黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第二部 ソレーユ編~失くした恋の行方~

6.兄弟の思惑

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※このお話は第一部『31.揺さ振り』『32.足りない代償』とリンクしています。

────────────────

それから眷属達が調べ上げてきた王宮の内部情報と、ロイドが調べてきた諸外国の情報を精査する日々が始まった。
膨大な量の情報をロイドと共に精査し、すぐに取り掛かるべき問題、重要な案件などを優先的に振り分け対策を練る日が続いた。
けれどそれは存外楽しい時間で、これまでの退屈な日々が嘘のように充実した毎日だった。
自分の力でどれだけの事ができるのか楽しみでもあったし、その合間に得られる情報も面白いものが多かった。
そんな中、どうやらロイドは相手の黒魔道士であるクレイという者の所へ再度足を運んだらしかった。

「ご機嫌伺いはどうだった?」

仕事の手を止めることなくそう尋ねてやるとロイドは実に楽しそうに口を開く。

「恋人の方を揺さぶってきましたので、早ければ今夜にでも落ちますよ」

首尾は上々だとほくそ笑むロイドに『さすが仕事が早いな』と思いはしたが、そう上手く事が運ぶとは到底思えなかった。
何せ相手は女ではなく男なのだから、これまでと勝手も違うだろう。
「ちなみにクレイの恋人は美人だったか?」
女の方が落とし慣れているし、もしかしたらそちらから落としにかかったのかと思いそう尋ねたのだが、帰ってきた答えは予想に反して意外なものでしかなかった。

「相手はライアード様もよくご存じのロックウェル魔道士長です。私の好みではありません」

『あんな男を落とすのは絶対にお断りだ』と吐き捨てるように言ったロイドに思わず驚きを隠せない自分がいた。
ロックウェルと言えばソレーユにもその名を轟かすほどの美丈夫。
当然女にモテる男だ。
そんな男がクレイの恋人と言うのは正直信じがたかった。
とは言えそういうことならロイドがこんな風に言い切るのもわかるような気がする。
恐らくクレイはロックウェルの数多の恋人の内の一人なのだろう。
ロックウェルとしても恋人の一人くらい誰かに取られようと然程気にしないに違いない。
となると後はクレイ次第ということに他ならないのだが────。

(ロイドがどう落としにかかるのか……そこが問題だな)

男相手にどう口説き落とすのか────そこはロイドの手腕次第。
自信満々のようだから敢えて何も言う気はないが、上手くいくといいなと思いながらもそれをおくびにも出さず、自分はただ黙々と仕事へと取り掛かった。




そしてその日の夜のこと……。
ロイドは失敗したと口にしながらもどこか楽しげにしながら帰ってきた。

「クレイはなかなか落とし甲斐のある面白い男です」

そうやってクスリと笑うロイドは次はどんな手を使おうかと色々考えているようだった。
そんなロイドを見て暫し考え、徐に鉱山の件について口にしてみた。

「お前達黒魔道士は黒曜石が好きだろう?今度鉱山に視察に行くついでにいくつか良さそうなものを見繕って交渉材料にでもしたらどうだ?」

すると案の定ロイドは目を輝かせて乗ってきた。

「ライアード様。よろしいのですか?」
「ああ。別に構わないぞ」

幸いソレーユは良質な黒曜石の産地としても有名だし、きっと向こうも嬉々として乗ってくることだろう。

「ありがとうございます」

そうやって頭を下げるロイドにそっと微笑みながら上手く落とせるといいなとエールを送った。


***


翌日、回廊を歩いていると前から兄であるミシェルがやってきたのでそっと脇へと下がる。
そしてそのまま行き過ぎるのを待っていると、兄はそのまま自分の前で足を止めた。
「ライアード。早速鉱山の視察に行くと申し出たらしいな」
そんな兄に何事もないように装い淡々と答えを返す。
「はい。私の可愛い魔道士が好いた相手に黒曜石を贈りたいと言い出したものですから」
「……その言葉に偽りはないか?」
「ええ」
それ以外に何かあるのかと暗に尋ねると兄はそのまま暫し思案した後、あっさりと歩を進めにかかった。
「その言葉、覚えておくぞ。お前の『ついでの』報告を楽しみにしている」
そうして去っていく兄に礼を執りながらも、伏せた顔でほくそ笑みながらやはりと言う思いを抱く。

(あの鉱山には何かある…)

そこに兄が絡んでいるのかどうかも含めて詳細に調査をしなければならない。
間違って裏取引でも発覚すれば兄の立場は微妙なものとなり、王宮内は自分と兄派で真っ二つにでもなりかねなくなる。

(そうなってもらっては困るのですよ。兄上)

自分の思い描くソレーユ像を実現させるには兄には確固たる足場を作ってもらわねば────。
まずは先に眷属に調査をさせ、裏事情を把握した上で鉱山へと乗りこむのが無難だろう。
「頼んだぞ。ナッシュ」
その言葉に応えるように、そっと自分の影が動いた。

本音と建前を上手く使い分け、決して気取られず事を為していく。
今回の事はその第一歩。
兄がそれほど無能とは思えないが、可能性もゼロではない。
けれどそれでは国は立ち行かない。

(精々良い王になっていただけるよう、陰ながら鍛えて差し上げますよ)

────ライアードはそうして兄を思いながらククッと笑ったのだった。


***


ミシェルは先程別れた弟を思いながら眉間に皺を寄せていた。
弟のライアードは昔から優秀なくせにそれを隠すところがあった。
周囲の者にそれを言っても兄である自分を立ててくれる良い王子だとしか言われなかった。
確かに良いようにとればその通りだろう。
あくまでも兄を立て、出過ぎた行動をとらず父王や兄の言うことをよく聞き、言われたことだけをこなす弟。
言ってみれば完璧な弟だった。

けれどそれに初めて背いたことがあった。
それがロイドと言う黒魔道士を抱えたことだった。
自分はあんな得体のしれない魔道士を抱えるべきではないと言った。
けれどライアードはそれをサラリと笑顔で流し、お抱え魔道士としてその者を傍へと置いたのだった。
それにより、いつもどこか退屈そうにしていたライアードの表情が変わった。
剣の稽古をしている時も仕事をしている時もどこか楽しげな表情を垣間見せ、休憩時にロイドに魔法を使わせて美しいものを楽しむようになった。
それは一見本人にとっては良い傾向のようにも見えたが、自分にとってロイドは脅威でしかなかった。
王宮魔道士をよく知る自分からするとロイドの魔力の高さは他に類を見ないほどの大きなものだったから…。

当時のロイドは少年で……その頃からすでにそれほどの魔力を有していたのだ。
成長したらどんな怪物になるか想像するだけで身震いするほどだった。
あんな自分でも持て余しそうな魔道士をライアードが扱いきれるはずがないと思った。
それから数年……ロイドも立派な大人へと成長した。
なんとか追い出してやろうとこれまであの手この手でちょっかいを出してみたが、今まで何一つ成功した試しがない。
それだけでも優秀な魔道士だということが誰の目にも明らかだった。
最早王宮内でロイドにわざわざ自分から近づこうなどと言う魔道士は存在しない。
正直自分の動きが裏目に出た形だ。
そうしてやきもきと一体いつ牙を剥いてくるのかと考えていた矢先でのライアードの今回の動き────。
ただでさえここ一年程、時折ライアードの狂気じみた表情に危うさを感じていたのだ。
勘繰るなと言う方が土台無理な話だった。

(あの黒魔道士に洗脳でもされたのではないだろうな?)

それが一番気がかりだった。
弟にはこれまで通り言われたことだけをこなす大人しい弟でいてほしかった。
そのためにはやはりあの黒魔道士が邪魔だとしか思えない。

(鉱山の視察と言ったな)

ちょうどあの鉱山は採出量を誤魔化し不正に取引をしているという間者の報告が入ったばかり。
自分が直接視察に行ってもわからないことだらけだが、こうして間者を使えば情報は自ずと自分へと入ってくる。
なんとか今回のその情報を上手く利用してロイドを追いやることはできないだろうか?
ライアードとロイドをなんとしてでも引き離したい────。
その思いはどこまでも自分を黒く染め上げていった。

(弟とは…出過ぎた真似をせず、大人しく兄に従っているだけでよいのだ)

面倒事を引き受けてくれるのはいいが、下手に力を持ってほしくはない。
それは純然たる願いだった。

(王位は私の物だ)

それは亡き友へと誓った強い決意────。
それを揺るがすものはたとえ弟と言えども甘受することはできない。

だからこそ摘める芽は摘める内に摘んでしまおうと、ミシェルはクッと昏く笑ったのだった────。



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