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忘却編
第17話 大御神の怒り
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大和による郷への侵攻から約二週。登勢において壊滅的な被害を被った郷軍は、各地で敗北を重ね、ついに郷の族長たちが集う巨城、犬坂城にまで大和の手が伸びていた。
郷の敗北が避けられぬものとなったせいか、郷軍を構成する氏族たちの中には、犬坂城に大和朝廷軍が迫るや否や、戦線から離脱する者が現れ始めた。
氏族ごとに独立した勢力を持つ郷は、もともと緩やかな連合体であり、今回の戦も共通の敵に対処するために集まったに過ぎなかった。
郷をまとめているのは族長会と呼ばれる長老たちの集まりであり、その長たる大族長は、齢七十を超えた老人であった。
彼は、互いに牽制し合う氏族同士を一応にまとめ上げ、大和朝廷軍に対する兵団を結成させたが、その結束力にはもとより綻びがあり、敗北を重ねるうちに復元不能なほどに広がっていた。
結果として、大族長や族長会に不満を抱く氏族を中心に、戦いに見切りをつける者が続出した。
一度、味方が離れれば、その流れを止めることはできない。我も我もと有力な氏族たちが戦場から消えていく。もはや、大族長率いる族長会にこれを止める術はなかった。
そして、最終的に残されたのは、犬坂城へと迫る大和朝廷軍への対処にあたり、この城を死守しなければならない大族長とその氏族の兵、彼の命令に従う族長会の氏族の兵のみとなった。
大族長は今、天守閣にて犬坂城を包囲する大和朝廷軍の軍勢を見据えていた。
“もはや、この城に大和からの攻撃を防ぐだけの力など残っておらぬ……それに、郷を束ねる者として、これ以上犠牲を生むは許されぬ。となれば……”
彼は眼前に並ぶ族長会の氏族の長たちへ視線を向けた。大族長は族長らに向けて、静かに口を開く。
「我らも、もはやこれまでだ。これより城を捨て、一戦交えることなく大和軍に降る」
その大族長の言葉に、族長たちは一斉にざわつき始めた。中には、その言葉が信じられなかったのか、何度も聞き返してくる者もいた。
そんな彼らに再び大族長は言う。
「繰り返すぞ……これより大和へ降る」
大族長は族長たちを見ながら、そうはっきりと言い放った。しかし、その言葉を聞いた族長たちは納得がいかないのか、その不満を強く声へと乗せて言い放つ。
「ここは我らが生まれ育った郷ぞ!それを敵を前にして戦わずに降るとは……」
「そうだ!投降くらいなら、死ぬ覚悟で奴らと戦って滅ぶ!」
「大族長!戦わずして降るなど、郷の威信に傷がつくぞ!」
族長たちは、大族長の言葉に反発し、次々と不満を口にする。中には、武器を手に取り立ち上がろうとする者までいる始末だった。
そんな彼らの反応を受けて、大族長はため息を一つ吐くと静かに呟いた。
"やむを得ぬか…”
「…そうか……お前たちは、その覚悟なのだな……ならば、もう何も言うまい。私と共に命尽きるまで戦うがよい」
「大族長……?」
族長たちは、大族長のその言葉に困惑する。だが、そんな彼らに構わず、彼は続けて叫んだ。
「我らは誇り高き郷の戦士!命ある限り戦い抜くぞ!」
その言葉に、族長たちの表情は一変した。先程まで不満を口にしていた彼らは、大族長の言葉に強く頷いた。
そうして、族長会の面々は各々の武器を手に天守閣から城外へと降りていく。彼らの足取りは重く、表情も暗いものだったが、その胸の内にある誇り高き戦士の魂だけは失われてはいなかった。
◇
一方、犬坂城を包囲した大和朝廷軍は、族長会の徹底抗戦の意思を確認すると、一斉に攻撃を開始した。
大和朝廷軍は城を包囲するため、周囲に砦を築いていた。その砦は元々、族長会に属する氏族の兵たちによって作られたものだったが、すでに大和の手に落ちていた。
その様子を見ていたのは、大和朝廷軍を率いる七星将の一人、『荒波のカイリュウ』であった。
そして、その傍に控えるのが荒神と呼ばれる存在。
“………”
荒波のカイリュウは、目の前の光景に無言で思考した。確かに、族長会は徹底抗戦の構えを見せている。
しかし、その数は族長会に属する全ての氏族が集まったわけでもなく、恐らくは郷全体からかき集めた数だろう。それが、大和朝廷軍の圧倒的な兵力により包囲されているのだ。
「さて、やりますか」
カイリュウは人の背丈ほどある太刀を背負うと、犬坂城の城壁に向かった。
◇
葦原に郷の犬坂城が崩落したとの報が届いたのは、それから約二日後のことだった。大和による郷への侵攻開始から半月も経たないうちに、郷は実権を掌握された。
その事実は、侵攻を受けていない地の民たちにとって、大和がどれほどの力を持っているのかを肌で感じさせるものだった。
「聞いたか、大和が郷を滅ぼしたらしいぞ」
「あぁ、何でも大神様が軍に加わったもんだから、あの精強な郷の騎馬兵たちが全く歯が立たなかったらしい」
情報は、各地を放浪する旅人たちによって伝わっていった。
カミコの屋敷では、神威大神たちが再び集まっていた。
◇
カミコの屋敷では、神威大神たちが再び集まり、事態の推移を見守っていた。その場にいた全員が神妙な面持ちをしている。
「ゲンゲツ、私に報告したことを皆に伝えて」
「はい。先日、私とアマノ様が登勢の地で大和朝廷軍と郷兵の戦いを見てきました。すでに大和朝廷軍の中枢に大和大神が入り込んでおり、その筆頭が武の大神、布波武堅大神。それとは別に、私とアマノ様を襲ったのが、後斎祠でした」
「予想はしていたが、行動を起こすのが随分と早いですね…」
その場にいた大神たちは、口々に大和の動きの速さについて感想を述べる。
「そういえばゲンゲツ殿、アマノ殿は…」
「アマノ様は引き続き大和側の動向を探っておられます」
「彼なら心配いらぬだろう」
「ふむ。それにしても此度の戦で郷にいた大神たちが次々討たれておる。人に大神は討てぬ。これはおそらく、大和大神どもの仕業じゃろう…」
「………」
「カミコ、どうするにゃ…」
ミトの視線の先では、険しい表情でその場を見つめるカミコがいた。
「愚かな…」
「にゃ…」
「何もせねば、人と共に繁栄し、平和と安寧を享受できるというのに…なぜ戦を起こし動乱を望む…」
大神たちは、カミコが怒りを抑えていることに気付く。そんな中、事の推移を見守っていたシノが口を開く。
「カミコ様。ここにいる大神全てが、戦などない方が良い、そう思っています。しかし、世は確実に戦乱の流れに飲み込まれようとしています」
守護を司る大神である志乃流冥姫にとって、戦は切り離せないものである。故に、ここにいる誰よりも戦を憂慮していた。
「川の流れの様に、一度解き放たれてしまった戦という流れは、勢いが増せば最早止める事は叶いません…我らもすでに、この流れに飲み込まれてしまっています」
「シノの言うとおり、最早この戦、我らに無関係とはいくまい」
シノの夫であり、武の大神である土岐乃兼定もそう言う。
「うちらも戦わないといけにゃいのか…」
「そうなるでしょうね」
「戦って何を得るという。失うことばかりではないか」
「しかし、このままでは大和大神の好き勝手を許すことになる」
「そうなれば、間違いなく人からの信仰を失うでしょう。大和大神であれ、神威大神であれ、禍ツ神であれ、人にとって大神は等しく同じですから」
「ふむ………」
「………これも全て、私がしっかりしていれば…」
カミコは全ての事情を汲んでそう言うが、隣に控えていたシラヌイがそれを否定する。
「何を言っておられる大御神殿。これは御身の所為ではない。大和大神が自ら望んでこの事態を引き起こしたのじゃ」
「そうですよ。お姉様の所為などではありません」
「話の途中で申し訳ない。私に一つ、案がある」
「話して、キクリ」
名乗りを上げたのは、黄泉の国で魂の選定を行う大神、菊利乃命であった。
「この戦の元凶、強いて言えば大和大神の頭を叩く」
「大和大神の頭…」
「ここまで大きな戦、ましてや大和大神まで人の味方について戦うなど、人の力のみでは成し得ないはず。であれば、力を持つ大和大神を叩く事で、大和大神の結束は瓦解するはず」
「と言うことは、大和大神の中に、この事態を引き起こした元凶がいる。そして、それを倒すことが大和大神に大きな一撃を与えられるって事ね」
「左様」
「キクリ殿の話を纏めると、大和大神の中に元凶がいると言うことになる。その元凶に目星は?」
「いや、まだ。これはあくまで推測の域を出ない」
「誰か、その様な者に心当たりはあるか?」
「あるぞ」
そう言い出したのは、これまで会議の中に混ざっていなかった剣史郎であった。剣史郎はこれまでの会話を外で聞いていたのか、屋敷に入るや否や本題について話し始める。
「剣史郎、あなた今までどこにいたの?」
「少し、あるところへ探りを入れていた。カミコ、俺は草薙の二柱が怪しいと踏んでいる」
「剣史郎様。それって、クサナギ様とタナキ様のことでしょうか」
「左様にございますサクヤ様。実は、この二柱については前から気になることがありまして」
剣史郎が説明したのは、以前舞花を草薙村へ連れて行き、草薙神社で二柱と会わせた時の話だった。
「気になることは色々あるが、まずは半月前から二柱が神社から姿を消していると言う点だ」
「それは本当なの?」
「あぁ、これについては信頼できる筋からの情報だ。大和と郷の戦が始まる時期と重なっているのが妙だ。そしてもう一つ、それは舞花が深い関わりがあると言う点だ」
「何故、舞花が?」
「かつて、舞花は草薙神社の管長である草薙家に生まれた。いわば、次期管長と言う訳だ。だが、呪詛痕を持って生まれたことで迫害を受け、村から追い出された」
"呪詛痕は一種の呪いなのだ"
かつて、草薙神社を訪れた際に、クサナギが舞花へと告げた言葉。それが、今になって新たな意味を持って蘇る。
「草薙神社へ行った時、クサナギは呪詛痕についてこう言った。しかし、大神方は知っての通り、呪詛痕は呪いではない。生まれながらにして強力な呪力を持つことができる、いわば大神からの恩恵だ」
呪詛痕が呪いと言われる所以は、あくまでも人が呪詛痕を持つ者の強力な呪力、そして極端に短命などの特性を持ってそう呼んでいるからである。
「では何故、あの時クサナギは恩恵と言わなかったのか、何故、舞花の心を壊してまで偽ったのか。それは、まともな舞花が草薙神社の管長になる事で、自分達の計画を邪魔されるからじゃなかったのか、と」
「そんな…」
「あり得る話ですわ。大神は嘘をつかない、と言われているが、それはあくまで信仰する者たちの思い込み。私たちの間でも、目的のために事実を伏せたり、誘導することは珍しくない」
サクヤが思わず心の声を漏らすと、シノが静かに付け加えた。
「考えてもみよ。もし舞花が今も草薙神社に残り、管長として君臨していたら、果たして大和大神は今のように自由に動けただろうか?」
「何が何でも止めるでしょうね」
「その通りだ。そして、舞花の代わりに伊之瀬という巫女が管長になった。舞花より劣るものを管長に据えれば、操るのも容易いのだろう」
「ひ、酷い…その様なこと、酷すぎます…」
「俺の推測では、大和大神を率いて大和と手を組んでいるのはクサナギ、そしてタナキと見ている。そしてこの二柱は、おそらく今大和の帝京にいるだろう」
「………」
「カミコ?」
「………私は、私はあの二人を疑いたくはない」
カミコの声は、静かでありながらも怒りを内に秘めていた。
「その気持ちは重々理解できる。しかし、今はそれしか考えられない」
「けれども、もしその話が本当で、クサナギとタナキが今回の騒動の中心にいるのなら…」
カミコは拳を握り、目の前の膳を叩く。突然の大きな音に、その場にいた全員が驚く。
「私の全力を持って叩き潰してやる‼︎ 簡単に逝けると思うな‼︎ 犯した罪の重さだけ存分に苦しめてやるぞ‼︎」
「お姉様…」
天地創造から付き従う大神達にとって、カミコがここまで口調を激しくする本気の怒りを見たのは初めてだった。それほど、此度の事態が深刻だと言うことだ。
「トキ、シノ‼︎」
「「はっ‼︎」」
「其方らの力を信じて任を与える!大和軍と対峙し、敵方の大和大神を殲滅せよ!」
「「御意‼︎」」
「アマツ‼︎」
「はっ‼︎」
「鉱物の産出を止め、大和側に武器が渡るのを阻止せよ!」
「承知!」
「キクリ、ミト‼︎」
「はっ‼︎」
「はいにゃ‼︎」
「戦場で死した命の動きを探り、大和大神の目的を明らかにせよ‼︎」
「承知」
「分かったにゃ‼︎」
「ゲンゲツ‼︎」
「はい」
「アマノの共に以降も大和側の情報収集にあたれ!」
「承知いたしました」
「サクヤ、シラヌイ。私の警護を任じる!向かうは大和が国都、帝京である!」
「必ずやお守り致します、お姉様」
「任されよ」
「その他、私が必要とあれば個々に任を命ずる。其方らに命ずるはこの大御神!その命、しかと受け止め、心してかかれ!」
「「「はっ‼︎」」」
任務を命じられた大神達はカミコの屋敷を離れてすぐさま行動へ移った。
◇
「ふぅ…やっぱり、普段大声を出さないと肝心な時に出ないものね…」
「本当に帝京に行くのか?」
「もし、あの二人が本当に元凶なら、私が始末をつけてあげないと」
「お前が葦原を離れたら、この土地も、そもそもお前もどうなるか分からないぞ」
「分かっている。分かっているの剣史郎。でも、やらないといけないの。これから無茶ばかりするけど、守ってくれるよね?」
「無論だ。それと、舞花はどうする?」
「連れて行くわ。事情を話しても、絶対ついてくるでしょうし。それなら、最初から連れて行く方があの子にとってもためになるから。それに」
「それに?」
「あの子は私の斎ノ巫女だからね」
こうして、カミコは自ら腰を上げ、この戦に身を投じることになった。
郷の敗北が避けられぬものとなったせいか、郷軍を構成する氏族たちの中には、犬坂城に大和朝廷軍が迫るや否や、戦線から離脱する者が現れ始めた。
氏族ごとに独立した勢力を持つ郷は、もともと緩やかな連合体であり、今回の戦も共通の敵に対処するために集まったに過ぎなかった。
郷をまとめているのは族長会と呼ばれる長老たちの集まりであり、その長たる大族長は、齢七十を超えた老人であった。
彼は、互いに牽制し合う氏族同士を一応にまとめ上げ、大和朝廷軍に対する兵団を結成させたが、その結束力にはもとより綻びがあり、敗北を重ねるうちに復元不能なほどに広がっていた。
結果として、大族長や族長会に不満を抱く氏族を中心に、戦いに見切りをつける者が続出した。
一度、味方が離れれば、その流れを止めることはできない。我も我もと有力な氏族たちが戦場から消えていく。もはや、大族長率いる族長会にこれを止める術はなかった。
そして、最終的に残されたのは、犬坂城へと迫る大和朝廷軍への対処にあたり、この城を死守しなければならない大族長とその氏族の兵、彼の命令に従う族長会の氏族の兵のみとなった。
大族長は今、天守閣にて犬坂城を包囲する大和朝廷軍の軍勢を見据えていた。
“もはや、この城に大和からの攻撃を防ぐだけの力など残っておらぬ……それに、郷を束ねる者として、これ以上犠牲を生むは許されぬ。となれば……”
彼は眼前に並ぶ族長会の氏族の長たちへ視線を向けた。大族長は族長らに向けて、静かに口を開く。
「我らも、もはやこれまでだ。これより城を捨て、一戦交えることなく大和軍に降る」
その大族長の言葉に、族長たちは一斉にざわつき始めた。中には、その言葉が信じられなかったのか、何度も聞き返してくる者もいた。
そんな彼らに再び大族長は言う。
「繰り返すぞ……これより大和へ降る」
大族長は族長たちを見ながら、そうはっきりと言い放った。しかし、その言葉を聞いた族長たちは納得がいかないのか、その不満を強く声へと乗せて言い放つ。
「ここは我らが生まれ育った郷ぞ!それを敵を前にして戦わずに降るとは……」
「そうだ!投降くらいなら、死ぬ覚悟で奴らと戦って滅ぶ!」
「大族長!戦わずして降るなど、郷の威信に傷がつくぞ!」
族長たちは、大族長の言葉に反発し、次々と不満を口にする。中には、武器を手に取り立ち上がろうとする者までいる始末だった。
そんな彼らの反応を受けて、大族長はため息を一つ吐くと静かに呟いた。
"やむを得ぬか…”
「…そうか……お前たちは、その覚悟なのだな……ならば、もう何も言うまい。私と共に命尽きるまで戦うがよい」
「大族長……?」
族長たちは、大族長のその言葉に困惑する。だが、そんな彼らに構わず、彼は続けて叫んだ。
「我らは誇り高き郷の戦士!命ある限り戦い抜くぞ!」
その言葉に、族長たちの表情は一変した。先程まで不満を口にしていた彼らは、大族長の言葉に強く頷いた。
そうして、族長会の面々は各々の武器を手に天守閣から城外へと降りていく。彼らの足取りは重く、表情も暗いものだったが、その胸の内にある誇り高き戦士の魂だけは失われてはいなかった。
◇
一方、犬坂城を包囲した大和朝廷軍は、族長会の徹底抗戦の意思を確認すると、一斉に攻撃を開始した。
大和朝廷軍は城を包囲するため、周囲に砦を築いていた。その砦は元々、族長会に属する氏族の兵たちによって作られたものだったが、すでに大和の手に落ちていた。
その様子を見ていたのは、大和朝廷軍を率いる七星将の一人、『荒波のカイリュウ』であった。
そして、その傍に控えるのが荒神と呼ばれる存在。
“………”
荒波のカイリュウは、目の前の光景に無言で思考した。確かに、族長会は徹底抗戦の構えを見せている。
しかし、その数は族長会に属する全ての氏族が集まったわけでもなく、恐らくは郷全体からかき集めた数だろう。それが、大和朝廷軍の圧倒的な兵力により包囲されているのだ。
「さて、やりますか」
カイリュウは人の背丈ほどある太刀を背負うと、犬坂城の城壁に向かった。
◇
葦原に郷の犬坂城が崩落したとの報が届いたのは、それから約二日後のことだった。大和による郷への侵攻開始から半月も経たないうちに、郷は実権を掌握された。
その事実は、侵攻を受けていない地の民たちにとって、大和がどれほどの力を持っているのかを肌で感じさせるものだった。
「聞いたか、大和が郷を滅ぼしたらしいぞ」
「あぁ、何でも大神様が軍に加わったもんだから、あの精強な郷の騎馬兵たちが全く歯が立たなかったらしい」
情報は、各地を放浪する旅人たちによって伝わっていった。
カミコの屋敷では、神威大神たちが再び集まっていた。
◇
カミコの屋敷では、神威大神たちが再び集まり、事態の推移を見守っていた。その場にいた全員が神妙な面持ちをしている。
「ゲンゲツ、私に報告したことを皆に伝えて」
「はい。先日、私とアマノ様が登勢の地で大和朝廷軍と郷兵の戦いを見てきました。すでに大和朝廷軍の中枢に大和大神が入り込んでおり、その筆頭が武の大神、布波武堅大神。それとは別に、私とアマノ様を襲ったのが、後斎祠でした」
「予想はしていたが、行動を起こすのが随分と早いですね…」
その場にいた大神たちは、口々に大和の動きの速さについて感想を述べる。
「そういえばゲンゲツ殿、アマノ殿は…」
「アマノ様は引き続き大和側の動向を探っておられます」
「彼なら心配いらぬだろう」
「ふむ。それにしても此度の戦で郷にいた大神たちが次々討たれておる。人に大神は討てぬ。これはおそらく、大和大神どもの仕業じゃろう…」
「………」
「カミコ、どうするにゃ…」
ミトの視線の先では、険しい表情でその場を見つめるカミコがいた。
「愚かな…」
「にゃ…」
「何もせねば、人と共に繁栄し、平和と安寧を享受できるというのに…なぜ戦を起こし動乱を望む…」
大神たちは、カミコが怒りを抑えていることに気付く。そんな中、事の推移を見守っていたシノが口を開く。
「カミコ様。ここにいる大神全てが、戦などない方が良い、そう思っています。しかし、世は確実に戦乱の流れに飲み込まれようとしています」
守護を司る大神である志乃流冥姫にとって、戦は切り離せないものである。故に、ここにいる誰よりも戦を憂慮していた。
「川の流れの様に、一度解き放たれてしまった戦という流れは、勢いが増せば最早止める事は叶いません…我らもすでに、この流れに飲み込まれてしまっています」
「シノの言うとおり、最早この戦、我らに無関係とはいくまい」
シノの夫であり、武の大神である土岐乃兼定もそう言う。
「うちらも戦わないといけにゃいのか…」
「そうなるでしょうね」
「戦って何を得るという。失うことばかりではないか」
「しかし、このままでは大和大神の好き勝手を許すことになる」
「そうなれば、間違いなく人からの信仰を失うでしょう。大和大神であれ、神威大神であれ、禍ツ神であれ、人にとって大神は等しく同じですから」
「ふむ………」
「………これも全て、私がしっかりしていれば…」
カミコは全ての事情を汲んでそう言うが、隣に控えていたシラヌイがそれを否定する。
「何を言っておられる大御神殿。これは御身の所為ではない。大和大神が自ら望んでこの事態を引き起こしたのじゃ」
「そうですよ。お姉様の所為などではありません」
「話の途中で申し訳ない。私に一つ、案がある」
「話して、キクリ」
名乗りを上げたのは、黄泉の国で魂の選定を行う大神、菊利乃命であった。
「この戦の元凶、強いて言えば大和大神の頭を叩く」
「大和大神の頭…」
「ここまで大きな戦、ましてや大和大神まで人の味方について戦うなど、人の力のみでは成し得ないはず。であれば、力を持つ大和大神を叩く事で、大和大神の結束は瓦解するはず」
「と言うことは、大和大神の中に、この事態を引き起こした元凶がいる。そして、それを倒すことが大和大神に大きな一撃を与えられるって事ね」
「左様」
「キクリ殿の話を纏めると、大和大神の中に元凶がいると言うことになる。その元凶に目星は?」
「いや、まだ。これはあくまで推測の域を出ない」
「誰か、その様な者に心当たりはあるか?」
「あるぞ」
そう言い出したのは、これまで会議の中に混ざっていなかった剣史郎であった。剣史郎はこれまでの会話を外で聞いていたのか、屋敷に入るや否や本題について話し始める。
「剣史郎、あなた今までどこにいたの?」
「少し、あるところへ探りを入れていた。カミコ、俺は草薙の二柱が怪しいと踏んでいる」
「剣史郎様。それって、クサナギ様とタナキ様のことでしょうか」
「左様にございますサクヤ様。実は、この二柱については前から気になることがありまして」
剣史郎が説明したのは、以前舞花を草薙村へ連れて行き、草薙神社で二柱と会わせた時の話だった。
「気になることは色々あるが、まずは半月前から二柱が神社から姿を消していると言う点だ」
「それは本当なの?」
「あぁ、これについては信頼できる筋からの情報だ。大和と郷の戦が始まる時期と重なっているのが妙だ。そしてもう一つ、それは舞花が深い関わりがあると言う点だ」
「何故、舞花が?」
「かつて、舞花は草薙神社の管長である草薙家に生まれた。いわば、次期管長と言う訳だ。だが、呪詛痕を持って生まれたことで迫害を受け、村から追い出された」
"呪詛痕は一種の呪いなのだ"
かつて、草薙神社を訪れた際に、クサナギが舞花へと告げた言葉。それが、今になって新たな意味を持って蘇る。
「草薙神社へ行った時、クサナギは呪詛痕についてこう言った。しかし、大神方は知っての通り、呪詛痕は呪いではない。生まれながらにして強力な呪力を持つことができる、いわば大神からの恩恵だ」
呪詛痕が呪いと言われる所以は、あくまでも人が呪詛痕を持つ者の強力な呪力、そして極端に短命などの特性を持ってそう呼んでいるからである。
「では何故、あの時クサナギは恩恵と言わなかったのか、何故、舞花の心を壊してまで偽ったのか。それは、まともな舞花が草薙神社の管長になる事で、自分達の計画を邪魔されるからじゃなかったのか、と」
「そんな…」
「あり得る話ですわ。大神は嘘をつかない、と言われているが、それはあくまで信仰する者たちの思い込み。私たちの間でも、目的のために事実を伏せたり、誘導することは珍しくない」
サクヤが思わず心の声を漏らすと、シノが静かに付け加えた。
「考えてもみよ。もし舞花が今も草薙神社に残り、管長として君臨していたら、果たして大和大神は今のように自由に動けただろうか?」
「何が何でも止めるでしょうね」
「その通りだ。そして、舞花の代わりに伊之瀬という巫女が管長になった。舞花より劣るものを管長に据えれば、操るのも容易いのだろう」
「ひ、酷い…その様なこと、酷すぎます…」
「俺の推測では、大和大神を率いて大和と手を組んでいるのはクサナギ、そしてタナキと見ている。そしてこの二柱は、おそらく今大和の帝京にいるだろう」
「………」
「カミコ?」
「………私は、私はあの二人を疑いたくはない」
カミコの声は、静かでありながらも怒りを内に秘めていた。
「その気持ちは重々理解できる。しかし、今はそれしか考えられない」
「けれども、もしその話が本当で、クサナギとタナキが今回の騒動の中心にいるのなら…」
カミコは拳を握り、目の前の膳を叩く。突然の大きな音に、その場にいた全員が驚く。
「私の全力を持って叩き潰してやる‼︎ 簡単に逝けると思うな‼︎ 犯した罪の重さだけ存分に苦しめてやるぞ‼︎」
「お姉様…」
天地創造から付き従う大神達にとって、カミコがここまで口調を激しくする本気の怒りを見たのは初めてだった。それほど、此度の事態が深刻だと言うことだ。
「トキ、シノ‼︎」
「「はっ‼︎」」
「其方らの力を信じて任を与える!大和軍と対峙し、敵方の大和大神を殲滅せよ!」
「「御意‼︎」」
「アマツ‼︎」
「はっ‼︎」
「鉱物の産出を止め、大和側に武器が渡るのを阻止せよ!」
「承知!」
「キクリ、ミト‼︎」
「はっ‼︎」
「はいにゃ‼︎」
「戦場で死した命の動きを探り、大和大神の目的を明らかにせよ‼︎」
「承知」
「分かったにゃ‼︎」
「ゲンゲツ‼︎」
「はい」
「アマノの共に以降も大和側の情報収集にあたれ!」
「承知いたしました」
「サクヤ、シラヌイ。私の警護を任じる!向かうは大和が国都、帝京である!」
「必ずやお守り致します、お姉様」
「任されよ」
「その他、私が必要とあれば個々に任を命ずる。其方らに命ずるはこの大御神!その命、しかと受け止め、心してかかれ!」
「「「はっ‼︎」」」
任務を命じられた大神達はカミコの屋敷を離れてすぐさま行動へ移った。
◇
「ふぅ…やっぱり、普段大声を出さないと肝心な時に出ないものね…」
「本当に帝京に行くのか?」
「もし、あの二人が本当に元凶なら、私が始末をつけてあげないと」
「お前が葦原を離れたら、この土地も、そもそもお前もどうなるか分からないぞ」
「分かっている。分かっているの剣史郎。でも、やらないといけないの。これから無茶ばかりするけど、守ってくれるよね?」
「無論だ。それと、舞花はどうする?」
「連れて行くわ。事情を話しても、絶対ついてくるでしょうし。それなら、最初から連れて行く方があの子にとってもためになるから。それに」
「それに?」
「あの子は私の斎ノ巫女だからね」
こうして、カミコは自ら腰を上げ、この戦に身を投じることになった。
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そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。
彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。
あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。
妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。
希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。
英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。
これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。
彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。
テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。
SF味が増してくるのは結構先の予定です。
スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。
良かったら読んでください!
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蔵屋
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