継母令嬢はかつての悪役──小さき王子と紡ぐぬくもりの宮廷

象乃鼻

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第16話 波間に潜む影

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 青空の下、帆船《セレスティア号》は穏やかな波間を滑るように進んでいた。春の海風が甲板を撫で、乗組員たちも安心した表情で作業に勤しんでいる。美咲(みさき)は舳先に立ち、遠方に見える水平線を眺めていた。隣にはレオンが肩まで差し伸べた望遠鏡をのぞき込み、わくわくした声を漏らす。

「継母様、もうすぐ王都が見えるはずだよ! 僕、この航海日誌を書き終えたら、たくさんの発見を報告できるんだ」
「ええ。その前に、今日は皆さんにありがとうを伝えなきゃね。あなたも――」
 美咲はふと視線を細め、遠巻きに浮かぶ小さな船影に気づいた。

 その瞬間、甲板下で低い咆哮が響いた。護衛隊の騎士が慌てて剣を抜き、帆柱に巻き付くロープを踏みしめる。

「海賊船だ! 船影が接近中、全員配置に就け!」
 老海将の号令とともに、乗組員たちは即座に戦闘態勢を取った。櫓を漕ぐ音が乱れ、赤い帆の小舟が四隻、脇を固めるように近づいてくる。

「継母様、どうしよう……!」
 レオンの声が震える。幼いながらも、船上の緊迫感に胸を詰まらせているのが伝わる。

「大丈夫。あなたはこの光で――」
 美咲は小瓶から薬草エキスを取り出し、揺れる手で帆の根元に垂らした。

「これを帆に吹きつければ、一瞬だけ海賊たちの視界を奪えるわ」
 迅速に動く美咲を、エリオットと老海将が援護する。

「了解、継母様。私も救護班を準備します」
 エリオットは医療キットを抱えつつ、負傷者想定で配置についた。

 突如、風向きが変わり帆が大きく揺れたその隙に、薬草の煙が帆に広がる。赤い帆は白い靄に包まれ、海賊たちの前方視界を一瞬奪った。

「今だ、レオン!」
 美咲の合図に応え、レオンは小さな魔力球を固め、甲板両舷で高く掲げた。

 ──鋭い光が海面を切り裂くように放たれる。

 眩い閃光に驚いた海賊たちが視界を失い、櫂の手を止めた隙に、護衛隊の槍隊が突入する。

「よくやった、みさき!」
 老海将が笑みを浮かべ、旗を翻しながら指示を飛ばす。

 しかし、海賊の船長らしき大男がしぶとく抵抗し、レオンを人質に取った。甲板縁に近寄った彼は、鋭い剣を王子の衣服にかすらせる。

「小童(こわっぱ)が光で自己満足している間に――殺すなよ、親分への交渉材料だからな!」
 大男の低い嘲笑に、甲板の空気が凍りつく。

「離せ、レオン!」
 美咲は剣を構え、母性と使命感が混じった厳しい眼差しを向けた。だが彼女は戦いの最中でも冷静だった。

「待て」
 美咲は声を落とし、ゆっくりと両手を開いてみせる。

「あなた方にも——私たちにも、大切な命があります。海賊の方々も、傷つけば助けを必要とするでしょう?」
 言葉の端々に、医師や保護者としての誠意を込める。

 大男の目がわずかに揺れ、剣の先がぶれた。エリオットがその瞬間を突いて駆け寄る。

「この光魔法と薬草は、負傷者を即座に癒やす特効薬の証拠にもなります。海賊の同志をも救護班で手当てしましょう」
 エリオットは冷静に続ける。

「互いに傷つけ合うのではなく、命を尊ぶ協定——“医療協定”を結ぶのです」

 甲板上は緊張に満ちながらも、言葉の真意を測りかねる海賊たちのざわめきが起こる。大男は人質であるレオンを抱えたまま、仲間を見渡した。

「……本当に、治療してくれるのか?」
 仲間の一人が疑いを含んだ声を上げる。

「もちろん。命を奪うのも、救うのも同じ力。私は医師でもあるのです」
 美咲は真剣な眼を大男に向け、深く頷いた。

 しばしの沈黙の後、大男は重く息をついて剣を下ろし、レオンを解放した。

「よかろう。……医療協定な。俺たちも手を貸す」

 護衛隊が剣を収め、海賊たちを臨時の護衛・救護隊として編入する手続きが急きょ行われた。騒然としていた甲板に、安堵と不思議な連帯感が芽生える。

 レオンは震える声で言った。
「継母様、すごい……」
 美咲は優しく微笑み、王子を抱き寄せた。

「あなたの光と、皆の協力で、この船は皆の家族となる。これからは一緒に守っていきましょう」

 波間に潜んでいた影は、思いがけない友情の糸でほどかれ、航海はまた新たな一歩を踏み出したのだった。
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