるのも当然だ。
世の調和を乱し、あろうことか自らの母なる存在である大御神に反旗を翻した。
この身、この心、この力。
もはや必要ではなくなった。
妾は、自らが大神であることを放棄しようとした。
「あなたは、この地の大神。この地を愛し、この地に愛されし存在。その行いは到底許されるべきではない。しかし、あなたにはやるべきことが残っている」
しかし、あのお方は違った。
私に進むべき道を示してくれた。
◇
女は二人の姿を見ると、柱から飛び降り地面へと着地する。
警戒する二人に歩み寄り、口を開く。
「妾の姿が見えるものと出会うのは、いつぶりであろうか…」
女は二人の顔をじっと見ると、その理由に気がつく。
「なるほど、其方らには大御神さまの御加護が付いているのか。それであれば、妾の姿が見えるのも不思議ではないな」
話がよく分からなかった二人は、困った表情を浮かべながら女に問いかけた。
「失礼、私は仁、こちらは右京と申します。貴女は…」
「妾か?」
女はふふっと笑う。
「亡霊、いや、死に損ないの方が妥当か。そうだな、クサナギとでも呼んでくれ」
クサナギと名乗った女は、自らの犯した罪について赤裸々に語り始めた。
彼女にとって、失ったものは途方もなく多かったが、同時に得たものもまた多かった。
だからそこ、今は誰か人のためにこの場にその姿を保ち続けている。
「友の犯した罪、一生消えることのない魂を持ち、こうして移りゆく時代を見守るのも、また一興。稀に訪れる其方らのような人に、過去を語るもいとおかし。ここに参ったのもなにかの縁。其方らに妾の加護を授けよう」
村はこの地を統べていた大神への信仰心が失われ、次第に衰退していった。
訪れた二人はクサナギにそう告げられ、特に疑うことなく理解を示し、村から去っていった。
「やはり、あなたの周りには、不思議と人が集まるのですね。大御神殿…」
柱の頂に座る彼女を、夕日が淡く照らした。
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