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呪怨劇
7、動くつもりがない理由を語る間、異変は静かに進む
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吉田佳代から肌で感じ取れるほどの怨念を感じ取ってから二日が経ち、教室に不快な違和感があることを感知したその日の放課後。
帰宅した護は、月美と一緒にその日の宿題に取り掛かっていたのだが。
「ねぇ、護」
「うん?」
「気づいてて、放置してたでしょ?教室の瘴気に」
向かい側にいる月美に唐突にそう問いかけられた。
その問いかけに、ノートの上を走っていた護のペンが止まる。
月美は自分と同じ術者であり、神事を司る巫女となるべく育てられてきたのだから、気づいていないほうがおかしい。
いや、そもそも気づいていないわけがないのだ。
だが、まさか自分があえて放置していたことにまで気づくとは思いもしなかったらしく、少なからず動揺しているらしい。
「なんで、放置しといたの?」
「放置しておかない理由がない、って言ったら?」
「許さない」
そんな護の様子など知ったことではないというように、月美はさらに問いかけた。
そのといかけに、護はあえて問い返すと、感情がまったくこもっていない冷たい声が月美の口から出てきた。
月美とて護の信条は理解しているし、そう行動する理由もわかっているはずだが、その信条を理解を示すことと、その信条に基づく行動を許すことは全くの別問題。
――俺のポリシーは理解できても、納得はできないし、許すこともできないってわけか
心中でそう呟くが、自分との間に相違があると思っていたし、溝ができるかもしれないことは覚悟していたらしい。
月美の口から出てきた冷たい声に、まったく動揺していなかった。
そもそも月美と護は、暮らしてきた環境が違う。
月美が暮らしてきた出雲は、わずかながらではあるものの、八百万の神々への信仰が残っている土地だ。
それ故、月美の生家である風森家は神事を司る一族としての認識が地域には残っていた。
一方で土御門家が根付いた東京は、人の欲望が渦巻く場所であり、人が科学を中心にして動く土地だ。
周囲の人間にとって、そこに居ついている土御門家は、土御門神社を管理している神職者であり、神社の管理人としての認識でしかなく、そこに敬意や畏敬の念は存在しない。
――月美の、風森の家の人たちみたいに周囲の人が信心深い人が多かったらともかく、東京にそんな人はほとんどいない
ゆえに、見鬼としての才覚を持っている護を異質なものとして疎んじ、認めることはなく、変人として、悪ければ化け物として認識してきた。
その果てが、同年代による差別に近い"いじめ"だ。
子供に限らず、人間は承認欲求が強く、誰かに認めてもらいたいという想いが常についてまわっている。
その欲求を家族以外の人間から満たしてもらうことができなかった護は、やがて周囲の人間全てが敵であるかのように認識してしまうようになっていた。
その結果が、人間ではなく妖を優先する態度と率先して人間を怪異から守らないという立場を守ること。
――そもそも、多少でも信心が残っていて神霊や妖の存在を馬鹿にしなければ、俺だって手を差し出すくらいのことはする
だが、護が手を差し出す前に、相手の方がその手を払い落としているのが、東京という土地だ。
護が霊的守護を行うか行わないか。その行動を気分次第で変える状況に追い込んだ要因は、その守護の下に置かれる人間たちの態度と姿勢にある。
自分を排除しようとする存在を守ってやる義理が、果たしてどこにあるのだろう。
それが、護の行動の根幹にあるものだが、月美は到底それを理解することはできなかった。
「なんで?だって、護にはそれができる力があるんだよ?」
「逆に聞くけど、敵を助ける理由がある?助けたところで、彼らがもう俺に危害を加えてこないという保証は?」
月美の問いかけに、護はあえて問いを返した。
その言葉に、月美は返すことができず、言葉に詰まる。
その様子に護は視線を窓の外の方へと向け。
「即答できないだろ?つまりは、そういうことさ」
確かに、護には。いや、土御門家の人間には、霊的な存在が引き起こす災いから人々を守護するだけの力を備えている。
だが、護たちは一民間人であり、自衛隊や警察官のような公僕ではない。
彼らは国家の治安、安全を物理的に守護することで民間人を危険から遠ざけている。
たとえ、庇護対象である日本国民からどれだけ非難されようとも、彼らはそれが使命であり、職務であるのだから。
だが、護は違う。
「俺は。というより、土御門家はあくまでも一民間人だ。確かに、霊的な災いから一般人を守るだけの力はあるし、研鑽もしている。けど、その力で誰を守り、誰を切り捨てるかは自由だろ?」
そう語る護のその瞳は、どこか虚ろで、この世に何の未練も興味も、愛着すらないように見える。
その瞳と表情を見た月美は、それが哀れにすら思えたが、結局、それ以上、このことを追求することができず、課題を再開するのだった。
----------------------------
一方その頃。
放課後はおろか、夜半を過ぎて誰もいてはいけない護たちの教室に一つの人影があった。
その人影は、佳代をいじめていたグループのリーダー格の女子生徒が使っている席で、何かをしているようだ。
――くかか、これでまたこの部屋の呪詛の瘴気が濃くなるわい
その人影の主は、佳代に力を貸す、と契約を交わした老人。
調査局に危険人物と認定され、追いかけまわされている道満だ。
どうやら、佳代の使鬼のような存在として、彼女の呪詛を手助けすることにしたらしい。
もっとも彼の本来の目的は、復讐の手助け、というわけではなさそうだ。
――いつの世も人の怨念は絶えじ。絶えるどころか、時代を経るごとにより強く、色濃くなっていくわい
これほどの怨念が、憎悪が、穢れが、自分の生きていた時代にあったのなら。
そう思わずにはいられないが。
――どれほどの長い時間、儂が現世にとどまっているか、もはやわからん。だが、かつての時代よりもよほど居心地がいいわい
むしろ、彼はこの時代に己の魂をとどめていられていることを幸運とすら思っているようだ。
神秘が薄れ、その存在を知覚することができる人間はいないと言っても過言ではない現代。
この時代であれば、自分の名を。自分の名だけを、強く世に広め、轟かせることができる。
そのほうが、むしろ都合がいい。
――小娘。無知なる我が仮初めの契約者よ。お前さんには儂が大陰陽師としてこの世に君臨するための礎となってもらうぞ
ニタリ、といやらしい笑みを浮かべながら、法師は自身の目的を達成するための布石の準備を進めていった。
帰宅した護は、月美と一緒にその日の宿題に取り掛かっていたのだが。
「ねぇ、護」
「うん?」
「気づいてて、放置してたでしょ?教室の瘴気に」
向かい側にいる月美に唐突にそう問いかけられた。
その問いかけに、ノートの上を走っていた護のペンが止まる。
月美は自分と同じ術者であり、神事を司る巫女となるべく育てられてきたのだから、気づいていないほうがおかしい。
いや、そもそも気づいていないわけがないのだ。
だが、まさか自分があえて放置していたことにまで気づくとは思いもしなかったらしく、少なからず動揺しているらしい。
「なんで、放置しといたの?」
「放置しておかない理由がない、って言ったら?」
「許さない」
そんな護の様子など知ったことではないというように、月美はさらに問いかけた。
そのといかけに、護はあえて問い返すと、感情がまったくこもっていない冷たい声が月美の口から出てきた。
月美とて護の信条は理解しているし、そう行動する理由もわかっているはずだが、その信条を理解を示すことと、その信条に基づく行動を許すことは全くの別問題。
――俺のポリシーは理解できても、納得はできないし、許すこともできないってわけか
心中でそう呟くが、自分との間に相違があると思っていたし、溝ができるかもしれないことは覚悟していたらしい。
月美の口から出てきた冷たい声に、まったく動揺していなかった。
そもそも月美と護は、暮らしてきた環境が違う。
月美が暮らしてきた出雲は、わずかながらではあるものの、八百万の神々への信仰が残っている土地だ。
それ故、月美の生家である風森家は神事を司る一族としての認識が地域には残っていた。
一方で土御門家が根付いた東京は、人の欲望が渦巻く場所であり、人が科学を中心にして動く土地だ。
周囲の人間にとって、そこに居ついている土御門家は、土御門神社を管理している神職者であり、神社の管理人としての認識でしかなく、そこに敬意や畏敬の念は存在しない。
――月美の、風森の家の人たちみたいに周囲の人が信心深い人が多かったらともかく、東京にそんな人はほとんどいない
ゆえに、見鬼としての才覚を持っている護を異質なものとして疎んじ、認めることはなく、変人として、悪ければ化け物として認識してきた。
その果てが、同年代による差別に近い"いじめ"だ。
子供に限らず、人間は承認欲求が強く、誰かに認めてもらいたいという想いが常についてまわっている。
その欲求を家族以外の人間から満たしてもらうことができなかった護は、やがて周囲の人間全てが敵であるかのように認識してしまうようになっていた。
その結果が、人間ではなく妖を優先する態度と率先して人間を怪異から守らないという立場を守ること。
――そもそも、多少でも信心が残っていて神霊や妖の存在を馬鹿にしなければ、俺だって手を差し出すくらいのことはする
だが、護が手を差し出す前に、相手の方がその手を払い落としているのが、東京という土地だ。
護が霊的守護を行うか行わないか。その行動を気分次第で変える状況に追い込んだ要因は、その守護の下に置かれる人間たちの態度と姿勢にある。
自分を排除しようとする存在を守ってやる義理が、果たしてどこにあるのだろう。
それが、護の行動の根幹にあるものだが、月美は到底それを理解することはできなかった。
「なんで?だって、護にはそれができる力があるんだよ?」
「逆に聞くけど、敵を助ける理由がある?助けたところで、彼らがもう俺に危害を加えてこないという保証は?」
月美の問いかけに、護はあえて問いを返した。
その言葉に、月美は返すことができず、言葉に詰まる。
その様子に護は視線を窓の外の方へと向け。
「即答できないだろ?つまりは、そういうことさ」
確かに、護には。いや、土御門家の人間には、霊的な存在が引き起こす災いから人々を守護するだけの力を備えている。
だが、護たちは一民間人であり、自衛隊や警察官のような公僕ではない。
彼らは国家の治安、安全を物理的に守護することで民間人を危険から遠ざけている。
たとえ、庇護対象である日本国民からどれだけ非難されようとも、彼らはそれが使命であり、職務であるのだから。
だが、護は違う。
「俺は。というより、土御門家はあくまでも一民間人だ。確かに、霊的な災いから一般人を守るだけの力はあるし、研鑽もしている。けど、その力で誰を守り、誰を切り捨てるかは自由だろ?」
そう語る護のその瞳は、どこか虚ろで、この世に何の未練も興味も、愛着すらないように見える。
その瞳と表情を見た月美は、それが哀れにすら思えたが、結局、それ以上、このことを追求することができず、課題を再開するのだった。
----------------------------
一方その頃。
放課後はおろか、夜半を過ぎて誰もいてはいけない護たちの教室に一つの人影があった。
その人影は、佳代をいじめていたグループのリーダー格の女子生徒が使っている席で、何かをしているようだ。
――くかか、これでまたこの部屋の呪詛の瘴気が濃くなるわい
その人影の主は、佳代に力を貸す、と契約を交わした老人。
調査局に危険人物と認定され、追いかけまわされている道満だ。
どうやら、佳代の使鬼のような存在として、彼女の呪詛を手助けすることにしたらしい。
もっとも彼の本来の目的は、復讐の手助け、というわけではなさそうだ。
――いつの世も人の怨念は絶えじ。絶えるどころか、時代を経るごとにより強く、色濃くなっていくわい
これほどの怨念が、憎悪が、穢れが、自分の生きていた時代にあったのなら。
そう思わずにはいられないが。
――どれほどの長い時間、儂が現世にとどまっているか、もはやわからん。だが、かつての時代よりもよほど居心地がいいわい
むしろ、彼はこの時代に己の魂をとどめていられていることを幸運とすら思っているようだ。
神秘が薄れ、その存在を知覚することができる人間はいないと言っても過言ではない現代。
この時代であれば、自分の名を。自分の名だけを、強く世に広め、轟かせることができる。
そのほうが、むしろ都合がいい。
――小娘。無知なる我が仮初めの契約者よ。お前さんには儂が大陰陽師としてこの世に君臨するための礎となってもらうぞ
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