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お城生活編

31.嘆く者 Side.ヘレン侯爵令嬢

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「ヘレン侯爵令嬢。先程の腹下しの薬の件と今朝貴女が妻に送って寄越した魔百合の件で訊きたいことがある」

王太子殿下は牢の前に立ち、冷たい眼差しで私の方を見遣った。
けれど魔百合の件とは一体どういうことなのかがわからず、震える声で尋ねてみる。

「お、王太子殿下。申し訳ございません。魔百合の件とは一体…?」

けれどそう口にした途端、まるで虫けらを見るような蔑んだ目で見られてしまった。
何かおかしなことを言ったのだろうか?
けれど心当たりがない以上どうすることもできない。

「……知らないとでも?」
「は、はい。もしや今朝届けさせた百合の花の件でしょうか?」
「そうだ」

はっきりと断言されたため私は無実だと訴えかける。

「あれは我が家の庭師が丹精込めて育てたただの白百合でございます!魔百合だなんてあるはずがございません!」
「嘘をつけ!今朝方侯爵家から見舞いにと届けられたものに間違いはない!」

激高したように言い放たれビクッと身体が震えるが、本当にそんなはずがないのだ。
もし本当に魔百合が王太子妃の元へと侯爵家の名で届けられたのなら、どこかですり替えられたとしか思えない。

「本当に違うのです!王太子殿下!どうぞお調べください!我が家では魔百合は育てておりません!調べればすぐにでも誤解だとわかって頂けるはずですわ!」

懸命に訴え侯爵家の無実を口にするが、腹下しの薬の件で疑われている今、とても信じてもらえそうにはなかった。

「誤解なのです!お願い致します、王太子殿下!!」

けれどどれだけ訴えても王太子殿下の疑惑を晴らすことはできず、私はそのまま牢へと据え置かれてしまった。
どうしてこんなことになってしまったのだろう?




先日の王女の茶会。
あれが全ての始まりだった。
突如倒れた王太子妃。
あの時、カトレア妃のカップに毒など入れた者はいなかったはずだ。
少なくとも自分が見た限りではおかしな動きをしている者など誰一人としていなかった。

一見和気藹々と見えるいつもと同じようなメンバーでのお茶会。
アマリリス王女とカトレア王太子妃。
公爵令嬢のランターナ嬢。
侯爵令嬢の私、ヘレン。
伯爵令嬢のメイラ嬢、アイビス嬢、カナン嬢。
そして子爵令嬢のプリシラ嬢。
この八名でのお茶会だった。

今日の王太子妃へのお見舞いはメイラ嬢を除く全員だ。
メイラ嬢は前回の茶会で第二王子であるジークフリート様の妃であるクロヴィス様に言い掛かりをつけたということで一時拘束され、毒殺犯ではないかとの疑いも掛けられていた。
すぐに釈放はされたようだけれど、彼女はショックを受け、更に追い打ちをかけるように不名誉な噂が流れたことによって部屋に引き籠るようになったらしい。
どうして彼女がクロヴィス様にあらぬ疑いをかけたのか、それがわかるだけにとても残念でならない。

彼女はずっとジークフリート様が好きだった。
お茶会の度にアマリリス王女にジークフリート様の好みを聞いたりしていて、極たまに目にする彼の姿を恋焦がれるように見つめていたのだ。
そんな彼が突然妃にするのだと連れてきた相手が男だったのだから、言い掛かりの一つや二つつけたくなったのだろう。
気持ちはわかる。

けれどそれで毒殺犯を疑われたのは流石に可哀想だと思った。
一体誰がそんな噂を流したのだろう?
そう考えていたら、とある場でランターナ嬢が思わせぶりにクロヴィス様がやったのではないかと匂わせてきた。
『確証はないし、ただの思い過ごしだとは思うけれど、一番疑わしいわよね…』とため息まじりに言っていたのが印象的だったように思う。
当然それを真に受けた令嬢達も大勢いて、実しやかに噂が囁かれ始めた。
勿論箝口令が敷かれているから表立って騒ぐ者はいない。
全部『ここだけの話』という形でお茶会で密やかに広まっていったのだ。
それこそ『メイラ伯爵令嬢が王太子妃を毒殺しようとした』という噂と同じくらい『クロヴィス様がメイラ伯爵令嬢を陥れようとした』という話は広がっているように思う。
本当の犯人が誰かなんて知るはずもない。

(どうせ侍女の中の誰かが毒を盛ったに決まっているわ)

王太子妃を害そうとする者の手の者が入り込んでいたに違いないのに、どうして自分達が疑われなくてはならないのか。
そんな風に思った。

ちなみに腹下しの薬を盛ろうと思ったのはちょっとした嫌がらせだ。
元気になったと聞いたのにいつまで経ってもカトレア妃は表に出てこようとしなかった。
そのせいで私達は親から行動を制限されて、学園に行くくらいしか自由がなく、非常に息苦しい生活を余儀なくさせられたのだ。
お見舞いと称して訪れ、ちょっと一泡吹かしてやりたいと思っても別に構わないだろう。

百合の花を今朝届けさせたのは警戒されないための布石の一つだったから、そんな自分が魔百合をわざわざ王太子妃に送るはずがない。
完全なる濡れ衣だ。
でも誰に言ってもきっとわかってはもらえないだろう。

「私じゃない…私じゃないのに……」

本当に軽い気持ちで嫌がらせをしようと思っただけなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう?
私はこれからどうなってしまうのか…。
そんな事を憂いながら、零れ落ちる涙をひたすら拭い続けた。


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