彼女たちの屋根裏 (生活シリーズ① 新版)

✿モンテ✣クリスト✿

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第2話 面接にゴスロリ衣装でのぞむ響子の話

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 マンションから居酒屋へ戻る道すがら、折田が「理事長、お嬢さん、監視システムの操作、ありがとうございます。いつも眺めているこのシステムであんなことができるなんて知りませんでした。それに比べて私なんざ66歳でパソコンもろくに使えないで申し訳ありません」と謝る。
「折田さん、そんなことを言わないで。折田さんは共用部分の清掃もちゃんとしているし、入居者への対応もそつなくこなしてくれている。設備メンテの見積もり査定だって公平で正確だわ」

「ありがとうございます。しかし、このマンションの高度なシステムは使いきれません。年も年ですし、これからお嬢さん並に操作できることもないでしょう。今日ウチの管理会社から回覧が回ってきまして、私の実家の近くの管理員の案件がありまして、同じ住み込みでここと待遇は同じなんですよ。そちらに移ろうと思ってます。それで、ちょうど具合良く、私の友人の息子が会社を辞めまして『オジサン、管理員の仕事も経験したいので、案件があれば紹介して欲しい』なんてね、相談を受けてまして…」
「う~ん、折田さんの友人の息子さんでもここの仕事に合っているかどうかはわからないじゃない?折田さんの友人の息子さんって、四十代くらいでしょ?その年代で会社を辞めるって、何らかの理由があるんじゃないのかしら?」
「ちょっと変わったヤツです。辞めた会社が建築設計事務所でして…」

「建築設計事務所?マンションの管理員と程遠いご職業でしょう?」
「そうなんです。プロマネをしてたそうです。一級建築士とマンション管理士、管理業務主任者の資格を持ってます」
「え?そんな人がこういっては失礼だけど、マンションの管理員になりたいってどういうこと?」

「私もその点を聞いたんですよ。マンションの管理員なんて年齢は60代後半~70代ぐらいの人が多いじゃないですか?私みたいに年金生活者も多いし、年金の足りない分、賃金も安いが重労働もない高齢者が志願するもので、若いキミみたいな高学歴で履歴もそうそうたる人間がなるものじゃないって」

「それで?」
「ヤツは42歳で、離婚していて、二人の子持ちで奥さんのほうが親権を持ってます。副業があるようです。マンションも自前で持っていてローンも済んでいる。金には困っていないんです。で、ヤツが言うには、『自分は人間観察が好きだし、マンションの管理員なら入居者の観察もできる。時間もある程度融通できるみたいだ。マンション管理士、管理業務主任者の資格を持っているが、現場を知らない。将来的に新築案件の住宅・マンションは少なくなっていくだろう、ところがマンション管理のプロは少ない。オンジョブトレーニングだと思って管理員も良いかもしれない』ってこういうんですわ」

「その彼は自宅マンションを持っているでしょ?ウチは住み込み前提よ。住み込みの管理員がいるという安心感もこのマンションの資産価値を維持するポイントなのよ」
「その点は本人に聞かないと私も答えられないですが、ヤツは設計事務所で電気設備担当だったんですが、特に、え~っと、何だっけ?人間の移動動線の監視ってのを得意としていて、メーカーと共同で建造物の監視システムの開発もしていたんですよ」

「…それって、今警察の人に私が見せたようなものかしら?」
「いや、ヤツが言うには、このマンションの監視データみたいなのを使って、人間の行動を予測する技術って言っていました。私には難しくってわからなかったんですが、お嬢さんが今やったような操作みたいなので、次にこの人間は何をするかってのを予測するって技術じゃないですかね?」
「そんなメーカーさんと共同開発していた人が、単なるマンションの管理員になるわけないじゃない?」

「わかりません。ヤツにはここの管理会社のアイワREMC社が雇用する管理員の給与や待遇、業務内容は説明しました。それでいい、オジサンと同じ待遇で構わないって言うんですよ。長く勤めても問題ない、このマンションのような最先端の設備を備えた職場で是非働きたいって言うんですよ。お嬢さん、ヤツに一回会ってみてくださいませんか?お嬢さんが気に入ってヤツも住み込みなんかの条件を納得するなら雇ってみてください。そうでもなければ私も今まで通りここに勤めますんで」
「折田さん、会うだけ会ってみても良いわよ。でも雇うのはアイワREMC社ですから、まず遠藤さんに面接してもらってちょうだい。その上でマンション管理組合の理事長としてお会いして、組合の了解を得ます」
「ありがとうございます。早速ヤツに連絡をして、私の上司の遠藤さんにアポを取ります。それで遠藤さんが了解されれば、お嬢さんにご報告いたします」

┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈

 人身事故が起こった日から一週間が過ぎた。響子に折田からメールがあった。この前話した私の後任の件、アイワREMC社との面談は終了した、当社としては問題なしなので、理事長と面談して欲しいとのことだった。

 早速彼女は今日の午後でもいいから面談したいとメールした。CCで管理会社の遠藤にも送信した。面談場所は響子の自室マンションの201号室を指定した。事前にアイワREMC社から折田の友人の息子の履歴書はメールされていた。

(佐藤浩。42歳。離婚歴あり。一男一女の子持ちで離婚した奥さんの元で養育。健康状態は良好。持病はない。住み込みは可。一級建築士!う~ん、本当に建築設計の先生じゃないの?なぜ会社を辞めたのかしらね?訳アリ?人間関係?人とコミュニケーションを取れないと管理員なんて無理なんだけどなあ。マンション管理士、管理業務主任者の資格持ち。つまり、マンション管理の法律とか共用部分の管理などの知識はあるってことよね。こんなの持っているならマンション管理のコンサルができちゃうじゃないの?それで自宅マンション持ち。借入金なし。ローンは完済しているの?それともキャッシュで買ったのかしら?場所は…北千住?近くよね?なぜこんな人がオジイチャンばかりが応募する住み込みの管理員になろうなんて思うんだろうか?訳アリなら聞き出してやって断ろうかな?)

 指定時間の二時に管理会社の遠藤、折田、佐藤の三人が響子の自室に来た。遠藤はヨレヨレのスーツにいつもくたびれた顔をしている。折田は管理会社の制服の作業服。佐藤はというと、ジャケットにノーネクタイでチノパンツという格好だ。178センチくらいはあるだろう。イケメンの部類だが、真面目そうな風貌だ。

 響子はリビングのソファーセットに三人を座らせる。自分はテーブルを挟んだ正面のチェアに脚を組んで座った。

 響子の服装は……。響子の服装は、黒のトップスの十字架と薔薇のモチーフがポイントのゴスロリファッションだった。佐藤は失礼になると思い何も言わずに口を引き結んだ。遠藤と折田は彼女のファッションには慣れているので平気な顔だ。

 マンションのオーナーのお金持ちなのだから何でもありなんだろう、と佐藤は思った。少なくとも、響子はロゥリィ・マーキュリーのようにガーターベルトの黒のシームのストッキング姿ではない。普通のシームレスのパンストだろう。そうなんだろうが、そうなんだが、しかし……。

 響子は自分でも39歳という年齢にしては若く見えて容貌も目立つ部類と自惚れているが、確かに見た目は20代の美少女だ。彼女はコスプレなんて言葉がない二十年前からのファッションにこだわっているだけ。ただし、外見はゴスロリだが、中身はキツイ性格の肉食系である。

 早速ですがと遠藤がことわって話し始めた。「雇用条件は折田さんとほぼ同じです。土日休日…この項目で、佐藤さんは自宅マンションに帰宅して当マンションは留守にしたいということです。緊急時の連絡は可能で、緊急の場合の土日対応は構わないということ…それから、勤務時間の要望が、折田さんは午前九時から午後五時、休憩一時間ですが、佐藤さんの要望は午前八時から午後五時で、勤務時間中の休憩を二時間として欲しいとのことです…佐藤さん、この理由、九条さんに説明してください」

「折田さんの勤務は拘束時間八時間、実働七時間ですが、私は朝一時間早く始めて、拘束時間九時間、実働は同じく七時間をお願いできたらと思います。理由は、拘束時間の中で昼食は一時から二時固定で。残りの一時間をフレックスタイム制で随時時間変更できたら良いのですが。その時間を私の副業に使えればと思っています。許可いただければの話ですが…」

「佐藤さん、副業とはどういう?」おかしな副業じゃないでしょうね?と響子は思った。
「企業向けのコンサルティングをネットミーティング形式で行います」と意外な副業を言った。
「企業向けのコンサルティング?」
「ええ、主に建築関連です。企業のSDGs活動をどう展開するか?とかですね、再エネ業務、グローバル展開、建築業界の将来動向等々です」
「そのコンサルティングってどのくらいの収入になるの?差し支えなければ教えてください」
「内容にもよりますが、時間五万円から八万円ぐらいです」
「月に何時間くらい?」
「二十時間前後です」
「え?それって、百万円を超えるでしょう?」
「そういう月もありますね」

「だって、佐藤さん、おかしいじゃない!ここの管理員の給与は固定で十六万円ですよ?月21日労働として147時間、時給1100円計算で換算しています。私ども管理組合からアイワREMC社に支払われるのが手数料派遣保障込の委託料で15%上乗せで十八万四千円です。組合規定で決まってます。緊急時対応の残業手当も時給1100円で計算してます。佐藤さんが受け取られる給与はよほどのインフレにならない限りこれだけ。ほぼ変更なしです。それが副業の方が手取りが多いなんて…ここで働く意味はないでしょう?本気で働いていただけるのか、私は疑問に思いますが?」
「確かに変に思えるのは否定しません」

「だって、勤務内容には毎日の清掃もあるんですよ?こういってはなんですが、折田さん、ごめんなさいね」響子は折田に少し頭を下げて言う。「それほど高級な職じゃないんですよ。だから高齢者の求人が多い。ほとんどは年金生活者の生活費の収入補填目的です」
「事実ですよ、理事長」と折田が口を挟んだ。「銀行に行って融資をお願いしたとしても、ご職業は?と聞かれてマンションの管理員ですと答えたら、クレカのキャッシュサービス並みの30万円くらいしか貸してくれません」

「勤務内容は承知しております。元の職が建築ですから、3K職場、現場では一斉清掃にも参加しています。苦になりません。むしろ、実務経験がなく資格だけ持っているので、オンジョブトレーニングで給与をいただけると思っています」
「佐藤さん、試用期間は三ヶ月ですが、このマンション組合の理事長として、長く勤務していただける方を要望しています。十年でもそれ以上でも」
「まったく問題ありません。前の職場で疲弊しまして、これからは自分が疲弊しない働き方をしたいと思っていた所、オジサンが…折田さんがこの職の話を持ってきていただいたので渡りに船だったんです」

「それで住み込みの管理員?こういっちゃなんですが、変わってますね?建築一級、マンション管理士、管理業務主任者を持っていらして…」
「それは運転しないペーパードライバーみたいなものです。実務経験がなければ意味のない資格です。自分はこの生き方が気に入ると思ってます。手抜きなどいたしません。十年以上勤務しても構いません。むしろ、まだ42歳ですから、年金受給まで23年もありますよ」
「確かに、実務経験を積めばマンション管理士と管理業務主任者の資格も活かせるのか」響子は黙って聞いている遠藤に「遠藤さん、マンション管理のコンサルって収入が良いの?」と急に聞いた。

 突然響子に質問された遠藤は驚いたが「ええ、ウチと親会社のアイワ不動産が委託しているマンションのコンサル会社ですと、コンサル個人の年収は平均で四百万円から六百万円。扱う件数によっては一千万円を超えます」と答えた。
「へぇ~、いい収入よねえ。佐藤さん、そういうのを狙っているんですか?」
「副業の需要がなくなれば、そういう方面での仕事もアリだとは思います。ですが、可能なら主業で管理員、副業で企業コンサルが気楽で良いです」
「変な人。あ、それから土日に佐藤さんがお持ちのマンションに戻るんですよね?」

「マンションを留守にするのも物騒です。履歴書にもあるように離婚歴があって、長女長男がいます。彼らとコミュニケーションを取るのが土日。それと元妻と会うのも土日です」
「私もバツイチだけど、元夫に会いたいとは思わないなあ…」
「そうですか?私の場合は離婚しても良い友人ですよ。むしろ結婚していた時よりも仲が良い」

「変な人だなあ…長女長男さんっておいくつ?」
「長女が14歳、中学2年生で、長男は12歳、小学6年生です」
「あら?ウチは長男が15歳の中学3年生で、長女が12歳の小学6年生よ。ふ~ん…あらあら、長々と時間を取らせました。遠藤さん、納得いたしました。佐藤さんでお願いするわ。組合の理事会には私から了承を取っておきます。それで、いつから勤務できます?」
「今日からでも、と言いたい所ですが…実は佐藤さんに合う制服がないので、今、手配中です」と遠藤。

「はあ?どういうこと?」
 遠藤は折田と佐藤を見比べて「つまり、我が社の所属の管理員の方は60歳以上ばかりで、そのお年の方の制服のサイズしかストックがなくてですね…」と言った。
「つまり、40代の高身長で脚の長い佐藤さんみたいな人用の制服がないということね?」と響子は佐藤を見て、折田と遠藤とを見比べて言った。佐藤は身長が178センチ以上あるだろうなと彼女は思った。
「我々の業界は、低身長で脚が短くて…スミマセン」
「建築事務所時代の現場の作業着を持ってきていますので、制服ができるまではそれを着ていてもいいでしょうか?」と佐藤。

「それでいいでしょう?」と遠藤が響子の同意を求めた。制服くらい違っても問題じゃないわと響子は思う。「九条さん、実はね、折田さんの次の職場も引継ぎを急がれていまして、今日から三日か四日でここを引き継いでいただくと弊社も都合がいいのですが…スミマセン、手前勝手で。佐藤さん、数日で引き継げるだろうか?」
「会社でこのマンションの建築意匠図、躯体図、設備電気図を確認しました。各階の配置と各部屋の間取り、消火と衛生設備、強電弱電設備とネットシステム、監視システムは頭に入ってます。後は日常業務と巡回業務、メンテ会社などの出入り業者への紹介を済ませられれば四日で引き継げます」
「それはありがたい。理事長、明日から四日で引継ぎというスケジュールでよろしいでしょうか?疑問点があれば電話やメールで出来ます。臨時で折田さんに来ていただくことも可能ですので。まあ、マンションの入居者への紹介とか顔を覚えるのはおいおいやってもらうこととして」
「当方はそれで構いません」と響子。

「佐藤さん、ひとつ忠告しておきます。今までの佐藤さんの職歴では、まだ誰も入居していない建築物を作るという仕事でしたが、これからは80戸・世帯が入居しているマンションが相手です。それはもう社会の縮図、いろいろな問題が日常的に発生します。入居者の揉め事も。ゴミを指定日以外出す人、近隣騒音で苦情を言う人、駐車場の占有場所の問題、救急車を呼んだり警察を呼んだり、高齢者の徘徊とか重病になりそうな人をよく観察して注意を払うとか、浮気が原因の夫婦喧嘩、家庭内DV、ガキ…おっと、入居者の躾のあまりなっていないお子さんたちとか、登校拒否児童のいる家庭とか、もう信じられないぐらいのことが毎日起こります。それと性格のキツイ皮肉屋のマンション組合の理事長とかね。私ですけど」響子がニタァと笑って佐藤を見た。

「私もマンションのトラブル事例などを調べました。マンション管理には入居者のプライバシーへの介入は業務に含まれておりません。ただし、杓子定規に介入をしないのではなく、このマンションの資産価値を下げるような入居者の行動には注意を払うということですよね。独居の入居高齢者が孤独死したら、その部屋は事故案件になってしまうとか。自分は人間観察が好きです。入居者とのコミュニケーションは苦になりません。このマンションの資産価値の保持を目的にうまくやりますよ」とシレッとして佐藤は答えた。模範解答するじゃないの、と響子は思った。
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