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5.婚約者の正体

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それから学園に入学するまで俺はルシアンとは会わなかった。
正直言ってかなり警戒してしまったと言うのが大きい。
することと言えば時々手紙が届くのに対して当たり障りなく返事を返すだけだ。
送られてくる内容は至って普通の物ばかりで、特にこちらを揶揄うようなものは含まれてはいない。
けれどそれを見る度あの時の事がまるでなかったかのように思われているようで、非常に腹立たしかった。
こっちはあの時のことを思い出してはイライラしているというのに。

そんなこんなで入学式。
俺はその日久しぶりにルシアンと顔を合わせることになった。

「カイ!久しぶり」

俺の姿を確認するや否やパァッと顔を輝かせ、嬉しそうに駆け寄ってくるルシアン。
その姿は俺に会えて嬉しいと言わんばかり。
でもそんな姿を見ても頭を過ぎるのはあの時の忌々しい姿だった。
だから俺はついキツイ態度で接してしまったのだけど……。

「誰がカイだ?!勝手に愛称で呼ぶな!」
「そんな…婚約者なのに」

一気にしょんぼりとした雰囲気を醸し出してくるから始末に負えない。
入学式で人が多い中、こんな風に言われたら俺が悪いみたいで物凄く居た堪れない。

「あ~っ、もう!なんなんだよお前は!」

やっぱりあの日のことは間違いだったのか?
あの瞬間だけ悪霊にでも憑りつかれたとか?
思わずそんな非現実的なことを考えてしまうほど目の前にいるルシアンは無害そうにしか見えなくて、思わず頭をガシガシとかいてしまう。
ただでさえ人歴15年の俺に、人の機微を器用に察しろなんて絶対に無理だと思った。

「わかった!愛称で呼んでいいからそんな顔するな!」
「本当に?」
「ああ。ほら行くぞ!」

このままここに居ても変に注目されるだけだし、さっさとこの場を離れるに越したことはないだろう。
そう思い、手首を掴んでグイグイ引っ張りながらその場から連れ出していく。

(全く…手間のかかる奴だな)

そんな風に思いながら指定された席に着き、あくびを誘うつまらない話を聞きながら無事に入学式を終えた。

そして式後、振り分けられたクラスへと向かったのだが、クラスはAクラスでルシアンと一緒だった。
このクラス編成は爵位順だからまあ予想の範囲内ではある。
王族、大公家、公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家、騎士爵家、平民と順に人数によって下へ下へと振り分けされるから、余程の事でもない限り三年間クラスの顔ぶれは同じだ。
だから極力トラブルを起こさないよう振舞わなければならない。

「カイ。今日は一緒に帰ってもいいかな?」

だから初っ端から敵対するわけにもいかず、俺は仕方なくそれを受け入れる。
ここで断っても何も良いことはないからしょうがない。

「わかった」

だからと言って警戒してなかったかというと答えはノーだ。
ちゃんと警戒はしていた。
それなのに────。

バタン。

馬車の扉が閉まり、屋敷に向けて走り出した馬車の中で、どうして俺はまた襲われてるんだ?!

「カイ。ちょっとそっちのクッションとってもいいかな?」

そう言って視線を一瞬そっちに向けた瞬間押し倒されるなんて誰も思わないだろう?!
すぐ外には御者だっているのに、一瞬の隙を突いて腰を引き寄せられ、そのまま座面に押し倒されて唇を奪われるなんて思いもしなかった。

(どんな早業だよ?!)

「んっんぅぅっ!んっんー!」
「はぁ…カイ。やっぱりお前の唇は甘いな」
「こ、このっ!いきなり何するんだ?!この猫かぶり野郎!!」
「そんなに怒ることはないだろう?それに俺は婚約者に素の姿を見せてるだけだ。何が悪い?」
「ふざけるな!二回も襲いやがって!」
「人聞きが悪いな。婚約者と仲良くしているだけだろう?」
「どう考えてもコレはおかしいだろ?!」
「いちいち反応が可愛いお前が悪い」
「はぁあっ?!頭おかしいんじゃないか?!一回死んで来い!」
「残念。俺は既に一回死んでここに居るんだ」

その言葉に一瞬思考が停止する。

「……は?」
「カイザーリード。お前もだろう?」

真っ直ぐに俺へと向けられる視線────。
そこには冗談ではない本気が確かに感じられて、俺は言われた言葉を再度頭の中で繰り返した。

『既に一回死んでここに居るんだ』
『お前もだろう?』

そんなセリフを言える相手なんて、俺は……知らない、はず。

「お前……誰だ?」
「つれないな。魔剣だったお前を叩き折って、ほぼ同時刻に息絶えた男がいたことをもう忘れたのか?」

ドクンッ…。

不敵に笑うその表情。
その顔は前世で見たような気がして、心臓が嫌な音を立てる。

「もしかして……」

わなわなと震えながら見つめる俺に、ニィッと目の前の男が楽し気に嗤う。

「隣国バルトロメオ国王弟にして将軍だったルーシャン=バルトロメオ。その名に覚えは?」

それと同時に鮮やかに思い出すのは前世で俺を叩き折った将軍の顔。
知略に長け、圧倒的有利だったこちらを何度も窮地へと追い込み、最終的に俺の主人と打ち合いになってやっと死に追いやることができた将軍がそんな名前だったのではなかったか?

「思い出したか?」
「お、お、お、お前っ…!」
「ククッ。そんな顔も可愛いな」

悪びれるでもなく言い放つ目の前の男に、沸々とした怒りが込み上げてきて、俺は思わず叫んだ。

「ふざけるな!よくも俺をっ……!」

ここで会ったが百年目!恨みを晴らしてやるとばかりに飛び掛かったら、これ幸いとばかりに引き寄せられてまた唇を奪われた。

(なっ?!)

あっという間に舌を絡めとられ、甘くちゅぅっと吸い上げられて、初めての感覚にゾクッと腰が震えてしまう。

「やっ、は、離せよっ!」
「お前が襲ってきたんだろう?」

その言葉にカァッと顔が赤くなる。

「いいから大人しくしてろ」

そして結局俺はどんなに暴れてもそのまま離してもらうことができず、抵抗空しく屋敷に着くまで思う存分口づけられたのだった。



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