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6 聖女誕生前夜

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ステルの腕は確かだった。ロズリーが頼んだ小さなパーツ、およそ二百五十個。それをたった三日で作り上げてしまったのだ。それも、非常に精巧に。

出来上がったパーツを繋ぎ合わせて、一本のチェーンを作っていく。そう、ロズリーが作ろうとしているのは、のばらが乗っていたあの「自転車」だった。

フレームは木で再現した。のばらの世界にあったアルミなどの素材は、まだこの世界で加工技術が発達していない。ロズリーが披露すべきは、誰も想像できないような品ではなく、ほんの少しの未来で当たり前に存在しそうな、「少し進んだ、まだ誰も作り出していない品」。それが町に浸透し、誰もが当たり前に使うようになってこそ、ロズリーの知識が役に立つものだと認識されるはずである。

イレイスの人脈は幅広く、腕のいい木工職人も紹介してくれた。ロズリーの注文通りに切り出された木は丹念にやすりで磨き上げられ、ずっと触っていたくなるようなつるりとした仕上がりである。それらを、組み合わせ、何とか自転車の原型が出来上がった。といっても、のばらに見せたら確実に「自転車ではない」と言われるだろう。なぜなら、ロズリーが作った物は大きい「三輪車」だったから。

実はこの「近未来の乗り物」の作成に当たり、ロズリーはイレイスに相談をしていた。まずは異世界で見た自転車のこと、それに実際ロズリーが乗ってみた感想などを一通り話す。

「では、本来お嬢様がお作りになろうとしてステルに依頼したものは二輪の乗り物というわけですね。」
「そうね。」
「しかし、乗馬に慣れたお嬢様でさえ少し練習が必要であった、と。」
「そうなの。そして、恐らく私の作った物は……。」
「えぇ、更に乗り心地が悪いでしょう。」

バランスをうまく取って乗ることが出来れば、圧倒的に自転車が便利だろう。しかし、この世界で作れる乗り物はタイヤが木でできている上、道も舗装されていない。となると、三輪車の方が無難である。

「この乗り物、なんて名付けようかしら。」
「それは、シスターにも相談なさった方がよろしいのでは?」
「そうね。」

というわけでロズリーは完成した三輪車と共に教会へ来ていた。まだ極秘事項であるため、教会への献上品に偽装させてある。予めシスターとの面会は伝えてあったため、待つこともなく部屋に通された。

「お待ちしておりました、ロズリー様。」
「シスターリフィア、お時間を頂きありがとうございます。」
「早速、あちらの世界から持ち帰った知識と技術を形にされたとか。完成、おめでとうございます。」
「まだ試作の段階ではございますが、これを教会にて披露させていただくことに意義があればと思っております。」

ロズリーの顔には自信が伺える。自転車の設計図を調べてくれたのがのばらだったからこそ、ロズリーは胸を張ってこの乗り物を披露することが出来る気がした。

「ご尊顔から、自信の程がお伺いできます。早速拝見しても?」

ロズリーは教会裏手にひっそりと停めた馬車の荷台へシスターを案内した。かぶせた布に下から入り込むようにして、乗り物を見てもらう。

「これは……一見すると大変珍妙な乗り物ですね……。」
「そうなのです。ただ、これによって便利になるものは数多く存在すると思いますわ。」
「なるほど。ではロズリー嬢、明日、教会で行われる祈祷会にお越しください。その際、こちらの乗り物を教会前の広場にてご披露いただくことと致しましょう。」
「それで、聖女と認定される、と……?」
「手順はあくまで皆に示しをつけるためのもの。異世界に渡った貴女が聖女であることは、変えようのない事実ですから。」

どうやら聖女と認定されるのに、試験やら何やらは必要ないらしい。のばらの読んでいた小説では、聖女は試験を受けて勝ち取る称号だったのに。

「ご存じでしょうが、明日の祈祷会は年に一度の大規模なものです。聖女の称号に恥じぬ恰好でお越しください。少し早めにいらして下されば、部屋をお空けしておきましょう。」
「お気遣い、感謝いたします。」

なぜか早々に話を切り上げようとするシスターに、ロズリーは思い切って質問を投げかけた。

「シスターリフィア、早々に私を聖女として認定下さるのは大変喜ばしいことなのですが、なぜ私が聖女であるという確信をお持ちなのですか?」
「…………。」

シスターは答えない。しかし、その表情に焦りが見えたりすることはなく、口許には穏やかな笑みを讃えていた。

「思えば、シスターは私の話に最初から耳を傾けてくださいました。しかも、私が気を失う前、そう、あの日、祈りの前に、確か、何かを……。」
「…………。」
「そうだわ、女神様が傍まで下りてきている、幸あらんことを、と。あの時、シスターは確かにそうおっしゃいましたわね……。」

半分、独り言のようになっているロズリーの言葉にも、シスターは反応しない。ただ穏やかに聞いているだけだ。

「シスター。そうですわ、まさか、シスターは、もしかして……!」

シスターの様子は変わらない。だというのに、彼女からどこか神々しさを感じる。あの日、教会全体が輝いて見えたように、今度は彼女自身が神秘的な光に包まれているではないか。

「やはり、貴女様なのですね、フローレス様……!」
「『人間の子いとしごよ、このように早く気づいては、のぞき見の甲斐がなくなってしまうではありませんか』」

シスターの声が二重に聞こえた。耳から直接入って来る音に加えて、頭の中でも直接声が響く感じがして、絶妙に気持ち悪い。

「シスターリフィアは、貴女様の器なのですか……?」
「『まぁ、そのようなところです。彼女はだいぶ、特殊な存在なもので』」
「そうなのですね……。だから、私が聖女だと確信をお持ちで……。」

ロズリーはただただ戸惑っていた。自身が聖女だと、女神に直接告げられたわけだが、女神をその身に降ろすことができるなど、余程シスターの方が聖女ではないか、なんて思ってしまう。

「リフィア、様は……。」
「『ロズリー、シスター自身のことにはあまり触れてやらないでください。色々と事情があるのです』」
「そう、なのですね……。」
「『不服でしょうが、貴女には前に進んでいただかなくては。この国を救うも救わぬも貴女自身が決めること。人間の子いとしごたちのことを、私は常に見守っておりますよ。』」

そう言い残して、女神は去っていった。シスターの身体に宿った光が消え、その体がややぐったりと椅子にもたれかかる。

「なぜこう、勝手に人の身体を使うんですかね、女神様あの人は……。」
「シスター、リフィア……。」
「貴女に私の事を明かすのはずっと先の予定だったのですよ。それを女神様あの人ときたら……
、といったところで、聞こえてないフリを決め込むでしょうから仕方ありませんね。神が気まぐれなのは今に始まったことじゃありませんし。」

シスターは冷めてしまったお茶を一気に飲み干すと、やや乱暴にティーカップを置いた。がしゃん、という音がちょっと怖い。

「というわけでロズリー嬢、貴女を聖女としてこの国を救う主人公とするそうです。私はそれを全力でサポートしなければならないそうなので、がんばってください。」
「シスター、急に、雑……。」
「あの三輪車はよくできていました。名称は分かりやすくそのままでよろしいかと。今日は祈りの場で、恐らく女神様あの人が降りてきて、貴女に光を降らせます。それは集まった民にも見えるでしょう。あとは私が適当な質問をしますから、答えて頂いて、魔力測定して、三輪車に外で乗っていただき、聖女認定です。」
「え、ちょ、早……。」
「あとは何とでもなるでしょう。王家への報告は一報だけ入れておきますので、あとは貴女が直接陛下にご報告お願いします。」
「は!?え、教会から詳細な報告は……。」
「こちらでは既に認定証と首飾りを用意しています。というかそのくらいは女神様あの人が置いていきました。足りねぇんだよ……。」

もう最後の一言は聞かないことにした。この人、本当に神の器なのだろうか。

「というわけで、ロズリー嬢?」
「は、はい!」
「明日、よろしくお願いします。」
「えぇ、よろしくお願いいたします……。」

そうして、若干怖い笑顔のシスターは部屋を出ていった。ロズリーはしばらく動けずにいたが、少し経ってからお茶を飲み干し、部屋を出る。何だか狐につままれたような気持ちになっているが、とにかく、明日の祈祷会が大きなイベントであるということだけは理解できたのだった。

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