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第三章 戴冠式は波乱含み

65.兄の不始末 Side.ローズマリー皇女

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ディオ王子がいよいよ即位するということで、戴冠式の日、私はガヴァムへとやってきていた。
少しでもその目に留まりたくて、ドレスも新調して美しく着飾った。
恐らく同じ思いだったのだろう、シェリル嬢と笑顔で睨み合うといういつものキャットファイトをしつつ、王冠を戴くディオ王子をうっとりと見つめる。

麗しいディオ王子が王位につく瞬間に立ち会えて感動に胸が震えてしまった。
でもその後、賊の襲撃があり急いで避難を促されたため、それ以上じっくりその姿を眺めることもできず、その後のパーティーで驚きの発表があって愕然としているうちにいつの間にかその姿は会場から消えていて、慌てて探していたら真っ青になったお父様と遭遇した。

「お父様?どうかなさいましたか?顔色がとてもお悪いようですが…どこか具合でも…」

そこまで言ったところで衝撃的な事を言われてしまう。

「ブランが…やらかした」
「え?」
「ディア王女を拉致しようとして、身包み剥いで馬車に放置した挙句に、横から誰かに掻っ攫われるなんていうとんでもない事になった」
「ええ?!」
「今ディオ陛下達が捜索にあたってくれてるけど、このままディア王女に万が一の事があったらうちとガヴァムの関係は破綻するかもしれない」

それは私の希望を打ち砕くには十分な話だった。
下手をすれば恨みまで買ってしまうではないか。

(お兄様のバカバカ!)

一体何をしてくれているのか。

「ローズマリー。すまないが、もうこうなったらディオ陛下のことは諦めるしかない。関係を維持できるように向こうの言い分はできる限り呑むつもりだ」

こちらに決定権は一切ないからと言われて、思わず泣いてしまった。

「酷い!あんまりですわ…」

ずっと好きだったのに、こんな風に終わらせられるなんて悲し過ぎる。
王配がルーセウス王子ならヴィオレッタ王女は側妃となる。
それなら立ち回り次第で自分が第二側妃になれる可能性はまだあると思っていたのに、そんな希望まで全部打ち砕かれてしまった。

「ローズマリー。申し訳ないけど、皇太女になる可能性が高くなったから、これからは学ぶ事が多くなると思う。それは覚えておいてくれ」

これまでも教育はかなり施されてきたけれど、国の統治に関してもっと深く学ぶ必要が出てくると思うと父は言う。

(…いいわ。それならそれで、私は償いを理由にディオ様に尽くし続けるわ)

二度と顔を見せるなと言われないよう、上手く立ち回ろう。
それこそヴィオレッタ王女のように友としてでも構わない。
疎まれることなく、これからも笑いかけて欲しかった。

「…取り敢えずお父様」
「なんだい?」
「結果がどうなろうと、ミラルカに帰ったらお母様が持ってる尻叩き用の鞭でお兄様を思い切り百叩きさせてくださいませ。私の怒りはそれで収めさせていただきますわ」

冷たい声でそう告げると、父は若干ドン引きしながらも渋々了承してくれた。

それから部屋で『ディア王女が無事に見つかりますように』と祈っていたら、二時間ほど過ぎた頃、ディオ陛下とルーセウス王子の手によって無事に救出されたという朗報が暗部によって届けられた。
これには心底安堵したと言っていいだろう。
見つかるのと見つからないのとでは大違いなのだから。

「それで?犯人は?」
「バロン国の者だったらしいです」
「捕まったの?」
「ディオ陛下に暗器で八つ裂きにされたようです」
「まあ。あの穏やかなディオ様がそこまでされたなんて…。お兄様も八つ裂きにされないといいのだけれど」





翌日、兄は廃太子の上、ブルーグレイへ行くことになったと報告を受けた。
どうやら心身共に鍛え直すことになったようだ。
正直それくらいで済んでまだ良かったと思う。

部屋を出て、ディオ陛下の元へと向かい、お詫びと御礼を言いに行こうとしたらヴィオレッタ王女に遭遇した。

「ローズマリー皇女」

この方は正妃ではなく側妃になるとわかっていても、全くその態度が変わらない。
寧ろ余裕の笑みまで浮かべている。

だからこそ腹立たしい。
ディオ陛下への愛は私の方が深いのに、と。
ただそれで暴走すれば兄の二の舞だからするつもりはない。

「ヴィオレッタ王女。ディオ陛下のお側にいらっしゃらなくてよろしいのですか?」
「ええ。今は王配のルーセウス王子がいらっしゃるでしょう?婚約者でしかない私の出る幕はありませんから、ひと足先に帰国させていただこうと思いまして」

あっさり帰ると言い切れるその姿に苛立ちが増す。

「そうですか。では私はディオ陛下に御用がありますので、これで失礼させていただきますわ」

今は彼女とこれ以上話す気にはとてもなれなかった。

そして愛しのディオ陛下の姿が目に入ったところで、ルーセウス王子と仲睦まじく賓客達へと挨拶を交わしているところを見てしまう。

(あんな風に…穏やかに微笑むディオ様は久し振りに見ましたわ)

自分では引き出してあげられなかったものを、あのルーセウス王子は与えてあげられるのだと知った。
ロクサーヌ嬢から意図も容易く成り代わってしまったルーセウス王子に、素直に負けたと思った。

ポタポタと涙が溢れてきて止まらなくなる。
でもそんな私にディオ陛下は気づいてくれたようで、賓客に一声かけてこちらへと来てくれた。

「ローズマリー皇女。大丈夫ですか?」

そっと差し出されるハンカチを受け取り、そっと涙を拭う。
その優しさに胸が締めつけられる。

「ディオ陛下。ありがとうございます。今日は兄の件をお詫びしなければと思い…うっ、グスッ…」

泣いてしまったせいで上手く言葉が出てこない。
でもそんな私にディオ陛下は優しく言ってくれた。

「ブラン皇子の件はショックだったとは思いますが、私としてはこれからもミラルカと友好的にお付き合いしていきたいと考えています。謝罪は受け取りますが、ローズマリー皇女が必要以上に責任を感じることはありません。落ち着いたらまたそちらへ伺わせてください」

公的な場だから言い回しは丁寧だけど、気にしなくていいと言ってもらえて益々胸が苦しくなってしまう。
優しくて大好きなディオ陛下。
こんなに素敵な人を諦めないといけないなんて辛過ぎる。

「ルーセウス王子」
「え?!は、はい」

まさか自分に話が振られるとは思わなかったのだろう。
ルーセウス王子はちょっと動揺していたけれど、私は構わず無理矢理笑みを浮かべ、言葉を紡いだ。

「悔しいですが、ディオ陛下のことは貴方にお任せします。お願いですから、絶対に泣かせたりしないでください。もし泣かせるようなことがあれば、私は捨て身でお命を頂戴しに行かせていただきますので、どうかそれをお忘れなきようお願いいたしますわ」

国としてではなく、私個人で報復すると釘を刺し、今度はディオ陛下へと告げる。

「ディオ陛下。私はたとえ貴方と結婚できなくても、いつまでも貴方の味方です。困った時はどうか一番に私を頼ってくださいませ。どんな手を使ってでも、必ず私は貴方のために誠心誠意尽くすと誓いますわ」
「……頼もしいお言葉をありがとうございます。お気持ちだけ有り難く受け取らせていただきます」
「はい!」

なくなった信頼を取り戻すには時間がかかるだろう。
それでも私は必ずその信頼を取り戻してみせる。

「ではディオ陛下。私はこれで失礼させていただきます」
「気をつけてお帰りください」

こうして私は決意を新たにミラルカへと一足先に帰ったのだった。



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