【完結】予想外の異世界で俺は第二の人生を生きることになった

オレンジペコ

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23.こんな怖い男は初めてですわーハイジ視点ー

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逃亡計画は完璧だったし、逃げ切る自信はあった。
カテオロスの兵に追われているとわかって少々焦ったものの、向こうはこちらをただのおしとやかな令嬢だと思い込んでいる。
15才で婚約した時からずっと慎ましくおしとやかな貴族令嬢を演じ、実家ぐるみで隠し通してきたのだ。
バレているはずがないのだから、油断を誘って攻撃すればあっという間に倒すことができるだろうし、その隙に逃げるのなんて簡単だと…そう思っていた─────。



実家の伯爵家は少し特殊な家柄で、男だろうと女だろうと自分の身は自分で守れるようにと幼少期から鍛えられる環境だった。
けれどそれを外部に知られたら虐待だと言われかねないので、絶対に漏れないように情報はひた隠しにされている。
そんな中で自分は体術が得意だった。
その次が剣。
魔法は相性が悪いのかほとんど使えなかったが、特に困ることはなかった。
幼い頃から体術と剣術を磨いて自分は誰にも負けない強さを手に入れたのだ。
そんな中、年頃になったことだし結婚相手をそろそろ決めなくてはいけないと言われた。
親としては良いところの貴族に嫁いでほしいと思ったのだろう。
あれこれと候補者の絵姿を用意してきては誰が好みかと尋ねてきた。
正直どんな相手が好みかと聞かれれば、お金を持っていて美形なら誰でもよかった。
そう答えかけて、やはり少し抜けた性格の方がありがたいと考え直した。
良く言えば騙しやすいお人よしが相手の方が掌で転がしやすいし、苦労も少なくずっと贅沢ができる。
だから両親には素直にそう答えた。
するとひと月ほどしてから、なんと公爵家の嫡男との話を持ってきたのだ。
少し年上だけど性格は自分が言っていたような御しやすい性格だからと言われ、そういうことならと二つ返事でトントン拍子に話が進んだ。
実際に会って話した印象では、親子揃ってあっさり自分の演技に騙されていて、その善良さが窺えた。
公爵家に生まれ、何の苦労も知らずぬくぬくと育った典型的なお坊ちゃま。
そんなヴェルガーは屋敷の者達から随分好かれていた。
恵まれた領地で何の不自由もなく平和な日々を送る人々。
それは理想的な暮らしではあるのだろうけれど、少し退屈そうだなと思えた。

その後互いの親は早めに結婚させたかったようだが、自分がここで暮らすさまを想像して……ほんの僅か嫌気がさした。
結婚したらこれまでのように庭で鍛錬をすることなどできはしない。
質素倹約を演じているから、伯爵領で着ているような可愛いドレスも着れないし、流行のドレスを新調することだってできそうにない。
たとえ高価な衣装を身に纏い贅沢な暮らしを送れたとしても、それはひどく窮屈な生活で…できれば先送りにしたいと思ってしまったのだ。
何が悲しくて一番輝いている時期に高価とは言え地味なドレスで日々を暮らさなければならないのか。
それは流石に嫌だと自分の親へと直談判し、最終的に自分が20才になったら結婚するということで話を纏めてくれた。
将来の宰相の仕事を陰ながら支えられるよう、本人が勉強をしたいと強く望んでいるので等々言って上手く丸め込んでくれたと聞く。
このあたりは父の手腕に感謝だ。
それから四年─────全ては上手くいっていた。

けれど半年ほど前、予想外の事が起こった。
王以下重臣達が皆魔王に氷漬けにされたとの報が入ったからだ。
その時偶々ご機嫌伺いでカテオロスに向けて馬車に揺られていた自分は到着後初めて事の次第を伝えられたのだが、これはもうすぐ訪れる日々の予行練習になると思い、暫くカテオロスで世話になることにした。

最初は良かった。
いつも通りに演技をしていればよかったから。
けれど、日が経つにつれて段々ストレスが溜まっていくのを感じた。
一日二日ならいい。
でも一週間も二週間も自分を偽り続けながら生活を続けるのがこれほど辛いものだとは思いもよらなかった。
ストレスは否応なしにどんどんと増大していく。
そしてそれは鍛錬というストレス解消ができない環境によってさらに悪化していった。

好きな物が買えない。
好きなドレスが着れない。
自室にも侍女がいるから気を抜ける場所がどこにもない。

そしてそれはある時を境に爆発したのだ。
後はもう坂道を転がり落ちるかの如き展開だった。
ヴェルガーにさえバレなければ何も問題はないとばかりにその有り余る公爵家の金を湯水のように使い買い物をしまくった。
華美な物を買わなければ、もしヴェルガーに見られることがあったとしてもぱっと見でバレることはないだろうと思い買い始めたのが切っ掛けだった。
それからはヴェルガーと自分がさも手紙のやり取りを頻繁にしているかのように装い、補佐の者達が出す手紙は全て握りつぶし、王宮までこちらの事情が伝わらないよう徹底した。

突然豹変した自分に戸惑いながらも、安易にヴェルガーの婚約者の立場を揺るがすことはできないと歯噛みする者達を見下すように高慢な態度をとり続ける自分。
本音を溢せば、それに対して勢いよく反発して反抗してきて欲しかったのだ。
そんな相手を公然と蹴り飛ばしたかった。
平たく言うと、ストレス解消がしたかった。
八つ当たり?
まあその通りなので何とでも言えばいい。
けれど屋敷の者達はどこまでも穏やかな者達ばかりで、結局自分の思うようにことは進まない。
そんな中突然届けられたヴェルガーからの人材派遣の要求は、自分にとっては冷水を浴びせられたかのような一報だった。
手紙ならもみ消すことは可能だが、王宮に人をやるとなると話は別だ。
その派遣した者の口から真実が明るみに出てしまったら自分は破滅だと思った。
ストレス解消をしたかったから偉そうにして散財しましたなど、ヴェルガーが聞いたら卒倒してしまうだろう。
いくらお人よしな性格だろうと、さすがに怒り狂うに違いない。
そうなれば婚約破棄は免れないし、実家にだって損害賠償的に影響は出てきてしまうだろう。
今更ながら短慮だった自分の行動に頭が真っ白になってしまう。

こうなるともう逃げるが勝ちだ。
幸い自分は戦えるだけの力はあるし、馬車に全財産を詰め込んで御者さえ用意できれば逃げ切ることは可能だと思われた。
取り敢えず国境線まで行って、隣国まで逃げ込めれば後は冒険者になってしまえばいいのだ。
幸い公爵領の者達は自分が戦えるということを知らないのだし、追手がかかったとしてもまさか貴族の令嬢が冒険者になっているとは思いもしないだろうと素早く逃げる算段を立てた。

そこからは比較的計画通りに事は運んだと思う。
予想よりも早く追っ手は掛けられたようだが、寸でのところで逃げおおせることができたし、国境線まであと一日という所まで無事に来ることができた。
予想外だったのは馬車が横転してしまったことと御者が逃げてしまったこと。
そして最悪だったのが、それを助けてくれた相手がまさかの勇者一行だったこと─────。

頭の中でどうしようどうしようとパニックになりながらも、この現状をどう切り抜けるかを素早く考える。
そして出した結論は、当り障りなく流れに身を任せ隙を見て離脱することだった。
そうしたのは結果的には良かったのだ。
途中魔物に襲われても勇者と騎士がすべて始末をつけてくれたから、こちらとしては危なげなく国境の街へとたどり着くことができた。
彼らは調査のために来たと言っていたから、自分が隣国に行ってもそれを追いかけてくることもない。
だから笑顔で礼を言って別れたらそれでおしまいだったはずなのに─────。


夕日が沈みゆく街の入り口に立っていた衛兵が自分達が勇者一行だとわかり、すんなりと道を開けてくれたところまでは良かったのに、あのサトルとかいうこの勇者一行の中にいた文官っぽい男のせいで全ては台無しになってしまった。

「失礼。こちら、中を検めさせていただいても構いませんか?」

そんな風に自分の馬車へと掛けられた声に鼓動が跳ね上がる。
先程馬車の外で聞こえた勇者とサトルの会話から、サトルが兵の方に近づき何やら話したのは明白だった。
ここに居ては危険だと頭の中で警鐘が鳴ると同時に、勢いよく馬車から飛び出した。
そこには予想通りカテオロスの兵の姿が見えたので、先手必勝とばかりに勢いよく蹴り飛ばす。
ザッと周囲を見回し逃げ道を探るが、すでに囲まれていて逃げ場はない。
けれどそこで勇者一行が助けに入ろうとしてくれたのが功を奏し、彼らの注意を惹きつけてくれた。
それにより素早く兵の方へと移動し、急所を狙いながら攻撃を繰り出した。
(いける!)
これなら全員倒して逃げおおすことができるかもしれないと安堵し、次々と迫りくる兵を蹴り倒していく。
そして勝利を確信したその瞬間─────。


『聖なる滝(ホーリーフォールズ)!』

バシャーーーン!


厳かな言葉と共に自分の真上から勢いよく水が降ってきた。
(え?え?)
これは聖魔法だ。
アンデッドが出たのか?
いや違う。
周囲を見る限りずぶ濡れになっているのは自分だけだ。
では自分はアンデッドに間違えられたのか?
(それは流石に失礼すぎますわ!)
そうして結論を出して怒りのままに言葉を口にしようと思ったところで、いきなりよいしょと抱き上げられた。
─────いわゆるお姫様抱っこで。
産まれて此の方こんな風に男性に触れられたのは初めてのことで、こんな風に女性扱いされたこともなければこれほど近くで男性の顔を見たこともなかった。
立て続けに起こったあり得ないことの連続に、混乱してしまっても仕方がないだろう。
離せ離せと足掻いても男の手はちっとも緩まなくて、気恥ずかしさが増していく。
見慣れない黒髪がサラリとその黒い瞳をほんの僅か隠すように揺れる。
それを間近で見ている自分に全く興味を示さぬままに、彼は隣に立つ兵と話し続けていた。
それがまた何やら腹立たしい。

そして下におろされたら真っ先に一撃入れてやると思い、こうなったら逃走の手段を考えようと思い直した。
けれどその後も悉く全てがこの男により阻止されて、実は弱いと見せかけて一番怖い男なのではないかと蒼白になった。

自分よりも先を読んで行動するこの男からは絶対に逃げられない────。

これまでなんでも自分の思い通りに事を運んできた自分の前に初めて脅威を感じる相手が現れて足が竦んでしまう。
今この目の前にいる男を、一番役立たずだなんてどうして思えたのだろう?

他の者達よりもほっそりとして全く鍛えていない身体は見るからに貧弱そうで、自分の一蹴りであっという間に吹き飛びそうだと思った。
魔法だって、勇者が彼は攻撃魔法を全然使えないからと言っていたから軽視していた。
体術も剣術も魔法も───すべてが自分よりも劣るなら何も脅威ではないと眼中にさえなかったけれど、それは大きな間違いだったのだと今更ながら思い知らされた。

「もう…逃げませんわ」

完敗だ。
これ以上抵抗し逃げようとすれば彼は容赦なく自分を捕まえるだろう。
それこそどこか甘いカテオロスの兵達とは比べようもなく、容赦なく笑顔で自分を縛り上げるのだ。

「ダメですよ?皆に迷惑を掛けちゃ」

一見柔和に見える笑顔で優しい言葉を掛けながら、一切笑っていない瞳で自分を見つめる姿が目に浮かぶ。
先程の風邪を引く発言の後の彼の言動を考えれば、それはきっと然程間違った解釈ではないだろうと思われた。
そんなことになるくらいならまだ軟禁の方がありがたい。

「逃げも隠れもしないので、とりあえず着替えさせていただけません?」

そうして観念して、この男には絶対に逆らうまいと重い溜息を吐き出した。



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