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25 復興の兆しと、変化

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その日、ロズリーとアレクサンダーは組合長であるブラッシュの自宅に居た。ロズリーだけは彼の正確な立場を知っているが、アレクサンダーには何も告げていない。出されたお茶を各自が一口ずつ飲み、勧められた菓子を少し口にした当たりで、ブラッシュが口を開いた。

「まずは、きちんとご挨拶させていただきましょう。サガン自治区で自治区長と馬車組合の組合長を兼任しておる、ブラッシュと申します。皇子殿下にはきちんとご挨拶もせず失礼した。」
「!!!組合長が、自治区長……!」
「殿下、私からもお詫び申し上げます。今回の自治区生活において、ブラッシュさんが自治区長であること、殿下の正体をご存じであることを告げずにおりましたのは、公爵家の判断でございます。もちろん王家の許可は得ておりますが、それでも殿下に隠し事をしたのは事実。申し訳ございませんでした。」

頭を下げるブラッシュとロズリーに、アレクサンダーは苦笑しながら顔を上げるように言った。

「いや、済まない。大丈夫だ。父上の許可を得ている以上、それは私に対するものよりも大きい権力の下での判断となる。そなたたちが気にすることではない。」

アレクサンダーから怒りを感じなかったこともあり、ロズリーたちは顔を上げた。

「で、このタイミングでこの話をしたということは、何かあるということなのだな?」
「はい、ロズリーお嬢様のご提案で、殿下にもきちんとお話をさせていただこうと考えた次第です。」
「殿下、この度の災害でこの自治区が受けた被害は甚大です。皆懸命に働いていますが、それだけで簡単に復興は叶わないでしょう。」
「そうだな。私としては王家に援助を申請しようと考えているが、そういう話か?」
「いえ、そうではございません。」

ロズリーは自分の提案について話を始めた。

まず、市場でカイラとキャメリアの親子に出会ったこと。ロズリーの絹糸の工芸品が良く売れること、そして、その作り方を彼女たちに伝えて、店を大きくしたいと思ったこと。閉鎖的なこの自治区における今回の災害で、ロージーとアレックスという外部の人間の活躍を人々が知り、外部への警戒心がやや薄れている今、自治区が広く門戸を開き外と交流を持てば、それは国にとってひとつの大きな力になるのではないか。そんな思いを語ってみる。

ロズリーとしては、自治区がこれからも自治区として存在するため、そして、その素晴らしさをモスカータ王国、ひいてはそのほかの国々に伝えるために動いていきたい。更には、それを基盤にこの自治区の体制を更に盤石なものにしていこうと考えているのだ。

「……なるほど。相変わらずサーナリアン公爵令嬢は素晴らしい観察眼と考えをお持ちだ。」
「恐れ多い事でございます。私はただ、祖父の思い入れが強いこの自治区を、更に盤石にしたいと考えただけにすぎません。」
「そうか。大叔父上の、な。」

アレクサンダーは複雑な表情を浮かべてから、ブラッシュに向き直った。

「して、自治区長。令嬢の考えは分かった。そなたもそれに賛成しているのだろう。あとは自治区の領民たちにそれを理解させ動いていくだけのように思うが、私に臨むことがあるということか?」
「は、ご賢察痛み入ります。殿下は此度の災害に於いて、馬車を回し人命救助や各地との連絡を滞りなく進められました。今後、災害や、万が一戦火が降り注いだ時、同様に指令を出す者が必要です。」
「ほう。つまり私に、後進教育をさせようと言うのか。」
「恐れながら、組合の者達は殿下を一人の仲間と考えております。そして、今はクラモワジ翁の弟子という位置づけになっておりますゆえ、その下に人を置き、クラモワジ翁の技術と殿下の知性でもってこの組合を託していきたいのです。」
「話は分かった。しかし、それならば私に自らの立場を明かす必要があったのか?組合長としてアレックスに命じれば従ったであろうに。」

その言葉に、答えを返したのはロズリーだった。

「殿下、お気づきかどうかわかりませんが、殿下が災害の際に用いたのはチェス盤と地図でございます。あのチェス盤は祖父が友人であるクラモワジ翁に贈った品で、この自治区にはたった一セットしかチェスは存在いたしません。庶民たちの間では、手が届かないゲームでもあるのです。」
「!そう、だったのか……。」
「加えて、殿下が采配なさるときに基盤としたのは軍事的な知識でございましょう?あまり公に知られていいことではございません。」
「……確かに、そうだな。あまり外部に漏れて良いものではない……。」
「殿下がどのように采配されるのか、それを万が一にでも敵国に知れては、わが国にとって脅威となり得ます。ですから、殿下が後進を育成されるならばその点にも最大限に配慮しなければならないということなのです。」

アレクサンダーは少し考え込んでから、顔を上げた。

「私の考えはまだまだ浅いのだな。令嬢、感謝するぞ。自治区長、その後進とやらは誰にするつもりなのだ?恐らくその者が次代の自治区長または組合長となるだろう。」
「はい。それにつきましては私もまだ迷っているところでございます。フォードは一番弟子ですが、けんかっ早いところと短慮なところがあり、人の上に立つ素質はあまりないと言えます。経験だけが彼を後押しする形です。サイザウは皆から好かれ人望も厚いですが、頭で考えるよりも行動するタイプです。また、チェンは頭で考える分それを皆に伝えきれず、やや孤立するような点が見受けられます。一長一短。誰にすべきか迷って居るのです。」

ブラッシュは本気で悩んでいた。正直、自分はまだまだこの仕事を続けられる。よって、後継者を選ぶにはまだしばらくの猶予があるだろうと高をくくっていた。しかし、実際に大きい災害を経験して、後進は常に育成しておくべきであり、自分がいなくなってもきちんとこの自治区が回っていくように状況を整えておかなければならないと考えを一変させたため、迷うことだらけになってしまったらしい。
ただでさえ深い眉間の皺が、大渓谷と化していた。

「それならば……私に少し考えがあるのだが、どうだろうか。」

アレクサンダーはニヤリと笑うと、ブラッシュとロズリーを側に寄らせた。



その日の午後、組合の面々はホールに集まり組合長を待っていた。なんでも、これからの事で話があり、重要な案件のため全員出席だというのだ。一時的に馬車はストップ。客は待ちぼうけを食らう形となっている。それでも集まれというのだから、余程の事なのだろう。

「集まったか。」

組合長が組合室から出てきた。その後ろになぜかクラモワジとアレックスが続いている。皆が見上げる中、組合長は二階から話を始めた。

「急に集合をかけて悪かったな。待たせている客も居るだろうから、手早く話を済ませる。まずは皆が知っての通り、クラモワジ翁に弟子入りしてリーダーとして学んでいたアレックスだが、彼の采配で災害の時は随分と助けられた。それを皆知っていると思うが、改めて礼を言おう。ありがとう。」

ブラッシュが軽く頭を下げると、階下から拍手が起こった。アレックスもまた軽く頭を下げて挨拶を返す。

「さて、あの現場を見たものは気づいたと思うが、今回アレックスが上手く采配をできた理由は、彼の身分が高いことにある。それだというのに我らにはそれを告げず、平民と同じように生活し、接してくれた。そして、それはこれからも変わりなくて良いという。私はそれを喜んで受け入れようと思う。そして、彼が今回上手く采配をできた一つの理由として、日常的に、娯楽として頭を使っているからだという驚くべき話を聞いた。そこで、アレックスから皆に贈り物があるそうだ。」

アレックスは一歩前に出ると、頭を下げて礼をし、口を開いた。

「このような場所から話をする立場でないことはわかっていますが、聞いてください。私は本来皆さんと違う身分の者です。しかし、ここでは一御者見習いとして、そしてクラモワジ翁の弟子として在りたいと思っています。そんな中、私が好むゲームが役に立つことがあるかもしれないという結論に至りました。そこで、皆様にはこれからチェス盤と駒を配っていただきたいのです。ルールは私が教えます。この自治区に娯楽を持ち込むことで、復興までの道のりをより楽しいものにさせていただけないでしょうか!!」

アレックスの演説に、組合は沸いた。皆、とにかくただで物がもらえそうだということ、何か楽しい事が始まりそうだという予感だけで浮足立っているように見える。そううまくいくかしら、と心の中で思いながら、ロズリーはそっと溜息を吐いたのだった。

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