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24.虜囚ージフリート視点ー
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カツン…カツン…と石でできた階段を下へ下へと降りていく。
この下にあるのは特別な牢屋だ。
そしてそこに入れられているのは高貴な二人─────。
カツン。
ひと際大きな音を立てて一つの牢屋の前で足を止める。
それと同時に中にいた人物がこちらへと視線を向けた。
「お食事をお持ち致しましたよ?マリウス様」
その声に応える声はどこまでも冷ややかだ。
「ノーラだけでも早くここから出せ」
「それは出来かねます」
にこやかにそう答えると彼は怒りの炎を灯した瞳でこちらを見てくる。
「いつまで我々をここに閉じ込めておくつもりだ」
この国の王太子である自分とその婚約者であるノーラを閉じ込め続け一体何をするつもりなのかと尋ねてくるが、それに答える気はない。
自分はただ、利用できそうだから彼らをここに入れているに過ぎないのだ。
「ジフリート…お前の裏切りを父上が気付かぬと本気で思っているのか?」
他国への留学に見せかけて自分をこんなところに閉じ込めていつまでも通用すると思うなと王太子は言うが、彼が頼りにしている父王はすでに氷の中だ。
それをたまたま大臣である父親の忘れ物を届けに来ていたノーラが目撃し、その場で倒れた彼女もまた囚われの身と化したという経緯がある。
父親である大臣が氷漬けになった瞬間を見てかなりショックだったのだろう。
彼女はその前後の記憶を失っているようで、自分が何故こんなところに入れられているのかがわからず、ただ泣き暮らす日々を送っていた。
そんな彼女を見て、マリウスは事情も分からぬままに心を痛めているのだろう。
「お暇ならお二人で子作りでもなさってはいかがです?慰め合う二人がベッドを共にするなど別に珍しいことでもないでしょう?」
「ふざけるな!」
そんなことができるはずがないと怒りを露にするマリウスにクスリと笑う。
「そうですね…。では頃合いを見計らって貴方は魔王に攫われたことにでもしましょうか?貴方を手に入れるために魔王が陛下達を氷漬けにしたと言えば今城にいる者達はあっさりと信じるでしょうから」
「……なっ…」
そんなバカなと目を見開くマリウスが滑稽で、思わず笑いが込み上げてくる。
「陛下も大臣も…軒並み重鎮達は広間で氷漬けになってるんですよ。現在采配をしてくださっているのはヴェルガー様…。そう言えばお分かりになられますか?」
「カテオロス領の息子か…!」
「あの方は公爵家の方…。現在各地から彼の補佐のために優秀な人員が集められています。彼が実質この国のトップに立つのはまず間違いないでしょうね」
「…そんなこと、許されるものか!」
「さて、どうでしょう?ヴェルガー様の祖母は先代の妹御です。違うことなく王家の血を引くお血筋ですから、上に立つことはそうおかしなことでもないでしょう?」
ジワジワと追い詰めるようにそう口にするとマリウスは苛立つようにこちらを睨みつけてきた。
「全てヴェルガーの策略か…!」
「そのあたりはご想像にお任せしますよ。すべてが終われば…わかることもあるでしょう」
そして思わせぶりに言ってあっさりと踵を返した。
こちらはこれで勝手に憎悪を募らせてくれることだろう。
そしてまたコツコツと足音を立てながら階段を上っていく。
ここはとある塔の地下にある牢だ。
昔々精神を病んだ王族がいて、彼女のためにこの塔が建てられたのだと聞く。
今は厳選された骨董品や美術品が飾られている建物として有名で、普段から人の出入りはほとんどない。
ちなみにこの塔に地下室があって牢屋があるということを知る者は少なく、いたとしてもそこを使用している者がいるなどとは考えもつかないことだろう。
何故なら別の場所に罪人を入れる牢屋は十分にあるのだから─────。
(ヴェルガー様を虐めるのは本当に楽しいですからね。使えるものは何でも使わせていただきますよ)
全てが思い通りに進む中、頬が緩むのを止められない。
今回のことは彼を最高のタイミングで手に入れるための演出に過ぎないのだ。
侯爵家の次男である自分が公爵家の長男であるヴェルガーを手に入れることなど普通に考えたら無理な話だった。
けれど自分は初めて彼に会った時から自分のものにしたいと思い続けていた。
美しい容姿、優秀な頭脳、人を惹きつける魅力を持ち合わせているくせにどこか頼りない…そんな彼が一目で好きになった。
あの綺麗な顔を自らの手で歪ませたい。
優秀な頭脳を生かさせつつも仕事で追い込んで泣かせてやりたい。
誰も彼に近づけさせたくはない。
歪んだ愛情をこれでもかと育てさせ、ついにどうしようもなくなったところで頃合いを見計らって計画を実行に移した。
まずはこの国の王太子が留学に旅立ったタイミングで拉致し、塔の地下へと幽閉した。
その際隣国には手違いがあって留学は半年後になったと謝罪の手紙を送付しておく。
次いで月に一度の重鎮などが集まる場にひっそりと紛れ込み、この日のために契約した召喚獣を呼び出して全員を氷漬けにしてやった。
自分の父親や王や宰相であるヴェルガーの父親の邪魔が入ると厄介だと判断したからだ。
それをまさか王太子の婚約者に見られてしまうとは思ってもみなかったが、運よく気絶してくれたのでそのまま塔の牢へと連れて行った。
その後は領地に引きこもっていたヴェルガーを呼び寄せて仕事を押し付けるだけで全てが上手くいった。
焦ったように飛んできたヴェルガーの表情を見て気持ちが高揚するのを感じ、ダメだとは思いながらも密かに歓喜した。
悲壮感漂う姿がなんとも愛しくて、もっともっと追い込んで、自分を頼らざるを得ない状況に陥れたいと願ってしまう。
魔王の仕業に違いないと言い出した時は思わず吹き出しそうになった。
本当に可愛い人だと思う。
犯人は魔王ではなく自分の隣に立っているというのに────。
まあそれも、こちらの召喚獣の存在を知らないのだから致し方のないことなのかもしれないが…。
けれどその後すぐに勇者召喚の儀を行うと口にした時にはほんの僅か不安が頭をよぎった。
もしも勇者がやってきて魔王がいないということがわかれば、計画通りにヴェルガーを手に入れることが出来なくなるのではないかと思ったからだ。
これは慎重に動かなければならない。
そしてやってきた勇者を見てホッと息を吐いた。
正義感だけは強そうな浅慮な子供─────それが自分が見た勇者だった。
オマケできた聖女も大したことはなく、何ら脅威になりそうではなかったので上手く利用してやろうと思った。
勇者を煽てつつも半年は剣の腕を磨いてはどうかと唆し、魔王の存在の有無を確かめさせないまま日々を過ごさせる。
逆に聖女の方は孤立するよう周囲を上手く煽り、そのストレスをできる限りそちらに向けるよう仕向けた。
そしてその傍ら上手く仕事を回しながらも徐々にヴェルガーを追い詰めていく。
『勇者様と聖女のことは自分や周囲に任せて仕事を頑張ってください。ヴェルガー様が頼りです』と笑顔で仕事を押し付け続けたのだ。
早く自分を頼ってほしい。
自分の名を呼び、自分を真っ直ぐに見つめて懇願して欲しい。
そんな浮き立つような気持ちで送る日々は最高に楽しかった。
「もう少し上手く仕事を効率的にさばけないだろうか?」
「周囲の者達の動きが悪い気がする。ジフリート、どうにかならないか?」
そうして声を掛けられるたびに気分が高揚するのを感じた。
けれどそんな日はある日を境に終わりを告げる。
聖女が元の世界に帰ってしまったのだ。
最初はどうでもいいと思った。
何も支障などはないと…そう思った。
けれどそれで勇者が引きこもりになったせいで全てが狂い始めた。
皆が焦りを見せ始める。
ヴェルガーが聖女召喚を声高に叫ぶ。
それを見てイラっとしてしまう自分がいた。
勝手に帰った聖女などもうどうでもいいではないか。
勇者はこれを機に魔王討伐のためとでも称して王宮の外に放り出せばいいのだ。
動かざるを得ない状況にもっていってやれば、引き籠ることなどできはしないのだから。
後は仕事で大変なヴェルガーを自分が優しく優しく懐柔して掌中に収めたら完璧だったのに、どこで計画が狂ってしまったのだろう?
こうなってしまっては自分ではヴェルガーが指示した聖女召喚を止められない。
(あのヘタレ勇者め…!)
お前のせいで計画が台無しだと思いながら今度召喚される聖女もいびり倒してやると思っていたのに、その場に現れたのは予想外にも一人の男だった。
しかもどうやらこの男、『勇者』や『聖女』ではなく『賢者』らしい。
暫く様子を見るが、確かに『勇者』ではなさそうだと思った。
剣の才も武の才もない普通の男─────。
そのくせこの国の文字が読め、頭もよいとヴェルガーからは絶賛されていた。
仕事でも頼りにされ、部屋の方も早急に広い部屋に替えられないなら自分か勇者の部屋にとりあえず移させるからなどと言われたので渋々用意する羽目になった。
それがまた腹立たしくて、賢者なら凌いでみろと食事に毒を混ぜてやった。
嫌がらせの範疇を超えて大事になっては犯人探しが自分の元にまで及ぶかもしれないと毒の量は少量にとどめたが、食べていれば嘔吐し三日ほど寝込むくらいにはしたつもりだ。
それなのにあっさりと回避されて更に苛立った。
賢者とは毒まで無効化できるのだろうか?
思惑通りに行かない上に益々ヴェルガーとの距離が近づいて、どうにかして引き離したいと爪を噛んだ。
ヴェルガーに頼られるのはあんな男ではなく自分であるべきなのに─────。
そして国境線の調査という名目で勇者共々王宮から笑顔で追い出し、やっと一息つくことができた。
あとは上手くやってヴェルガーの目をこちらに向けさせるだけだ。
あの邪魔者はどこにもいない。
奴が戻ってくるまでに飴と鞭でヴェルガーを自分のものにしてしまうのだ。
あの男の入れ知恵のせいで優秀な人材が各地から王宮へとやってきている今、これを上手く利用し自分の立ち位置を確固としたものにしなければならない。
彼らを上手く使って自分の有能さをヴェルガーに示し、あの男ではなく自分こそが必要なのだと思わせられるよう動かねば…。
そして、マリウス達を利用し使うのは最後の最後でいい。
いらなくなれば処分すればいいだけだ。
怒りを募らせ逆上したマリウスがヴェルガーを殺そうとしたタイミングで自分が刺し貫いて処分するのが一番妥当だろうか?
王となったヴェルガーが自分を頼り、助けてくれと縋る姿はきっと最高だろうと思った。
お前だけが頼りだとそう言わせてみたい。
その為なら王だろうと王太子だろうとただの駒にしてしまう自分はどこかおかしいのかもしれない。
それでも─────。
「早くあの人をこの腕の中でグチャグチャに泣かせたい…」
─────願うはただ、それだけ。
吐息のように恍惚としながら紡がれたその言葉は、誰に聞かれることもなく塔の中で小さく響いた。
───────────────────────────────────
ただの種明かし回です。
主人公目線ではどこか軽快でおバカな雰囲気で話が進みますが、裏側は実はこんな感じだったりします。
苦手な方はこの辺で逃げてください。
宜しくお願いしますm(_ _)m
この下にあるのは特別な牢屋だ。
そしてそこに入れられているのは高貴な二人─────。
カツン。
ひと際大きな音を立てて一つの牢屋の前で足を止める。
それと同時に中にいた人物がこちらへと視線を向けた。
「お食事をお持ち致しましたよ?マリウス様」
その声に応える声はどこまでも冷ややかだ。
「ノーラだけでも早くここから出せ」
「それは出来かねます」
にこやかにそう答えると彼は怒りの炎を灯した瞳でこちらを見てくる。
「いつまで我々をここに閉じ込めておくつもりだ」
この国の王太子である自分とその婚約者であるノーラを閉じ込め続け一体何をするつもりなのかと尋ねてくるが、それに答える気はない。
自分はただ、利用できそうだから彼らをここに入れているに過ぎないのだ。
「ジフリート…お前の裏切りを父上が気付かぬと本気で思っているのか?」
他国への留学に見せかけて自分をこんなところに閉じ込めていつまでも通用すると思うなと王太子は言うが、彼が頼りにしている父王はすでに氷の中だ。
それをたまたま大臣である父親の忘れ物を届けに来ていたノーラが目撃し、その場で倒れた彼女もまた囚われの身と化したという経緯がある。
父親である大臣が氷漬けになった瞬間を見てかなりショックだったのだろう。
彼女はその前後の記憶を失っているようで、自分が何故こんなところに入れられているのかがわからず、ただ泣き暮らす日々を送っていた。
そんな彼女を見て、マリウスは事情も分からぬままに心を痛めているのだろう。
「お暇ならお二人で子作りでもなさってはいかがです?慰め合う二人がベッドを共にするなど別に珍しいことでもないでしょう?」
「ふざけるな!」
そんなことができるはずがないと怒りを露にするマリウスにクスリと笑う。
「そうですね…。では頃合いを見計らって貴方は魔王に攫われたことにでもしましょうか?貴方を手に入れるために魔王が陛下達を氷漬けにしたと言えば今城にいる者達はあっさりと信じるでしょうから」
「……なっ…」
そんなバカなと目を見開くマリウスが滑稽で、思わず笑いが込み上げてくる。
「陛下も大臣も…軒並み重鎮達は広間で氷漬けになってるんですよ。現在采配をしてくださっているのはヴェルガー様…。そう言えばお分かりになられますか?」
「カテオロス領の息子か…!」
「あの方は公爵家の方…。現在各地から彼の補佐のために優秀な人員が集められています。彼が実質この国のトップに立つのはまず間違いないでしょうね」
「…そんなこと、許されるものか!」
「さて、どうでしょう?ヴェルガー様の祖母は先代の妹御です。違うことなく王家の血を引くお血筋ですから、上に立つことはそうおかしなことでもないでしょう?」
ジワジワと追い詰めるようにそう口にするとマリウスは苛立つようにこちらを睨みつけてきた。
「全てヴェルガーの策略か…!」
「そのあたりはご想像にお任せしますよ。すべてが終われば…わかることもあるでしょう」
そして思わせぶりに言ってあっさりと踵を返した。
こちらはこれで勝手に憎悪を募らせてくれることだろう。
そしてまたコツコツと足音を立てながら階段を上っていく。
ここはとある塔の地下にある牢だ。
昔々精神を病んだ王族がいて、彼女のためにこの塔が建てられたのだと聞く。
今は厳選された骨董品や美術品が飾られている建物として有名で、普段から人の出入りはほとんどない。
ちなみにこの塔に地下室があって牢屋があるということを知る者は少なく、いたとしてもそこを使用している者がいるなどとは考えもつかないことだろう。
何故なら別の場所に罪人を入れる牢屋は十分にあるのだから─────。
(ヴェルガー様を虐めるのは本当に楽しいですからね。使えるものは何でも使わせていただきますよ)
全てが思い通りに進む中、頬が緩むのを止められない。
今回のことは彼を最高のタイミングで手に入れるための演出に過ぎないのだ。
侯爵家の次男である自分が公爵家の長男であるヴェルガーを手に入れることなど普通に考えたら無理な話だった。
けれど自分は初めて彼に会った時から自分のものにしたいと思い続けていた。
美しい容姿、優秀な頭脳、人を惹きつける魅力を持ち合わせているくせにどこか頼りない…そんな彼が一目で好きになった。
あの綺麗な顔を自らの手で歪ませたい。
優秀な頭脳を生かさせつつも仕事で追い込んで泣かせてやりたい。
誰も彼に近づけさせたくはない。
歪んだ愛情をこれでもかと育てさせ、ついにどうしようもなくなったところで頃合いを見計らって計画を実行に移した。
まずはこの国の王太子が留学に旅立ったタイミングで拉致し、塔の地下へと幽閉した。
その際隣国には手違いがあって留学は半年後になったと謝罪の手紙を送付しておく。
次いで月に一度の重鎮などが集まる場にひっそりと紛れ込み、この日のために契約した召喚獣を呼び出して全員を氷漬けにしてやった。
自分の父親や王や宰相であるヴェルガーの父親の邪魔が入ると厄介だと判断したからだ。
それをまさか王太子の婚約者に見られてしまうとは思ってもみなかったが、運よく気絶してくれたのでそのまま塔の牢へと連れて行った。
その後は領地に引きこもっていたヴェルガーを呼び寄せて仕事を押し付けるだけで全てが上手くいった。
焦ったように飛んできたヴェルガーの表情を見て気持ちが高揚するのを感じ、ダメだとは思いながらも密かに歓喜した。
悲壮感漂う姿がなんとも愛しくて、もっともっと追い込んで、自分を頼らざるを得ない状況に陥れたいと願ってしまう。
魔王の仕業に違いないと言い出した時は思わず吹き出しそうになった。
本当に可愛い人だと思う。
犯人は魔王ではなく自分の隣に立っているというのに────。
まあそれも、こちらの召喚獣の存在を知らないのだから致し方のないことなのかもしれないが…。
けれどその後すぐに勇者召喚の儀を行うと口にした時にはほんの僅か不安が頭をよぎった。
もしも勇者がやってきて魔王がいないということがわかれば、計画通りにヴェルガーを手に入れることが出来なくなるのではないかと思ったからだ。
これは慎重に動かなければならない。
そしてやってきた勇者を見てホッと息を吐いた。
正義感だけは強そうな浅慮な子供─────それが自分が見た勇者だった。
オマケできた聖女も大したことはなく、何ら脅威になりそうではなかったので上手く利用してやろうと思った。
勇者を煽てつつも半年は剣の腕を磨いてはどうかと唆し、魔王の存在の有無を確かめさせないまま日々を過ごさせる。
逆に聖女の方は孤立するよう周囲を上手く煽り、そのストレスをできる限りそちらに向けるよう仕向けた。
そしてその傍ら上手く仕事を回しながらも徐々にヴェルガーを追い詰めていく。
『勇者様と聖女のことは自分や周囲に任せて仕事を頑張ってください。ヴェルガー様が頼りです』と笑顔で仕事を押し付け続けたのだ。
早く自分を頼ってほしい。
自分の名を呼び、自分を真っ直ぐに見つめて懇願して欲しい。
そんな浮き立つような気持ちで送る日々は最高に楽しかった。
「もう少し上手く仕事を効率的にさばけないだろうか?」
「周囲の者達の動きが悪い気がする。ジフリート、どうにかならないか?」
そうして声を掛けられるたびに気分が高揚するのを感じた。
けれどそんな日はある日を境に終わりを告げる。
聖女が元の世界に帰ってしまったのだ。
最初はどうでもいいと思った。
何も支障などはないと…そう思った。
けれどそれで勇者が引きこもりになったせいで全てが狂い始めた。
皆が焦りを見せ始める。
ヴェルガーが聖女召喚を声高に叫ぶ。
それを見てイラっとしてしまう自分がいた。
勝手に帰った聖女などもうどうでもいいではないか。
勇者はこれを機に魔王討伐のためとでも称して王宮の外に放り出せばいいのだ。
動かざるを得ない状況にもっていってやれば、引き籠ることなどできはしないのだから。
後は仕事で大変なヴェルガーを自分が優しく優しく懐柔して掌中に収めたら完璧だったのに、どこで計画が狂ってしまったのだろう?
こうなってしまっては自分ではヴェルガーが指示した聖女召喚を止められない。
(あのヘタレ勇者め…!)
お前のせいで計画が台無しだと思いながら今度召喚される聖女もいびり倒してやると思っていたのに、その場に現れたのは予想外にも一人の男だった。
しかもどうやらこの男、『勇者』や『聖女』ではなく『賢者』らしい。
暫く様子を見るが、確かに『勇者』ではなさそうだと思った。
剣の才も武の才もない普通の男─────。
そのくせこの国の文字が読め、頭もよいとヴェルガーからは絶賛されていた。
仕事でも頼りにされ、部屋の方も早急に広い部屋に替えられないなら自分か勇者の部屋にとりあえず移させるからなどと言われたので渋々用意する羽目になった。
それがまた腹立たしくて、賢者なら凌いでみろと食事に毒を混ぜてやった。
嫌がらせの範疇を超えて大事になっては犯人探しが自分の元にまで及ぶかもしれないと毒の量は少量にとどめたが、食べていれば嘔吐し三日ほど寝込むくらいにはしたつもりだ。
それなのにあっさりと回避されて更に苛立った。
賢者とは毒まで無効化できるのだろうか?
思惑通りに行かない上に益々ヴェルガーとの距離が近づいて、どうにかして引き離したいと爪を噛んだ。
ヴェルガーに頼られるのはあんな男ではなく自分であるべきなのに─────。
そして国境線の調査という名目で勇者共々王宮から笑顔で追い出し、やっと一息つくことができた。
あとは上手くやってヴェルガーの目をこちらに向けさせるだけだ。
あの邪魔者はどこにもいない。
奴が戻ってくるまでに飴と鞭でヴェルガーを自分のものにしてしまうのだ。
あの男の入れ知恵のせいで優秀な人材が各地から王宮へとやってきている今、これを上手く利用し自分の立ち位置を確固としたものにしなければならない。
彼らを上手く使って自分の有能さをヴェルガーに示し、あの男ではなく自分こそが必要なのだと思わせられるよう動かねば…。
そして、マリウス達を利用し使うのは最後の最後でいい。
いらなくなれば処分すればいいだけだ。
怒りを募らせ逆上したマリウスがヴェルガーを殺そうとしたタイミングで自分が刺し貫いて処分するのが一番妥当だろうか?
王となったヴェルガーが自分を頼り、助けてくれと縋る姿はきっと最高だろうと思った。
お前だけが頼りだとそう言わせてみたい。
その為なら王だろうと王太子だろうとただの駒にしてしまう自分はどこかおかしいのかもしれない。
それでも─────。
「早くあの人をこの腕の中でグチャグチャに泣かせたい…」
─────願うはただ、それだけ。
吐息のように恍惚としながら紡がれたその言葉は、誰に聞かれることもなく塔の中で小さく響いた。
───────────────────────────────────
ただの種明かし回です。
主人公目線ではどこか軽快でおバカな雰囲気で話が進みますが、裏側は実はこんな感じだったりします。
苦手な方はこの辺で逃げてください。
宜しくお願いしますm(_ _)m
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