【完結】予想外の異世界で俺は第二の人生を生きることになった

オレンジペコ

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48.もっと危機感を持て!―勇者視点―

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ハイジの言葉を受けてサトルと一緒に宰相のところまでダッシュで駆け付けた。
思った以上に短時間でそこまで行けたと思っているし、到着した場所で宰相がジフリートに襲われていなかったことからも間に合ったのだと確信していた。
けれどそこで見た宰相の様子は明らかに何かあったと言わんばかりだった。
蒼白になりながらカタカタと震えていたのだから何もなかったはずはないだろう。
けれど対するジフリートの方はと言うと、自分は何も疚しいことなどしていませんと言わんばかりにあまりにも普通の態度で、恐らく決定的な何かをしたという訳でもないのだろうなと思わせるものがあった。
ここで大事なことは、この後ジフリートと宰相を二人きりにさせないこと。それのみだ。
それはサトルにだってわかっていることで、案の定トイレに二人で行こうとするジフリートを牽制する動きを見せた。
宰相の様子を見るに、ジフリートと二人でトイレになど到底行かせられない。
それならジフリートがサトルとのやり取りに気を取られているうちにさっさと動いてしまおうと思った。
俺だってサトルと行動するようになってからこれでも少しは成長したんだ。
要は宰相をジフリートから引き離せばそれでいいのだということくらいわかる。

「時間の無駄だ。いいから行くぞ」

そう言ってさっさと固まっている宰相を抱き上げる。
おおっ?!身体強化魔法って凄いな。
こんな成人男性でも軽々抱き上げられるなんて…。
やっぱり魔法って便利だなと思いながら、突然のことに全く状況がわかっていなさそうなサトルへと声を掛けた。

「宰相はこのまま俺がサトルの部屋まで運ぶからそこで介抱したらいいだろう?食事は後でそっちに運んでやるし、ジフリートとミルフィスの話は俺が聞いておくから心配するな。ジフリートはさっさと手洗いに行きたいなら行ってこいよ。放っていくぞ?」

ジフリートは兎も角としてサトルにまでぼんやりされて引き留められればまた面倒臭いことになってしまう。
ここはさっさと離脱しようと目で訴えると、サトルは驚きながらも自分について歩き出した。
そして未だ固まっている宰相をサトルの部屋のソファへと下すと、取り敢えずハイジとミルフィスに事情を説明して急いで食べてからまた戻ってくる旨を伝えた。
その時にジフリートの姿があれば彼が言っていた話とやらを軽く聞いておけばいい。

(まあ…大体の話は予想がつくけどな)

恐らくミルフィスの見解が当たっているはずだ。
彼は氷から解放されてからひと月、とあることをずっと慎重に調べていた。
────それはジフリートの身辺についてだ。
それに対しての人員は俺の方で手配を掛けた。
サトルより半年長くここにいるし、【勇者】の肩書は王宮内ではかなり使えるものだからだ。
協力してくれる者は思っている以上に多いし、上手く尋ねればジフリートのことを嬉々として話してくれる者は沢山いる。
だからこそひと月で随分情報は集まったはずだ。


詳しい報告はまだ聞けていないのだが、事はひと月前に相談されたことが発端だった。
「勇者様と賢者様は異世界からやってこられたのですよね?」
最初はそんな言葉だった。
そしてサトルが宰相と仲が良いのを見て、これはまだ自分の胸の内にだけ閉まっておいて欲しいと頼まれたのだ。
曰く、例の広間での氷漬けの事件が起こった時、ミルフィスは見てしまったのだそうだ。
目立たぬよう地味な装いで、重鎮達が揃う一角にジフリートの姿が確かにあったのを。
父親に同伴してきたのだろうとその場では特に気に掛けてはいなかったらしいのだが、最初の異変が起こり悲鳴が上がったところでふと視線がジフリートの方へ偶然向いたところ、その光景が目に飛び込んできたらしい。

仄暗く笑うジフリートと氷を操り皆を次々と氷漬けにしていく魔物の姿が────。

次の瞬間には自身も氷漬けにされてしまったのでもしかしたら見間違いだったのかもしれない。
けれど一命をとりとめ、宰相の隣で何食わぬ顔をしながら仕事をするジフリートを見て確信したのだという。

犯人はジフリートである────と。

けれどそれを声高に訴えたところで証拠などは何もなく、そもそもヴェルガーの覚えも目出たく王宮関係者からも評価の高いジフリートを糾弾するにはあまりにも難しい状況だった。
最悪、思考力が低下して被害妄想が膨らみ乱心したのだと陥れられるのが関の山。
それでは何の意味もないと考えた。
だから───ジフリートの周辺を調べ、何か決定的な証拠を見つけ、それを元に確実に捕らえ罪を認めさせたいのだとミルフィスは言ったのだ。

その報告が今日されるはずだった。
それは食堂にミルフィスを案内する道すがらに少しだけ聞いていた。

「彼は黒でした」

ポツリと苦々しい声で漏らされた言葉。
歩きながらなのでこんな言い方になるのも仕方のないことだ。

「それと共に、現在進行形の任務そのものが無意味ともとれる報告も上がっています」

これは王太子の捜索任務のことだろうか?
もしかしたらジフリートが王太子をどこかに捕らえているのかもしれない。
それだけではなく他の者達も同様の可能性さえある。

「確定はできませんが、決定的な証拠を掴もうとした者が深く探ろうとする度に行方不明になっているので、まず間違いはないでしょう」

つまりは彼らは消されたということだ。
こうなってくるとミルフィスも消される可能性が出てくるのは当然のことで…。

「私にも…幾度かヒヤリとさせられることが起こっていまして、そちらも含めて後でゆっくりと賢者様の前で報告させて頂きたいのです」

これに対しては氷漬けにされていた重要な証言人物と言うことで宰相の指示の元、毎日サトルがミルフィスに防御魔法を掛けているため事なきを得たらしい。
突然どこからか鋭く尖った石が飛んでこようが、頭上から大きく重たいものが降ってこようが、全て防御できたというのだから流石としか言いようがない。
そのたびに無傷で呆然と立ち尽くし、ハッと我に返って胸を撫で下ろす日々だったとのこと。
本当に無事でよかった。

「問題はどこまでヴェルガー殿が巻き込まれているのかと言うことですね」

密やかにポツリと呟かれたその言葉に事の重大さが浮き彫りになる。
ミルフィスは宰相の幼馴染なだけあって宰相のことを熟知していた。
自分が助かった時の喜びようを見て、ジフリートと結託して事を起こしたのではないこともわかり切っている。
けれどそれ故に心配もしていたのだ。
あのジフリートのことだ。
宰相を追い込んで虐めるためなら彼を悪役に仕立てるために動いていてもおかしくはない。
四面楚歌の状態に持ち込んで、自分だけが味方だと笑顔で絡めとる気満々な予感もしているのだとか。
まあそれも自分達がいればある程度は防げるとは思うが……。

(でも…王太子拉致はなぁ……)

万が一これまで宰相の罪に問われたら自分達にもどうにもできそうにはない。
全ての罪を宰相に着せられたら、こちらが救いの手を出す前にあっという間に宰相は牢屋行きだ。
そこを上手くジフリートに利用されたら宰相は無抵抗でジフリートの手の内に取り込まれてしまうことだろう。
実にうまく考えられたものだ。

それを踏まえた上で考えるに、今回ジフリートが相談と言う形で口にしようとしているのは、どう考えても王太子捜索の手伝いに自分達を駆り出したいということだろう。
重要人物である王太子の捜索として勇者と賢者を加えれば必ず進展があるはずだと言われれば確かにその通りだと周囲だって納得するだろうし、普通に考えればこれ以上ないほどの適役ともいえる。
何らおかしなことではない。
けれどこれは王太子の居場所を把握し、宰相とサトルを引き離したいと考えているジフリートにとって宰相を手に入れるための好機の一手としか言いようがないシチュエーションだ。

(どう出る?)

自分だけで考えてもこれ以上難しいことは分かりそうにない。
やはりここはサトルの意見も聞かせてほしいところだ。
だから取り敢えず宰相を落ち着かせてもらって、この後少し時間を取ってほしいなと思った。



そしてジフリートのせいで先送りになってしまったミルフィスの詳しい報告の延期は仕方がないとして、
思っていた通りのジフリートの提案を『サトルに聞いてから決めさせてもらう』と保留にしたのも兎も角として、
急いで食事を終わらせ、後のことはハイジに任せてきた俺に対して─────


どうしてこの二人はイチャイチャ見せつけるようにキスしてるんだ?!


『ちょっとは危機感を持て!』と俺が怒ってドアをゴンゴン叩いても、きっと誰も怒らないと思う。
両思いですか、そうですか。
幸せそうでよかったな!くそっ!

そうして怒り心頭だった俺だったんだが、どうもその後の言葉から察する限り違っていたようだと肩透かしを食らった。
てっきり慰めてる間にサトルの方が宰相への気持ちを自覚して、そのまま口説き落としたんだと思ったけど違ったらしい。
何故か攻めモードになった宰相が一方的にサトルにキスしただけのようだ。
(え?もしかして一応自覚だけはしたってことか?)
これは意外な展開だ。
どうやら宰相の方だけがサトルへの気持ちを自覚して、何を言われたかは知らないが暴走してしまったようだった。
全くサトルに通じてないのが面白くはあるが……。
こんな状況にもかかわらずサトルの方は全く宰相の気持ちに気がついていないというのがおかしくて仕方がない。
サトルの口から飛び出す天然な言葉の数々にグサグサ串刺しにされて凹みまくる宰相の姿は俺の怒りを鎮めるのには十分なもので、ある意味さっきの今で可哀想だなとも思った。
でもまあ勢いとは言えサトルとキスできたんだから、こっちが慰める必要もないだろう。
サトルは恋愛経験がありそうでないようだからこのまま宰相の方から押して押して押しまくれば勝手に落ちてくるだろうし、そんなことよりも大事なのはこれからのことだ。
宰相がジフリートに陥れられたら恋愛どころじゃなくなるのだから、あまり浮かれてもらっても困る。
ここはやっぱり宰相にしっかり釘を刺しておかないとと強く思った。
けれどそれをサトルに止められて、ああこいつはこういう奴だったと改めて認識すると共に『さっさと気づいてくっつけ、この鈍感!』と思った。
こんなに宰相のために考えて行動しているのに、どうしてそれが好きだからだとわからないんだろう?
最近宰相が眩しすぎて目を合わせられないと愚痴っていたにもかかわらず、何故それが恋愛方面に繋がらないのか。
本当に先が思いやられる。

(本当、面倒臭い奴だな。サトルは)

一見遊び慣れた天然タラシのようでいて実は鈍感恋愛音痴。きっとそれがサトルなのだろう。
まあ宰相なら弱々しくサトルの庇護欲を刺激して抱いてくれとでも縋ったら抱いてもらえるだろうし、逆にさっきのキスの時のようにこっちから攻めるように積極的にいけば抱く側にだってなれるはず。
要するにどちらになるかは宰相次第ということだ。
くっつけばどうとでもなる。
サトルの方はこだわりがなさそうだから、きっとどちらでもいけるのだろうと勝手に推測してみた。
従姉妹に会う度にBL本を無理矢理読ませられてあれこれ吹き込まれていたせいか、俺はこのあたりには理解はあるつもりだ。
自分さえ巻き込まれなければオールOK!これ大事!
いずれにせよ宰相に執着するジフリートを刺激しないよう上手くやってくれたらそれでいい。
ちょっと宰相を揶揄って溜飲も完全に下がったことだし、後は明日以降ちゃんと話をしようと思い直して部屋を出たのだった。

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