黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

63.眷属

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リーネの眷属ローレンスは主の命令を受け、早速ロックウェルの元へと向かった。
けれどそこには以前にはいなかったはずの力の強い眷属が控えており、傍に寄ることができなかった。
これでは影に潜りこんで探ることができないし、離れた所から見守ることしかできない。

【リーネ様。ロックウェル様は眷属を従えております】

そっと離れた所に居る主へとそう報告を入れると、リーネは訝しげに尋ねてくる。

「それは妙ね」

普通は白魔道士が眷属を持つことはない。
余程の変わり者なら別だが、ロックウェルがそんな不必要な眷属を従えるだろうか?
癒し系魔法を駆使する白魔道士が仕事に無関係な眷属をわざわざ従えるなど、訳ありとしか思えない。

(少し揺さ振ってみようかしら?)

そう思って、そっとロックウェルの方へと足を向ける。
「ロックウェル様。こちらの書類の件でお伺いしたいことがあるのですが…。あら?いつの間にか眷属をお従えになられたのですね。意外ですわ」
そうやって顔色を窺うが、ロックウェルのその整った表情は崩れなかった。
「ああ。心配性の恋人がつけてくれただけだ。気にするな」
淡々と紡がれたその言葉に思わず目を瞠る。
これだけの眷属をあっさりと手放すなど正気の沙汰ではない。

「…随分その方から大切にされているのですね。これほどの眷属、そうそうおりませんわ」

一体どんな相手なのか気になって仕方がない。
黒魔道士だろうが、余程の力の持ち主と見た。
そこでハッと以前の祝典でロックウェルと踊っていた黒魔道士を思い出す。

「もしやロックウェル様のお相手は以前ご一緒に踊られていた方なのでは?」

その言葉にロックウェルがほんのり微笑みを浮かべる。
「…お前の想像に任せる」
そう言いながらも明らかに表情が変わったのを受け、疑いは確信へと変わった。
あの時の捕り物を思いだし、あの相手の力量を改めて振り返る。

(……他国の魔道士だと思って油断したわ)

あれは確かに相当の魔法の使い手だった。
自分でも果たして勝てるかどうか…。
まさかそれがロックウェルの恋人だとは────。

(これは手強そうね)

こんな眷属を従えさせてこられては、そう易々と手を出すことなどできはしない。

(まあいいわ)

「そう言えばあの方はシリィとも踊ってらっしゃいましたね。ソレーユではなくアストラスにいるのなら、明日にはシリィもこちらに帰ってくるでしょうし、女同士積もる話もあるかも…」
そうやって何気なく話を振ると、ロックウェルの空気がピリッと変わった。
「リーネ。お喋りはそのくらいにして仕事に戻ってはどうだ?」
その────どこか嫉妬を含んだような声に思わず目を瞠る。

ロックウェルは正直モテる男だ。
これまで色々な女性と関係を持っていたのは自分ですら知っていることだし、そのいずれに対してものめり込んだことがないと言うのも知っていた。
彼は皆の憧れで、決して誰のものにもならない────そう言われてもいたのに…。

(どうやらかなり本気の様ね)

まさかシリィにまで嫉妬するほど惚れているのだろうか?
祝典で王妃がロックウェルの結婚を仄めかしたのもこの辺りが要因なのかもしれない。
普通の女性相手なら王妃もそうそう迂闊にそのようなことを口にしたりはしなかっただろう。

「ふふっ…火傷する前に失礼しますわ」

それだけを告げると手元の書類をロックウェルへと渡し、仕事へと戻る。
「こちらの件で…」
「ああ、それは…」
淡々と仕事をこなすこの男を、揺さ振れるのはきっとその恋人だけだ────。
「では私はこれで」
「ああ」
静かに下がると速やかに動き出す。

(…もう少し情報を得なければ)

「ローレンス。離れた所からでいいわ。ロックウェル様が恋人と接触するのを見張っていてちょうだい」
【…かしこまりました】

そう言って情報収集に戻った眷属を見送り、リーネはもう一匹の眷属へと声を掛けた。

「ククル。シリィを上手く足止めして頂戴」

恐らく時間稼ぎにしかならないだろうが、あの娘が戻ってきたらロックウェルに近づくのは難しくなる。
ロックウェルとしては、元々ライアード王子の婚約者だから誰にも二人の仲を誤解されたりしないだろうと踏んで傍に置いていたようだが、婚約破棄した今、シリィは無駄に可愛いから気を惹こうと男どもがちやほやと周囲をうろつくのでやりにくいのだ。
周囲を白魔道士で固められては近寄りにくいことこの上ない。
ただでさえロックウェルに気のある女達の目を逃れて絡むことしかできないのに、さすがにそこまで労力を割くのは御免だった。
できれば滅多にないこのチャンスを生かしてロックウェルの弱みを握り、上手く事を起こす布石にしたい。
「さて…何が出てくるかしらね」
そう思いながら翌日の報告を待ったのだが────。




【リーネ様。昨日はロックウェル様はご友人と食事をしてそのままお泊りになられただけの様でございます】
「それは確かなの?」
【はい】
どうもその友人は余程の眷属を抱えているのか、ローレンスだけでは声すら届かない位置で見守ることしかできなかったのだと言う。
【何やら楽しげに話しながらその者の家に入っていきましたし、今朝も笑顔で別れておりました】
話を聞く限り余程仲の良い友人らしい。
それならもしかしたらクレイかもしれないとふと思い至る。
あの男の封印が解けた時の魔力の放出は自分でも慄いたほどだ。
魔力が暴走していたと言っていたが、あれを抑えたと聞いた時はロックウェルのその力に驚きを隠せなかった。
正直白魔道士の底力を見せつけられたような気がしたのだ。
それは白魔道士を侮っていた自分自身にとっては衝撃的な出来事だった。
もしかしたら魔力の高い者同士、長い付き合いなのかもしれない。

「そう…そうね」

恋人の方から攻めるのが難しければ、友人の方から攻めてもいいのかもしれない。
クレイならロックウェルの恋人について何か知っている可能性は高いだろう。

「いいわ。私がクレイにまず接触してみるから」

そして上手くクレイを落とすことができれば、自分も魔力が上がって一石二鳥だ。
ロックウェルに対抗する魔力を手に入れることもできるかもしれない。

(私はもっともっと上に行きたいのよ)

王子の妃などという他人の力に頼るのではなく、自分の力で上へと登りたい。
皆に崇められ、凄いと言わしめたい。
それにはもっともっと力が必要だ。
そのためなら何を踏みつけにしてでも上に登ってみせる。

(利用できるものは利用しないと…ね)

リーネはクスリと笑いながらどう接触を図ろうかと思案し始めた。


***


時は前日へと遡る────。
その夜もロックウェルはクレイの元を訪れていた。
さすがに三日目ともなると少し落ち着いて、街で夕食を取り家に戻った後はしばらくゆったりとした時間を過ごしていた。
コーヒーを手に何気ない話をしつつ笑顔で過ごす時間も楽しいもので、なんだか昔に戻ったような気持ちになる。
ロックウェルがこの雰囲気を壊さないようにハインツの件をどう話そうかと思っていたところで、ふとクレイの眷属が声を上げた。


【…クレイ様。失礼いたします】
「どうした?」
【誰ぞの眷属が…】
「追い払え」
クレイが何でもないことのように短く指示を出す。
【…ギリギリの場所にいる為、恐らくは様子見かと】
つまりは追い払えない微妙な位置にいる為、何もできないということのようだ。
それはこちらに眷属がいる為、近づけないだけとも言える。
目的はわからないが、ここに来たと言うことはクレイを狙っているのだろうか?
けれどクレイが確認するかのようにヒュースへと声を掛けると、あっさりと別の答えが返ってきた。

「ヒュース。ロックウェル絡みではなさそうか?」
【あれは王宮魔道士リーネの眷属ですよ】

その言葉にロックウェルは目を瞠る。
リーネが一体何の用で眷属を放ったのだろう?
確かに今日は眷属のことを聞いてきたりしていたが、もしや気になって後をつけさせたのだろうか?
これは正直気が気ではない。
「…となるとロックウェル狙いの可能性が高いか」
クレイも気になるのかそうやって暫し考えこんでいる。
これではハインツの件は流した方がいいかもしれない。
「クレイ。唐突だが、今日ハインツ王子の教育係を頼まれた。お前と一緒に引き受けてもらえないかと言われたが…また不穏なことが起こりそうな気もするし、今回は私の方から断らせてもらっても構わないか?」
一緒にできればよかったが、折角戻ってきてくれたクレイを面倒事に巻き込みたくはなかった。
だから、一応そんな話があったとだけ伝えておく、とだけ言って話を切ろうとしたのだが、クレイは何故か『待て』と言ってくる。

「その教育係はお前と一緒なんだな?」
「ああ。そう聞いている」
「わかった。詳細が決まったらまた知らせてくれ」
「…クレイ。無理に受ける必要はないんだぞ?」
「別に無理はしていないから大丈夫だ」
「…そうか」

意外にもあっさりと受けたのが気になったが、常に一緒に居れば何かあっても自分が対応できるだろうと思い直し、そのまま笑顔で感謝を伝えた。

「きっと陛下も安心なさるだろう」
「…俺はお前と居たかっただけだ。王は関係ない」
「ふっ…陛下はお前との仲は認めてくださったぞ?結婚してもいいとまで仰ってくれていたし、お前も少しは歩み寄ってはどうだ?」
「は?結婚?!」
「ああ。娘として公表したら結婚できると言っておられたから…」
「ふざけるな!俺は女じゃない!」
そうやってプイッと怒ってしまったクレイを宥めて、そろそろ頃合いだと寝台へと連れ去っていく。
「お前はそのままで十分可愛いから、二度と女装して他の者を魅了するな」
「……っ?!」
「結婚しなくてもずっと私の傍に居てくれればそれでいい」
「~~~~っ!!」
「クレイ…返事は?」
「……お前はたらしだ」
顔を覗き込まれ気恥ずかしさから頬を染めてポツリと呟いたクレイに、ロックウェルは艶やかな笑みを浮かべる。
「クレイ…どうやら素直にさせるしかないようだな?」
「ちょっ…まっ…!!ん~~~っ!!」
あっという間に寝台へと押し倒され、口を塞がれたクレイはなすすべもなく捕獲されてしまう。
「夜はまだまだ長い。お前が素直になるまでいくらでも付き合ってやる」
そんな言葉にしまったと蒼白になりながら、クレイは今日も今日とてやはり散々啼かされる羽目になったのだった。


***


翌朝なんとか笑顔でロックウェルを見送り、今日はのんびりしようと過ごしていたところで、突如その知らせは舞い込んできた。
シリィに預けていた使い魔が慌てたようにやってきて、シリィが大変なのだと伝えてきたのだ。
そのまま使い魔を手に吸い込み状況を確認すると、どうやらソレーユからの帰りの馬車が山中で横転してしまったらしい。
それだけならまだしも、衝撃でシリィが山の斜面へと投げ出され、気を失ってしまったようだった。
怪我の具合はわからないがこれは一刻を争う。

「シリィ!」

すぐに影を渡って現場へと向かうと、そこには倒れて気を失っているシリィの姿があり慌てて抱き起こす。
命に別状はなさそうだが、あちこちに出血も見られ、これは骨が折れているかもしれないと思われる箇所まであった。
それを見て急いで瞳の封印を解いて回復魔法を掛ける。
けれど怪我は治っても目を覚ましてはくれない。
これは魔力交流もした方がいいのかと思い至り、ほんの僅か魔力も与えてみた。
するとそれが刺激になったのか、小さく呻き声を上げてシリィが目を覚ます。
「うっ…」
「シリィ!大丈夫か?!」
「クレ…イ?」
その言葉にホッと安堵の息を吐く。
「回復魔法は使ったが大丈夫か?」
「あ…私…どうしたの?」
状況がよく飲みこめない様子のシリィにクレイが簡単に状況を説明する。
「途中、馬車が横転したらしい。預けていた使い魔が俺に知らせに来てくれたんだ」
その言葉にシリィが驚いたように言葉を紡ぐ。
「それでわざわざ助けに来てくれたの?」
「ああ。怪我の具合もわからなかったし、シリィが心配だったからな」
安心したと笑ってやるとシリィはほんのりと頬を染めた。
「ありがとう」
「気にするな。それより服が台無しだな。取りあえずこれでも羽織っておくといい」
一先ず羽織っていたマントで体を包み、そのまままた体を抱き上げる。
「他の者達のことは誰か使い魔なり眷属なりに報告させるから、シリィは俺と一緒にこのまま先に王宮に帰ろう」
「ええっ?!」
「影を渡るからそのまま捕まっていろ」
そう言って速やかに瞳だけ封印すると、そっと寄り添うシリィをしっかりと抱え、一気に王宮へと向かった。




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