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第一部 アストラス編~王の落胤~
54.収束へ
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その頃王宮では別の問題が解決を迎えようとしていた。
ルドルフが王妃を糾弾したのだ。
それはまさに王宮を揺るがすほどの大事件だった。
「母上…証拠はこのように上がっております」
これまで見たこともないほど冷たい眼差しでルドルフがバサリと報告書を王妃へと突きつける。
「貴女の不貞に始まり、前魔道士長との結託の証拠、およびハインツに対する呪が執り行われた証拠。一つ一つ読み上げて見せましょうか?」
「ル…ルドルフ!何を言い出すの?!わ、私はそのような覚えは一切ないわ!貴方を慈しみ育てた母を、貴方は信じてはくれないの?」
「…信じていましたよ。この結果を見るまではね」
「……!!」
「昔から王妃宮に出入りするフェルネスを幾度かこの目でも確認しておりました。フェルネスは完全に貴女のしもべと言うのも把握しております。最早言い逃れなどできません。潔く観念なさってはいかがか?」
「ルドルフ…酷いわ。…こんなもの、全て冤罪よ!私を陥れるために誰かが仕組んだのよ!」
ポロポロと涙をこぼす母に他の兄弟達は同情的で、自分に対して非難の眼差しを向けてきたが、ルドルフは譲らなかった。
「父上からもお話は伺っておりますし、この件に関しては私に一任してもよいとのお言葉もいただけました」
その言葉に王妃が涙に濡れた眼差しを驚きに見開きながら向けてくるが、ルドルフははっきりとその言葉を口にした。
「貴女の身柄を王妃宮から離宮へと移し、その権利全てを剥奪させていただきます」
「なっ…!そ、そのようなこと、できるはずがないわ!」
王妃が抗うがルドルフは最早手配済みだと言い置いて、すぐに兵へと指示を出した。
「連れていけ」
「はっ…!」
「ルドルフ!!おやめなさい!母に対してこのような無礼、許しませんよ?!」
ルドルフは叫びながら連れられていく母へと毅然と背を向け、後からやってきた父へと頭を下げた。
「全て終わりましてございます」
「そうか。…ルドルフ」
膝をつくルドルフの顔を上げさせ王は申し訳なさそうに謝罪の言葉を告げる。
「お前には辛い思いをさせた」
「…いえ」
「王妃がいなくなってもお前達には私の子として王宮に残ることを許す」
「…ありがとうございます」
そうやって再度頭を下げたルドルフを見遣ると、深いため息を吐いて小さくその言葉を落とした。
「あとは…あちらだけか」
その言葉にクレイの事だとすぐに察しがついた。
それからルドルフは王と場所を移してクレイについて尋ねた。
「……その後ソレーユからは?」
「本人も望んでおらぬゆえ、身柄を渡す気はないと…」
「そうですか」
再三の申し出に対してもこの返答と言うことは、クレイはこちらと一切接触したくないと思っているのだろう。
ここでこの態度に出ると言うことは、彼は本当に王位には全く興味がないのだ。
けれどこのままでは彼の立場が曖昧過ぎて、その秘密を知る者が現れた時に利用されないとも限らない。
一刻も早くこちらに呼び戻して話し合いを行いたいと思っているのだが…。
「なんとか無理にでもこちら側に召還できるとよいのですが…」
クレイに危害を加えるつもりはないし、それは再三ロックウェルからも頼まれてきた。
クレイとロックウェルが恋人同士だと言うのなら、これから先跡継ぎ問題に絡んでくることもまずないだろう。
一体どうすれば彼を呼び出せるのだろうか…。
そう考えているところへタイミングよくロックウェルがショーンと共にやってくる。
「失礼いたします」
「ああ。ロックウェル、ショーン、よく来てくれた」
「王妃様の件、一先ず片付きましてようございました」
「…ああ。それで…フェルネスの身柄は確保できたか?」
「それが、確かに身柄を確保し牢へと連行したと報告を受けたのですが…」
ロックウェルのその言葉をショーンが引き取る。
「どうも逃げられちゃったようなんですよね…」
「逃げただと?!」
「ええ。どうも連行時に同行していた魔道士の中にフェルネスの息のかかったものがいたようでして…」
上手く隙を突かれて逃がされてしまったのだという。
「現在捜索の方はさせておりますが、これではハインツ王子の呪は…」
「…そうか」
それを受けてルドルフがそっと口を出す。
「そう言えば、クレイは捜索が得意だとか」
「え?ええ。確かにサシェの件の時もそれで随分助かりました」
「それなら依頼と言う形でソレーユに働きかけてみてはどうだろう?」
クレイをこの国に安全な形で招待してみてはどうかと提案する。
「いや…クレイは王宮の依頼は基本的に受けないので…」
ロックウェルが戸惑うようにそう言うが、ルドルフはどこか確信を持ってこう言った。
「クレイはそうでも、クレイを保護しているソレーユ側はそうは思わないだろう。次期国王の命を脅かす魔道士の捜索を正式にクレイに依頼したいとこちらが言えば無視はできないはずだ」
「……」
「誰か信頼のおけるものを使者に立ててみてはどうだろう?」
その言葉にロックウェルは暫し考えた。
本当は自分が行きたいところだが、あのような別れ方をした手前素直に来てくれるとは思えない。
自分以外にクレイが確実に信頼している者…。それも王宮の者でとなると────。
「…ではシリィに頼んでみると言うのはいかがでしょう?」
「シリィに?」
「はい。彼女はクレイとも親しいですし、ライアード王子とも祝典で踊っておりました。異論を出す者も特に出ないかと…」
その言葉に確かにと皆が頷きを落とす。
「ではそのように手配しよう」
「はっ…」
***
ロックウェルは一通りの手配を終え自室へと戻ると、ドサッと寝台へと身を投げ出した。
(疲れた……)
このひと月、クレイを取り戻すために各所へと手を回した。
幸い紫の瞳の件は王とハインツの所で話が止まっており、捜索の兵達には漏れていない。
だからショーンやハインツにも手伝ってもらい、王にも条件付きでクレイの身の安全を保障してもらうことができた。
王妃の件もルドルフ主導で調査を行い、今日やっと一段落ついたところだ。
後はフェルネスを捕え、ハインツに掛けられた呪を解くことができれば王宮側の問題も落ち着き、クレイも戻ってきやすくなるかと思ったが、最後の最後でフェルネスを逃がしてしまうとは誤算だった。
「クレイ…早くお前を取り戻したい……」
一体いつになったらクレイをこの手に取り戻せるのだろうか?
このひと月、会いたくて会いたくて仕方がなかった。
本音を言えばすぐにでも迎えに行きたかった。
けれど王宮側が片付かないことには、それは意味をなさないのだ。
王の要請で使者がソレーユに幾度となく向かったが、クレイは戻っては来なかった。
これは自分には予想の範囲内だったし、仕方のないことだとは思っている。
けれどロイドの傍にいつまでもクレイを置いておきたくはない。
まだひと月だから取り戻せる可能性はゼロではないという気持ちと、もしかしたら二度と取り戻せないかもしれないという気持ちが交錯して苦しくて仕方がなかった。
「クレイ…」
そうやって項垂れているところに、突然その声は耳へと飛び込んできた。
【ロックウェル様…そうやってお悩みになるくらいでしたら、文の一つでも今すぐお書きいただけませんか?】
(この声は────!)
「ヒュース!!」
ロックウェルは思わずその名を口にしていた。
あの日クレイに回収されてしまった眷属が何故ここにと驚きを隠せない。
【私がここに居るのはクレイ様の御意志ではありませんのでお間違いのないよう…】
その言葉に更に驚いてしまう。
眷属が主から独断で離れるなど滅多にないことだろうに…。
けれどこれはクレイの様子を知るチャンスだ。
「ヒュース!クレイは?!どうしている?ちゃんと…元気にしているか?」
【そうですね~ロイドといい感じになってきているので、ロックウェル様に文句を言いに越させていただいた次第です】
ズバッと聞きたくなかったことまで答えられてロックウェルは蒼白になった。
【クレイ様はあの日でロックウェル様との関係が終わってしまったのだと自己完結してしまわれまして、それはもう落ち込んでおられるのです】
「…………!」
それは何か言いたいことがあってもヒュースまで回収されて言えなかったからだし、王宮側の件で動けなかったのもある。
けれどそれはクレイ側からは全く見えないことで────。
【まあ、それでも今はロイドといる時は気が紛れるのか笑顔も見られますし、傷心を癒すにはちょうどいい相手なのではと我々も思っております】
ヒュースからの容赦ない言葉の数々がグサグサと胸へと突き刺さった。
「クレイは……ロイドと寝たのか?」
やはり…そうなのだろうか?
別れたと思っているのならその可能性は高いのかもしれないとロックウェルはキリキリと痛む胸を抱えながらヒュースへと問うた。
けれど返ってきたその答えは自分が思っていた物とは違っていて…。
【まあ取りあえず操はずっと守っておられますが、それも時間の問題ですね。口づけに対する抵抗感も日々薄れていっておられますし】
どうやらまだロイドの物になったと言うわけではないらしい。
それならばまだ間に合う。そう思えた。
けれど時間がないのは間違いないようだ。
【言っておきますが、私共はロイドを認めているわけではございません。ただクレイ様のお幸せを望んでいるのです】
「……」
【ロックウェル様とお幸せになりたいとお望みなら叶えて差し上げたいと思っておりますので、貴方のお考えを今すぐここで聞かせていただければと思うのですが?】
その言葉にロックウェルは顔を上げた。
【ロックウェル様のお心はまだクレイ様をお求めになりますか?】
それは、ないと答えたならばロイドを甘受すると言うようにも受け取れた。
だからこそその問い掛けにロックウェルはキュッと表情を引き締め、もちろんだと頷いた。
「私は絶対にクレイをこの手に取り戻したい」
【それならば早めに事を起こしていただかねば手遅れになってしまいますよ?】
ヒュースはひと月は短いようで長いのだと警告してくる。
【クレイ様は本当にうっかりさんですから、これ以上の放置はお勧めいたしません】
「わかっている。今度正式にシリィをそちらに使者として立たせる予定だ。フェルネス捜索の正式依頼としてソレーユに申し込むから、クレイを上手く誘導してこちらに戻るよう促せないか?」
クレイさえここに来てくれれば、なんとしてでも自力で取り戻して見せるとロックウェルは誓った。
けれどその言葉にヒュースはなるほどと頷きはしたが、あっさりと結論を述べてくる。
【それは良い案には思えますが…クレイ様はお断りになられると思いますよ?】
「何故だ?」
シリィが使者ならば少しくらいは聞く耳を持ってくれるのではないだろうか?
ヒュースの口添えがあれば成功する確率は高いと思うのだが……。
【今のあの方はロックウェル様の事でしか動かないでしょうから、例えお相手がシリィ様でもお断りになるはずです】
「…?どう言う意味だ?」
【そのままの意味でございます。平気そうに見えてかなり傷つかれておりますので…。ただ、もしシリィ様に来ていただくのであれば、こう一言お話しください】
ロックウェル様がお倒れになったとでも────。
【その一言できっとここまで飛んで来られる事でしょう。ですが、チャンスはその一度だけとお考えください】
それを逃すともう二度とクレイはここへは戻って来ないだろうとヒュースは言う。
【ロックウェル様の本気をお見せいただけるのなら、眷属の者は今回手は出さないとお誓い致します】
多少手荒な手を使っても構わないと言うヒュースに驚いたが、これは彼なりの激励なのだろう。
ロックウェルはしっかりと頷き、ヒュースに感謝を述べた。
「ヒュース…来てくれて良かった」
【いいえ。これも全てクレイ様のお為ですから】
そうやってどこか嬉しげにしながらヒュースは静かに帰っていった。
(チャンスは一度…)
これは絶対に失敗できないと、考えを巡らせる。
(クレイ…)
ロックウェルはクレイを想いながら、そっと拳を握りしめた。
ルドルフが王妃を糾弾したのだ。
それはまさに王宮を揺るがすほどの大事件だった。
「母上…証拠はこのように上がっております」
これまで見たこともないほど冷たい眼差しでルドルフがバサリと報告書を王妃へと突きつける。
「貴女の不貞に始まり、前魔道士長との結託の証拠、およびハインツに対する呪が執り行われた証拠。一つ一つ読み上げて見せましょうか?」
「ル…ルドルフ!何を言い出すの?!わ、私はそのような覚えは一切ないわ!貴方を慈しみ育てた母を、貴方は信じてはくれないの?」
「…信じていましたよ。この結果を見るまではね」
「……!!」
「昔から王妃宮に出入りするフェルネスを幾度かこの目でも確認しておりました。フェルネスは完全に貴女のしもべと言うのも把握しております。最早言い逃れなどできません。潔く観念なさってはいかがか?」
「ルドルフ…酷いわ。…こんなもの、全て冤罪よ!私を陥れるために誰かが仕組んだのよ!」
ポロポロと涙をこぼす母に他の兄弟達は同情的で、自分に対して非難の眼差しを向けてきたが、ルドルフは譲らなかった。
「父上からもお話は伺っておりますし、この件に関しては私に一任してもよいとのお言葉もいただけました」
その言葉に王妃が涙に濡れた眼差しを驚きに見開きながら向けてくるが、ルドルフははっきりとその言葉を口にした。
「貴女の身柄を王妃宮から離宮へと移し、その権利全てを剥奪させていただきます」
「なっ…!そ、そのようなこと、できるはずがないわ!」
王妃が抗うがルドルフは最早手配済みだと言い置いて、すぐに兵へと指示を出した。
「連れていけ」
「はっ…!」
「ルドルフ!!おやめなさい!母に対してこのような無礼、許しませんよ?!」
ルドルフは叫びながら連れられていく母へと毅然と背を向け、後からやってきた父へと頭を下げた。
「全て終わりましてございます」
「そうか。…ルドルフ」
膝をつくルドルフの顔を上げさせ王は申し訳なさそうに謝罪の言葉を告げる。
「お前には辛い思いをさせた」
「…いえ」
「王妃がいなくなってもお前達には私の子として王宮に残ることを許す」
「…ありがとうございます」
そうやって再度頭を下げたルドルフを見遣ると、深いため息を吐いて小さくその言葉を落とした。
「あとは…あちらだけか」
その言葉にクレイの事だとすぐに察しがついた。
それからルドルフは王と場所を移してクレイについて尋ねた。
「……その後ソレーユからは?」
「本人も望んでおらぬゆえ、身柄を渡す気はないと…」
「そうですか」
再三の申し出に対してもこの返答と言うことは、クレイはこちらと一切接触したくないと思っているのだろう。
ここでこの態度に出ると言うことは、彼は本当に王位には全く興味がないのだ。
けれどこのままでは彼の立場が曖昧過ぎて、その秘密を知る者が現れた時に利用されないとも限らない。
一刻も早くこちらに呼び戻して話し合いを行いたいと思っているのだが…。
「なんとか無理にでもこちら側に召還できるとよいのですが…」
クレイに危害を加えるつもりはないし、それは再三ロックウェルからも頼まれてきた。
クレイとロックウェルが恋人同士だと言うのなら、これから先跡継ぎ問題に絡んでくることもまずないだろう。
一体どうすれば彼を呼び出せるのだろうか…。
そう考えているところへタイミングよくロックウェルがショーンと共にやってくる。
「失礼いたします」
「ああ。ロックウェル、ショーン、よく来てくれた」
「王妃様の件、一先ず片付きましてようございました」
「…ああ。それで…フェルネスの身柄は確保できたか?」
「それが、確かに身柄を確保し牢へと連行したと報告を受けたのですが…」
ロックウェルのその言葉をショーンが引き取る。
「どうも逃げられちゃったようなんですよね…」
「逃げただと?!」
「ええ。どうも連行時に同行していた魔道士の中にフェルネスの息のかかったものがいたようでして…」
上手く隙を突かれて逃がされてしまったのだという。
「現在捜索の方はさせておりますが、これではハインツ王子の呪は…」
「…そうか」
それを受けてルドルフがそっと口を出す。
「そう言えば、クレイは捜索が得意だとか」
「え?ええ。確かにサシェの件の時もそれで随分助かりました」
「それなら依頼と言う形でソレーユに働きかけてみてはどうだろう?」
クレイをこの国に安全な形で招待してみてはどうかと提案する。
「いや…クレイは王宮の依頼は基本的に受けないので…」
ロックウェルが戸惑うようにそう言うが、ルドルフはどこか確信を持ってこう言った。
「クレイはそうでも、クレイを保護しているソレーユ側はそうは思わないだろう。次期国王の命を脅かす魔道士の捜索を正式にクレイに依頼したいとこちらが言えば無視はできないはずだ」
「……」
「誰か信頼のおけるものを使者に立ててみてはどうだろう?」
その言葉にロックウェルは暫し考えた。
本当は自分が行きたいところだが、あのような別れ方をした手前素直に来てくれるとは思えない。
自分以外にクレイが確実に信頼している者…。それも王宮の者でとなると────。
「…ではシリィに頼んでみると言うのはいかがでしょう?」
「シリィに?」
「はい。彼女はクレイとも親しいですし、ライアード王子とも祝典で踊っておりました。異論を出す者も特に出ないかと…」
その言葉に確かにと皆が頷きを落とす。
「ではそのように手配しよう」
「はっ…」
***
ロックウェルは一通りの手配を終え自室へと戻ると、ドサッと寝台へと身を投げ出した。
(疲れた……)
このひと月、クレイを取り戻すために各所へと手を回した。
幸い紫の瞳の件は王とハインツの所で話が止まっており、捜索の兵達には漏れていない。
だからショーンやハインツにも手伝ってもらい、王にも条件付きでクレイの身の安全を保障してもらうことができた。
王妃の件もルドルフ主導で調査を行い、今日やっと一段落ついたところだ。
後はフェルネスを捕え、ハインツに掛けられた呪を解くことができれば王宮側の問題も落ち着き、クレイも戻ってきやすくなるかと思ったが、最後の最後でフェルネスを逃がしてしまうとは誤算だった。
「クレイ…早くお前を取り戻したい……」
一体いつになったらクレイをこの手に取り戻せるのだろうか?
このひと月、会いたくて会いたくて仕方がなかった。
本音を言えばすぐにでも迎えに行きたかった。
けれど王宮側が片付かないことには、それは意味をなさないのだ。
王の要請で使者がソレーユに幾度となく向かったが、クレイは戻っては来なかった。
これは自分には予想の範囲内だったし、仕方のないことだとは思っている。
けれどロイドの傍にいつまでもクレイを置いておきたくはない。
まだひと月だから取り戻せる可能性はゼロではないという気持ちと、もしかしたら二度と取り戻せないかもしれないという気持ちが交錯して苦しくて仕方がなかった。
「クレイ…」
そうやって項垂れているところに、突然その声は耳へと飛び込んできた。
【ロックウェル様…そうやってお悩みになるくらいでしたら、文の一つでも今すぐお書きいただけませんか?】
(この声は────!)
「ヒュース!!」
ロックウェルは思わずその名を口にしていた。
あの日クレイに回収されてしまった眷属が何故ここにと驚きを隠せない。
【私がここに居るのはクレイ様の御意志ではありませんのでお間違いのないよう…】
その言葉に更に驚いてしまう。
眷属が主から独断で離れるなど滅多にないことだろうに…。
けれどこれはクレイの様子を知るチャンスだ。
「ヒュース!クレイは?!どうしている?ちゃんと…元気にしているか?」
【そうですね~ロイドといい感じになってきているので、ロックウェル様に文句を言いに越させていただいた次第です】
ズバッと聞きたくなかったことまで答えられてロックウェルは蒼白になった。
【クレイ様はあの日でロックウェル様との関係が終わってしまったのだと自己完結してしまわれまして、それはもう落ち込んでおられるのです】
「…………!」
それは何か言いたいことがあってもヒュースまで回収されて言えなかったからだし、王宮側の件で動けなかったのもある。
けれどそれはクレイ側からは全く見えないことで────。
【まあ、それでも今はロイドといる時は気が紛れるのか笑顔も見られますし、傷心を癒すにはちょうどいい相手なのではと我々も思っております】
ヒュースからの容赦ない言葉の数々がグサグサと胸へと突き刺さった。
「クレイは……ロイドと寝たのか?」
やはり…そうなのだろうか?
別れたと思っているのならその可能性は高いのかもしれないとロックウェルはキリキリと痛む胸を抱えながらヒュースへと問うた。
けれど返ってきたその答えは自分が思っていた物とは違っていて…。
【まあ取りあえず操はずっと守っておられますが、それも時間の問題ですね。口づけに対する抵抗感も日々薄れていっておられますし】
どうやらまだロイドの物になったと言うわけではないらしい。
それならばまだ間に合う。そう思えた。
けれど時間がないのは間違いないようだ。
【言っておきますが、私共はロイドを認めているわけではございません。ただクレイ様のお幸せを望んでいるのです】
「……」
【ロックウェル様とお幸せになりたいとお望みなら叶えて差し上げたいと思っておりますので、貴方のお考えを今すぐここで聞かせていただければと思うのですが?】
その言葉にロックウェルは顔を上げた。
【ロックウェル様のお心はまだクレイ様をお求めになりますか?】
それは、ないと答えたならばロイドを甘受すると言うようにも受け取れた。
だからこそその問い掛けにロックウェルはキュッと表情を引き締め、もちろんだと頷いた。
「私は絶対にクレイをこの手に取り戻したい」
【それならば早めに事を起こしていただかねば手遅れになってしまいますよ?】
ヒュースはひと月は短いようで長いのだと警告してくる。
【クレイ様は本当にうっかりさんですから、これ以上の放置はお勧めいたしません】
「わかっている。今度正式にシリィをそちらに使者として立たせる予定だ。フェルネス捜索の正式依頼としてソレーユに申し込むから、クレイを上手く誘導してこちらに戻るよう促せないか?」
クレイさえここに来てくれれば、なんとしてでも自力で取り戻して見せるとロックウェルは誓った。
けれどその言葉にヒュースはなるほどと頷きはしたが、あっさりと結論を述べてくる。
【それは良い案には思えますが…クレイ様はお断りになられると思いますよ?】
「何故だ?」
シリィが使者ならば少しくらいは聞く耳を持ってくれるのではないだろうか?
ヒュースの口添えがあれば成功する確率は高いと思うのだが……。
【今のあの方はロックウェル様の事でしか動かないでしょうから、例えお相手がシリィ様でもお断りになるはずです】
「…?どう言う意味だ?」
【そのままの意味でございます。平気そうに見えてかなり傷つかれておりますので…。ただ、もしシリィ様に来ていただくのであれば、こう一言お話しください】
ロックウェル様がお倒れになったとでも────。
【その一言できっとここまで飛んで来られる事でしょう。ですが、チャンスはその一度だけとお考えください】
それを逃すともう二度とクレイはここへは戻って来ないだろうとヒュースは言う。
【ロックウェル様の本気をお見せいただけるのなら、眷属の者は今回手は出さないとお誓い致します】
多少手荒な手を使っても構わないと言うヒュースに驚いたが、これは彼なりの激励なのだろう。
ロックウェルはしっかりと頷き、ヒュースに感謝を述べた。
「ヒュース…来てくれて良かった」
【いいえ。これも全てクレイ様のお為ですから】
そうやってどこか嬉しげにしながらヒュースは静かに帰っていった。
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