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3 異世界生活
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レイワの、ニッポン。端的に言うと、のばらの住む世界はそう表現されるらしい。ロズリーにとって、この世界は衝撃の連続だった。
まず、動く鉄の塊。空でうっかりぶつかりそうになったアレは飛行機と呼ばれ、その中でも旅客機という人々を運ぶための乗り物らしい。空飛ぶ馬車、とはあながち間違いでもなかったというわけだ。
そして、地上を移動していたあの光。自動車という陸地を走る乗り物で、夜になると光を放つらしい。
街はコンクリートと呼ばれる平たい岩のようなもので覆われ、実に歩きやすい。また、目の見えない者への配慮として点字ブロックなるものが道に敷かれていたり、線路と呼ばれる専用の鉄の道を利用して電車や新幹線といった高速で動く鉄の塊が人々を遠いところまで運んだりしていた。
夜は昼のように明るく、スマートフォンやパソコンといった機械でいつでも調べものが出来たり、遠くに居る者とも通信ができるという。
(貴女……なんて世界に住んでいるの……。)
(知らないよ、与えられたものをそのまま使わせてもらっているだけだもの。)
どんなものにもまるで幼子のように反応するロズリーを、はじめは可愛いと見守っていたのばらだったが、徐々にその情熱に気圧され、疲れてきたらしい。まだ数日しか経っていないというのに、のばらはロズリーを適当にあしらう、という技を身に着け始めた。
(のばら!のばら!!)
(今度は何……。)
(あの大きな建物はなんですの?先程から人がひっきりなしに出入りしていますわ!)
(あぁ、あれは病院だね。)
いつもと違う道を通って帰りたいというロズリーのリクエストが表層意識まで届いてしまったのばらは、自習に当てようと思っていた放課後を街ブラする羽目になってしまった。元々勉強家で好奇心も旺盛なロズリーだが、この世界を少し見ただけで知識欲の権化と化してしまったらしい。
(病院……。この世界では病人が薬師の居る場所を訪ねるのね。)
(お医者さんの数にも限りがあるからね。基本的には患者さんが病院に行くよ。)
(重病人はどうしますの?)
(緊急の時は救急車っていうのを呼ぶの。車の中に応急処置できる機械をたくさん積んでいて、救命救急士って人たちが患者さんの状態を確認して処置しながら運ぶ病院を決めるってわけ。)
ロズリーが特に興味を持ったのは、このニホンの医療体制だった。大金持ちから貧民まで、皆等しく医療を受けられるようにと整備された「皆保険制度」。支払う金額の割合が収入によって変わったりはするが、医療費の一部を税金から捻出するなど思いもよらない制度である。しかも、病院は清潔に保たれ、明るい雰囲気すら漂っている。
(病院なんて、病気の人を隔離して閉じ込める牢獄のようなものだと思っていたのに……。)
(まぁ、ニホンでは治る病気の方が多いからね。治らなくても薬で何とかなったり。)
(この世界に居ると、なんだか死が遠く感じますわ……。)
ロズリーの言葉に、のばらは何も返すことが出来なかった。実際、彼女自身が「死」と向かい合ったことが無いから。両親も、祖父母も、兄弟も健在なのばらにとって、あまりにも遠いものだった。
(のばら、私、この世界の医療について興味がありますの。)
(私は医療についての知識なんて何もないからね!っていうか、今日こそ課題やらなきゃいけないの!!)
そう、ロズリーのために時間を割けばその分のばらの時間が減ってしまう。社会科見学はある程度で終わらせ、のばらは家路を急いだ。
帰宅後は、ひたすら課題をこなすのばらをただただ観察する。彼女が広げた本は艶々した手触りの良いもので、非常に精巧な絵がたくさん描かれている。
それが写真というものだと、数日前に教えてもらった。仕組みはよくわからないが、風景や人物を切り取るように紙に残せるらしい。しかも、最近は紙にすることもなく、いつでも小さな機械でそれらを見ることが出来るそうだ。こんなものがあったら誰も悪いことなんてできなくなるんじゃないかしら?なんて疑問を抱いたが、この世界にも犯罪者というのは普通に居るらしい。どんなに便利な世になっても、悪は一定数存在してしまうようだ。
のばらが不思議な数式を解いたり、この世界の歴史や、物質の起源なんかを学んでいるのを見て、ロズリーは更に知識欲を刺激されてしまったらしい。ずーっとワクワクしながら外の世界を見ている。
(ねぇ、のばら。)
(なに?)
(私がここで、今解いている問題の解説をお願いしたら邪魔かしら?)
(できると思うけど……私も全部分かるわけじゃないからね?)
深層意識でその問題の解説をしながら、表層で問題を解いていく。不思議なことに、人に説明するためにはただ問題を解くよりも深い理解が必要らしい。迷ったら調べ、解けなければ解答を見て解法を知り、そしてまた問題に向き合う。そうしているうちに、のばらの勉強の効率は著しく上がった。
実際は部屋に一人籠っているのだが、一人きりでやるよりもずっと効率よく学習が進む気がした。
(すご……。今日の範囲、全部終わっちゃった……。)
(すごいですわ、のばら!貴女頭が良いのね!)
(いや、普段はこんなに集中できないし、こんなサクサク終わらないんだけど……。)
(?そうですの?)
「ロズリー、ありがと。」
表層意識ののばらがポロリとつぶやいた。
(!……あ……私、お邪魔になっていただけじゃ、ない……?)
表層意識ののばらも、深層意識ののばらも、優しく微笑んでいるのが分かる。なぜかロズリーの目に、涙が浮かんだ。
(ロズリー、あなたが来てから、なんか調子がいいみたい。ありがと。)
(そんな……。のばらには、迷惑しかかけていないと思っていたから……。すごく、すごく嬉しいですわ!これからもよろしくお願いいたしますね!)
一人机に向かいながら二人は交流を深め、そして、おもむろに立ち上がった。
(さ、あとはロズリーへのサービスタイム!図書館に行こう!)
(図書館!いいんですの!?)
のばらの家から公立図書館までは少し距離がある。リュックにノートや筆記用具を入れ、台所に立つ母に図書館行を告げると、外に出て自転車に跨った。
(この乗り物は、自分の足を使うのですね。)
(そう。だから小学生とか小さい子でも練習すれば乗れるよ。)
(あまり難しそうな作りではないのに、便利ね。)
(結構昔からある乗り物だからね。チェーンさえ何とかなれば、ロズリーの世界でも作れるんじゃない?)
後で自転車がどのようなパーツでできているのか調べてやろう、なんて思いながら軽快にペダルを漕いだ。風が暖かくて気持ちがいい。空は晴天、少し日が傾きかけている。図書館に着くと、のばらは意を決したようにロズリーに語りかけた。
(ねぇ、ロズリー。あのさ、表面に出てみる?)
(え……?)
(調べたいものもあるだろうし、本は見て手に取ってみて中をパラパラ見るのも楽しいじゃない?それ、できたらいいんじゃないかな、って。)
のばらはそっと目を閉じる。ロズリーは背中を押されるようにして、のばらの表層まで上っていった。
「……あ……。」
声が出る。両手、両足に風や、地面や、身に着けている服の感覚が確かにある。
(うまくいったじゃん!ほら、図書館だよ!行こう!)
(えぇ、ありがとう、のばら!)
のばらの声が頭の中で響く。ロズリーは確かに自らの足で、この異世界の図書館に足を踏み入れた。
中は日の光が差し込む、とても美しい空間だった。白を基調とした壁に沿って、ずらりと本棚が並び、そこに所狭しと本が並んでいる。
書店とはまた違った匂いがする。たくさんの人が手に取った一冊一冊の本に、歴史が刻まれているのだろう。
「医学」というパネルがある本棚には、難しそうな本が並んでいた。
(ロズリー、ここの本は専門家の人が見に来るやつかも。もう少し簡単に解説してあるのから初めてみたら?)
(そう、ですわね……。初心者向けの本はどこにあるかしら?)
(最近の図鑑とか結構詳しいってクラスの男子が言っていたかも。図鑑コーナーに行ってみたら?)
医学書の棚を離れて図鑑のコーナーへ行ってみる。そこには昆虫や恐竜、植物といった図鑑が並び、その中に「人体解剖図鑑」なるものを見つけた。手に取ってみるとずっしりと重く、中はフルカラーで人体の様々な事が分かりやすく書かれている。
(のばら!この本にしますわ!)
(うん、一緒に読もう。)
そうしてロズリーは日当たりのいい窓際の席を陣取ると、熱心に図鑑を読み始めたのだった。
まず、動く鉄の塊。空でうっかりぶつかりそうになったアレは飛行機と呼ばれ、その中でも旅客機という人々を運ぶための乗り物らしい。空飛ぶ馬車、とはあながち間違いでもなかったというわけだ。
そして、地上を移動していたあの光。自動車という陸地を走る乗り物で、夜になると光を放つらしい。
街はコンクリートと呼ばれる平たい岩のようなもので覆われ、実に歩きやすい。また、目の見えない者への配慮として点字ブロックなるものが道に敷かれていたり、線路と呼ばれる専用の鉄の道を利用して電車や新幹線といった高速で動く鉄の塊が人々を遠いところまで運んだりしていた。
夜は昼のように明るく、スマートフォンやパソコンといった機械でいつでも調べものが出来たり、遠くに居る者とも通信ができるという。
(貴女……なんて世界に住んでいるの……。)
(知らないよ、与えられたものをそのまま使わせてもらっているだけだもの。)
どんなものにもまるで幼子のように反応するロズリーを、はじめは可愛いと見守っていたのばらだったが、徐々にその情熱に気圧され、疲れてきたらしい。まだ数日しか経っていないというのに、のばらはロズリーを適当にあしらう、という技を身に着け始めた。
(のばら!のばら!!)
(今度は何……。)
(あの大きな建物はなんですの?先程から人がひっきりなしに出入りしていますわ!)
(あぁ、あれは病院だね。)
いつもと違う道を通って帰りたいというロズリーのリクエストが表層意識まで届いてしまったのばらは、自習に当てようと思っていた放課後を街ブラする羽目になってしまった。元々勉強家で好奇心も旺盛なロズリーだが、この世界を少し見ただけで知識欲の権化と化してしまったらしい。
(病院……。この世界では病人が薬師の居る場所を訪ねるのね。)
(お医者さんの数にも限りがあるからね。基本的には患者さんが病院に行くよ。)
(重病人はどうしますの?)
(緊急の時は救急車っていうのを呼ぶの。車の中に応急処置できる機械をたくさん積んでいて、救命救急士って人たちが患者さんの状態を確認して処置しながら運ぶ病院を決めるってわけ。)
ロズリーが特に興味を持ったのは、このニホンの医療体制だった。大金持ちから貧民まで、皆等しく医療を受けられるようにと整備された「皆保険制度」。支払う金額の割合が収入によって変わったりはするが、医療費の一部を税金から捻出するなど思いもよらない制度である。しかも、病院は清潔に保たれ、明るい雰囲気すら漂っている。
(病院なんて、病気の人を隔離して閉じ込める牢獄のようなものだと思っていたのに……。)
(まぁ、ニホンでは治る病気の方が多いからね。治らなくても薬で何とかなったり。)
(この世界に居ると、なんだか死が遠く感じますわ……。)
ロズリーの言葉に、のばらは何も返すことが出来なかった。実際、彼女自身が「死」と向かい合ったことが無いから。両親も、祖父母も、兄弟も健在なのばらにとって、あまりにも遠いものだった。
(のばら、私、この世界の医療について興味がありますの。)
(私は医療についての知識なんて何もないからね!っていうか、今日こそ課題やらなきゃいけないの!!)
そう、ロズリーのために時間を割けばその分のばらの時間が減ってしまう。社会科見学はある程度で終わらせ、のばらは家路を急いだ。
帰宅後は、ひたすら課題をこなすのばらをただただ観察する。彼女が広げた本は艶々した手触りの良いもので、非常に精巧な絵がたくさん描かれている。
それが写真というものだと、数日前に教えてもらった。仕組みはよくわからないが、風景や人物を切り取るように紙に残せるらしい。しかも、最近は紙にすることもなく、いつでも小さな機械でそれらを見ることが出来るそうだ。こんなものがあったら誰も悪いことなんてできなくなるんじゃないかしら?なんて疑問を抱いたが、この世界にも犯罪者というのは普通に居るらしい。どんなに便利な世になっても、悪は一定数存在してしまうようだ。
のばらが不思議な数式を解いたり、この世界の歴史や、物質の起源なんかを学んでいるのを見て、ロズリーは更に知識欲を刺激されてしまったらしい。ずーっとワクワクしながら外の世界を見ている。
(ねぇ、のばら。)
(なに?)
(私がここで、今解いている問題の解説をお願いしたら邪魔かしら?)
(できると思うけど……私も全部分かるわけじゃないからね?)
深層意識でその問題の解説をしながら、表層で問題を解いていく。不思議なことに、人に説明するためにはただ問題を解くよりも深い理解が必要らしい。迷ったら調べ、解けなければ解答を見て解法を知り、そしてまた問題に向き合う。そうしているうちに、のばらの勉強の効率は著しく上がった。
実際は部屋に一人籠っているのだが、一人きりでやるよりもずっと効率よく学習が進む気がした。
(すご……。今日の範囲、全部終わっちゃった……。)
(すごいですわ、のばら!貴女頭が良いのね!)
(いや、普段はこんなに集中できないし、こんなサクサク終わらないんだけど……。)
(?そうですの?)
「ロズリー、ありがと。」
表層意識ののばらがポロリとつぶやいた。
(!……あ……私、お邪魔になっていただけじゃ、ない……?)
表層意識ののばらも、深層意識ののばらも、優しく微笑んでいるのが分かる。なぜかロズリーの目に、涙が浮かんだ。
(ロズリー、あなたが来てから、なんか調子がいいみたい。ありがと。)
(そんな……。のばらには、迷惑しかかけていないと思っていたから……。すごく、すごく嬉しいですわ!これからもよろしくお願いいたしますね!)
一人机に向かいながら二人は交流を深め、そして、おもむろに立ち上がった。
(さ、あとはロズリーへのサービスタイム!図書館に行こう!)
(図書館!いいんですの!?)
のばらの家から公立図書館までは少し距離がある。リュックにノートや筆記用具を入れ、台所に立つ母に図書館行を告げると、外に出て自転車に跨った。
(この乗り物は、自分の足を使うのですね。)
(そう。だから小学生とか小さい子でも練習すれば乗れるよ。)
(あまり難しそうな作りではないのに、便利ね。)
(結構昔からある乗り物だからね。チェーンさえ何とかなれば、ロズリーの世界でも作れるんじゃない?)
後で自転車がどのようなパーツでできているのか調べてやろう、なんて思いながら軽快にペダルを漕いだ。風が暖かくて気持ちがいい。空は晴天、少し日が傾きかけている。図書館に着くと、のばらは意を決したようにロズリーに語りかけた。
(ねぇ、ロズリー。あのさ、表面に出てみる?)
(え……?)
(調べたいものもあるだろうし、本は見て手に取ってみて中をパラパラ見るのも楽しいじゃない?それ、できたらいいんじゃないかな、って。)
のばらはそっと目を閉じる。ロズリーは背中を押されるようにして、のばらの表層まで上っていった。
「……あ……。」
声が出る。両手、両足に風や、地面や、身に着けている服の感覚が確かにある。
(うまくいったじゃん!ほら、図書館だよ!行こう!)
(えぇ、ありがとう、のばら!)
のばらの声が頭の中で響く。ロズリーは確かに自らの足で、この異世界の図書館に足を踏み入れた。
中は日の光が差し込む、とても美しい空間だった。白を基調とした壁に沿って、ずらりと本棚が並び、そこに所狭しと本が並んでいる。
書店とはまた違った匂いがする。たくさんの人が手に取った一冊一冊の本に、歴史が刻まれているのだろう。
「医学」というパネルがある本棚には、難しそうな本が並んでいた。
(ロズリー、ここの本は専門家の人が見に来るやつかも。もう少し簡単に解説してあるのから初めてみたら?)
(そう、ですわね……。初心者向けの本はどこにあるかしら?)
(最近の図鑑とか結構詳しいってクラスの男子が言っていたかも。図鑑コーナーに行ってみたら?)
医学書の棚を離れて図鑑のコーナーへ行ってみる。そこには昆虫や恐竜、植物といった図鑑が並び、その中に「人体解剖図鑑」なるものを見つけた。手に取ってみるとずっしりと重く、中はフルカラーで人体の様々な事が分かりやすく書かれている。
(のばら!この本にしますわ!)
(うん、一緒に読もう。)
そうしてロズリーは日当たりのいい窓際の席を陣取ると、熱心に図鑑を読み始めたのだった。
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