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41.※恋しくて

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思い出すのは優しくも激しい交わり。

「ん…ルシィ…」

熱く火照る肌が、熱い吐息が、同じ熱を伴い俺へと重なる。
幾度となく俺の中へと沈み込み、形をしっかり覚えろと囁かれ奥まで深く深く受け入れさせられた。

『コレが好きか?』

甘く脳が痺れるような官能的な声に何度も頷き、もっとしてと自分から求めた自分。
お腹の奥がそれを求めて疼いてたまらなかった。

「あ…ルシィ…ッ、焦らさない、で…っ」

そう言うとどこか嬉しそうに笑って、『好きなだけ愛してやる』って言ってくれた。
いっぱい擦り上げて奥まで満たして、溺れるほどキスをしてくれた。
『愛しい俺のカイザーリード…』そう言いながら。

「んっ……」

暗い部屋の中、押し殺した荒い息だけが密やかに響く。
愛されたあの日を思い出しながら恐る恐る後ろに手を伸ばしたのはいつだっただろう?


***


家を出て心を落ち着かせてやっと前を向くことができた。
それからは食事もちゃんとしっかり摂り、体力も徐々に回復してきたため、早くルシアンに会いたいと強く思って伯父に相談を持ち掛けてみた。

ルシアンの留学先に自分も留学するにはどうしたらいいですか────と。

けれどまずは父と話してからにしなさいと言われて、渋々手紙を書いた。
その後父から返事が届き、わざわざここまで会いに来てくれると書かれてあった。
大好きだけど、憎い人。そう思ってしまう自分が嫌だった。

「カイ。元気そうで良かった」

それから数日後、俺の元気そうな顔を見てホッとしたようにそう言う父。

「説明もなくルシアンと引き離して悪かった」

そして以前とは違い本当に反省したように謝罪し、俺に頭を下げてくれる姿に胸が痛む。
よく考えたら父は俺を心配してくれていただけなんだ。
親として子の事を考えた上での行動だったのに、俺が過剰に反応し過ぎてしまったのかもしれない。
もっと時間をかけて説得するなりすればよかったのかも。

「父様…」
「今日はちゃんと話そう?」

そう言って父から概ね母が言っていたのと同じような内容の話を聞かされた。

「確かにお前達は婚約者同士だし、現状ルシアンは侯爵家とは関係なく独自の収入だってしっかりと得ている。だからきっとルシアンはそれで勘違いしてしまったんだと思う。自分はもう責任の取れる大人同然だと」

まあ前世のことも含めてルシアンは大人だし、それは間違ってはいない。

「でもお前達はまだ結婚できない年齢なんだ」

それは確かにそうだから、俺は素直に頷いた。
でも…とも思う。
俺達は同性同士だし、子供ができるわけでもないのにどうしてダメなんだろうという疑問が頭を過る。
でもそれを口にしたら父からは『そういうものだと決められているから』と返ってきた。
そして『一緒に家に帰ろう?』とも言われたけど、俺はその手を取る事ができなかった。
きっとここで帰ったら俺はルシアンのところにいつまで経っても行けそうにないと思ってしまったからだ。

「すみません。もう少し時間をください」
「カイ…」

父の悲しそうな顔に心は痛んだけど、俺は我儘を許してもらうことができた。
名残惜し気な父の後姿を見送りながら、俺は何度も何度も心の中で謝った。




その後こっそりダニエルに話を聞いてもらったら、溜息交じりに言われてしまった。

「深刻に考えすぎだ。親より好きな相手を優先するなんて当たり前だぞ?まあこれが婚約者と好きな相手が別だったら話は変わってくるけどな」

そう言いながら一般的な恋愛についての話を聞かせてくれる。
それと性体験についても。

俺は全然知らなかったけど、そういう性体験的なものは普通親には内緒でこっそりやるものらしい。
相手も婚約者同士に限らないらしく、それこそ結婚初夜で失敗しないように予め娼館とかいう場所で手解きしてもらう人も多いんだとか。
それだって馬鹿正直に親に申告する者はほぼいないと教えてもらった。

「俺がルシアンとしたのはおかしくないってこと?」
「ああ。でももうちょっと上手くやるべきだったな」

そんなこと言われても俺は知らなかったんだからしょうがない。
そう言ったら呆れたように言われてしまった。

「普通はこう言った話は友達同士でするものだし、少しはわかりそうなものだけどな」

────友達。
それなりに知り合いはいるけど、そんな深い話ができる相手なんて俺にはいない。

幼い頃からお茶会で何人もの子息子女と会い、話す機会も多々あったけど、話してきた相手にとって俺はいつだって聞き役だったからだ。
人のことを知るために俺が敢えてそうしていた一面もあり、その甲斐あって学園に入るまでにだいぶ学べたとは思う。
でも学園に入ってからは専らルシアンとずっと一緒で、ほぼ毎日イライラしながら過ごしていたし、周囲からすれば多分ものすごく近寄り難い雰囲気になっていたんじゃないだろうか?

「カイ。もしかして、自慰もしたことないとか言わないよな?」
「自慰?」

それは勿論知ってはいるけど、俺は性欲があんまりないししたことはなかった。

何年か前、朝起きた時に下着が汚れていた事があって、泣きながら父に相談した事があった。
その時はそれは俺が大人への階段を一歩登っただけだから泣かなくていいって教わった。
普通のことだからと。

だからその後家の書庫に行って自分なりにそっち関係もこっそり勉強しようとはしたんだ。
まあその本には男女の極初歩の初歩みたいなものしか書かれてなかったし、後は身体の仕組みとか溜まったら出しましょうとかそういうことしか書かれてなかったんだけど。

(あの本には男同士のやり方なんて書かれてなかったしな…)

自慰とかもこれまでやろうとも思わなかった。

「ん~…そういうのはなんか興味なくて」
「なるほど。こりゃ叔父上も相手に怒り狂うわけだ」

ダニエル曰く、ルシアンはその辺りをわかった上で俺を騙したっていうことになるらしい。
でもちゃんと合意の上でのことだったし、ルシアンは別に無理強いしてきたわけでもないから何も悪くないと思う。
どちらかというと無知だった俺が悪いんじゃないだろうか?

「まあ良い機会だし、色々考えてみろ。いつでも話は聞いてやるから一人で抱え込むなよ?」

そう言ってダニエルはわしゃわしゃと俺の頭を撫でてくれた。
自分もダイアンも何でも相談に乗るからと優しい言葉を掛けてくれて、爽やかに去っていく従兄妹の姿に素直に有難いなと思ってしまう。

(それにしても自慰か……)

思い出すのはルシアンがしてくれた官能的な愛撫。

(……忘れたくないな)

あの手を忘れるなんてしたくない。
そう思ったからこそ、ルシアンを想いながらトレースするようにしてみるのもアリかもしれないなんて思ってしまったのかもしれない。

そしてその日の夜、俺はルシアンに愛された時間を思い出しながら初めて自慰をした。
前だけではなく、ルシアンしか触れた事のない後孔に指を伸ばすのは最初でこそ躊躇われたものの、会えない恋しさが俺の怖気そうな心を後押ししてくる。

忘れたくないんだろう?
覚えておきたいんだろう?

自問自答してから思い切ってゆっくりと浅く指を咥えさせてみると、初めてルシアンがソコに触れてくれた日のことを思い出した。
でも思い出したらもうダメだった。
涙が次から次へと溢れてきて止められなくなる。

「うぅ…ルシィ。恋しい…恋しいよ」

魔剣の時には知らなかった感情に翻弄されながら、俺は一人寂しくベッドで泣いた。



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