黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

17.※やりきれない思い

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「んんっ…!」

腕の中で頬を紅潮させながらクレイが啼く。
切ない眼差しで自分を求めるその姿が嬉しかった。

「はぁっ…ロックウェル…気持ちいいっ…」

そうやって潤む瞳で訴えてくるからもっともっと犯したくなった。

「うぁっ…ふぅう…!…ッ!」
「クレイ…声を我慢しなくていい」

もっとその可愛い声を聞かせてほしいと言うが、クレイは必死に耐えようとするからついいじめたくなってしまう。

「あっあっあっ!激しッい…!」

そう言いながらも快楽の表情は変わらなくて、自分の動きに合わせて腰が揺れていた。
キュウキュウと締め付けてくる中がまるで離さないと言わんばかりに締め上げてくる。
これで初めてとはとても信じられなかった。
けれど最初の頃のキツさと戸惑うような表情は確かに初めてそのもので…。
それなのに短時間でこれほど自分色に染まってくれるとは思いもしなかった。

(…ッ!たまらない……)

「ああっ!!やっ、またイッ…く…!ふぁっ…」

そうやって可愛く啼きながら達したクレイをそっと優しく抱き寄せながら口づけると、とろりとした瞳で自分を見上げてくる。
いつもの冷めた眼差しではなく、そこにはすっかり蕩けきった情欲の眼差しがあるだけだ。
時間は掛かったがどうやらやっと観念したらしい。

「クレイ…クレイ…」

これまで出したことがないような熱のこもった声で名を紡ぐ。
まさか自分がこれほどまでにクレイを求めることになるとは思っても見なかった。

「もっ…無理…だからッ!」

そうやって時折息を弾ませ訴えてくるクレイを更に犯し尽くす。

「まだだ…」

できればずっとこの体を味わいながら色んなクレイを見ていたかった。

「うっ…この、絶倫…!」

さすがに辛いのか力なく悪態をついてきたが、それで萎えるほどではない。

「そう簡単に終わったらまたお前は逃げるだろう?」
「はぁ…逃げない…からっ…」
「嘘だな」
「あぁ…!んんっ!深…い…っ」

片足を持ち上げ奥まで蹂躙するとクレイが泣きながらまた喘いだ。

「あっ、そこダメ!弱っい、あぁあああっ!!」

グリッと腰を押し当てると余程いいところに当たったのか、そのまま責め立てた途端クレイの意識が飛んだ。
そんなクレイを愛しく思いながらそっと抱きしめ、深く息を吐いて自分も眠りへとつく。

(さすがにやりすぎたか…)

でもこれでクレイは明朝そう簡単に逃げることはできないだろう。
今度こそ…二度と逃げようなどと思わないようしっかりとその体にわからせて、時間をかけてでもお前はもう自分のものなのだと教え込んでやりたかった。
そのためには絶対に逃がさないようにしなければ────。


***


そう考えていたにもかかわらずこの失態はどうだ。
ロックウェルはイライラしながらその日の仕事を熟していた。
正直さっさと仕事を終わらせて今すぐにでもクレイを探しに行きたかった。
それができない今の立場を今ほど憎いと思ったことはない。
「ロ…ロックウェル様?今日のお仕事はこの辺りで…」
部下が恐る恐るそう言ってきたところでハッと我へと返る。
「そちらの書類は明日以降でも大丈夫ですので…今日はゆっくり休まれてはいかがでしょうか?」
その言葉に手元の書類を見ると確かにそれは特に急ぎではない書類だった。
それならば部下の言葉に甘えて今日はもう帰っても構わないだろう。
「わかった。では今日はそうさせてもらう」
「はい。お疲れ様でした」
どこかホッとしたような面々に目もくれず、ロックウェルは颯爽と身を翻し街へと降りた。
短時間で見つかるとは到底思えないが、少しでも動かなければ気が済まなかったのだ。
(クレイ…どこにいる?)
もしかしたらもうこの地を離れたかもしれない。
けれど灯台下暗しと言う言葉もある。
意外と近くにいてくれたりはしないだろうか?

(そうだ。確か街にはファルがいたな)

昔なじみのファルは馴染みの酒場にいることも多い。
その伝手で色々情報通な為、もしかしたらクレイの情報も持っているかもしれないなと思い至る。
(ダメ元で行ってみるか)
そして最近足が遠のいていた酒場へと足を向けたのだが……。




「おう!ロックウェル!久しぶりだな!」
久方ぶりに会ったファルは顔を見るなり明るくジョッキを手に笑った。
「ファル。元気そうだな」
「ああ。お陰様でな。そんなことより、クレイと喧嘩したんだって?」
その言葉に目を見開きガタリと席を立つ。
「クレイに会ったのか?!いつ?!」
そのあまりの剣幕にファルがオイオイと宥めてくる。
「いつって結構前だぞ?死にそうな顔でふらふら歩いていたから声を掛けて聞き出したらそんなこと言っててな。なんだ…まだ喧嘩中か?」
どうやらファルがクレイにあったのは今日ではなかったようだ。

「…折角捕まえようとしたのに、今朝また逃げられた」

「はぁ?何やってんだ全く」
ファルは呆れたとばかりにガリガリと頭を掻いた。
「あのなぁ…言っておくが、クレイは追い掛ければ逃げるタイプだぞ?」
「……」
「ついでに言うと、黙ってる方がホイホイやってくるような奴だ」
「……知ったようなことを」
「おいおい。俺にまであたるなよ!全く揃いも揃ってガキだな」
今朝何があったかは知らないが、自分の読みが正しければ今夜クレイはここに来る可能性が高いとファルは言う。
「ほら、噂をすればだ。気配が近づいてきたぞ?お前がいたら話を聞いてやれないからな。黙って奥で飲んでろ」
その言葉にバッと入口の方へと意識を向けると、確かに僅かにクレイの気が感じられるような気がした。

(来る…)

クレイがここに────。
そう考えただけでまるで罠にかかった獲物を捕獲するかのように気分が高揚するのを感じた。

「おいおいおいおい。ロックウェル?そんな顔を見たらあいつは一発で逃げ出すぞ?」
その言葉にハッとしてロックウェルはサッとフードをかぶる。
ここで逃げられては元も子もない。
「……」
「…話は聞いててもいいが、絶対に出てくるなよ?いざとなったら俺が全力であいつを逃がすからな」
その言葉にロックウェルは黙って頷きを落とした。
これはいい機会だ。
クレイがファルに何を話すのかは知らないが、自分には聞き出せない何かを聞けるチャンスかもしれない。
「本当に大人しくしてろよ?」
そうやって念を押してからロックウェルを奥の席へと移動させたところでちょうど店の扉が開かれた。


***


「よっ!クレイ!」
そうやってファルが声を掛けるとクレイが辛そうに微笑むのが見えた。
「どうした?また何かあったのか?」
そうやって明るく尋ねるファルに促され、クレイがゆっくりと席に着く。
「ファル…暫くここを離れたいんだが、どこかいいところを知らないか?」

そんな言葉にロックウェルの心がズキリと痛んだ。
やはりクレイはここを離れる気でいたのだ。

「なんだ?またロックウェルと何かあったのか?」
「別に…」
何でもないと言いながら俯くクレイにファルが酒を注ぐ。
「まあ取りあえず落ち着いて一杯やれ!その…なんだ…。何があったかは知らないが別に襲われた訳じゃないんだろ?」
その言葉にクレイが盛大に噴き出した。

「なっ!ゴホッ!なんで知って…!!」

ゴホゴホとせき込みながら焦ったように口を開くクレイにファルの方が呆気にとられる。
「……冗談だったんだが」
まさか本当にと尋ねるファルにクレイはほんのり赤面しながらフイッと顔を背けた。
「あ~…それはそのすまなかった。悪気はなかったんだ」
「別に…こんなのは初めてじゃないし」
ポツリと呟くクレイにロックウェルは驚いたが、ファルは訳知り顔でまあなぁと続ける。
「お前の初めてってあれだったもんな。ちょっと俺が目を離した隙にあっさり淫魔に捕まって無理やり童貞奪われて…」
わははと豪快に笑うファルに対してクレイが珍しく怒ったようにグラスを置いた。

「笑い事じゃない!あの時は俺もまだ勝手がわかってなくて油断したんだ!」

「まあそう怒るなよ。まだあの年で早いとは思ったけどあの後こっそり花街に連れてってやっただろ?」
「……」
「それで?襲われたとしても今回は逃げずに黙ってあいつに抱かれたんだろ?」
何か心境の変化があったのかと尋ねたファルにクレイは複雑そうな表情を浮かべ、何も答えようとはしない。
そんなクレイにファルが続けて訊く。
「もしかして…あいつが優しくてほだされたか?」
どこか訳知り顔のファルにクレイは思いがけず少し悩んだ後で素直に答えを返した。
「……優しいかどうかはさておき…正直気持ち良かった」
「ぶはぁっ!」
その答えが物凄くお前らしいと笑い出したファルにクレイはただ拗ねたように酒を煽る。
「お前って本当に正直な奴だな」
「…………」
「で?それでどうして逃げるんだ?」
ひとしきり笑い終えたファルが楽しそうにクレイへと尋ねる。
「…これ以上泥沼にはまりたくないから逃げる」
苦しげに告げられたその言葉に一体どういう意味だと思いながらロックウェルはその話に耳を傾けた。
「それはロックウェルが好きだからか?」
「別に…好きかどうかなんてもうわからない」
「じゃあこれ以上寝たら気持ち良すぎてはまっちまいそうって事か?」
「…そうじゃない」

これは一体どういうことなのだろう?
気持ち良かったと言うのなら嫌ではなかったのだろう。
それはつまりクレイの中で自分はまだ受け入れてもいい存在であると…そう言うことなのではないだろうか?
それならばそのまま大人しく自分のものになってくれればいいのに何故逃げようとする?
素直に身を任せてくれればこちらも悪いようにはしないのに…。

そう考えていたところでファルがその言葉を口にした。
「俺にしとけよ」
「?」
「俺だってどっちもいける口だ。テクだって負けてないと思う。それに…」
そこで一旦言葉を切り、ファルが甘やかな目をクレイの方へと向け柔らかく微笑んだ。
「あいつよりも…俺の方がお前を理解できるぞ?」
その言葉にロックウェルは自分の中にどす黒い嫉妬のような感情が込み上げるのを感じた。

(あいつ…!!)

思わず腰が浮きそうになったが、そこでクレイのあまりにもあっさりとした答えが耳に飛び込んで来る。
「悪いがお断りだ」
「どうしてだ?」
「…今俺の中でファルの存在はロックウェルより大きくないから」
だから誘われても寝ないと至極あっさりと答えた。
「襲われても?」
「ああ。眠らせてでも逃げる」
その答えにファルがまた肩を震わせながら豪快に笑い始める。
「ははっ!お前はそういう奴だよな。ほら、飲め飲め!」
「…今日はおかしいぞ?ファル」
どうせ本気じゃないんだろうにと呆れたように告げるクレイにファルは意味深に笑うばかり。
「いや。聞きたいことを聞き出せたからな。俺はそれで満足なんだ」
「?」
クレイは不思議そうに首を傾げたが、ファルは満足気に料理を口へと運んだ。
「本当に仕事でもなんでもそうだが、お前はここに響くことでしか動かないよな」
そう言いながらファルが親指を立てトントンと自身の胸を指す。
「お前は確かにどこか抜けてて甘い奴だが、決して誘いや情に弱いわけじゃない。お前が何かをする時は基本的にここに何かが響いた時だけだ」
その言葉に思いあたる節があるのか、クレイが納得したかのようにコクリと頷いた。
「だからこそ言うが、ロックウェルの為にお前が自主的に動きたいと思ったのなら、あいつからもう逃げるな」
「……」
「逃げても何の解決にもならんぞ」
「そうかな?」
「そうだ。それにあいつは執念深いからな。逃げてもきっと追いかけてくるぞ」
ハハッと笑いながら酒を飲むファルにクレイも苦笑しながら同意する。
「……逃げても追いかけてきそうだからファルにいい逃げ場所を聞こうと思ったのに」
「気持ちはわかるぞ!でももういっそ開き直ってぶつかってみたらどうだ?言いたいこと全部言って、スッキリしたらいいじゃないか」
酷い言われようだったが、ファルのその言葉にドキリと胸が弾んだ。
それは何よりもずっと自分が望んでいた事だからだ。
クレイがもしもそうしてくれるのなら…。
思わず淡い期待を抱きかけるが、それに対するクレイの言葉はやはり素っ気ないものでしかなかった。

「俺はロックウェルに気持ちをぶつける気はない」

その言葉が胸を抉る。
どうしてファルには素直になるのに自分には素直になってくれないのだろう?
悔しい────。
あんなにも自然にクレイを素直にさせるファルが正直憎らしくて仕方がなかった。
けれど…。

「あいつにはみっともない姿を見られたくないから…」

思いがけずポツリと溢されたその言葉に思わず目を瞠ってしまう。
「なんだなんだ!好きな奴には格好つけたいってか?」
「そんなんじゃない。あいつは…変に俺を過剰評価してるんだ。だから…」
「ああ、あいつの理想を壊さないか心配してるんだな。はいはい」
ご馳走様と言うその言葉にまたクレイがふいっと横を向いた。
どうやら図星だったようだ。
「ファルと話してると全部見透かされてるような気がして嫌だ」
「ははっ!言いたい放題だな」
「ファルがそうさせるんだろう?」
「そうだな。だが悪くない関係だ!俺の年の功に感謝しろよ?ほら、こっちも食べろ。美味いぞ!」
「俺はもう子供じゃない」
「似たようなもんだろ。ハハッ!」

そうやって楽しげな酒盛りはまだまだ続きそうだった。
しかしそんな会話を聞いている内に胸がモヤモヤしてくる自分がいた。
クレイの本音がわかって良かったが、ファルとの会話は正直不快でしかない。
クレイの事を一番理解しているのも、あの表情を引き出すのも、ファルではなく自分でありたかった。
そんな考えがどうしても拭えない。

(────嫉妬で頭がおかしくなりそうだ)

できることなら今すぐにでもこの場からクレイを連れ去って部屋に閉じ込めてしまいたかった。
そうすればどんなクレイも自分一人だけのものになるからだ。
けれどそれをしてしまえばきっとクレイは今度こそ自分の前から消えてしまうだろう。
ロックウェルはグッと拳を握って気持ちを落ち着かせるとそのまま静かに立ち上がり勘定を済ませて店を出た。
必要な情報は得ることができた。
一先ず追いかけるのは止めだ。
先程の口ぶりなら黙っていてもクレイの方から接触してくる可能性はまだあるだろう。
焦って追いかけてもファルの言う通り逃げられるのがオチだ。
動かずにいる。今はそれだけでいい。
だが…。

(クレイ…絶対にまたお前をこの腕に取り戻して見せる)

いつか自分が追わなくてもクレイの方からやってきてくれるような…そんな関係を作りたい。
あんな風に…酒を酌み交わしながら笑い合える関係を取り戻して、クレイを自分だけのものにしたいと強く願った。

そしてロックウェルはファルに負けたような気持ちになりながら、そっとその場を後にしたのだった。






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