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36.フィン=ハウエルという男ージフリート視点ー
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昼時────いつものように食事を手に塔へとやってきた。
表向きは塔の管理人への食事だが、本当は捕らえている王太子達の食事だ。
多少人目についてもそうやって堂々と言い放ち笑顔で運んでいれば誰も疑問になど思わない。
本物の管理人は疾うの昔に奥の牢で朽ち果てているだろう。
そして通い慣れた道を歩き塔へと向かっていたのだが、その途中に会いたくなかった人物と遭遇してしまった。
フィン=ハウエル────この男こそ自分が近づきたくない、あの夜自分の部屋を訪れた張本人だった。
辺境伯の三男なのだが彼が表舞台に出てくることはそうそうない。
何故なら彼は王家の影として育てられていたからだ。
極まれに舞踏会などにも出席するが、それは主に情報収集のためで、気配を消しながら会場内を歩き回り諜報活動に励む…そんな役割を主とする者だった。
それ故に───近づきたくはないし、敵にも回したくはない。けれど味方になど取り込みたくない相手でもあった。
彼は王家が崩壊した今、自由だ。
誰の関与も受けず、自由に好きなように日々を過ごす。
そんな彼が目をつけたのが自分だったのは予想外だった。
昔から自分を楽し気に見ていたのは知っていたが、まさか向こうから近づいてくるとは思ってもみなかった。
「ジフリート殿」
「……何か御用でしょうか?」
いくらにこやかにしていようとその一切笑っていない瞳までは隠しようがないぞと言ってやりたい。
「嫌ですね。それほど警戒なさらなくても大丈夫ですよ?ただ…貴方の天敵である賢者様が塔に向かったようなのでお知らせに来ただけです」
そんな思いがけない言葉に思わず目を見開く。
「なっ…?!」
それが本当であれば非常に危険だ。
けれど彼はどこか飄々としながら大丈夫だと言って笑った。
「大丈夫だと言ったでしょう?私も一度彼とは話してみたかったですし、今日は特別にお手伝いさせていただきますよ」
そして彼は努めて冷静な態度を崩さず、終始余裕の表情で塔を目指した。
正直に言って彼を連れてきて正解だったと思う。
自分だけだったなら恐らく怪しまれていたことだろう。
埃の積もった塔内部は一朝一夕に隠せるようなものではないのだが、マナは既にそこへと足を踏み入れてしまっていたのだから。
いっそここで殺してしまってもいいのではないかとも思ったが、そうなったとしてこの男を探しに来た者達が地下の王太子達を発見してしまっては厄介この上ないので動くに動けないというのが実情だった。
それをフィンは上手く回避してくれたのだ。
フィーア=レッヒェルンという偽名を使い、あり得ないことに塔の副管理人を名乗ったのである。
レッヒェルンの名は実際に伯爵家で使われているものではあるが、どちらかと言えば知名度の低い貴族の名だ。
それ故に名がマナの口から誰かに話されようと特に問題はないことだろう。
塔の副管理人というのも今の混乱した王宮内でならいくらでも文書を偽造できる。
もしかしたらフィンはそこまですでに手を回してしまっている可能性すらあった。
それほどこの男は油断ならない相手なのだ。
そのフィンへとマナを任せ王太子達へと食事を運ぶ。
あの男がここに来たこと自体が正直気にはなるし、忌々しい気分になって思わず顔に出してしまったのは仕方のないことだ。
けれどそれを見た王太子が目敏く見咎めてきたのでいつものように笑顔を浮かべてやった。
そのままわざと希望を持たせるように言葉を紡いでやる。
「マリウス様。今この上に珍しい来客が来ているのですよ。いかがです?声を限りに叫んで助けを求めて見られませんか?運が良ければ助けてもらえるかもしれませんよ?」
そしてどう頑張ろうとそんな声など届くわけがないぞと嘲笑いながら希望を叩き潰す。
「まああんな剣も攻撃魔法も使えぬ優男に貴方方を助けられるはずもありませんがね」
ハハハと軽快に笑いながら階段へと足を向けその場を後にする。
誰にも自分の邪魔はさせない。
その為にも新しい策を練らなければと気持ちを切り替えた。
塔の外へと出るとそこには何故か壮絶な笑みを浮かべるフィンの姿と、それに気圧されたように蒼白な表情で固まっているマナの姿があり驚いた。
けれどそれを見てこの男はやはり大したことはない男なのだと安堵する。
フィンは確かに怖い男だが、こんな短時間でこの男の本質を掴むのは不可能に近い。
それ故にマナは単純に上辺だけのフィンに恐れを抱いたに違いないと思った。
フィンは見た目だけで言うなら10代の若者だ。
そんな男の演技に気圧される程度の男なら恐れるに足らずといったところだろう。
(これなら焦って排除する必要などはないな)
じっくりと罠に掛けて利用して殺す────それが一番いいだろうと内心で昏い喜びに浸ったところで、ふとマナがここにやってきた原因に思い至った。
油断のならない相手だったなら何か目的があってここへとやってきたのだろうと穿った見方をするのが正しいが、もしもこの男がそんな大層な男ではなくただの間抜けな男であったなら、ここへ来たのはただの偶然だったのではないかと思ったのだ。
あっさりと塔から出たことからも明らかではないだろうか?
つまりは────ただ単に道に迷っただけなのではないか?
そう思いながら確かめるようにこれ見よがしな言葉を紡ぐ。
「さて、お話も終えられたようですし王宮までご案内いたしましょうか。『迷子の賢者』を助けたと言えばきっとヴェルガー様も私に深く感謝してくださるでしょう」
その言葉を聞いたマナの表情は正直見ものだった。
明らかに図星を突かれましたと言わんばかりだったからだ。
その表情に思わず本心からの笑みが浮かぶ。
「ジフリート殿。あまり賢者様を虐めては可哀想ですよ?まさかこの年で迷子ということはないでしょう」
フィンにまでどこか楽しげに追い打ちを掛けられ、マナは死んだ魚のようにダメージを受けていた。
そんな姿に腹の底から笑いが込み上げてくる。
(最高だ…!)
これまでの腹立たしかったあれこれがスッキリしたような気がして一気に気持ちが楽になった。
半分はフィンのお陰だと理解はしているが、ここで何かを言えば恩に着せられてしまうので何も言う気はない。
ただ────たまには利用させてもらうかという気になったのは確かだった。
表向きは塔の管理人への食事だが、本当は捕らえている王太子達の食事だ。
多少人目についてもそうやって堂々と言い放ち笑顔で運んでいれば誰も疑問になど思わない。
本物の管理人は疾うの昔に奥の牢で朽ち果てているだろう。
そして通い慣れた道を歩き塔へと向かっていたのだが、その途中に会いたくなかった人物と遭遇してしまった。
フィン=ハウエル────この男こそ自分が近づきたくない、あの夜自分の部屋を訪れた張本人だった。
辺境伯の三男なのだが彼が表舞台に出てくることはそうそうない。
何故なら彼は王家の影として育てられていたからだ。
極まれに舞踏会などにも出席するが、それは主に情報収集のためで、気配を消しながら会場内を歩き回り諜報活動に励む…そんな役割を主とする者だった。
それ故に───近づきたくはないし、敵にも回したくはない。けれど味方になど取り込みたくない相手でもあった。
彼は王家が崩壊した今、自由だ。
誰の関与も受けず、自由に好きなように日々を過ごす。
そんな彼が目をつけたのが自分だったのは予想外だった。
昔から自分を楽し気に見ていたのは知っていたが、まさか向こうから近づいてくるとは思ってもみなかった。
「ジフリート殿」
「……何か御用でしょうか?」
いくらにこやかにしていようとその一切笑っていない瞳までは隠しようがないぞと言ってやりたい。
「嫌ですね。それほど警戒なさらなくても大丈夫ですよ?ただ…貴方の天敵である賢者様が塔に向かったようなのでお知らせに来ただけです」
そんな思いがけない言葉に思わず目を見開く。
「なっ…?!」
それが本当であれば非常に危険だ。
けれど彼はどこか飄々としながら大丈夫だと言って笑った。
「大丈夫だと言ったでしょう?私も一度彼とは話してみたかったですし、今日は特別にお手伝いさせていただきますよ」
そして彼は努めて冷静な態度を崩さず、終始余裕の表情で塔を目指した。
正直に言って彼を連れてきて正解だったと思う。
自分だけだったなら恐らく怪しまれていたことだろう。
埃の積もった塔内部は一朝一夕に隠せるようなものではないのだが、マナは既にそこへと足を踏み入れてしまっていたのだから。
いっそここで殺してしまってもいいのではないかとも思ったが、そうなったとしてこの男を探しに来た者達が地下の王太子達を発見してしまっては厄介この上ないので動くに動けないというのが実情だった。
それをフィンは上手く回避してくれたのだ。
フィーア=レッヒェルンという偽名を使い、あり得ないことに塔の副管理人を名乗ったのである。
レッヒェルンの名は実際に伯爵家で使われているものではあるが、どちらかと言えば知名度の低い貴族の名だ。
それ故に名がマナの口から誰かに話されようと特に問題はないことだろう。
塔の副管理人というのも今の混乱した王宮内でならいくらでも文書を偽造できる。
もしかしたらフィンはそこまですでに手を回してしまっている可能性すらあった。
それほどこの男は油断ならない相手なのだ。
そのフィンへとマナを任せ王太子達へと食事を運ぶ。
あの男がここに来たこと自体が正直気にはなるし、忌々しい気分になって思わず顔に出してしまったのは仕方のないことだ。
けれどそれを見た王太子が目敏く見咎めてきたのでいつものように笑顔を浮かべてやった。
そのままわざと希望を持たせるように言葉を紡いでやる。
「マリウス様。今この上に珍しい来客が来ているのですよ。いかがです?声を限りに叫んで助けを求めて見られませんか?運が良ければ助けてもらえるかもしれませんよ?」
そしてどう頑張ろうとそんな声など届くわけがないぞと嘲笑いながら希望を叩き潰す。
「まああんな剣も攻撃魔法も使えぬ優男に貴方方を助けられるはずもありませんがね」
ハハハと軽快に笑いながら階段へと足を向けその場を後にする。
誰にも自分の邪魔はさせない。
その為にも新しい策を練らなければと気持ちを切り替えた。
塔の外へと出るとそこには何故か壮絶な笑みを浮かべるフィンの姿と、それに気圧されたように蒼白な表情で固まっているマナの姿があり驚いた。
けれどそれを見てこの男はやはり大したことはない男なのだと安堵する。
フィンは確かに怖い男だが、こんな短時間でこの男の本質を掴むのは不可能に近い。
それ故にマナは単純に上辺だけのフィンに恐れを抱いたに違いないと思った。
フィンは見た目だけで言うなら10代の若者だ。
そんな男の演技に気圧される程度の男なら恐れるに足らずといったところだろう。
(これなら焦って排除する必要などはないな)
じっくりと罠に掛けて利用して殺す────それが一番いいだろうと内心で昏い喜びに浸ったところで、ふとマナがここにやってきた原因に思い至った。
油断のならない相手だったなら何か目的があってここへとやってきたのだろうと穿った見方をするのが正しいが、もしもこの男がそんな大層な男ではなくただの間抜けな男であったなら、ここへ来たのはただの偶然だったのではないかと思ったのだ。
あっさりと塔から出たことからも明らかではないだろうか?
つまりは────ただ単に道に迷っただけなのではないか?
そう思いながら確かめるようにこれ見よがしな言葉を紡ぐ。
「さて、お話も終えられたようですし王宮までご案内いたしましょうか。『迷子の賢者』を助けたと言えばきっとヴェルガー様も私に深く感謝してくださるでしょう」
その言葉を聞いたマナの表情は正直見ものだった。
明らかに図星を突かれましたと言わんばかりだったからだ。
その表情に思わず本心からの笑みが浮かぶ。
「ジフリート殿。あまり賢者様を虐めては可哀想ですよ?まさかこの年で迷子ということはないでしょう」
フィンにまでどこか楽しげに追い打ちを掛けられ、マナは死んだ魚のようにダメージを受けていた。
そんな姿に腹の底から笑いが込み上げてくる。
(最高だ…!)
これまでの腹立たしかったあれこれがスッキリしたような気がして一気に気持ちが楽になった。
半分はフィンのお陰だと理解はしているが、ここで何かを言えば恩に着せられてしまうので何も言う気はない。
ただ────たまには利用させてもらうかという気になったのは確かだった。
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