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第一部 アストラス編~王の落胤~
45.罪作り
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三人が部屋へと戻ると、そこには意外にも和やかに話すシリィと王子達の姿があった。
婚約破棄後接点のなかった二人だが、ルドルフが上手く取り持ってくれたのか、実に楽しげに会話している。
「ライアード様。ただ今戻りました」
そう言ってロイドが一礼すると、ライアードも笑みで迎えてくれた。
「ご苦労だった。シリィ、ロックウェルが来たぞ。楽しい時間ではあったが仕事も大事だろう。できれば今夜の夜会でまた話せたら嬉しい」
「ありがとうございます。夜会では会場の警備を兼ねて参加させていただこうと思っていますので、その時にご挨拶をさせていただけたらと思います」
そう言って席を立ち、シリィは優雅に礼を執った。
そしてロックウェルへと向き直るとすぐさま用件を切り出す。
「ロックウェル様。先程の警護の件で…」
そんな二人を尻目にそっとロイドがクレイを促し、ライアードへと声を掛けた。
「ライアード様。夜会前にクレイと試してみたい魔法があるのですが、奥を使わせていただいても構わないでしょうか?」
「別に構わないが?」
その言葉にロックウェルが慌ててそちらへ目を向ける。
まさか奥の部屋で二人きりになるなど想定外だ。
そんな自分にロイドがニッと笑ってくるが、クレイは全く気にしていないようだった。
(あれは絶対にわかっていない!)
正直あの無防備さに気が気でない。
けれどシリィの話はとても重要な内容で、とてもではないが人任せにできる類の物ではなかった。
(仕方がない…)
「シリィ。ではその件で私は行くが、悪いがそこの二人について見張っていてくれないか?」
「え?」
その言葉に何故自分がと首を傾げられるが背に腹は代えられない。
「クレイがそこの男に手籠めにされないように見張っていてくれと言っている」
その言葉で初めてそこに居るのがクレイだと気付いたようで、シリィは目を丸くしてクレイの方を何度も確認し、大きな声を上げた。
「ええぇええっ?!」
そんなシリィにクレイがニコリと笑う。
「久しぶり」
「ク、クレイ?!どうしたの?!」
「ただの仕事だ」
「し…仕事?そ、そうね。お仕事なら…あり…なのかしら?」
シリィは何やらクレイの女装姿に一生懸命納得しようとしているが、そんなシリィを見てクレイが楽しそうに笑った。
「相変わらずシリィは面白いな」
「ど、どうせ可愛くはないわよ!」
「…?十分可愛いと思うが?」
「~~~~っ!!」
シリィはクレイの言葉に顔を真っ赤にしながら俯いてしまう。
「一緒にくるのか?」
「い、行くわ!」
「そうか」
じゃあまたとロックウェルに甘く微笑んで、クレイがシリィとロイドと共に奥へと消える。
そんな姿にロックウェルは大きくため息を吐いた。
(あの天然!!)
ロイドと二人きりにさせたくない一心でシリィを巻き込んでしまったが、もしかしたら彼女には可哀想なことをしてしまったかもしれない。
クレイがあの調子では勘違いさせてしまうこと間違いなしだ。
(本人が無自覚だからどうしようもないな…)
戻ったらお仕置きだと思いながら綺麗にその表情を隠し、一先ずはこれで安心だとライアード達へと一礼した。
「では私はこれで失礼させていただきます」
そこでちょうどルドルフも席を立つ。
「では私もこの辺で。ライアード殿、本日の労いに今夜の夜会には是非クレイ達もお連れ下さい」
「…では伝えておこう」
そしてにこやかに、また後程と別れの挨拶を交わし部屋を後にした。
***
「ロックウェル…お前も恋人には苦労しているようだな」
回廊を行きながらルドルフが楽しそうに話しかけてくる。
「……あのように天然なものですから」
「ははっ…!確かに。まさかシリィまで骨抜きにされているとは思っても見なかったぞ」
「……」
「それで?彼女にドレスは贈らなかったのか?」
暗に夜会に誘っていないのはどうしてだと訊かれて返答に窮す。
「……」
「お前らしくもないな。公の場で堂々と皆に紹介すればよかろう。外部の魔道士だとしても気にすることはないだろうに」
「……。ルドルフ様。勘違いなさっているのかもしれませんが、あの者は女ではなく男です」
「…?そうは見えなかったが?それに…あの者はお前の恋人なのだろう?」
「……はい」
そんなロックウェルに対してルドルフは暫し考えた末に、納得がいったと微笑みを浮かべた。
「…なるほど。公にはしたくないが、お前ほどの男がそれを敢えて言ってまで私を牽制したいほどに、誰にも取られたくないと…そういうことか」
それほど惚れているのだと、ルドルフはロックウェルの言葉からあっさりと汲み取ってくれる。
「そういうことなら私の目的からは離れていることだし、あの者に固執する理由もないから安心するといい」
「ありがとうございます」
「けれど気をつけろ。私は手を引くが…、あの姿では今夜の夜会で他の者に目をつけられることもあると思うしな」
「肝に銘じます」
「そうしておけ」
こうして二人は何事もなかったかのように自らの場所へと戻って行った。
***
「それで?一体何をするの?」
奥の部屋へと連れられてきたのはいいものの、シリィは一体何が行われるのか教えてほしいと言ってきた。
「ロイドが面白い魔法を教えてくれると言うからこれから試そうと思って」
「へぇ…」
一体どういった類の魔法だろうか?
「ロイド、見せてくれるか?」
「ああ」
そう言って魔力を手に集めるように呪文を唱え始める。
バチバチと音を立ててそれが形作られていく様はとても見ごたえがあった。
そしてそれが小さなボールほどの大きさになったところでロイドがまた別の呪文を唱える。
それと共にシュゴッと音を立ててそのボールが一気に小さくなり、やがて掌に吸い込まれるようにしてその姿を消した。
「え?」
一体何が起こったのかシリィにはさっぱりわからなかったが、それを見ていたクレイの表情が興味深げに輝いたのを見て、何かが起こったらしいことだけは理解した。
「凄い!本当に圧縮されてる…」
「だろう?消耗はするが、すぐに自然に回復するからな。これを何度か繰り返すと魔力を上げることができるんだ」
「へぇ…。俺もやってみたい」
「じゃあ折角だし今のを石に入れてみるか?」
「そうだな。折角だし色々試してみたい」
「そうか。ではすぐに結界を張ってやるからどうせなら封印を解いて試したらどうだ?」
「いいのか?」
「ああ。私の結界の中ならバレる必要もないし、安心だろう?」
「助かる」
そうやって仲良く話を進める二人にシリィはついて行くことができない。
(随分仲がいいのね)
一体いつの間にこんなに仲が良くなったのだろうか?
やはり黒魔道士同士気が合うんだなと思いながらなんとなくその場にいたのだが…。
キィンキィンキィンという甲高い音を立ててロイドが部屋に結界を張ったところで思わず目を見開いた。
クレイがその瞳に掛けていた封印を解いたからだ。
(あ…っ)
それはいつか見たあの日の美しいアメジスト・アイ────。
「そう言えば彼女にはそれを見せていいのか?」
「?…ああ。シリィは一度見ているからな」
「へぇ…」
意味深にロイドがこちらを見てくるが、クレイは気にしていないかのように黒曜石を手に取り、ロイドに話しかけた。
「さっきの圧縮魔法の途中のスペルを少しいじってみたらすぐにできると思うんだが……」
「どこだ?…ああそこか。それならこっちのスペルに変えてみるか?」
「それじゃなくて…こっちの魔法を応用して融合するようにしてみた方がいけるんじゃないかとな…」
「ああ。なるほど」
そうやって楽しげにやり方を吟味しだした二人の姿に『男の人って…』と思いながらため息を吐いた。
これならば自分がここに居る意味はないのではないだろうか?
(ロックウェル様…。そんなに心配なさらなくてもこの二人はただの友人同士のようですよ?)
クレイが手籠めにされると言っていたからどんな男なのかと思ったが、この分なら全然大丈夫だろう。
そう思っていたところで、クレイがその魔法を使い始めた。
その姿に思わず目を奪われる。
綺麗な紫の瞳が仄かに光を放ち、まるであの日のように自分を魅了する────。
そうやって見惚れている内に、キュオッ!っと音を立てクレイが見事に黒曜石へと魔力を封じ込めた。
「できた」
満足そうに笑うその姿は自信に溢れていて、ひどく魅力的に映った。
女装していようと何だろうとクレイが綺麗で格好良いのは変わらないのだ。
(やっぱり…好きだなぁ…)
できるならずっとクレイを見つめていたくて、シリィはクレイの瞳をうっとりと見つめ続けていた。
そんな視線に気づいたロイドがシリィへと話しかける。
「クレイの瞳に見惚れる気持ちもわかるが、熱く見つめてもこの男は振り向いてはくれないぞ?」
「え?」
「魔力交流の口づけすら報酬でしかさせてくれないからな」
ククッと楽しげに笑うロイドに思わず目を丸くさせてしまう。
(口づけ?)
「ロイド…。お前は余計なことを言うな」
「本当の事だろう?」
「……お前はすぐに人の唇を狙ってくるから牽制しているだけだ」
その言葉に思わずハッと我に返る。
(口づけ!そうだ!あの時の…キス!!)
そこでいきなりあの日の事を思いだして、シリィは思い切り頭を下げた。
「クレイ!ごめんなさい!今更なんだけど私、実は貴方の唇を勝手に奪ってしまったことがあって!」
その言葉に目の前の二人が同時に固まったのがわかったが、もう勢いだと言わんばかりに言葉を続ける。
「あ、あのっ!あの封印を解いた日に、魔力が暴走してて、止めるためにどうしても眠らせたくて…その…、ごめんなさい!!」
けれどクレイは何も言ってくれない。
おずおずと顔を上げてみると、何故か自分の眷属に何かを確認している姿があった。
【ああ、あの日ですか?そう言えばそんなこともありましたね。使い魔が騒ぎまわっていたから仕方なかったんですよ。クレイ様は思いっきり意識飛んでましたし…】
「……聞いてないぞ?」
【なんですか?ロックウェル様の方が良かったとでも?我儘ですね~。こんな初心な御嬢さんが折角一生懸命命がけで飛び込んで口づけてくれたのに…】
「……」
【ほらほら。ちゃんとお詫びしてくださいね】
その言葉にクレイがシリィへと向き直り頭を下げる。
「シリィ…知らなかったとはいえすまなかった」
「え?いや、あれはあんな風に治めた私が悪いんであって…!」
何故自分の方が謝られているのだろうとシリィは思わず手をパタパタと振ってしまう。
「いや。あの時は本当にいっぱいいっぱいで…封印を解いた時にどんな状況だったのかまで全く気が回っていなかった。迷惑をかけてすまない」
「だ、大丈夫よ?!あの時はロックウェル様がクレイの暴走をかなり抑えてくれていたし!」
「……そうか」
「今は和解もしたんでしょう?本当に良かったわ。だから、その…唇を奪った事だけ許してもらえたら…嬉しいんだけど」
顔色を窺うようにそれだけを告げると、クレイはふわりと笑いながらその言葉を告げてくれる。
「シリィには色々世話にもなっているし、別に構わない。もし魔力交流が必要になったらいつでも言ってくれ」
いくらでも応えるからと言ってくれたクレイの言葉にシリィは真っ赤になって俯いた。
「……あ、ありがとう」
そんな風にちょっといい感じの雰囲気を味わっていると、何故か不満げに横から口を挟まれた。
「…クレイ。それはずるくないか?」
「ずるくはない。シリィとお前は全然違うからな」
「…そのセリフをロックウェルの前でも言えるのか?」
「?…言えるが?」
「……鈍感」
「??」
「お前は本当に罪作りだ」
「言われている意味が分からないな」
本当にわかっていないクレイに、ロイドは大きく息を吐く。
そんな二人のやり取りに、ほんの少し期待していたシリィも状況を理解した。
(いい感じかと思ったけど…天然の方だったのね)
これにはガックリと肩を落とさざるを得ない。
でもすぐに気が付いて本当に良かった。
このまま舞い上がって勝手に期待して告白していたら撃沈してしまうところだった。
これはやはり少しずつ接触の機会を増やして自分をアピールしていくしかないなと思い直し、改めてクレイへと向き直る。
「私、ロックウェル様とクレイが仲直りできて本当に嬉しいの。だから…友情が戻ったのなら、私の方にも少し目を向けてくれたら嬉しいな」
はにかむように笑うと、クレイが微笑みを向けてくれる。
きっと意味は伝わっていないだろうけれど…今は笑ってくれるだけで十分だ。
「じゃあ、特に問題もなく大丈夫そうだし、私はそろそろ仕事に戻るわね」
「ああ。すまなかったな」
「いいのよ。私の方こそちゃんと謝れてよかったわ」
それじゃあと言いながらシリィは部屋を出る。
今夜の夜会が楽しみだなと、そう思いながら────。
婚約破棄後接点のなかった二人だが、ルドルフが上手く取り持ってくれたのか、実に楽しげに会話している。
「ライアード様。ただ今戻りました」
そう言ってロイドが一礼すると、ライアードも笑みで迎えてくれた。
「ご苦労だった。シリィ、ロックウェルが来たぞ。楽しい時間ではあったが仕事も大事だろう。できれば今夜の夜会でまた話せたら嬉しい」
「ありがとうございます。夜会では会場の警備を兼ねて参加させていただこうと思っていますので、その時にご挨拶をさせていただけたらと思います」
そう言って席を立ち、シリィは優雅に礼を執った。
そしてロックウェルへと向き直るとすぐさま用件を切り出す。
「ロックウェル様。先程の警護の件で…」
そんな二人を尻目にそっとロイドがクレイを促し、ライアードへと声を掛けた。
「ライアード様。夜会前にクレイと試してみたい魔法があるのですが、奥を使わせていただいても構わないでしょうか?」
「別に構わないが?」
その言葉にロックウェルが慌ててそちらへ目を向ける。
まさか奥の部屋で二人きりになるなど想定外だ。
そんな自分にロイドがニッと笑ってくるが、クレイは全く気にしていないようだった。
(あれは絶対にわかっていない!)
正直あの無防備さに気が気でない。
けれどシリィの話はとても重要な内容で、とてもではないが人任せにできる類の物ではなかった。
(仕方がない…)
「シリィ。ではその件で私は行くが、悪いがそこの二人について見張っていてくれないか?」
「え?」
その言葉に何故自分がと首を傾げられるが背に腹は代えられない。
「クレイがそこの男に手籠めにされないように見張っていてくれと言っている」
その言葉で初めてそこに居るのがクレイだと気付いたようで、シリィは目を丸くしてクレイの方を何度も確認し、大きな声を上げた。
「ええぇええっ?!」
そんなシリィにクレイがニコリと笑う。
「久しぶり」
「ク、クレイ?!どうしたの?!」
「ただの仕事だ」
「し…仕事?そ、そうね。お仕事なら…あり…なのかしら?」
シリィは何やらクレイの女装姿に一生懸命納得しようとしているが、そんなシリィを見てクレイが楽しそうに笑った。
「相変わらずシリィは面白いな」
「ど、どうせ可愛くはないわよ!」
「…?十分可愛いと思うが?」
「~~~~っ!!」
シリィはクレイの言葉に顔を真っ赤にしながら俯いてしまう。
「一緒にくるのか?」
「い、行くわ!」
「そうか」
じゃあまたとロックウェルに甘く微笑んで、クレイがシリィとロイドと共に奥へと消える。
そんな姿にロックウェルは大きくため息を吐いた。
(あの天然!!)
ロイドと二人きりにさせたくない一心でシリィを巻き込んでしまったが、もしかしたら彼女には可哀想なことをしてしまったかもしれない。
クレイがあの調子では勘違いさせてしまうこと間違いなしだ。
(本人が無自覚だからどうしようもないな…)
戻ったらお仕置きだと思いながら綺麗にその表情を隠し、一先ずはこれで安心だとライアード達へと一礼した。
「では私はこれで失礼させていただきます」
そこでちょうどルドルフも席を立つ。
「では私もこの辺で。ライアード殿、本日の労いに今夜の夜会には是非クレイ達もお連れ下さい」
「…では伝えておこう」
そしてにこやかに、また後程と別れの挨拶を交わし部屋を後にした。
***
「ロックウェル…お前も恋人には苦労しているようだな」
回廊を行きながらルドルフが楽しそうに話しかけてくる。
「……あのように天然なものですから」
「ははっ…!確かに。まさかシリィまで骨抜きにされているとは思っても見なかったぞ」
「……」
「それで?彼女にドレスは贈らなかったのか?」
暗に夜会に誘っていないのはどうしてだと訊かれて返答に窮す。
「……」
「お前らしくもないな。公の場で堂々と皆に紹介すればよかろう。外部の魔道士だとしても気にすることはないだろうに」
「……。ルドルフ様。勘違いなさっているのかもしれませんが、あの者は女ではなく男です」
「…?そうは見えなかったが?それに…あの者はお前の恋人なのだろう?」
「……はい」
そんなロックウェルに対してルドルフは暫し考えた末に、納得がいったと微笑みを浮かべた。
「…なるほど。公にはしたくないが、お前ほどの男がそれを敢えて言ってまで私を牽制したいほどに、誰にも取られたくないと…そういうことか」
それほど惚れているのだと、ルドルフはロックウェルの言葉からあっさりと汲み取ってくれる。
「そういうことなら私の目的からは離れていることだし、あの者に固執する理由もないから安心するといい」
「ありがとうございます」
「けれど気をつけろ。私は手を引くが…、あの姿では今夜の夜会で他の者に目をつけられることもあると思うしな」
「肝に銘じます」
「そうしておけ」
こうして二人は何事もなかったかのように自らの場所へと戻って行った。
***
「それで?一体何をするの?」
奥の部屋へと連れられてきたのはいいものの、シリィは一体何が行われるのか教えてほしいと言ってきた。
「ロイドが面白い魔法を教えてくれると言うからこれから試そうと思って」
「へぇ…」
一体どういった類の魔法だろうか?
「ロイド、見せてくれるか?」
「ああ」
そう言って魔力を手に集めるように呪文を唱え始める。
バチバチと音を立ててそれが形作られていく様はとても見ごたえがあった。
そしてそれが小さなボールほどの大きさになったところでロイドがまた別の呪文を唱える。
それと共にシュゴッと音を立ててそのボールが一気に小さくなり、やがて掌に吸い込まれるようにしてその姿を消した。
「え?」
一体何が起こったのかシリィにはさっぱりわからなかったが、それを見ていたクレイの表情が興味深げに輝いたのを見て、何かが起こったらしいことだけは理解した。
「凄い!本当に圧縮されてる…」
「だろう?消耗はするが、すぐに自然に回復するからな。これを何度か繰り返すと魔力を上げることができるんだ」
「へぇ…。俺もやってみたい」
「じゃあ折角だし今のを石に入れてみるか?」
「そうだな。折角だし色々試してみたい」
「そうか。ではすぐに結界を張ってやるからどうせなら封印を解いて試したらどうだ?」
「いいのか?」
「ああ。私の結界の中ならバレる必要もないし、安心だろう?」
「助かる」
そうやって仲良く話を進める二人にシリィはついて行くことができない。
(随分仲がいいのね)
一体いつの間にこんなに仲が良くなったのだろうか?
やはり黒魔道士同士気が合うんだなと思いながらなんとなくその場にいたのだが…。
キィンキィンキィンという甲高い音を立ててロイドが部屋に結界を張ったところで思わず目を見開いた。
クレイがその瞳に掛けていた封印を解いたからだ。
(あ…っ)
それはいつか見たあの日の美しいアメジスト・アイ────。
「そう言えば彼女にはそれを見せていいのか?」
「?…ああ。シリィは一度見ているからな」
「へぇ…」
意味深にロイドがこちらを見てくるが、クレイは気にしていないかのように黒曜石を手に取り、ロイドに話しかけた。
「さっきの圧縮魔法の途中のスペルを少しいじってみたらすぐにできると思うんだが……」
「どこだ?…ああそこか。それならこっちのスペルに変えてみるか?」
「それじゃなくて…こっちの魔法を応用して融合するようにしてみた方がいけるんじゃないかとな…」
「ああ。なるほど」
そうやって楽しげにやり方を吟味しだした二人の姿に『男の人って…』と思いながらため息を吐いた。
これならば自分がここに居る意味はないのではないだろうか?
(ロックウェル様…。そんなに心配なさらなくてもこの二人はただの友人同士のようですよ?)
クレイが手籠めにされると言っていたからどんな男なのかと思ったが、この分なら全然大丈夫だろう。
そう思っていたところで、クレイがその魔法を使い始めた。
その姿に思わず目を奪われる。
綺麗な紫の瞳が仄かに光を放ち、まるであの日のように自分を魅了する────。
そうやって見惚れている内に、キュオッ!っと音を立てクレイが見事に黒曜石へと魔力を封じ込めた。
「できた」
満足そうに笑うその姿は自信に溢れていて、ひどく魅力的に映った。
女装していようと何だろうとクレイが綺麗で格好良いのは変わらないのだ。
(やっぱり…好きだなぁ…)
できるならずっとクレイを見つめていたくて、シリィはクレイの瞳をうっとりと見つめ続けていた。
そんな視線に気づいたロイドがシリィへと話しかける。
「クレイの瞳に見惚れる気持ちもわかるが、熱く見つめてもこの男は振り向いてはくれないぞ?」
「え?」
「魔力交流の口づけすら報酬でしかさせてくれないからな」
ククッと楽しげに笑うロイドに思わず目を丸くさせてしまう。
(口づけ?)
「ロイド…。お前は余計なことを言うな」
「本当の事だろう?」
「……お前はすぐに人の唇を狙ってくるから牽制しているだけだ」
その言葉に思わずハッと我に返る。
(口づけ!そうだ!あの時の…キス!!)
そこでいきなりあの日の事を思いだして、シリィは思い切り頭を下げた。
「クレイ!ごめんなさい!今更なんだけど私、実は貴方の唇を勝手に奪ってしまったことがあって!」
その言葉に目の前の二人が同時に固まったのがわかったが、もう勢いだと言わんばかりに言葉を続ける。
「あ、あのっ!あの封印を解いた日に、魔力が暴走してて、止めるためにどうしても眠らせたくて…その…、ごめんなさい!!」
けれどクレイは何も言ってくれない。
おずおずと顔を上げてみると、何故か自分の眷属に何かを確認している姿があった。
【ああ、あの日ですか?そう言えばそんなこともありましたね。使い魔が騒ぎまわっていたから仕方なかったんですよ。クレイ様は思いっきり意識飛んでましたし…】
「……聞いてないぞ?」
【なんですか?ロックウェル様の方が良かったとでも?我儘ですね~。こんな初心な御嬢さんが折角一生懸命命がけで飛び込んで口づけてくれたのに…】
「……」
【ほらほら。ちゃんとお詫びしてくださいね】
その言葉にクレイがシリィへと向き直り頭を下げる。
「シリィ…知らなかったとはいえすまなかった」
「え?いや、あれはあんな風に治めた私が悪いんであって…!」
何故自分の方が謝られているのだろうとシリィは思わず手をパタパタと振ってしまう。
「いや。あの時は本当にいっぱいいっぱいで…封印を解いた時にどんな状況だったのかまで全く気が回っていなかった。迷惑をかけてすまない」
「だ、大丈夫よ?!あの時はロックウェル様がクレイの暴走をかなり抑えてくれていたし!」
「……そうか」
「今は和解もしたんでしょう?本当に良かったわ。だから、その…唇を奪った事だけ許してもらえたら…嬉しいんだけど」
顔色を窺うようにそれだけを告げると、クレイはふわりと笑いながらその言葉を告げてくれる。
「シリィには色々世話にもなっているし、別に構わない。もし魔力交流が必要になったらいつでも言ってくれ」
いくらでも応えるからと言ってくれたクレイの言葉にシリィは真っ赤になって俯いた。
「……あ、ありがとう」
そんな風にちょっといい感じの雰囲気を味わっていると、何故か不満げに横から口を挟まれた。
「…クレイ。それはずるくないか?」
「ずるくはない。シリィとお前は全然違うからな」
「…そのセリフをロックウェルの前でも言えるのか?」
「?…言えるが?」
「……鈍感」
「??」
「お前は本当に罪作りだ」
「言われている意味が分からないな」
本当にわかっていないクレイに、ロイドは大きく息を吐く。
そんな二人のやり取りに、ほんの少し期待していたシリィも状況を理解した。
(いい感じかと思ったけど…天然の方だったのね)
これにはガックリと肩を落とさざるを得ない。
でもすぐに気が付いて本当に良かった。
このまま舞い上がって勝手に期待して告白していたら撃沈してしまうところだった。
これはやはり少しずつ接触の機会を増やして自分をアピールしていくしかないなと思い直し、改めてクレイへと向き直る。
「私、ロックウェル様とクレイが仲直りできて本当に嬉しいの。だから…友情が戻ったのなら、私の方にも少し目を向けてくれたら嬉しいな」
はにかむように笑うと、クレイが微笑みを向けてくれる。
きっと意味は伝わっていないだろうけれど…今は笑ってくれるだけで十分だ。
「じゃあ、特に問題もなく大丈夫そうだし、私はそろそろ仕事に戻るわね」
「ああ。すまなかったな」
「いいのよ。私の方こそちゃんと謝れてよかったわ」
それじゃあと言いながらシリィは部屋を出る。
今夜の夜会が楽しみだなと、そう思いながら────。
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