よこはま物語 壱½ Ⅰ、ヒメたちとのエピソード

✿モンテ✣クリスト✿

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清美編

第1話 清美と 1

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🟢「よこはま物語 壱½」は、「よこはま物語 参」の後のエピソードで、本当は「よこはま物語 参½」なんですが、参が未公開なのでこう名付けました。

「よこはま物語 参」の後の秋、小森雅子は京都に去り、美姫と良子も明彦の元から去ってしまって、一人ぼっちの彼をこれから公開する「清美編」「加藤恵美編」「恭子編」で書いてみようかなと思ってます。「薫編」は明彦が就職して、絵美はニューヨークに留学している頃のお話。

「島津洋子・森絵美編」は、小森雅子が京都に去り、同じ年の12月、彼は島津洋子に出会います。翌年の二月に森絵美と出会う。その後、彼女も日本の大学院からニューヨーク市立大学に去ってしまうという一連のお話。挿話として、小森雅子が京都に去ってしまう顛末を書きました。

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 御茶ノ水駅の水道橋よりの改札から出て、横断歩道を渡り、駿河台の坂をちょっとくだったところに地下に降りる階段があった。そこがジャズを聴かせるパブになっていた。時刻は8時を超えていた。店内は暗く、客はちらほらいただけだった。

 ぼくらは、隅のテーブルに壁を背にして隣り合って座った。椅子ではなく壁に作り付けのソファータイプの席だった。テーブルも席も普通よりも十数センチ低く、ぼくは脚を投げ出した。彼女の向かいに座ってもよかったんだが、彼女が「明彦、壁側に一緒に座ろうよ」と言ったので、ぼくが壁側に座ると彼女がぼくの隣に座ったのだ。彼女はぴったり寄り添うようにして座った。

 彼女は黒のピーコート、パーカーと黒いフレアのひらひらしたミニスカート、黒い膝下までのハイソックスにパンプスをはいていた。髪はおかっぱだった。
 
 なぜ御茶ノ水のパブに夜遅く彼女といるのか?というと・・・

 2月初旬には冬休み前の全部の課程が終わってしまっていて、大学はがらんとしていた。午後4時頃に部室に顔を出してみたが誰もいない。静かでいいやと思ってコーヒー豆を挽き、電熱ヒーターにパーコレーターをセットして、石膏デッサンを始めた。

 この前からマルスを書いている。またいちから書き直そうと思った。陽射しが入ってくるので、カーテンを半ば閉めた。プロポーションと形、光、位置を大まかに描いていく。石膏デッサンは線や輪郭でつかんではいけない。面でとらえないといけないのだ。マルスは兜をかぶった軍神の胸像。兜と胸部の丸みをどう表現しようかいつも悩む。2時間ほど描いた。あまり良いできではない。パーコレーターのコーヒーもなくなってきた。タバコをふかす。

 しばらくボンヤリしていたら部室の扉が開いた。「あれ?明彦さん、いたんですか?」と今年入学した新入生が入ってきた。仙台から出てきた女の子だ。色白でポッチャリしているが、背はぼくよりも5センチほど低いだけ。女の子としては背の高いのを気にしてか多少猫背気味だ。

 父親は仙台の開業医で、千葉にマンションを持っているそうだ。東京に出てくるときにはそのマンションに泊まる。そこに住んでいると言っていた。新入生の歓迎パーティーで彼女がそう言っていた。彼女は理学部・工学部が寄せ集まっている校舎とはちょっと離れた四谷方面に数分歩いた薬学部に在籍している。

「やっぱり薬学部を選んだのはお父さんの関係なの?」と新入生歓迎会の時、ぼくは彼女に訊いた。「小さいときからパパの仕事を見ていて、何となく進学するなら医学関係かな?なんて思ったんですよ、明彦さん」と彼女が答えたのを覚えている。春先から週に1~2度は部室に顔を見せていたが、休みの始まる3週間ほどは顔を出していなかった。

「しばらくぶりだね?試験が忙しかったの?」とぼくは訊いた。
「それもあったんですけど、試験が終わって、ちょっと仙台に帰っていたんですよ」と彼女が答えた。
「ふ~ん、休みになってからまとめて帰らなかったんだ。それで、仙台に残らず、今はまた東京?」

 彼女はおかっぱにした髪の毛を指でもてあそんでいた。「う~ん、いろいろと理由があったんですよ」

「なるほど。ま、いいや、鈴木さん、今暇?」
「暇と言えば暇ですけど。今日は誰かいるかな?って、のぞきに来ただけだから」
「だったら、クロッキーのモデルやってよ。1時間くらい?」
「いいですよぉ。どこでポーズをとります?」
「そこの椅子に腰掛けてくれていればいいよ」

 ぼくは彼女に腰高の椅子を指した。「ポーズは?」と彼女が訊いた。「好きなポーズで良いよ」

 彼女は、手を後ろにおいて、脚を内股にして伸ばしたり、横座りになったり、脚を組んだり、自分の好きなポーズをとった。クロッキーは一回数分でまとめる。だから、1時間の間にポーズを八回ほど変えた。こうしてみるとかなりかわいい女の子だ。表情も豊かで笑顔がたまらない。

 1時間ほど経って、「ありがとう、鈴木さん」といってぼくはクロッキーを終わった。「明彦さん、清美、清美ですよ、私」と彼女が言う。「え?ああ、鈴木さんはいっぱいいるからね。じゃあ、清美、ありがとう」「どういたしまして」

「ああ、もう6時か。今日は清美どうするの?」
「え~っとですね、これから一人で、マンションの近くの、テレビを見て寝ます、
「おいおい、それはあまりに寂しい。クロッキーも付き合ってくれたし、ぼくが夕飯と・・・えっとビール飲めたよね?清美、未成年だけど?ビールをこの近くで奢って、よければジャズでも聴きに行かないか?と答えたらどうする?」
「そうこなくっちゃ!それを言われるのを期待したんですよ!」

 部室を出た。神楽坂の行きつけのお店でビールを飲んでチャーハンを食った。飯田橋の交叉点、角のパチンコ屋の手前の路地をはいると飲み屋の横町があったのだ。その横町のさらに路地を右に曲がると、ジャズを聴かせる学生相手のパブがあって、学生相手だから、200円で飯が食えた。

 ぼくが実家のある横浜にまつわる話をすると目を輝かして彼女は聴いてくれた。反対に、彼女の故郷の仙台の話をしようとすると、『清美、話したくないのよ、故郷のことは・・・』と言って決して彼女の故郷の話はしなかった。

 汚い店だったけど、マスターは学生のぼくが金がなくても『つけとくよ』と言ってくれる人だった。だから、彼の『つけとくよ』というのが悪くて、たとえ借りていても、1週間以内に返した。

 ぼくと清美は、チャーハンを食べて、餃子を食べ、シュウマイを食べ、キリンビールの大瓶を5本ほどあけた。

 清美はビールをかなり飲んだ。ぼくが思っているよりもずっと酔っているみたいだ。
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