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第五章 油断大敵
94.隙だらけ Side.パーシバル
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ガヴァムからバロン国へと帰国し、諸々の手はずを整えにかかる。
一番はヴァレトミュラの件だ。
資材調達のためにすぐさま動こうと手っ取り早く情報を集め、ゴッドハルトに目を付けた。
ここのミスリルは他国と比べかなり格安だ。
恐らくまだまだ他国との交渉が下手くそで、足元を見られて買い叩かれているんだろう。
これなら『謝罪をしに来た』と下手に出ながら『ディオと和解をした』と口にすればきっとすぐにでも現状価格のまま売ってくれるに違いない。
交渉次第では更に安くなる可能性もある。
ここは腕の見せ所だ。
そう思ったのに、いざゴッドハルトへとやってきたら逆に思いっきり吹っかけられた。
(ディオめ!!)
一体いつの間に手を打ったのか。
本当に油断ならない奴だ。
そう思ったが、その後ツンナガールでやり取りした結果、やはりディオはどこか抜けている奴だった。
ルーセウスとディア王女の結婚式の日の夜、飲みに誘ったらあっさり頷いたのだ。
普段はガードが堅いのに、ルーセウスが絡むとあっさり隙を見せてくるところがまだまだ子供だと思う。
しかも自分の酒量限界も把握していない上に、用意する酒は激甘のアイスワインときたものだ。
そのせいでさっきまで込み上げてきていた怒りは極自然に収まり、あっさり笑いへと変化してしまう。
(いいな)
完璧過ぎないところがいい。
酔わせて抱いてやったらどれだけ可愛い顔を見せてくれるだろう?
その表情を見てみたい欲望が込み上げてきて、すぐさまフルリと首を横に振った。
(まだ、早い)
迂闊に手を出せばあっさり毒針で刺してきそうな奴だ。
当然組み敷くのは容易ではないだろうし、やるのなら懐柔に成功してからの方が安全だろう。
でもある種チャンスかもしれないとも思った。
状況次第で合意の言葉を上手く口にさせられれば、性格的にすんなり受け入れてもらえる気がする。
(上手く唆して、身体から落とすというのも手だな)
そう思っていたらその日の晩餐の際、ツンナガールが鳴った。
表示を見るとディオからだ。
そのことに内心喜んでいる自分がいて、思わず笑みが零れ落ちる。
「どうした?ディオ。俺の声がもう恋しくなったのか?」
そのせいか、自然とそんな言葉が口から飛び出してしまった。
『冗談。実はちょっと事情が変わって、結婚式を俺のとルーセウスのを合同で行う事になったらしいんだ』
「へぇ?じゃあ場所はガヴァムに変更か?」
どうやら急に予定が変更になってしまったらしい。
(ルーセウスが口を出したか?)
とは言えこちらもそう簡単に引き下がる気はない。
『そう。だから夜は飲めそうにないかなって』
「そうか。なら前日に飲めばいい。どうせパーティーも開かれるんだろう?」
『パーティーは前日じゃなく当日かな』
「それじゃあ思う存分祝い酒が楽しめないだろうに」
『まあそれはしょうがない』
当日がダメなら他の日だ。
ついでに日程を早めればディオにまたすぐ会えるはず。
「ふん。じゃあ別日にゆっくり飲むか。実は資材の目処がまだ立ちそうにないんだ。どこかディオに紹介してもらえたら嬉しいんだが?勿論ぼったくられないところで」
『それなら日程調整するから近日中に会おうか。いくつか良さげなところに話を通して見積もりを用意しておくよ』
仕事を絡めたお陰でディオからはすぐに快い返事をもらうことができた。
(簡単だな)
こんなに隙だらけで大丈夫かと言ってやりたい。
恐らくルーセウスに言われてこんな時間にわざわざキャンセルの連絡を入れてきたのだろうに。
(ルーセウスはきっとこのやり取りを横で聞きながらイライラしているだろうな)
それを想像し、ついついほくそ笑んでしまうのも無理はないだろう。
「助かる。礼は激甘のアイスワインでいいか?」
『子供扱いはしないでほしい』
ちょっと拗ねたようなムッとした物言いが微笑ましいと思う。
この辺りはまだまだ子供だ。
「ハハハッ!じゃあ日が決まったら連絡をくれ」
『わかった。じゃあまた』
あっさりと通話を切ったディオ。
きっとこれでルーセウスとまた喧嘩になることだろう。
その方が俺にとっては好都合だ。
落ち込んだディオを慰める役どころが回ってくるのだから。
「兄上。凄く楽しそうですね」
弟が徐ろに言ってくる。
「ああ。これほど楽しいことはない」
「そんなにガヴァムの王は兄上好みなのですか?」
「そうだな。子供だけ産んでさっさとここを去った女よりはずっと好ましい相手だ。頭の回転も速いし、何より話していて楽しい」
「兄上。随分ガヴァムの王に惚れこみましたね。まあ聞く限り兄上が気に入りそうな相手ではありますけど」
弟は溜息を吐きながらも理解はしてくれた様子。
「近々ガヴァムへと発つ。急ぎの仕事があれば早めに回してくれ」
「わかりました。資材調達の交渉が上手くいくよう願っています」
弟の言葉に頷き、俺はサクサクと旅立ちの準備を整えにかかった。
それから二日後のこと。
ルーセウスがゴッドハルトへ戻るという話を聞き、俺はすぐさま動いた。
これから飛べばちょうどルーセウスとは行き違いになるはず。
(どうせグズグズと出発を引き延ばすだろうしな)
早く動くに越したことはない。
できれば一日二日ルーセウスがガヴァムでグズグズしてくれるのが理想だ。
その間にこちらはガヴァムへと近づくし、ルーセウスがガヴァムへと戻ってくる日も遅くなる。
奴さえいなければディオとの時間は誰にも邪魔されることはない。
国交を持つ国同士の国王同士、仕事の話ができるのだから当然だろう。
ちょうど資材の件で話す予定だったし、いきなり行ったとしても本人だって嫌とは言うまい。
寧ろディオなら嬉々として歓迎してくれるはず。
(一応ダメ元でルーセウスの足止めも指示しておくか)
ゴッドハルトに着く頃合いを見計らって使者を立てよう。
そこまでマヌケではないと思うが、罠にかかってノコノコとバロン国へやってきたなら儲けもの。
もし来たらしっかり足止めをするよう部下達へと指示を出しておいた。
後は俺が如何にもバロン国にいるよう振る舞えとも。
ルーセウスはいずれゴッドハルトの王になる人物だ。
今から隣国の王太子を見定めておくのも悪くはない。
何もできず、ディオにおんぶに抱っこ状態になるようならそれまでの男だ。
機を見て戦を仕掛けるのも視野に入れよう。
まあ、そっちはついでで、あくまでも本命はディオだ。
ここ数日のやり取りでもそれをより強く実感させられた。
見た目は嫋やかで綺麗な貴公子。
穏やかに話し、一見優しげな上、ルーセウスのように男臭くないから女性には好かれるだろう。
それだけではなく頭も良く知識も豊富だ。
成人したてなのに、既に王として申し分のない度量も持ち合わせている。
モテないはずがない。
けれど一歩踏み込んで見ると笑顔で人を殺しにかかれる暗殺者。
正直そのギャップに強く惹かれていると言っていい。
ルーセウスとは対極に位置する、正に甘美な毒を纏った男だ。
ディオの手にかかればルーセウスなど掌の上で容易く転がされることだろう。
けれど俺は違う。
俺ならディオと対等な立場で、切磋琢磨しながら肩を並べて歩くことができる。
『兄上。随分ガヴァムの王に惚れこみましたね』
弟はどこか呆れたようにそう言うが、別に構わないだろう。
ディオはそれだけ俺を惹きつけるだけのものを持っているのだから。
だからこそ俺だけを見つめさせたい。
挑むような笑みを浮かべるディオを、手に入れてみたい。
そう思うのだ。
「待っていろ、ディオ」
お前にまた会うのが今から楽しみで仕方がない。
「出発!」
国王の護衛部隊を引き連れ、今回はお忍びではなく堂々とガヴァムへと向かう。
ここからだとガヴァムまではワイバーンで三日ほど。
ルーセウスが戻るまでにディオの懐へと深く深く入り込みたい。
それこそ絶対に無視などできぬほどに。
そうして俺は悠々とガヴァムへと降り立ったのだった。
一番はヴァレトミュラの件だ。
資材調達のためにすぐさま動こうと手っ取り早く情報を集め、ゴッドハルトに目を付けた。
ここのミスリルは他国と比べかなり格安だ。
恐らくまだまだ他国との交渉が下手くそで、足元を見られて買い叩かれているんだろう。
これなら『謝罪をしに来た』と下手に出ながら『ディオと和解をした』と口にすればきっとすぐにでも現状価格のまま売ってくれるに違いない。
交渉次第では更に安くなる可能性もある。
ここは腕の見せ所だ。
そう思ったのに、いざゴッドハルトへとやってきたら逆に思いっきり吹っかけられた。
(ディオめ!!)
一体いつの間に手を打ったのか。
本当に油断ならない奴だ。
そう思ったが、その後ツンナガールでやり取りした結果、やはりディオはどこか抜けている奴だった。
ルーセウスとディア王女の結婚式の日の夜、飲みに誘ったらあっさり頷いたのだ。
普段はガードが堅いのに、ルーセウスが絡むとあっさり隙を見せてくるところがまだまだ子供だと思う。
しかも自分の酒量限界も把握していない上に、用意する酒は激甘のアイスワインときたものだ。
そのせいでさっきまで込み上げてきていた怒りは極自然に収まり、あっさり笑いへと変化してしまう。
(いいな)
完璧過ぎないところがいい。
酔わせて抱いてやったらどれだけ可愛い顔を見せてくれるだろう?
その表情を見てみたい欲望が込み上げてきて、すぐさまフルリと首を横に振った。
(まだ、早い)
迂闊に手を出せばあっさり毒針で刺してきそうな奴だ。
当然組み敷くのは容易ではないだろうし、やるのなら懐柔に成功してからの方が安全だろう。
でもある種チャンスかもしれないとも思った。
状況次第で合意の言葉を上手く口にさせられれば、性格的にすんなり受け入れてもらえる気がする。
(上手く唆して、身体から落とすというのも手だな)
そう思っていたらその日の晩餐の際、ツンナガールが鳴った。
表示を見るとディオからだ。
そのことに内心喜んでいる自分がいて、思わず笑みが零れ落ちる。
「どうした?ディオ。俺の声がもう恋しくなったのか?」
そのせいか、自然とそんな言葉が口から飛び出してしまった。
『冗談。実はちょっと事情が変わって、結婚式を俺のとルーセウスのを合同で行う事になったらしいんだ』
「へぇ?じゃあ場所はガヴァムに変更か?」
どうやら急に予定が変更になってしまったらしい。
(ルーセウスが口を出したか?)
とは言えこちらもそう簡単に引き下がる気はない。
『そう。だから夜は飲めそうにないかなって』
「そうか。なら前日に飲めばいい。どうせパーティーも開かれるんだろう?」
『パーティーは前日じゃなく当日かな』
「それじゃあ思う存分祝い酒が楽しめないだろうに」
『まあそれはしょうがない』
当日がダメなら他の日だ。
ついでに日程を早めればディオにまたすぐ会えるはず。
「ふん。じゃあ別日にゆっくり飲むか。実は資材の目処がまだ立ちそうにないんだ。どこかディオに紹介してもらえたら嬉しいんだが?勿論ぼったくられないところで」
『それなら日程調整するから近日中に会おうか。いくつか良さげなところに話を通して見積もりを用意しておくよ』
仕事を絡めたお陰でディオからはすぐに快い返事をもらうことができた。
(簡単だな)
こんなに隙だらけで大丈夫かと言ってやりたい。
恐らくルーセウスに言われてこんな時間にわざわざキャンセルの連絡を入れてきたのだろうに。
(ルーセウスはきっとこのやり取りを横で聞きながらイライラしているだろうな)
それを想像し、ついついほくそ笑んでしまうのも無理はないだろう。
「助かる。礼は激甘のアイスワインでいいか?」
『子供扱いはしないでほしい』
ちょっと拗ねたようなムッとした物言いが微笑ましいと思う。
この辺りはまだまだ子供だ。
「ハハハッ!じゃあ日が決まったら連絡をくれ」
『わかった。じゃあまた』
あっさりと通話を切ったディオ。
きっとこれでルーセウスとまた喧嘩になることだろう。
その方が俺にとっては好都合だ。
落ち込んだディオを慰める役どころが回ってくるのだから。
「兄上。凄く楽しそうですね」
弟が徐ろに言ってくる。
「ああ。これほど楽しいことはない」
「そんなにガヴァムの王は兄上好みなのですか?」
「そうだな。子供だけ産んでさっさとここを去った女よりはずっと好ましい相手だ。頭の回転も速いし、何より話していて楽しい」
「兄上。随分ガヴァムの王に惚れこみましたね。まあ聞く限り兄上が気に入りそうな相手ではありますけど」
弟は溜息を吐きながらも理解はしてくれた様子。
「近々ガヴァムへと発つ。急ぎの仕事があれば早めに回してくれ」
「わかりました。資材調達の交渉が上手くいくよう願っています」
弟の言葉に頷き、俺はサクサクと旅立ちの準備を整えにかかった。
それから二日後のこと。
ルーセウスがゴッドハルトへ戻るという話を聞き、俺はすぐさま動いた。
これから飛べばちょうどルーセウスとは行き違いになるはず。
(どうせグズグズと出発を引き延ばすだろうしな)
早く動くに越したことはない。
できれば一日二日ルーセウスがガヴァムでグズグズしてくれるのが理想だ。
その間にこちらはガヴァムへと近づくし、ルーセウスがガヴァムへと戻ってくる日も遅くなる。
奴さえいなければディオとの時間は誰にも邪魔されることはない。
国交を持つ国同士の国王同士、仕事の話ができるのだから当然だろう。
ちょうど資材の件で話す予定だったし、いきなり行ったとしても本人だって嫌とは言うまい。
寧ろディオなら嬉々として歓迎してくれるはず。
(一応ダメ元でルーセウスの足止めも指示しておくか)
ゴッドハルトに着く頃合いを見計らって使者を立てよう。
そこまでマヌケではないと思うが、罠にかかってノコノコとバロン国へやってきたなら儲けもの。
もし来たらしっかり足止めをするよう部下達へと指示を出しておいた。
後は俺が如何にもバロン国にいるよう振る舞えとも。
ルーセウスはいずれゴッドハルトの王になる人物だ。
今から隣国の王太子を見定めておくのも悪くはない。
何もできず、ディオにおんぶに抱っこ状態になるようならそれまでの男だ。
機を見て戦を仕掛けるのも視野に入れよう。
まあ、そっちはついでで、あくまでも本命はディオだ。
ここ数日のやり取りでもそれをより強く実感させられた。
見た目は嫋やかで綺麗な貴公子。
穏やかに話し、一見優しげな上、ルーセウスのように男臭くないから女性には好かれるだろう。
それだけではなく頭も良く知識も豊富だ。
成人したてなのに、既に王として申し分のない度量も持ち合わせている。
モテないはずがない。
けれど一歩踏み込んで見ると笑顔で人を殺しにかかれる暗殺者。
正直そのギャップに強く惹かれていると言っていい。
ルーセウスとは対極に位置する、正に甘美な毒を纏った男だ。
ディオの手にかかればルーセウスなど掌の上で容易く転がされることだろう。
けれど俺は違う。
俺ならディオと対等な立場で、切磋琢磨しながら肩を並べて歩くことができる。
『兄上。随分ガヴァムの王に惚れこみましたね』
弟はどこか呆れたようにそう言うが、別に構わないだろう。
ディオはそれだけ俺を惹きつけるだけのものを持っているのだから。
だからこそ俺だけを見つめさせたい。
挑むような笑みを浮かべるディオを、手に入れてみたい。
そう思うのだ。
「待っていろ、ディオ」
お前にまた会うのが今から楽しみで仕方がない。
「出発!」
国王の護衛部隊を引き連れ、今回はお忍びではなく堂々とガヴァムへと向かう。
ここからだとガヴァムまではワイバーンで三日ほど。
ルーセウスが戻るまでにディオの懐へと深く深く入り込みたい。
それこそ絶対に無視などできぬほどに。
そうして俺は悠々とガヴァムへと降り立ったのだった。
応援ありがとうございます!
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