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第一部 アストラス編~王の落胤~
115.虜囚
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「クレイ」
クレイは自分へと声を掛けてきたショーンにそっと手を上げる。
「ショーン」
「ロックウェルは?」
「…トルテッティの手の内だ」
「そうか」
ショーンは深くため息を吐くとポンと軽く肩を叩いてきた。
「大丈夫だ。陛下にも事情はお話しておいた。魔法のせいでそうなっているのなら早急に解決に力を貸してやれと仰ってくれた」
「…すまない」
「いいさ。第一部隊の者達にも何人か話は通しておいたからフォローはしてもらえるはずだ」
そんな言葉にシリィが顔を輝かせる。
「ほ、本当ですか?!」
「ああ。アレスとシオンが特に乗り気でな。他にも数名名乗り出てくれた」
だからきっと大丈夫だとショーンは言ってくれる。
「ショーン室長。本当にありがとうございます」
シリィの言葉にクレイがそう言えばショーンは偉い奴だったと思い出した。
「お前は魔道士じゃないくせに本当に頼りになるな」
「相変わらず一言多いな。クレイ」
ショーンが苦笑しながらそんなことを言ってくる。
「褒めているだろう?大体俺は魔道士じゃないお前がよくわからない」
以前から気になっていたからそう言ったのだが、それには思いがけない答えが返ってきた。
「ふっ…まあ確かに珍しいかもしれないな。俺は魔物とのハーフなんだ」
「え…?」
王に拾ってもらったからここに居るんだと言うショーンに納得がいったとクレイはそっと微笑みを浮かべる。
「そう言うことか。それなら俺もお前を信頼してもいいな」
「…随分あっさり言うんだな」
「当然だろう?俺は眷属達が大好きだし、皆優しいのを誰よりも知っているんだから」
自分が知る魔物達は誰も裏切るようなことをしない。
そんな彼らの血を引くショーンなら信頼してもいいとクレイは口にした。
「悪い魔物だって中にはいると思うぞ?」
「…人と愛し合える魔物の子なんだろう?悪い奴のはずがない」
「…そうか」
クレイの言葉を受けてどこか穏やかな笑みを浮かべるショーンに、クレイは一先ずこれからの対策をと話し始める。
「今日はなんとかロックウェルの嫉妬を煽って様子を見ようということになった」
「ああ、なるほど。それは効果がありそうだな」
「仕事のフォローは他の魔道士達に上手くしてもらって、ロックウェルの目を俺に向けるようにしてくれないか?そうしてもらえたら、できるだけロックウェルの前でロイドと煽ってみようと思う」
「…ずいぶんスリリングだな」
「ショック療法だと言ってくれ」
「…正気に戻った時がかなり怖そうだぞ?朝までお仕置きコースまっしぐらかもな」
「早く正気に戻ってほしいものだ」
フイッと視線を逸らしたクレイにショーンが苦笑し、クシャリと頭を撫でてきた。
「大丈夫だ。味方は多い。きっと取り戻せるから」
そんな言葉に不覚にも涙が滲んだ。
「それより、お前はそっちばかりじゃなくアベル達にも気を付けておけよ?」
「わかっている」
今の所接触は特にないが、いつ何時こちらに接触をしてくるか分かったものではない。
そう考えていると、噂をすれば何とやらでシュバルツがこちらへと向かってくるのが見えた。
「お邪魔しても?」
「…何の用だ?」
冷たくそう尋ねると、シュバルツはにっこりと微笑みながらその言葉を口にした。
「貴方方と共同戦線を張れないかと思いまして」
「共同戦線?」
「ええ。フローリアを寝取られて私も腹が立っているんです。あの二人がくっつかないよう、協力していただけないかと」
「……お前がロックウェルを元に戻せばいいだけの話じゃないのか?」
「それだとアベルもフローリアも納得しないでしょう?」
アベルの狙いはクレイなのだからとシュバルツが食えない笑みで言ってくる。
「だから交換条件を持ってきたんです。貴方がアベルの元へ行けばロックウェルは私が責任をもって元通りにし、アストラスに返しましょう」
悪くはない話だろうと言ってくるシュバルツに皆が警戒を強める。
「このままだとアベルはクレイをのらりくらり手籠めにしながらロックウェルとフローリアを結婚させてしまうだけ…。それだとアストラス側は面白くないでしょうしね」
ここは協力しないかとシュバルツが笑って言ってきた。
「恐らくフローリアはアストラスに嫁いだら王宮魔道士の女性を全員失職させにきますよ?王宮魔道士は男性だけでいい、ロックウェルの傍に女は自分だけでいいと…それくらいは主張するでしょう」
「なっ…何ですって?!」
その言葉はシリィとリーネにとっては寝耳に水の話だった。
そんな私情で失職させられてはたまったものではない。
「そうなるよりは私の案に乗っていただいた方がいいと思いますが?」
断られるはずがないと言わんばかりにシュバルツがにっこりと言い放ったのでクレイはどうしたものかと思案する。
当然シュバルツの案を受け入れるわけにはいかないが、一体どうするのがベストだろう?
何か上手い手はないものだろうか?
そう考えていたところでその声が割り込んできた。
「随分面白い話をしているな?」
「ロイド!」
「待たせたな、クレイ」
そう言いながらロイドがそっとクレイの身体を抱き寄せて、シュバルツへと鋭い視線を送る。
「昨日言った言葉を忘れたのか?クレイはお前達にはやらない」
「……今はそんな話をしていたわけじゃない」
ジリッとシュバルツが後ずさるのをロイドが楽しげに見遣り言葉を紡ぐ。
「そんな風には聞こえなかったが?」
そう言ってロイドがそっと自分の眷属へと手を翳し、先程のやり取りを確認した。
「クレイには私の眷属を付かせている。先程の会話でお前はクレイにアベルの元へ行けと言っていただろうに…」
「……!!」
「まあお前が恋人をロックウェルに取られたくない気持ちもわかるがな」
そんな言葉と共にロイドが不敵に笑いながら提案を口にする。
「お前に協力してやってもいいが、ひとつ条件がある」
「…なんだ?」
クレイを諦めろというのならお断りだと言ってくるシュバルツに、ロイドはそんなものは端から期待していないと言い切った。
「あの魔法について詳しく教えてくれ」
「?!」
「今回の交流会は魔道士達の交流を深めるものだ。魔法について詳しく話を聞くのは当たり前の事だし、それならお前も後ろ暗いことは何もなく、アベル達から問い詰められてもいくらでも言い逃れできるだろう?」
そんなことを言いだしたロイドに、シュバルツが悩む様子が見て取れる。
「白魔道士国家であるトルテッティの知識をアストラスの白魔道士に教えてやってくれないか?」
そしてそれはまるで自然なことであるかのようにロイドがシリィの方へと視線を向けたので、シュバルツはその場で考え込んだ。
「…わかった。その代わり、あの二人を引き離すのにも協力してもらうぞ?」
「もちろんだ」
そうしてシュバルツはフローリアがかけた魔法について詳しく教えてくれた。
「つまり、解くのは本人以外でも可能と言うことか?」
「…ああ。但し、フローリア以上の強い魔力を持つ相手じゃないと解くことはできない」
「…お前とフローリアはどちらが魔力が高いんだ?」
「同じくらいだ。フローリア以上の魔力となると、トルテッティではアベルか国王陛下しかいない」
だからクレイさえアベルに落ちてくれればアベルがロックウェルに掛けられた魔法を解いてくれるはずだとシュバルツは口にした。
「アベルはフローリアに甘い男だが、基本的には自己中だ。私が上手く言いさえしたらロックウェルは返してくれるだろう」
そんな言葉を受けてロイドがニッと笑った。
「お前はフローリアと同じくらいの魔力なんだな?」
「ああ」
「それならてっとり早く魔力を上げてもらうことにしよう」
「え?」
「ああ、それはいいな」
「名案ね」
驚くシュバルツを余所にその場にいた皆が口々にそんな言葉を口にする。
「お前にとっても悪くない、いい話だぞ?」
そしてシュバルツはその場から別室へと連行されていったのだった。
***
ロイドが部屋に結界を張り巡らせ、クレイがそれを壊れないように更に補強する。
「俺達から逃げられると思わないことだな」
ククッと笑う黒魔道士達を前にシュバルツは蒼白になりながらフルフルと震えていた。
一体何故こんなことになってしまったのだろう?
自分はロックウェルとフローリアを引き離せればそれで良かったというのに…。
「さあ、さっき教えた魔法を使ってみろ」
まさか黒魔道士がこんなに怖いものだとは思いもしなかった。
自国にいる黒魔道士は自分達白魔道士以下の存在で、いつも端っこの方で縮こまっているような存在でしかなかった。
追跡や調査などの仕事をしながら申し訳なさそうに王宮で肩身が狭そうに生きている、そんな連中だった。
だからこんな強力な結界に閉じ込めてきたり、威圧的に脅してきたり、そんなことをしてくる輩だとは思ってもみなかった。
虐げて当然のそんな存在だったというのに────。
「魔力が減っても私が魔力交流して補給してやるから心配するな」
「俺も好きなだけ交流してやるぞ?お前の望みが叶って良かったな?」
ゾクゾクするような妖しい目で自分を見てくる二人に、ただ震えることしかできない。
あまりの迫力に全く逆らう気も起きなくて、ただただ教えられた魔法を口にする。
けれどそれを唱えると共に自分の魔力が凝縮されて自分に返還されるのを感じた。
(え?)
それを何度か繰り返すと魔力値が上がっていくのを感じたが、魔法の使い過ぎで少し息切れしてしまう。
しかしそれと同時にクレイが回復魔法を唱えてくれて、ロイドが唇を塞ぎ魔力交流をしてくれた。
「ロイド、俺が交流しなくていいのか?」
ロックウェルの為なら別に自分がしてもいいんだぞと口にするクレイにロイドがニッと笑う。
「お前は瞳の封印を解いてたまに私と交流してくれればそれでいい」
「ああ、なるほど」
そう言うと同時にクレイがその瞳の封印を解き放つ。
そこに現れたのはどこまでも吸い込まれそうに美しく輝くアメジスト・アイ────。
(ああ…なんて綺麗な…)
思わずうっとりと見つめていると、まるで見せつけるかのように目の前でロイドがクレイの唇を奪った。
「そんな風に熱く見つめてもお前とクレイを直接口づけさせてやる気はないぞ?」
どこまでも独占欲丸出しで言ってくるロイドがまた自分へと口づけてくる。
「んんっ…」
クレイの魔力が混じった酔いそうなほどの魔力が自分へと流れ込んできて背筋が震えて仕方がない。
「ほら、さっさと魔力を上げるために呪文を唱えろ」
「うぅ…」
そこから何度も何度も呪文を唱え、魔力を交流し、気が付けば与えられるロイドの魔力の心地良さに溺れそうになっている自分がいた。
「ああ…いい顔になってきたな」
「ロイド。お前は本当にひどい奴だな」
「クッ…私が容易に落とせないのはお前くらいのものだ」
「はぁ…別にいいが、責任は取ってやれよ」
「まあ魔力は高くなったし口づけも最初に比べれば上手くなったしな。ただの魔力交流相手でいいならいくらでも?」
そんな悪魔のようなセリフを耳にしながら、シュバルツはぐったりと眠りについた。
***
「あら?もういいの?」
二人で部屋を出ると、外にいたリーネが声を掛けてきた。
「ああ、もう十分だな」
「あれならロックウェルの魔法を解くのもいけると思う」
「思っていたより早かったわね」
もっと時間がかかると思ったのにと言ってくるリーネにロイドとクレイが同時にニッと笑う。
「俺達は仕事に時間を掛けない主義だからな」
「ああ、なるほどね」
さすがだわと言うリーネと共に二人は広間へと歩き始めた。
「放っておいて大丈夫なの?」
「ああ、結界はそのままだしな。食事と水は用意しておいたし、眷属も控えさせた。問題はない」
「じゃあ次はロックウェル様の前で好きなだけイチャついてちょうだい」
「ああ、そうだな。先に嫉妬を煽って心を揺さぶっておいた方が魔法を解く時にやりやすい」
「上手くいくかな?」
「大丈夫だろう。お前が落ちるくらい口説いてやる」
「ふっ…お前が落ちるの間違いだろう?」
「そんなもの、とっくの昔に落ちている。私はお前に夢中なんだからな」
「可愛い奴だな」
「年下らしくていいだろう?」
「まあな」
そんな会話にリーネが「ん?」と首を傾げた。
「え?ロイドってクレイよりも年下だったの?」
「ああ。そうだが?」
「いくつ?」
「もうすぐ22だ」
「え~?!じゃあ今は21?」
見えないと言うリーネにロイドがふんと鼻を鳴らす。
「一体いくつに見えていたんだか…」
「だっていつも自信満々でクレイを口説いてるし、もっと年上かと…」
魔法に対する知識も深いし、ロックウェルとも互角に渡り合っているし、経験だって豊富そうだしと言うリーネにクレイが楽しげに笑った。
「確かにロイドは凄い奴だし、リーネの言いたいことはよくわかるが…。意外と可愛い面も多いんだぞ?俺はそう言うところを見つけるのも好きだな」
「私を可愛いなんて言うのはお前くらいだと思うが?」
「そんなセリフがいちいち俺に似てて面白いんだ」
似た者同士だから一緒に居て落ち着くしと言うクレイにロイドがフッと笑う。
「いいな。一緒に仕事をしててもプライベートで一緒に居てもどちらも楽しい。やはりお前とずっと一緒に居たいものだ」
「別にいいぞ?俺もお前と一緒だと退屈しないしな」
「クレイ…今のはロイドと付き合うのを了承したことになっちゃってるわよ?」
「え?」
リーネの指摘でロイドがチッと舌打ちする。
(折角クレイは気づいていなかったのに…)
「ロイドはそう言うところがあざといのよ。クレイはうっかりしてるから、気づいたら取り込まれてるかもしれなくて心配だわ」
「そんなはずがないだろう?今さっきのは友人としての話なんだから」
「ほら、わかってない」
どこまでも鈍いクレイにリーネがため息を吐くが、ロイドとしてはさっさと話を切り替えてこの話は終わりにしたかった。
まだチャンスはいくらでもある。
「…ほら、つまらないことは後にしろ。あそこにロックウェルがいたぞ?」
そして皆がそちらを向くと、確かにそこにはロックウェルの姿があった。
しかも何故か今は傍にフローリアの姿は見当たらない。
これはチャンスだ。
「行くぞ」
そんな言葉と共に三人はそっと場所を移動した。
クレイは自分へと声を掛けてきたショーンにそっと手を上げる。
「ショーン」
「ロックウェルは?」
「…トルテッティの手の内だ」
「そうか」
ショーンは深くため息を吐くとポンと軽く肩を叩いてきた。
「大丈夫だ。陛下にも事情はお話しておいた。魔法のせいでそうなっているのなら早急に解決に力を貸してやれと仰ってくれた」
「…すまない」
「いいさ。第一部隊の者達にも何人か話は通しておいたからフォローはしてもらえるはずだ」
そんな言葉にシリィが顔を輝かせる。
「ほ、本当ですか?!」
「ああ。アレスとシオンが特に乗り気でな。他にも数名名乗り出てくれた」
だからきっと大丈夫だとショーンは言ってくれる。
「ショーン室長。本当にありがとうございます」
シリィの言葉にクレイがそう言えばショーンは偉い奴だったと思い出した。
「お前は魔道士じゃないくせに本当に頼りになるな」
「相変わらず一言多いな。クレイ」
ショーンが苦笑しながらそんなことを言ってくる。
「褒めているだろう?大体俺は魔道士じゃないお前がよくわからない」
以前から気になっていたからそう言ったのだが、それには思いがけない答えが返ってきた。
「ふっ…まあ確かに珍しいかもしれないな。俺は魔物とのハーフなんだ」
「え…?」
王に拾ってもらったからここに居るんだと言うショーンに納得がいったとクレイはそっと微笑みを浮かべる。
「そう言うことか。それなら俺もお前を信頼してもいいな」
「…随分あっさり言うんだな」
「当然だろう?俺は眷属達が大好きだし、皆優しいのを誰よりも知っているんだから」
自分が知る魔物達は誰も裏切るようなことをしない。
そんな彼らの血を引くショーンなら信頼してもいいとクレイは口にした。
「悪い魔物だって中にはいると思うぞ?」
「…人と愛し合える魔物の子なんだろう?悪い奴のはずがない」
「…そうか」
クレイの言葉を受けてどこか穏やかな笑みを浮かべるショーンに、クレイは一先ずこれからの対策をと話し始める。
「今日はなんとかロックウェルの嫉妬を煽って様子を見ようということになった」
「ああ、なるほど。それは効果がありそうだな」
「仕事のフォローは他の魔道士達に上手くしてもらって、ロックウェルの目を俺に向けるようにしてくれないか?そうしてもらえたら、できるだけロックウェルの前でロイドと煽ってみようと思う」
「…ずいぶんスリリングだな」
「ショック療法だと言ってくれ」
「…正気に戻った時がかなり怖そうだぞ?朝までお仕置きコースまっしぐらかもな」
「早く正気に戻ってほしいものだ」
フイッと視線を逸らしたクレイにショーンが苦笑し、クシャリと頭を撫でてきた。
「大丈夫だ。味方は多い。きっと取り戻せるから」
そんな言葉に不覚にも涙が滲んだ。
「それより、お前はそっちばかりじゃなくアベル達にも気を付けておけよ?」
「わかっている」
今の所接触は特にないが、いつ何時こちらに接触をしてくるか分かったものではない。
そう考えていると、噂をすれば何とやらでシュバルツがこちらへと向かってくるのが見えた。
「お邪魔しても?」
「…何の用だ?」
冷たくそう尋ねると、シュバルツはにっこりと微笑みながらその言葉を口にした。
「貴方方と共同戦線を張れないかと思いまして」
「共同戦線?」
「ええ。フローリアを寝取られて私も腹が立っているんです。あの二人がくっつかないよう、協力していただけないかと」
「……お前がロックウェルを元に戻せばいいだけの話じゃないのか?」
「それだとアベルもフローリアも納得しないでしょう?」
アベルの狙いはクレイなのだからとシュバルツが食えない笑みで言ってくる。
「だから交換条件を持ってきたんです。貴方がアベルの元へ行けばロックウェルは私が責任をもって元通りにし、アストラスに返しましょう」
悪くはない話だろうと言ってくるシュバルツに皆が警戒を強める。
「このままだとアベルはクレイをのらりくらり手籠めにしながらロックウェルとフローリアを結婚させてしまうだけ…。それだとアストラス側は面白くないでしょうしね」
ここは協力しないかとシュバルツが笑って言ってきた。
「恐らくフローリアはアストラスに嫁いだら王宮魔道士の女性を全員失職させにきますよ?王宮魔道士は男性だけでいい、ロックウェルの傍に女は自分だけでいいと…それくらいは主張するでしょう」
「なっ…何ですって?!」
その言葉はシリィとリーネにとっては寝耳に水の話だった。
そんな私情で失職させられてはたまったものではない。
「そうなるよりは私の案に乗っていただいた方がいいと思いますが?」
断られるはずがないと言わんばかりにシュバルツがにっこりと言い放ったのでクレイはどうしたものかと思案する。
当然シュバルツの案を受け入れるわけにはいかないが、一体どうするのがベストだろう?
何か上手い手はないものだろうか?
そう考えていたところでその声が割り込んできた。
「随分面白い話をしているな?」
「ロイド!」
「待たせたな、クレイ」
そう言いながらロイドがそっとクレイの身体を抱き寄せて、シュバルツへと鋭い視線を送る。
「昨日言った言葉を忘れたのか?クレイはお前達にはやらない」
「……今はそんな話をしていたわけじゃない」
ジリッとシュバルツが後ずさるのをロイドが楽しげに見遣り言葉を紡ぐ。
「そんな風には聞こえなかったが?」
そう言ってロイドがそっと自分の眷属へと手を翳し、先程のやり取りを確認した。
「クレイには私の眷属を付かせている。先程の会話でお前はクレイにアベルの元へ行けと言っていただろうに…」
「……!!」
「まあお前が恋人をロックウェルに取られたくない気持ちもわかるがな」
そんな言葉と共にロイドが不敵に笑いながら提案を口にする。
「お前に協力してやってもいいが、ひとつ条件がある」
「…なんだ?」
クレイを諦めろというのならお断りだと言ってくるシュバルツに、ロイドはそんなものは端から期待していないと言い切った。
「あの魔法について詳しく教えてくれ」
「?!」
「今回の交流会は魔道士達の交流を深めるものだ。魔法について詳しく話を聞くのは当たり前の事だし、それならお前も後ろ暗いことは何もなく、アベル達から問い詰められてもいくらでも言い逃れできるだろう?」
そんなことを言いだしたロイドに、シュバルツが悩む様子が見て取れる。
「白魔道士国家であるトルテッティの知識をアストラスの白魔道士に教えてやってくれないか?」
そしてそれはまるで自然なことであるかのようにロイドがシリィの方へと視線を向けたので、シュバルツはその場で考え込んだ。
「…わかった。その代わり、あの二人を引き離すのにも協力してもらうぞ?」
「もちろんだ」
そうしてシュバルツはフローリアがかけた魔法について詳しく教えてくれた。
「つまり、解くのは本人以外でも可能と言うことか?」
「…ああ。但し、フローリア以上の強い魔力を持つ相手じゃないと解くことはできない」
「…お前とフローリアはどちらが魔力が高いんだ?」
「同じくらいだ。フローリア以上の魔力となると、トルテッティではアベルか国王陛下しかいない」
だからクレイさえアベルに落ちてくれればアベルがロックウェルに掛けられた魔法を解いてくれるはずだとシュバルツは口にした。
「アベルはフローリアに甘い男だが、基本的には自己中だ。私が上手く言いさえしたらロックウェルは返してくれるだろう」
そんな言葉を受けてロイドがニッと笑った。
「お前はフローリアと同じくらいの魔力なんだな?」
「ああ」
「それならてっとり早く魔力を上げてもらうことにしよう」
「え?」
「ああ、それはいいな」
「名案ね」
驚くシュバルツを余所にその場にいた皆が口々にそんな言葉を口にする。
「お前にとっても悪くない、いい話だぞ?」
そしてシュバルツはその場から別室へと連行されていったのだった。
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ロイドが部屋に結界を張り巡らせ、クレイがそれを壊れないように更に補強する。
「俺達から逃げられると思わないことだな」
ククッと笑う黒魔道士達を前にシュバルツは蒼白になりながらフルフルと震えていた。
一体何故こんなことになってしまったのだろう?
自分はロックウェルとフローリアを引き離せればそれで良かったというのに…。
「さあ、さっき教えた魔法を使ってみろ」
まさか黒魔道士がこんなに怖いものだとは思いもしなかった。
自国にいる黒魔道士は自分達白魔道士以下の存在で、いつも端っこの方で縮こまっているような存在でしかなかった。
追跡や調査などの仕事をしながら申し訳なさそうに王宮で肩身が狭そうに生きている、そんな連中だった。
だからこんな強力な結界に閉じ込めてきたり、威圧的に脅してきたり、そんなことをしてくる輩だとは思ってもみなかった。
虐げて当然のそんな存在だったというのに────。
「魔力が減っても私が魔力交流して補給してやるから心配するな」
「俺も好きなだけ交流してやるぞ?お前の望みが叶って良かったな?」
ゾクゾクするような妖しい目で自分を見てくる二人に、ただ震えることしかできない。
あまりの迫力に全く逆らう気も起きなくて、ただただ教えられた魔法を口にする。
けれどそれを唱えると共に自分の魔力が凝縮されて自分に返還されるのを感じた。
(え?)
それを何度か繰り返すと魔力値が上がっていくのを感じたが、魔法の使い過ぎで少し息切れしてしまう。
しかしそれと同時にクレイが回復魔法を唱えてくれて、ロイドが唇を塞ぎ魔力交流をしてくれた。
「ロイド、俺が交流しなくていいのか?」
ロックウェルの為なら別に自分がしてもいいんだぞと口にするクレイにロイドがニッと笑う。
「お前は瞳の封印を解いてたまに私と交流してくれればそれでいい」
「ああ、なるほど」
そう言うと同時にクレイがその瞳の封印を解き放つ。
そこに現れたのはどこまでも吸い込まれそうに美しく輝くアメジスト・アイ────。
(ああ…なんて綺麗な…)
思わずうっとりと見つめていると、まるで見せつけるかのように目の前でロイドがクレイの唇を奪った。
「そんな風に熱く見つめてもお前とクレイを直接口づけさせてやる気はないぞ?」
どこまでも独占欲丸出しで言ってくるロイドがまた自分へと口づけてくる。
「んんっ…」
クレイの魔力が混じった酔いそうなほどの魔力が自分へと流れ込んできて背筋が震えて仕方がない。
「ほら、さっさと魔力を上げるために呪文を唱えろ」
「うぅ…」
そこから何度も何度も呪文を唱え、魔力を交流し、気が付けば与えられるロイドの魔力の心地良さに溺れそうになっている自分がいた。
「ああ…いい顔になってきたな」
「ロイド。お前は本当にひどい奴だな」
「クッ…私が容易に落とせないのはお前くらいのものだ」
「はぁ…別にいいが、責任は取ってやれよ」
「まあ魔力は高くなったし口づけも最初に比べれば上手くなったしな。ただの魔力交流相手でいいならいくらでも?」
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「あら?もういいの?」
二人で部屋を出ると、外にいたリーネが声を掛けてきた。
「ああ、もう十分だな」
「あれならロックウェルの魔法を解くのもいけると思う」
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もっと時間がかかると思ったのにと言ってくるリーネにロイドとクレイが同時にニッと笑う。
「俺達は仕事に時間を掛けない主義だからな」
「ああ、なるほどね」
さすがだわと言うリーネと共に二人は広間へと歩き始めた。
「放っておいて大丈夫なの?」
「ああ、結界はそのままだしな。食事と水は用意しておいたし、眷属も控えさせた。問題はない」
「じゃあ次はロックウェル様の前で好きなだけイチャついてちょうだい」
「ああ、そうだな。先に嫉妬を煽って心を揺さぶっておいた方が魔法を解く時にやりやすい」
「上手くいくかな?」
「大丈夫だろう。お前が落ちるくらい口説いてやる」
「ふっ…お前が落ちるの間違いだろう?」
「そんなもの、とっくの昔に落ちている。私はお前に夢中なんだからな」
「可愛い奴だな」
「年下らしくていいだろう?」
「まあな」
そんな会話にリーネが「ん?」と首を傾げた。
「え?ロイドってクレイよりも年下だったの?」
「ああ。そうだが?」
「いくつ?」
「もうすぐ22だ」
「え~?!じゃあ今は21?」
見えないと言うリーネにロイドがふんと鼻を鳴らす。
「一体いくつに見えていたんだか…」
「だっていつも自信満々でクレイを口説いてるし、もっと年上かと…」
魔法に対する知識も深いし、ロックウェルとも互角に渡り合っているし、経験だって豊富そうだしと言うリーネにクレイが楽しげに笑った。
「確かにロイドは凄い奴だし、リーネの言いたいことはよくわかるが…。意外と可愛い面も多いんだぞ?俺はそう言うところを見つけるのも好きだな」
「私を可愛いなんて言うのはお前くらいだと思うが?」
「そんなセリフがいちいち俺に似てて面白いんだ」
似た者同士だから一緒に居て落ち着くしと言うクレイにロイドがフッと笑う。
「いいな。一緒に仕事をしててもプライベートで一緒に居てもどちらも楽しい。やはりお前とずっと一緒に居たいものだ」
「別にいいぞ?俺もお前と一緒だと退屈しないしな」
「クレイ…今のはロイドと付き合うのを了承したことになっちゃってるわよ?」
「え?」
リーネの指摘でロイドがチッと舌打ちする。
(折角クレイは気づいていなかったのに…)
「ロイドはそう言うところがあざといのよ。クレイはうっかりしてるから、気づいたら取り込まれてるかもしれなくて心配だわ」
「そんなはずがないだろう?今さっきのは友人としての話なんだから」
「ほら、わかってない」
どこまでも鈍いクレイにリーネがため息を吐くが、ロイドとしてはさっさと話を切り替えてこの話は終わりにしたかった。
まだチャンスはいくらでもある。
「…ほら、つまらないことは後にしろ。あそこにロックウェルがいたぞ?」
そして皆がそちらを向くと、確かにそこにはロックウェルの姿があった。
しかも何故か今は傍にフローリアの姿は見当たらない。
これはチャンスだ。
「行くぞ」
そんな言葉と共に三人はそっと場所を移動した。
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漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
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