よこはま物語 弐、ヒメたちのエピソード

✿モンテ✣クリスト✿

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ヒメと明彦4、良子・芳芳編

第31話 車内

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 ファンファンに渡されたバラクラバ帽というのを被ってみた。あれ?私のは目だけ開いている。明彦も被って試している。彼のは目と口が開いている。おかしな顔だ。忍者じゃない?明彦の耳にささやく。

「ねえ、明彦が私を最後に抱いたの、いつだっけ?」
「十年前?」
「19時間前の今日の午前3時よ。十年間ぐらいの経験してるわね?」
「まだ、1日経ってないのか?信じられんな」

「美姫ちゃん、心配だね」
「ぼくは、林田達夫を縊り殺してやりたいよ」
「確かにそうね・・・彼女の話も聞かないと・・・林田の話だけで鵜呑みにはできないわ。それはわかるわね?」
「あいつの話、どこまで本当なんだか。最初は、酒に目薬を仕込んで酩酊させたって言うだろ?卑劣なやり方だ」
「私が言うと誤解を生むけど、二度目からは薬はなしで、強引に美姫ちゃんとしたわけじゃないって話・・・」
「どこまで本当なのか?わからんな」
「美姫ちゃんが林田とセックスしたのは、明彦と良子に対する腹いせなのかな?」
「大学受験のストレスだったのか。ぼくも去年の秋からかまってやれなかったし、寂しかったのだろうか?」

「・・・林田は、薬を最初に使って、最後は、美姫ちゃんを売り飛ばしたけど、最初と最後を除けば、彼女は浮気していたんだよね・・・手紙にあった『明彦、私にボーイフレンドができたら、キミ、どうする?と聞いたけど、真面目に受け取ってくれなかったよね?そう、私、ボーイフレンドができました。もう明彦にいろいろ言われるのはたくさん!好きな人ができたので明彦から逃げます!』」と書いてあったボーイフレンドは林田のことだよね?」
「そうだな、たぶん、そうだ」

「林田は『俺が美姫を拾ってかくまったが、俺は美姫を拘束しちゃあいないぜ。あいつがここに居たいというからいさせたんだ』と言っていた。手紙を彼女が投函できたんだから、拘束してない、というのは本当だと思う。それで、月曜から林田と一緒だった。あの手紙を火曜日にあなただけに投函した。あの手紙の意味はなんだったんだろう?本当に林田と付き合うつもりだったの?それをわざわざ、あなたに宣言して、ザマアミロ、明彦は私を失ったんだ!って思わせようとしたの?それとも、林田とは居たくない、本当は明彦といたい、探して、私を探して、という意味だったの?」
「雅子、ぼくにはわからない・・・」

「去年の8月から先週までの11ヶ月間、彼女に何があったんだろう?」
「ぼくには断片的にしかわからない。良子も同じだろう。ぼくよりも知っているかもしれないけど」
「本人に聞くしかないわね。でも、私は聞けないわね。スケッチブックのMasako Komori なんだから。それで、今はあなたと付き合っている小森雅子なんだから。林田から裏切られて売り飛ばされて、これでファンファンと良子がうまく助け出して・・・あなたと私が車まで連れていく?彼女の心理は耐えられないかもしれない。私は隠れていたほうがいいのかも・・・明彦、私との付き合い、考え直そうか?彼女にあなたが必要なら、考え直してもいい・・・いや、よくない・・・でも・・・ああ、どうしよう・・・美姫ちゃん、可哀想・・・明彦は、今の美姫ちゃんを受け入れられる?」

 ハイエースの前の座席で私たちの話が聞こえたのか、良子が振り向いて言った。

「雅子、明彦、受け入れられる、受け入れられないの前に、こういう事態になった彼女は罰を受けないといけない。雅子、優しくしちゃダメ。甘えているのよ、美姫は。腹いせだかなんだかわからないけど、林田の誘いにホイホイのって、知らない男とディスコに行って楽しんだ。それが悪い男で薬をもられた。だけど、性懲りもなく、次からはホイホイまたついていって、薬をもられてもいないのに、しらふで林田に抱かれた。自業自得でしょう?」

「良子、林田の話でハッキリしてないけど、美姫ちゃんは、最初の時、薬をもられたことに気づいたんだろうか?林田は薬をもったことを正直に彼女に言ったんだろうか?林田だったらそれを隠して、美姫ちゃんが酔っ払いすぎて、明彦と勘違いして抱かれてしまった、という状況にして、彼女に罪の意識を抱かせたんじゃないのかな?」
「その可能性は高いと思うわ。だけどね、雅子、薬をもられるまで、美姫は自分の意志で林田についていったんだからね。それはあの子が悪いよ。だからね、雅子が身を引くとか言っちゃダメなのよ」

「良子はどうするのよ?」
「私?私は明彦のお友だち。だけど、私がお友だちを続けると、美姫が心理的に辛いわよね?だから、美姫と私はワンセット。明彦にはバイバイする。美姫の面倒は私が見るわ」
「・・・残念ね・・・私とは?」
「雅子と私の関係には関連しない話。美姫と明彦には言わない、言えない話は、私は雅子とファンしかできないでしょ?・・・チクショウ、腹立ってきたわ。誰でもいいからぶん殴りたい!今は、牛くらいなら相手できそうよ」

「やれやれ。『失いしは多くあれど 残りしも多くあり』かぁ」と明彦が言う。
「それは何?詩の一節か何かなの?」悲しい響きだと思った。
「アルフレッド・テニスン。19世紀、ヴィクトリア朝時代のイギリスの詩人さ。ユリシーズ、ギリシャ神話のオデュッセウスの話を詩にした長い作品の有名な一節だ・・・」

オデュッセウス、アルフレッド・L・テニスン

 友よ 来たれ
 新しき世界を求むるに時いまだ遅からず
 船を突き出し 整然と座して とどろく波を叩け

 わが目的はひとつ 落日のかなた
 西方の星ことごとく沐浴(ゆあみ)するところまで
 命あるかぎり漕ぎゆくなり
 
 知らず 深淵われらをのむやも
 知らず われら幸福の島をきわめ
 かつて知る偉大なるアキレウスを見るやも

 失いしは多くあれど 残りしも多くあり
 われら すでに太古の日 天地(あめつち)をうごかせし
 あの力にはあらねど われら 今 あるがままのわれらなり

 時と運命に弱りたる英雄の心
 いちに合っして温和なれど 
 努め 求め たずね くじけぬ意志こそ強固なれ。

「・・・こういう詩だよ」
「明彦、それ、書いてくれない?味わってみたい」
「ぼくの意訳なんだ。原文もあったと思う。今度ノートを貸すよ」
「うん、ありがとう。『失いしは多くあれど 残りしも多くあり』。『あり』なんだね」
「そう願いたいね」
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