黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

109.白の罠

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「ロックウェル様?」

ロックウェルはフローリアに呼び出されて席を外したのを後悔していた。
すぐ近くにいるからいつでも駆けつけられると油断していたのは確かだが、まさかロイドとの口づけを見せつけられるとは思っても見なかった。

(あの男…!)

シュバルツへの牽制と言うのならクレイへの口づけは必要なかっただろうに、わざわざクレイと魔力交流までして、しかもこちらへとチラリと楽しげに視線を向けてきたのだ。
あの優越感に満ちた表情は、絶対にシュバルツだけではなく自分へも向けたものだっただろう。

(許せん!)

しかも一緒に隣にいたシリィがまた余計なことを言ってくるからたまらない。
「はぁ…ロイドはこうして傍から見るとまるでクレイの恋人みたいですね…。羨ましいです」
「あいつはただの友人で、クレイの恋人は私だ」
正直聞き捨てならない暴言だ。

「それは知っていますけど、多分クレイが肯定していなかったら私は今でも二人はいい友人同士だと思っていましたよ?」
普段からイチャイチャしているわけではないし、甘い視線を絡ませているわけでもないのだからとシリィは言ってくる。

「そう言うのはクレイが好まないんだ」
「ああ、確かにクレイは嫌がりそうですね」
「だろう?」

そう言うことだから仕方がないのだと言うが、続くシリィの言葉は容赦がない。
「でもほら。…あんな姿を見るとあっちの方が断然恋人っぽく見えません?」
シュバルツからクレイを守っている姿と言い甘く口づけ合う姿と言い、二人はお似合いなのではないかと言い出したシリィを睨み付け、ロックウェルは腹立たしげに二人の後を追おうとしたのだが、そこをフローリアから引き留められる。

「ロックウェル様!お待ちください!」
「姫。申し訳ないがまた後程…」

けれど立ち去ろうとしたところでグイッと腕を引かれそのまま唇を奪われてしまう。

(…?!)

次いで流れ込んできたのは彼女の魔力────。

なるほど。トルテッティの王族なだけあってその魔力は相当高く、自分よりも確実に高いのを感じた。
けれど────ただそれだけだ。

特段キスが上手いわけでもないし、自分を酔わせるだけの魔力の高さを有しているわけでもない。
確かにそれなりに気持ち良くはあったが、クレイとの魔力交流に比べたらちっとも良くなかった。

何と言うか────冷める。

(なるほど…。クレイが言っていたのはこう言うことか)

ロイドとの口づけは気持ちいいが自分とのものとは全く違うといつだったか言っていたように思う。
これは確かに大違いだ。
クレイがロイドとの交流後、欲求不満になる気持ちもわからないでもない。

「ロックウェル様。私との魔力交流、気に入って下さいましたか?」

そうやって自信満々に微笑んでくるこの姫に一体どう言えばいいのか冷え切った頭で淡々と考える。
今は何としてでもさっさとここを切り上げてクレイ達を追わねばならない。
ここで迂闊なことを言うのは避けた方が無難だろう。

「私には過分なものでした。どうぞもっと合う者とお試し下さい」

スッと礼を執り、そのまま踵を返して戸惑うシリィと共にその場を後にする。

(クレイ…!)

時折話しかけて来る輩をやんわりと断り人混みをすり抜け広間を出て回廊を行くと、その先にある演習場に三人がいるのがわかりすぐさまそちらへと向かった。


***


「ロイド!悪ふざけが過ぎるぞ?」

クレイはロイドに連れられその怒りのままにロイドへと怒っていたのだが、ロイドは『助かっただろう?』と言って笑うだけだ。
そんなロイドには最早ため息しか出ない。

「確かに助かったが、相手は王族だ。お前に迷惑が掛かったらと心配もしているんだ」
「ああ、なるほど。大丈夫だ。私がアストラスの者だったら問題だったかもしれないが、今回は招待客同士のただのやり取りに過ぎない。文句を言われてもあの程度ならライアード様に掛かれば何もなかったことになる」

優秀な方だからなと不敵に笑うロイドがやけにカッコいい。

「…それならいいんだが」
「礼なら後でたっぷりしてくれ。そんなことより今日は演習場も使えるんだろう?例の魔法を一緒に試してみないか?」

リーネにも見せてやりたいしと言いだしたロイドにそれはいいなとクレイも目を輝かせる。

「あら?もしかしてさっき言っていた…?」
「ああ。ロイドの結界内で試したら他の魔道士達を巻き込まなくて済むし、いいんじゃないか?」
「それは楽しみだわ!」

是非見せてほしいと言ってきたリーネにロイドとクレイは楽しげに笑う。

「新魔法の試行仲間が増えて嬉しい限りだな」
「そうだな」

そして早速試そうかとロイドが結界を張ろうとしたところで、シュルシュルッと絡みつくような魔力の発動を感じてクレイはすぐさま防御魔法を唱えそれを弾き飛ばした。

「誰だ!」

鋭く声を上げるとそこにはアベルの姿があり、クレイは一気に警戒心を剥き出しにする。

「いきなり何をする!」
「ふ…ここは演習場だろう?魔法の試しをして何か不都合でも?」

その言葉にそういうことかとギッと鋭い視線を向けた。

「まあまあ。そう怒らずに平和的にいこうじゃないか」
「…『平和的に』が聞いて呆れる。何が目的だ」
「勿論。お前を説得してトルテッティに招待したくて…」
「断る!」
「言うと思った」

それならそれで実力で説得させてもらうと言い、アベルは拘束魔法を三重に唱え始めた。

「なっ…!」

これにはリーネとロイドも目を見開くが、クレイは負けず劣らず早口で対抗魔法を唱え始める。
バチバチとあちらこちらで牽制の火花が飛び始めたのでその場にいた魔道士達が何事だと場所を開け始めた。

「さすがだな、クレイ。封印された状態でこれを全て凌ぐとは…」
「当然だ。俺を誰だと思っている」

なんなら実力で叩き潰してやろうかと妖しく笑ったクレイに思わず場にいた者達が見惚れてしまう。

「最高だなクレイ。やはり何が何でもお前を屈服させて私の物にしてやりたい…」

アベルが獲物を狙う鋭い眼差しでクレイを見据え、どこまでも傲慢に魔法を繰り出してくる。
そんな本気モードの二人を見て、ロイドがすかさず周囲に結界を張り巡らせた。

「クレイ、頑丈に結界を張っておいた。思う存分やればいい」

そんな言葉にクレイが嬉しそうに笑う。

「さすがロイド。よくわかってるな」

下手な手出しよりもこういう風にサポートしてもらえる方がずっとありがたい。

「すぐに終わるから待っていろ。お礼に後でたっぷり交流してやろう」
「…それは楽しみだ」

そんな言葉と共にクレイの口が三つの魔法を同時に紡ぎだす。

(へぇ…これは初めて見たな)

てっきり対抗魔法を使うのかと思ったが、そうではないようだ。

「攻撃魔法の三段活用か…怖いな、クレイ」

これは相当怒っているなというのがそれだけで分かる。
雷を纏った鎖で束縛に掛かり、霧を使って相手の呼吸を奪う小結界で包み込む。そして最後はそれを全て相手が弾いた途端に炸裂するであろう周囲を飛び回る無数の火弾(ボム)。
全く逃げ場がない。
何が凄いかと言うと死ぬか死なないかのギリギリの線を見極めた上で威力を調整されているのが凄いのだ。
あれなら全部まともに食らっても高位の白魔道士の回復力から考えるにまずギリギリ死なずに済むだろう。
痛みは最大限に、被害は最小に。

「クレイもなんだかんだでドSだな…」

ロイドがポツリと呟いたところでクレイは自分はドSじゃないと反論してくるが、全くもって説得力はない。
対するアベルはクレイの魔法が発動する前に一つ目の防御魔法を唱え、その守護膜の中で更に三重に魔法を唱えている。

「ぐっ…!」

けれどクレイの魔法がジワジワと効いているのか息が苦しそうだ。

「無駄だ。その魔法の逃げ場は一つだけなんだからな」

そんな言葉と共にクレイがニッと笑う。
それと共にアベルが無念そうに魔法を発動させる。
どうやらアベルが唱えた魔法は防御魔法、強化魔法、対抗魔法だったようで、クレイが言った通り雷と霧の魔法を対抗魔法で吹き飛ばした後、ボムから身を守るものだったようだ。
けれどいくら強化したところで、あの無数のボムから完全に身を守ることは不可能だ。

「グハッ…」

床へと倒れ込むアベルにクレイが嫣然と笑みを浮かべる。

「残念だったな?」
「う…くそ…」

そんな風に決着がついたところで、演習場にロックウェルとシリィがやってくるのが見えた。
後からは追い掛けてきたであろうフローリアの姿も見える。

「お兄様!」

倒れるアベルにフローリアが慌てて駆け寄り回復魔法を唱え、あっという間に回復させる。

「クレイ様!酷いですわ!」

涙目でキッと睨んできたフローリアにクレイはため息を吐く。

「申し訳ないが魔法の試行だと言って仕掛けてきたのはそちらの方だ。こちらには証人もいるし、周囲に被害がいかないよう結界も張ってある。最大限の配慮はさせてもらったし、問題はないだろう」

そんな言葉にフローリアはアベルへと視線を向けて本当かと尋ねた。

「…ああ。一度彼と本気でやって見たくてな」
「……そうですか」

なんだか納得がいかないと言わんばかりのフローリアだったが、クレイは用は済んだとばかりに踵を返してしまう。

「これに懲りたら交流会中は大人しくしていることだ」

そうやって広間へと足を向けようとしたクレイに皆の目が集中する。
まさにその瞬間だった。
フローリアがクスリと小さく笑うと共にその呪文を口にしたのだ。

(え?)

それに気が付いたのは極僅かな者だった。

「クレイ!」

ロイドとロックウェルが同時に動きクレイの身を守りにかかる。
ロイドは対抗魔法を、ロックウェルは守護魔法をそれぞれ素早く口にした。

パキィン…!

クレイへと向けられたその魔法はその甲斐もあってあっという間に霧散したのだが、次いで唱えられていた魔法がロックウェルへと命中したのをクレイは視界の端へと捕え、悲鳴を上げた。

「ロックウェル!!」

それと同時にロックウェルの身体がその場で崩れ落ちる。

「ロックウェル様!!」

シリィも慌てて駆け寄りロックウェルの様子を確認するが、ロックウェルは頭を抱えながら苦しげに呻くだけだ。

「しっかりしてください、ロックウェル様!!」
「ぐっ…うぁ…」

身を震わせるロックウェルの姿にクレイは蒼白になりながら魔法を放ったフローリアへと詰め寄った。

「ロックウェルに何をした…!」
「…あら怖いこと…。私は何もしていませんわ」
「嘘を吐け!何をした?!」
「本当ですわ。試しに診させてくださいませ」

そう言いながらフローリアがそっとロックウェルの方へと足を向ける。

「ロックウェル様…私の声が聞こえますか?」
「う…はぁ…」
「貴方のフローリアが参りましたわ」
「フロー…リア?」
「ええ。貴方のフローリアです。お分かりですか?」
「はっ…はぁ…」
「ゆっくりと息をなさってくださいませ。貴方の部下であるシリィと、ご友人のクレイも心配しておりますわ」
「う…」
「さあ、落ち着くように回復魔法を掛けて差し上げましょう」

そう言ってフローリアが精神を安定させる魔法を口にする。

「さあ。ご気分はいかがです?」
「…大丈夫だ」
「それは良かったですわ」

そんな風ににっこりと微笑みを浮かべてフローリアがスッと立ち上がった。

「これで大丈夫でしょう」

そんな言葉と共にロックウェルがそっと立ち上がりフローリアへと礼を言う。

「姫…助かりました」
「いいえ。他の誰でもないロックウェル様のお為ですもの」
「…お礼にあちらで少しお話でもいかがです?」
「あら。嬉しいですわ。先ほどはあまりお話できず残念に思っていたものですから」
「それは失礼いたしました。では…」

そんな風に仲良く並んで行ってしまったロックウェルにその場にいた者達が呆気にとられる。

何だろう?
何かがおかしい。
確かにロックウェルは具合がよくなったようなのに、何かが違うのだ。

「…ヒュース!」

そこでクレイが突如声を上げた。

「ヒュース…ロックウェルが…」

その顔色はひどく悪く、何故か憔悴しきっている。

【……どうやらクレイ様の思っていらっしゃる通りのようでございます】

答えた眷属の言葉もひどく沈鬱で、ロイド始め他の面々も何故そんな風に落ち込んでいるのか察することができなかった。

「うっ……。こんなの信じない!絶対に嫌だ…嫌だ…!」

クレイが身を震わせバチバチと魔力を暴走し始め、その場にいた者達が驚きに目を見開く。

「クレイ…?」
「落ち着け、クレイ!」

シリィとロイドが声を掛けるがクレイは悲しみの淵にいるかのようにポロリと涙をこぼした。

「うっ…ロックウェル…」
【クレイ様!落ち着いてくださいませ!】

ヒュースが声を掛けるがクレイはただ首を振るだけだ。
そんなクレイにアベルが楽しげに声を掛ける。

「凄いな、クレイ。そんなにロックウェルに惚れているのか?」
「うるさい!」

バフッ!という音と共に爆風がアベルを襲うが、アベルはそれをしっかりと防御し更に言葉を紡ぐ。

「…クレイ。どうしたらいいのか…お前にはわかるだろう?」
「煩い煩い!絶対にお前の手になんか落ちてやるものか…!」

憎悪に満ちたクレイの眼差しがアベルへと向けられる。

「では試しに妹に魔力剥奪魔法でも試してみるか?何の意味もないとは思うが?」

楽しげに告げるアベルの言葉にクレイがふるふると怒りに身を震わせる。
その言葉で、妹姫がロックウェルに何かしたのは明白だった。

「ロックウェル様は記憶操作に対する対抗魔法を掛けていたんじゃなかったの?!」

リーネがそう言ってくるが、これはクレイとロイドにとっても思いもかけないことだった。

「あれは記憶操作なんかじゃない」

そうだ。黒魔道士が使う記憶操作に対する対抗魔法では防ぎようがない。
あれは────。

「混乱魔法と回復魔法を使った洗脳よ…」

シリィの呆然としたようなその声に、リーネは衝撃を受けた。
まさか白魔法でそんなことができるなんて思っても見なかったからだ。

「クレイ。私と共にトルテッティへ来い。すぐに返事は求めない。交流会が終わるまで猶予をやるからゆっくり考えるといい。ロックウェルを取り戻すも取り戻さないも────お前次第だ」

どうせ答えは一つだろうがなとアベルは勝ち誇ったかのように笑いながら演習場から出ていった。



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