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124.薔薇の棘⑫ Side.クリスティン
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翌日も体調はすぐれず、街から医者を呼んでもらうことに。
若くてどこか頼りない男だけれど、大丈夫だろうか?
そう思いながらも診察をしてもらうと…。
「う~ん…ちょっとよくわかりませんね。ちょっとこう、胸元を下げて頂けませんか?」
「…は?」
「聴診器で肺の音をちゃんと聞きたいんですよ。ほら、こうやって下げて」
そう言いながら医者は背中側のファスナーを引き下げ問答無用で襟元に手をかけてグイッと前へと引き下ろした。
「キャーーーーッ!!」
ポロンと零れ落ちた胸に羞恥が込み上げる。
思わず手を上げたけれど、その手が頬を打つ前にパシッと手首を掴まれ、いきなりその医者にチュウッと首筋を吸い上げられた。
「なっ、なななっ?!」
「ご馳走様。薬は置いとくよ」
そう言って不敵な顔で男は去って行く。
残されたのは茫然となった自分だけ。
(どうして私がこんな目に……)
どうせなら他の令嬢にして欲しかったと涙目になりながらベッドに潜り込んで掛け布に包まり、一頻り泣いた。
「うぅ…もうお嫁に行けませんわ」
風邪で弱っているところであんな目に合わされたのだ。
ショックで暫く立ち直れそうにない。
そうして一日中引き籠っていたら、何度か他からも悲鳴が聞こえた気がする。
一体自分達に何が起こっているんだろう?
それがわからなくてとても怖かった。
(もう明日朝一番にアンシャンテに帰ろうかしら)
それが一番安全な気がする。
そうだ。そうしよう。
そして侍女に言って早急に帰り支度をしてもらった。
翌日、すっかり憔悴しながらなんとかお世話になった方々に礼を言いワイバーンでアンシャンテへと戻ったのだけれど、戻って早々父から呼び出しを受け、叱責されてしまう。
「クリスティン!お前…お前…!何をしでかしてくれた?!」
「な、なんのことですの?一体…」
「昨日懇意にしている商人達から揃って冷たい目で今後は取引はやめさせてほしいと言われた!」
「え?」
そんなこと、我が公爵家なら代わりなどいくらでもあるだろうに。
ここまで父が怒る理由がさっぱりわからなかった。
「当然他にいくらでも商人はいるからと楽観していたが…どこもかしこも全部断ってきたんだ!」
「何故です?」
「私もそれがわからなくて、当然早急に調べて回った」
父がそう動くのは当然だ。
だが────。
「商人達はな、ロキ陛下暗殺に加わった我が家とは怖くてとても取引できないと言っていたんだ!」
「そ…れは……」
一昨日の今日でアンシャンテの商人達にそんな情報が出回るはずがない。
何故ならワイバーンで山を越えなければガヴァムからアンシャンテへは一足飛びに来ることはできない。
商人達は主に馬車で移動するから、間にある二つの国を通ってアンシャンテへとやってくる。
だから何かの間違いではないかと言ったのだが、父は私を睨みつけ「まさかとは思うが、裏の連中を怒らせたんじゃないだろうな?」と訳の分からないことを言ってきた。
父曰く、普通なら裏と取引がある金の亡者のような商人がいて、そちらからならば困った時でも取引ができるとのこと。
なのに今回に限ってはどうもそちら側の怒りの方が強いらしく、全く相手にしてもらえないのだとか。
でもそんなことを私に言われても困ってしまう。
「絶対にそんなことはありませんわ!」
「本当だな?」
「本当です!信じてくださいませ、お父様!」
「なら…これはなんだ?!」
そう言ってバサッと投げつけられた紙束にそっと目をやると、そこには『殺』という字が赤字で書き殴られていた。
「ひっ?!」
「昨日から何度も何度も送り届けられている紙だ!使用人がこちらに持ってくる前に処分しようとも試みたが、そうしたら今度は私の執務机にいつの間にか置かれたり、寝室に大量にバラ撒かれたり、常に私の行く先々にあって気が狂うかと思った!」
父は頭を抱えて嘆いている。
「こんなことをするのは裏稼業の連中だ。ただ雇われただけならここまでのことはしない。これは絶対に直接恨みを買ったからこその報復行為だ!お前などいつでも殺してやれると警告を受けたようなものなんだからな!」
命を握られ怯える父に私は焦りながら叫んだ。
「そんな!私はシャイナー陛下に酷いことをしたロキ陛下がいなくなればと計画を立てて動いただけで、裏の方々を怒らせたりなどっ…きゃぁっ!」
バシッ!と突然父から頬を叩かれ、ガクガクと身を震わせてしまう。
いつも優しく自分に甘い父がまさか叩いてくるなんて信じられなかった。
「ロキ陛下が…いなくなれば、だと…?」
「え?ええ!だってロキ陛下は…」
「まさかお前がそこまでバカだとは思わなかった」
未だ嘗て父からこれほど冷たい目で見られたことがあっただろうか?いや、ない。
「……え?」
「ロキ陛下は王位に就いて一年も経たずに次々と各国との繋がりを深め、自らを攫おうとしたシャイナー陛下にも温情を下さり、我がアンシャンテ王国の経済にも多々貢献してくださった偉大な方なのだぞ?!当然商人達にとってはありがたい存在だ!それを…!」
「そ、それはカリン陛下の功績ですわ!私が調べた情報によりますと、あの方はただのお飾りの王でしかありませんでしたし、ガヴァムのご令嬢やロキ陛下のお母上にもお話を聞いて嘘偽りのない事実だと判明致しましたもの!」
「…………信憑性のない情報に踊らされる無能が!全てがカリン陛下の功績などあるはずがなかろう!」
「ですが!」
「黙れ!ブルーグレイの冷酷王子をカリン陛下がまだ王太子だった頃怒らせたことを知らぬわけではあるまい!」
「そ…れは……」
その話は自分も当然ながら知ってはいる。
けれどもうずっと前の話だし、会って話してもそんなことがあったなんて信じられないほど普通にしていらっしゃった。
だからあれはただの噂だとばかり────。
「壊されたカリン陛下を正気に返し、ブルーグレイの怒りを鎮め、それだけではなくつい先日は気に入られて後ろ盾にまでなってもらったと聞く。その功績がカリン陛下であるはずがない!偏にロキ陛下のお力に決まっているだろう!」
「そ…そんな…」
だってあの王はお飾りで無能と有名なのにおかしいではないか。
「大体三か国事業だってそうだ!ミラルカの皇太子と親しいのはカリン陛下ではなくロキ陛下だぞ?当然大親友とレオナルド皇子が自慢しているロキ陛下の功績に決まっているではないか!」
「そ、それは…」
そう言えばそんな話も聞いたことはあった。
どうして失念していたのだろう?
「国への恩を仇で返す様な事をしおって!これがシャイナー陛下の耳にでも入れば我が家はおしまいだと、どうして気づかない?!公爵家だから大丈夫だとでも思ったか?!」
その言葉に私は一気に蒼白になった。
「そんな!だって私はシャイナー陛下の為に…!」
「何がシャイナー陛下の為にだ!お前がしたことはある種の国家転覆罪だぞ?!隣国の国王暗殺など前代未聞だ!」
一先ずシャイナー陛下に懺悔してくるが、お前も死罪を覚悟しておくことだと言われて私はその場にへなへなと腰を抜かしてへたりこんだ。
それからどれくらい経っただろう?
王宮から兵士が大勢やって来て、私の身を王城へと引き立てていった。
そしてシャイナー陛下の前に投げ捨てられるように突き飛ばされ、怒りに染まるシャイナー陛下のお顔を見る羽目になった。
「クリスティン嬢…ガヴァムの王、ロキを暗殺しようとしたというのは本当か?」
「そ…れは……」
「俺が誰よりも愛しく思い、どうか傍にと願っていた最愛を…何故殺そうとした?!」
シャイナー陛下はきっと喜んでくれる────どうしてそんなことを思えたのだろう?
シャイナー陛下は泣いていた。
怒りに顔を真っ赤にしながら、憎悪に満ちた目で私を見、そして悲しみに涙を流していたのだ。
「お前の顔など二度と見たくない。衛兵!この女を拷問にかけ、どんな手でロキを死に追いやろうとしたのかを全て白状させろ!その上でその通りの目に合わせ首を刎ねるように!」
「はっ!」
(そんな…そんな……!)
「シャイナー陛下!私は貴方の為にあの方を……!」
「俺の為?何が俺の為だ!お前がやったことは俺を苦しめる行為でしかなかった!最愛を奪い、国交間に亀裂を入れガヴァムとの繋がりを断たせ、経済を傾かせる。それのどこが俺の為だと言うのだ!」
シャイナー陛下の言葉が私の胸をこれでもかと抉っていく。
愛する方から憎まれ、罵られ、死の宣告を受ける。
そんな現実味のない状況に置かれて、まるで心が壊れてしまいそうなほどのショックに襲われ、私はそのまま気を失ってしまった。
****************
※ここに出てきた医者は闇医者ではなくヤブ医者。薬だけは一応本物ですが、裏稼業の人がそれっぽく装ってるだけのインチキ医者です。
次回はガヴァム側に話が戻って、カリン視点からスタートです。
宜しくお願いします。
若くてどこか頼りない男だけれど、大丈夫だろうか?
そう思いながらも診察をしてもらうと…。
「う~ん…ちょっとよくわかりませんね。ちょっとこう、胸元を下げて頂けませんか?」
「…は?」
「聴診器で肺の音をちゃんと聞きたいんですよ。ほら、こうやって下げて」
そう言いながら医者は背中側のファスナーを引き下げ問答無用で襟元に手をかけてグイッと前へと引き下ろした。
「キャーーーーッ!!」
ポロンと零れ落ちた胸に羞恥が込み上げる。
思わず手を上げたけれど、その手が頬を打つ前にパシッと手首を掴まれ、いきなりその医者にチュウッと首筋を吸い上げられた。
「なっ、なななっ?!」
「ご馳走様。薬は置いとくよ」
そう言って不敵な顔で男は去って行く。
残されたのは茫然となった自分だけ。
(どうして私がこんな目に……)
どうせなら他の令嬢にして欲しかったと涙目になりながらベッドに潜り込んで掛け布に包まり、一頻り泣いた。
「うぅ…もうお嫁に行けませんわ」
風邪で弱っているところであんな目に合わされたのだ。
ショックで暫く立ち直れそうにない。
そうして一日中引き籠っていたら、何度か他からも悲鳴が聞こえた気がする。
一体自分達に何が起こっているんだろう?
それがわからなくてとても怖かった。
(もう明日朝一番にアンシャンテに帰ろうかしら)
それが一番安全な気がする。
そうだ。そうしよう。
そして侍女に言って早急に帰り支度をしてもらった。
翌日、すっかり憔悴しながらなんとかお世話になった方々に礼を言いワイバーンでアンシャンテへと戻ったのだけれど、戻って早々父から呼び出しを受け、叱責されてしまう。
「クリスティン!お前…お前…!何をしでかしてくれた?!」
「な、なんのことですの?一体…」
「昨日懇意にしている商人達から揃って冷たい目で今後は取引はやめさせてほしいと言われた!」
「え?」
そんなこと、我が公爵家なら代わりなどいくらでもあるだろうに。
ここまで父が怒る理由がさっぱりわからなかった。
「当然他にいくらでも商人はいるからと楽観していたが…どこもかしこも全部断ってきたんだ!」
「何故です?」
「私もそれがわからなくて、当然早急に調べて回った」
父がそう動くのは当然だ。
だが────。
「商人達はな、ロキ陛下暗殺に加わった我が家とは怖くてとても取引できないと言っていたんだ!」
「そ…れは……」
一昨日の今日でアンシャンテの商人達にそんな情報が出回るはずがない。
何故ならワイバーンで山を越えなければガヴァムからアンシャンテへは一足飛びに来ることはできない。
商人達は主に馬車で移動するから、間にある二つの国を通ってアンシャンテへとやってくる。
だから何かの間違いではないかと言ったのだが、父は私を睨みつけ「まさかとは思うが、裏の連中を怒らせたんじゃないだろうな?」と訳の分からないことを言ってきた。
父曰く、普通なら裏と取引がある金の亡者のような商人がいて、そちらからならば困った時でも取引ができるとのこと。
なのに今回に限ってはどうもそちら側の怒りの方が強いらしく、全く相手にしてもらえないのだとか。
でもそんなことを私に言われても困ってしまう。
「絶対にそんなことはありませんわ!」
「本当だな?」
「本当です!信じてくださいませ、お父様!」
「なら…これはなんだ?!」
そう言ってバサッと投げつけられた紙束にそっと目をやると、そこには『殺』という字が赤字で書き殴られていた。
「ひっ?!」
「昨日から何度も何度も送り届けられている紙だ!使用人がこちらに持ってくる前に処分しようとも試みたが、そうしたら今度は私の執務机にいつの間にか置かれたり、寝室に大量にバラ撒かれたり、常に私の行く先々にあって気が狂うかと思った!」
父は頭を抱えて嘆いている。
「こんなことをするのは裏稼業の連中だ。ただ雇われただけならここまでのことはしない。これは絶対に直接恨みを買ったからこその報復行為だ!お前などいつでも殺してやれると警告を受けたようなものなんだからな!」
命を握られ怯える父に私は焦りながら叫んだ。
「そんな!私はシャイナー陛下に酷いことをしたロキ陛下がいなくなればと計画を立てて動いただけで、裏の方々を怒らせたりなどっ…きゃぁっ!」
バシッ!と突然父から頬を叩かれ、ガクガクと身を震わせてしまう。
いつも優しく自分に甘い父がまさか叩いてくるなんて信じられなかった。
「ロキ陛下が…いなくなれば、だと…?」
「え?ええ!だってロキ陛下は…」
「まさかお前がそこまでバカだとは思わなかった」
未だ嘗て父からこれほど冷たい目で見られたことがあっただろうか?いや、ない。
「……え?」
「ロキ陛下は王位に就いて一年も経たずに次々と各国との繋がりを深め、自らを攫おうとしたシャイナー陛下にも温情を下さり、我がアンシャンテ王国の経済にも多々貢献してくださった偉大な方なのだぞ?!当然商人達にとってはありがたい存在だ!それを…!」
「そ、それはカリン陛下の功績ですわ!私が調べた情報によりますと、あの方はただのお飾りの王でしかありませんでしたし、ガヴァムのご令嬢やロキ陛下のお母上にもお話を聞いて嘘偽りのない事実だと判明致しましたもの!」
「…………信憑性のない情報に踊らされる無能が!全てがカリン陛下の功績などあるはずがなかろう!」
「ですが!」
「黙れ!ブルーグレイの冷酷王子をカリン陛下がまだ王太子だった頃怒らせたことを知らぬわけではあるまい!」
「そ…れは……」
その話は自分も当然ながら知ってはいる。
けれどもうずっと前の話だし、会って話してもそんなことがあったなんて信じられないほど普通にしていらっしゃった。
だからあれはただの噂だとばかり────。
「壊されたカリン陛下を正気に返し、ブルーグレイの怒りを鎮め、それだけではなくつい先日は気に入られて後ろ盾にまでなってもらったと聞く。その功績がカリン陛下であるはずがない!偏にロキ陛下のお力に決まっているだろう!」
「そ…そんな…」
だってあの王はお飾りで無能と有名なのにおかしいではないか。
「大体三か国事業だってそうだ!ミラルカの皇太子と親しいのはカリン陛下ではなくロキ陛下だぞ?当然大親友とレオナルド皇子が自慢しているロキ陛下の功績に決まっているではないか!」
「そ、それは…」
そう言えばそんな話も聞いたことはあった。
どうして失念していたのだろう?
「国への恩を仇で返す様な事をしおって!これがシャイナー陛下の耳にでも入れば我が家はおしまいだと、どうして気づかない?!公爵家だから大丈夫だとでも思ったか?!」
その言葉に私は一気に蒼白になった。
「そんな!だって私はシャイナー陛下の為に…!」
「何がシャイナー陛下の為にだ!お前がしたことはある種の国家転覆罪だぞ?!隣国の国王暗殺など前代未聞だ!」
一先ずシャイナー陛下に懺悔してくるが、お前も死罪を覚悟しておくことだと言われて私はその場にへなへなと腰を抜かしてへたりこんだ。
それからどれくらい経っただろう?
王宮から兵士が大勢やって来て、私の身を王城へと引き立てていった。
そしてシャイナー陛下の前に投げ捨てられるように突き飛ばされ、怒りに染まるシャイナー陛下のお顔を見る羽目になった。
「クリスティン嬢…ガヴァムの王、ロキを暗殺しようとしたというのは本当か?」
「そ…れは……」
「俺が誰よりも愛しく思い、どうか傍にと願っていた最愛を…何故殺そうとした?!」
シャイナー陛下はきっと喜んでくれる────どうしてそんなことを思えたのだろう?
シャイナー陛下は泣いていた。
怒りに顔を真っ赤にしながら、憎悪に満ちた目で私を見、そして悲しみに涙を流していたのだ。
「お前の顔など二度と見たくない。衛兵!この女を拷問にかけ、どんな手でロキを死に追いやろうとしたのかを全て白状させろ!その上でその通りの目に合わせ首を刎ねるように!」
「はっ!」
(そんな…そんな……!)
「シャイナー陛下!私は貴方の為にあの方を……!」
「俺の為?何が俺の為だ!お前がやったことは俺を苦しめる行為でしかなかった!最愛を奪い、国交間に亀裂を入れガヴァムとの繋がりを断たせ、経済を傾かせる。それのどこが俺の為だと言うのだ!」
シャイナー陛下の言葉が私の胸をこれでもかと抉っていく。
愛する方から憎まれ、罵られ、死の宣告を受ける。
そんな現実味のない状況に置かれて、まるで心が壊れてしまいそうなほどのショックに襲われ、私はそのまま気を失ってしまった。
****************
※ここに出てきた医者は闇医者ではなくヤブ医者。薬だけは一応本物ですが、裏稼業の人がそれっぽく装ってるだけのインチキ医者です。
次回はガヴァム側に話が戻って、カリン視点からスタートです。
宜しくお願いします。
応援ありがとうございます!
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