黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

18.シリィの依頼

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パタパタと鳥が飛ぶ。
その鳥にスッと手を差し伸べるとまるで引き寄せられるかのようにその鳥は静かに指先へとやってきた。
クレイはチチチッ…と鳥が囀るような声で鳴いた後、ふわりと微笑んだ。
しかしそんな穏やかな時間も背後で上がった声であっという間に終わってしまう。

「や、やっと見つけたわよ!クレイ!」
「…シリィ」

そこに立っていたのは王宮魔道士として働いているシリィだった。
「ちょっと!あれから姉様の件でお礼をしようと思って四方八方探してたのに、どうしてちっとも捕まらないのよ!」
その言葉にクレイは目を丸くする。
「あ~…すまない」
申し訳ないとは思ったが、最近ロックウェルの事を忘れようと思って依頼をこなす方に精を出してあちこち出払っていたのだ。

(まあその方がロックウェルに捕まらないと思ったのもあるが…)

最初は追いかけてこられそうで内心穏やかではなかったのだが、意外にもロックウェルは追いかけて来なかった。
(やっぱりあれは予想外に今回の件に手を出したから怒っての事だったんだろうな)
それならばあれで一応気が済んだと思ってもいいのかもしれないとホッと安堵の息を吐いて、今日は久方ぶりに自分の塒(ねぐら)へと戻ってきたところだったのだ。
そこでふと、最後にシリィに会った日の事を思い出す。

(そう言えばシリィには借りがあったな)

あの時シリィが回復魔法をかけてくれなかったら、確実にロックウェルの元から逃げ出すことはできなかっただろう。
そこまで考えたところでクレイは足元へと目を向け自分の使い魔を一匹呼び出した。
「手間をかけさせて悪かったな。シリィには借りもあるし、今度から何か用事があったらこの使い魔に言付けてくれ」
「え?」
「姉のサシェの件については俺が勝手にしたことだから別に礼とかは考えてくれなくてもいい。でもあの日…回復魔法をかけてもらえたのはすごく助かったから、俺に何かできることがあればいつでも声を掛けてくれ」
そうやって微笑みを向けたところでシリィが何故かほんのりと頬を染めた。
「そ、そんなこと言ったらしょっちゅう呼び出すわよ?」
「…?別に構わないが?」
特に依頼が多い時期でなければ自分はいつも暇だから構いはしない。
だからそう言ったのに、シリィは更に顔を赤くしてギッと睨むようにこちらを見つめてきた。
「あのね!」
「ん?」
「不意打ちのように微笑まれたら戸惑うからやめて頂戴!」
普段無愛想なくせにと何故か怒ってくるシリィに首を傾げながらクレイは不思議そうに答える。
「言われている意味が分からない。シリィには気を許してるからそうなるだけだろう?」
微笑みは好意の印だと思うのだが、何か悪かっただろうか?
「~~~~っ!よくわかったわ!天然なのね?!」
「……?」
本気で言われている意味が分からなかったが、シリィはそんな自分を見て何故か納得したようだった。
「じゃ、じゃあ有難く使い魔は借りておくわ」
「ああ。いつでも呼んでくれ」
そうやって微笑んだらまた真っ赤な顔をしながら何故かそっぽを向かれてしまう。
(変な女だな)
正直これまで会ったどんな女よりもシリィはわかりにくい。
そのままあっさりと帰っていく彼女を見送りながらクレイは小さく息を吐き、さてとと次の仕事へと思考を切り替えた。


***


「もうっ!なんなのよ!」
シリィは王宮に戻った後、顔を真っ赤にしながらクレイの微笑みを思い返していた。
これまで無愛想な顔ばかり見せていたくせに、急にあんな顔を見せてくるなんて不意打ちもいいところだ。
どうやら以前熱でふらふらしていたところを助けたせいだと察しはついたが、まさかあれくらいの事でここまで気を許してくれるとは思っても見なかった。
自分を見つめて花が綻ぶように笑ったクレイの綺麗な顔が目に焼き付いて離れない。
(大体ギャップがありすぎるのよ!)
最初はその紫の瞳に魅せられただけだったのに、そんな表情を見せられるともっと彼の事が知りたいと思ってしまうではないか。

「…本当にしょっちゅう呼び出してもいいのかしら?」

用もないのに呼び出すつもりはないが、呼べば彼は来てくれるのだろうか?
「そう言えば…」
例の件を彼に頼んでも差し支えはないだろうかとふと思い至る。
先日ロックウェル経由で今回の件を伝えられた姉が蒼白になりながらこう言ったのだ。
「シリィの嫁ぎ先がなくなったら私の所為だわ!」と。
確かに他国の王子の元婚約者という肩書はどこまでもついて回るだろうが、それで嫁ぎ先が全くなくなると言うことはないと思うのだが…。
どうやら姉はそれが気がかりで仕方がないようだった。
いくら大丈夫だと言っても全く納得してくれなくて、ほとほと困ってしまった。
こうなっては早々に新しい恋人でも作って紹介した方が良いのではないかと思ったのだが、如何せん相手がいない。
正直身近な人物の中に対象者がいないのだ。
(大体職場恋愛なんてできっこないのよ)
それならば外に出会いを求めるしかないが、多忙につきそれさえなかなか行動に移せない自分がいた。

(クレイは引き受けてくれるかしら?)

もし引き受けてくれたらこれほど有難いことはない。
本当に付き合ってくれるならそれもありだし、なんなら依頼と言う形を取って一時的に恋人の振りをしてもらってもいい。
王宮の仕事ではないから断られるかもしれないがダメで元々だ。
「よしっ!」
早速明日にでもこちらに来てもらえないか聞いてみようとシリィは思い付き、使い魔へと言伝を頼む。
(どうか引き受けてもらえますように…)
そう願いながら────。


***


「クレイ!」
こっちだと手を振ると、クレイはにこやかに手を振ってくれた。
「シリィ。待たせたな」
「…べ、別に待ってないわよ」
「そうか?それなら良かった」
そうして庭園にしつらえられたベンチに腰かけると、クレイは早速と言うように用件を聞いてくる。
「それで?依頼と言うのは?」
「あ、ええ。それなんだけど…」
そうしてかいつまんで事情を話すと、クレイは黙って最後まで聞いた後で軽く息を吐いた。
「つまり、俺と付き合ってると言って安心させてやりたいわけだな」
「そう!そうなのよ…」
わかってくれるかと言ったシリィにクレイが暫し思案する。
内心ドキドキしながら彼からの答えを待つが、一向に口を開いてはくれない。

(や…やっぱりだめだったかしら…)

そう思ってそっと顔を窺うと、やっとその綺麗な口が言葉を紡いだ。
「まあ別に引き受けても構いはしないが…」
「え?本当に?!」
「恋人としてどこまでやるつもりなんだ?口づけか?それともセック…」
「わぁあああっ!!そ、そんな恥ずかしいことこんな場所で言わないでちょうだい!」
慌てて胸ぐらをつかんで言葉を止めたところでクレイが面白そうにクスリと笑った。
「別にそこまで必死にならなくてもいいのに…」
「貴方があんな言葉を口にしようとするからでしょう?!」
単に依頼範囲を確認しようと思っただけだと告げたクレイに、シリィは真っ赤になりながら抗議する。
いくらなんでも無神経過ぎるではないか。
「……悪かった」
「…わかってくれればいいのよ」
シリィはバツが悪そうにプイッと横を向くがクレイは構わず言葉を続けた。
「まあ事情はともあれ、恋人としての紹介だけなら別に俺じゃなくてロックウェルに頼んでも良かったんじゃないのか?」
「……は?」
「だっていつも一緒にいるし、特に違和感なく信じてもらえそうじゃないか」
その方が手っ取り早いのではないかとあっさり告げられ、シリィは頭が真っ白になった。

(あり得ないわ!!)

「ちょっ…!確かにロックウェル様は素敵な方だけど、私の好みとは違うのよ!」
「…?モテる奴だしお似合いだと思うけど?」
「モテるモテないとか似合う似合わないの問題じゃなくてっ…!」
(ないないないない!絶対ない!!)
クレイは王宮の女性達を敵に回す怖さを何も知らないのだ。
そうやってギャイギャイ言い合いをしていると突如背後から冷たい風が吹いたような気がして、二人はバッと振り返った。
「こんなところで…随分楽しそうにしているな。シリィ」
「ロ…ロックウェル様?!」
どうしてそんなに怒っているんだと思わずシリィは蒼白になってしまう。
まさか王宮庭園に部外者を入れたことを怒っているのだろうか?
けれどクレイは以前にも王宮に入ったことがあるし、問題はないと思うのだが…。
睨むようにシリィへと鋭い眼差しを向けていたロックウェルの視線がそっとクレイの方へと向けられ、クレイの身体がびくりと震えた。
「シ…シリィ。仕事もあるだろうし、また出直してくるから…」
そう言って逃げようとしたクレイを逃がすものかとガシッとロックウェルが捕まえる。
「クレイ?わかっているな?」
「……わかった。わかったよ。お前があの件で怒ってるのはちゃんとわかってるから…」
「それなら良かった」
妖艶と言う言葉がこれほど似合う笑みをシリィは他に知らなかった。

(ロックウェル様って激怒するとああなるんだ…)

どうやらいつも以上に怒りの度合いが強いらしい。
もしやこの間目の前から逃走した件なのだろうか?
あの日は見たことがないくらいイライラしていたから二人の間によっぽどのことがあったに違いないとは思っていたのだ。
何があったのかは知らないが、クレイは恐らくこれからロックウェルに叱責されるんだろうなとシリィはそそくさとその場から立ち去ることにした。
ロックウェルの叱責は短いが心抉るようにダメージが大きいのだ。できれば他人のものでも聞きたくはない。
(ご愁傷様…)
そんなシリィにクレイが短く言葉をかける。
「シリィ!さっきの件。もし本当に必要になったら日時を連絡してくれ」
何故かその言葉にロックウェルの怒り度が増したような気がして、シリィは手で了承を伝えると逃げるようにその場から走り去った。


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