黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

130.燃料投下

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ロックウェルがクレイの部屋の前に行くとそこには眷属とルドルフの姿があり驚いた。
てっきり室内に移動したものと思っていたのだが……。

「何かあったのか?」
【いえ。私の力ではこの部屋には入れませんので、お待ちしておりました】

どうやら部屋にクレイが結界を張っているため、無理に入ろうとすると弾き飛ばされロックウェルにまでダメージがいくので断念したらしい。

【賢明ですね。暫しお待ちを】

そう言ってヒュースが先に中へと入ると、暫くして中から扉が開かれた。

「ロックウェル…」

どこかバツが悪そうなクレイを見てつい笑みがこぼれ落ちる。
けれど何も言わずそっと抱きしめると、頬を染めながらおずおずと切り出してきた。

「その……」
「ああ。ヒュースから聞いている。別に隠さなくても良かったのに…」
「え?」
「一人で魔法を試行しようとしたんだろう?」

そう。以前のクレイならまず迷わずソレーユに行ってロイドに相談し、仲良くその魔法を完成させていただろう。
けれど今回はそうしなかったのだ。
これは大きな変化と言えた。

「…………」
「入ってもいいか?」

柔らかく微笑みながらそう尋ねるとクレイはどこか申し訳なさそうに中へと促してくれる。

「ああ。ちょっと散らかっていて申し訳ないんだが…」

そうして部屋の中へと足を踏み入れた途端、空気が一変するのを感じた。
どうやらかなり強力な結界が張られているらしい。
これは眷属が大人しく部屋の外で待っていたわけだ。
弾かれた時のダメージは相当のものだろうと言うことが窺える。
逆に言えばここに居る限りは絶対に安全だろうとも言えた。

「ルドルフ様。ここならあの魔道士達も絶対に追ってこれないでしょう」

だからそう言ったのだが、ルドルフはどこかまだ不安げだった。

「……一体何があったんです?」

あのルドルフがここまで怯えるような様子を見せるとはロックウェルとしては意外でならない。
それはハインツやクレイも同様だったようで────。

「兄上?」
「何があった?」

椅子を勧めながら二人がそう尋ねると、ルドルフは大きなため息を吐いて詳細を語り始めた。


***


母である王妃から、話があると伝えられたのはちょうど午前の仕事が一段落ついて休憩でもしようかと思ったところだった。
ずっと部屋にこもっていた母が敢えて危険を冒してまで自分に連絡を取ってきたのは余程の事だろうと思い、すぐにその足で呼び出された場所へと向かう。
けれどそこには五人の女性がずらりといて、母は笑顔でこう切り出したのだ。

「ルドルフ。貴方には今回の事で助けてもらって本当に感謝しているのよ。この娘達は皆貴方のために用意した王妃候補なの。皆魔力も高いし、王宮での礼儀作法も心得ているわ。本当にどこに出しても恥ずかしくない優秀な魔道士の娘達ばかり。だから安心してこの中から妃を選んでちょうだい」

にっこりと笑顔で言われはしたが、ルドルフはその話をすぐさま断った。

「母上。お言葉は嬉しいのですが、私の妃は自分で選びますので」

けれど王妃はそう言うことなら一人ずつまずは話をしてみてはと言いだした。
これはそう簡単に断れそうにないぞと思い、つい言ってしまったのだ。
自分にはもう気になる相手がいる…と。
これは自分でも失敗したと思う。
正直『どこの女だ』から始まり、ここに居る候補者達と競わせたいからすぐさま連れて来いとまで言われるとは思っても見なかった。
多少面倒でも一人ずつ会話して、欠点を指摘しつつ丁寧に断った方が幾らかマシだったかもしれない。
気付けば候補者達から恐ろしい笑みで追い詰められて、こう言われたのだ。

「ルドルフ様?よもや我々を断るただの讒言だったとは仰いませんわよね?」

その言葉を聞いてゾワッと背に寒気が走った。
女に対して怖いと思ったのは初めてだった。
兎に角逃げなければと思い勢いよくその場から逃走したのだが、女魔道士達はそれ自体をまるで楽しむかのようにニッと笑って見つめ、暫くしてから追い掛けてきた。
その姿はまるで獲物をわざと逃がして追い掛ける肉食獣のようだとさえ思ってしまった。
自分には魔力もないから対抗できる術がない。
それをわかった上で簡単に捕まえられると踏んだのだろう。
だからこそ、必死になって逃げた。
捕まったら何をされるか分かったものではない。
最悪無理やり関係を持たされて、最初に子を授かった者が妃だとでも言われるのではないかと恐怖に駆られてしまったほどだ。
そうやって逃げていたところでロックウェルに遭遇し、こうして逃げおおせたと言うわけなのだ。




そんな話を聞いて、その場にいた全員が皆同情の眼差しを向けてきた。
「ルドルフ様…」
「兄上。逃げられて本当に良かったですね」
「全くだな」
そう言ってクレイが一匹の眷属を付けてくれ、ロックウェルが対抗魔法、ハインツが守護魔法をそれぞれかけてくれた。

「後で部屋の方にも結界を張っておいてやるから、夜は安心して眠れるだろう」

クレイがそう言ってくれたので非常に有難いと思った。
クレイの結界の中なら安心だ。
他にもできることはないだろうかと考えてくれる三人には本当に感謝の気持ちしかない。
そんな中、シュバルツが声を上げた。

「そういうことなら、仕事中はハインツ王子と一緒に行動されてはいかがです?現時点で魔法もかなりマスターされておられるようですし、実戦経験にもなりますから持ちつ持たれつでよいのではないでしょうか?」

そんな言葉になるほどと皆が納得する。
「それは確かに名案かもしれないな」
「ああ。ハインツ。どうだ?」
クレイが促すとハインツは目を輝かせて任せてほしいと胸を叩いた。

「兄上にはいつもお世話になっていますし、僕でできることなら喜んで恩返しをさせてください」

そう言って最初の頃から大きく成長したハインツが明るい声で請け負ってくれる。
そんな姿を眩しく見ながら、そう言うことなら是非お願いしたいと口にした。

「守ってもらうばかりも悪いし、ついでに最近の国政について一緒に国策を考えていこう」
「いいんですか?!」
「ああ。ちょうどこの間の寒波で北の地方に影響が出て…」

そんな風に話し出したルドルフにハインツも嬉しそうに耳を傾けてくる。
そんな中、突如部屋の中にその光景が飛び込んできた。




『クレイ』

ボゥッ…と突然立ち上った幻影にその場にいた者達が皆身構えたが、クレイだけはなんだと笑顔を溢した。

「ロイド。突然だな」

そこには映し出された幻影ではあるものの、ロイドの姿があった。
どうやらこれも魔法の一種らしい。

『悪いな。ライアード様がお前と話したいと言うから、ついでに幻影魔法を試行させてもらった』

そんな言葉にロックウェルも何も言うことができない。
ライアード王子が一体クレイに何の用なのか?

「わかった。繋いでくれ」

クレイがそう答えると同時にロイドの姿がライアードの物と入れ替わる。

『ほぅ!凄いな、ロイド!これは画期的だ』

そこには満足そうに立つ元気そうなライアードの姿があり、その場にいた全員が驚きに目を瞠った。
こんな連絡手段はこれまで見たことがない。

『お褒めに預かり恐縮でございます』

恭しいロイドの声まで聞こえてきて更に驚いた。
これなら複数と一度に話すこともできるのではないだろうか?

(これなら緊急時に文のやり取りをしてやきもきしながら結果を待つと言うこともなくなるな)

直接話せるのならそれに越したことはないのだから、これはライアードが言うようにとても画期的な魔法だと言えた。
これをロイドが考えたのかと思うとただただ感心するしかない。
是非普及させてほしいものだ。

「それで、俺に要件とは?」
『ああ。実はシリィの件なんだが…』
「シリィの?」

そんな言葉にクレイが首を傾げる。
確かにシリィの件をわざわざクレイに言ってくるのはどういうことなのか、ロックウェルにもわかりかねた。

『その…幾度か文を送っているのだが、何か聞いてはいないか?』
「特には」

本当に知らないとばかりにクレイは答えたが、ライアードはそれに対してただため息を吐くばかりだ。

『お前は相変わらずロックウェル以外に興味がないんだな。まあいい。実はあれから何人かの女と交流は持ったが、皆今一つでな。原点に返ってシリィともう一度やり直せないかと思い直した』

そんな言葉にロックウェルは驚きを隠せなかった。
まさかそこが復縁の可能性があるとは思いもよらなかったからだ。
とは言え以前の事を思い出す限りあまりいい話とは言えない気がして、クレイに早く断れと言おうとしたのだが────。

「ああ。まあ以前の件があるから難しいとは思うが、話してみて好感触だったならそれもありなんじゃないか?」

どうせ以前シリィがソレーユに行った時に話したんだろうとクレイが尋ねると、ライアードは実はそうなんだと答えを返してくる。

『お前が言っていたように、婚約中とは違ったシリィの姿を見て素直にいいなと思ったんだ』
「なるほど」
『それで何度か文を送ったんだが…』

どうやらなしの飛礫だったらしい。
まあ本人はクレイに失恋したり色々あったからそれどころではなかったのかもしれないが…。

『そんなわけで埒が明かないから、今度直接そちらへ行くことにした』

実に男前に言い切ったライアードにクレイはふぅんと気のない返事を返す。
本当にどうでも良さそうなのが実にクレイらしい。
一目でシリィに脈がないのが丸わかりで、それはどうやらライアードにも伝わったようだ。

『ははっ!お前のその姿が見たかったんだ』

どうやらロイドからシリィはクレイ狙いだと聞いたらしく、直接クレイの反応を確かめると言うのが今回の趣旨のようだとロックウェルも察することができた。

『ちょうどロイドがひと月後そちらに行きたいと言っていたので、私も一緒に行くことにした。アストラスに文は既に出しておいたから、シリィにもその旨を伝えておいてくれるか?』

そんな言葉にクレイが素直に頷きを落とす。

「わかった」
『そうか。ではロイドに代わろう』

そう言ってライアードは姿を消し、代わりにロイドの姿が現れた。

『そう言う訳で、約束の一か月後ライアード様とそちらに行くことになった』

そんなロイドにシュバルツが嬉々として話しかける。

「ロイド!直接会えるのを楽しみにしている」

けれどロイドはそんなシュバルツに不敵に笑うと面白そうにその言葉を紡いだ。

『ああ…お前との件もあったな。それについて一つ面白いことを教えてやろう』
「面白いこと?」

首を傾げるシュバルツにロイドが楽しげに笑う。

『ああ。クレイ達がお前を育てるのに本気を出してもらいたいからな。私は私でリーネを育てることにした』

そんな言葉にロックウェルは首を傾げたが、クレイはその言葉に察することがあったのかニッと楽しげに笑みを浮かべた。
その姿はさすがロイドとでも言いたげで正直気に入らない。

「それは…どういう意味だ?」

意味が分からずシュバルツが剣呑にそう尋ねると、ロイドは挑むようにシュバルツを見つめその言葉を口にした。

『リーネをこのひと月で私色に染め上げる。そのリーネとひと月後のお前を比べて、どちらが私の心を揺らせるかで恋人を決めたい』

その言葉は正直驚きでしかなかった。
まさかロイドがクレイの前でそんな言葉を口にするとは思っても見なかった。
けれどクレイはその言葉に表情を緩ませ、本当に楽しげに笑った。

「ははっ!ロイド…やっぱりお前は面白い奴だな」
『ふっ…今更だ。お前がシュバルツを使ってどう私を落としてくるのか楽しみにしている』
「ああ、勿論本気で落としにかかってやろう」

そうやってやる気満々のクレイにロイドが満足げに笑みを浮かべ、二人の仲はまた違った形で絆を作ったのだという気にさせられた。
けれどそんな黒魔道士同士の絆を、自分は兎も角シュバルツに理解できるはずもない。

「ロイド!この浮気者!」

自分の成長を待っていてくれるのではなかったのかと尋ねたシュバルツに誰もそんなことは言っていないとロイドはバッサリと言い切った。

『私が大人しく無駄な時間を過ごすはずがないだろう?黒魔道士にとって一分一秒は楽しい時間でないとな。それに私はチャンスを与えてやっただけに過ぎない。私を手に入れられるかどうかはお前次第だ』

嫌ならここで諦めればいいし、欲しいなら本気で取りに来いと傲慢に言い放ったロイドにシュバルツがギリッと歯噛みする。

「わかった!絶対に…絶対にお前は私が手に入れてみせる!」
『くっ…楽しみにしている』

そう言ってロイドはそのまま魔法を解呪してしまった。
ふわりと消えた幻影にシュバルツは悔しそうにしていたが、対するクレイはなんだかとても嬉しそうだ。

「元気そうで安心した。それに…久しぶりにやりがいのあるゲームだ。心が躍るな」

相手がロイドなら不足はないと、実に楽しそうに心弾ませている。
そんなクレイを睨み付け、シュバルツはこう言い放った。

「クレイ!新魔法の開発の手伝いはしたし、当然見返りを求めてもいいはずだな?」

どうやらクレイはハインツ同様にシュバルツにも畏まって話すなと釘を刺したようで、その姿はすっかり猫をかぶってはいない素のシュバルツのようだった。
対するクレイもそれが当たり前と言わんばかりに普通の口調だ。

「え?ああ、別にいいが?」
「そういうことなら、今晩から毎夜ロックウェルとの閨を観察させてもらいたい!!」

それに対してクレイは盛大に吹き出し狼狽えてしまう。

「はっ?!な、何をいきなりッ!!」
「だって、ロイドはリーネと言う女を仕込むんだろう?当然夜の件に決まっている!私は負けられないんだ!」

やけくそ気味にお子様返上にはそれしかないと言い出したシュバルツにクレイがそれは違うぞと弁明するが、シュバルツは聞く気がないのか絶対に譲らない構えのようだった。

「断られても突撃するから!」
「えぇっ?!そ、そう言うことなら俺はその…暫く夜はここじゃなく家の方に帰るから……!」

恥ずかしすぎると言って影渡りで逃げようとしたので、そこをシュバルツが逃がすものかと魔法を唱えそのまま拘束に掛かる。
ゾゾゾゾゾッと湧き出た鎖がクレイをあっという間に拘束したのを見て、ロックウェルはこれがあの時教えてもらった黒魔道士を逃がさない魔法かと理解した。
けれどクレイは素早くその魔法を解呪し、あっという間に逃げ出そうとしてしまう。
まさか解呪できるとは思っていなかったが、ロックウェルはここでクレイを逃がしてしまったら自分が会えなくなって困ると思い、改めて自分でもその魔法を唱えていた。
さすがにひと月近くお預けは避けたいところだ。

「なっ…!」

クレイはまさか連続でその魔法を使われるとは思っても見なかったのだろう。
術の発動と共に焦ったような様子を見せたが、それをしたのが自分だとすぐさま感じ取ったようでそのまま一気に大人しくなった。

「うぅ…ロックウェル……」

鎖に絡め取られているにもかかわらず何故か今度は解呪しようとしないクレイに、皆が不思議そうなまなざしを向ける。
けれどこうして大人しく拘束される姿にロックウェルは喜びで満たされてしまった。
以前のクレイならまず間違いなくここから逃走していただろうに────。

「どうした?」
「お前に拘束されたら逃げられない…」

弱ったように訴えるクレイにそっとほくそ笑みそのまま解呪して抱きしめてやる。
どうやら調教は順調のようだ。
クレイはもう自分から無理やり逃げ出そうなんてそう簡単に考えないだろう。

「お前はどこまで可愛いんだ…。このまま私の部屋に浚ってやろうか?」
「遠慮しておく…」

真っ赤な顔でフイッとそっぽを向くクレイをそのまま腕に捕まえながら、シュバルツへと言葉を紡ぐ。

「シュバルツ殿。クレイは罰ゲーム以外で第三者に見られるのは好まないそうだ。どうか諦めてもらいたい」
「そう…か……」

シュバルツは一応そう口にはしたものの納得したわけではないようで、それならそれで別の案を考えてくれと言い出した。
そんなシュバルツにクレイが、そもそも黒魔道士をもっと理解するところから始めてくれと口にする。

「トルテッティは黒魔道士が少ないからわからないのも仕方がないが、黒魔道士は白魔道士とそもそも考え方が違うんだ。白魔道士は基本的に誰かを癒したい、助けたい、守りたい、自分の正義を貫きたいと考えながら生きている者が多い。でも黒魔道士はそうじゃない。そう言うものよりもっとなんと言うか…一分一秒を楽しみたい奴が多い。いつ命が散っても後悔なんてないように、いつも楽しく駆け引きを楽しんだり、興味があること、好きなものの事を考えながら生きている。仕事もその一つだ。だから、さっきのロイドの態度は別に特別でもなんでもなく普通…とも言える」

怒るようなことではないとクレイは言った。
それを聞きながらロックウェルもなるほどなと頷ける部分があり、ロイドやリーネとのやり取りなどを振り返って、あれの大半はそういうものだったのかと納得がいった。

「こういう事をちゃんとわかっていないと、意見がぶつかってすぐに喧嘩になったり、すぐに別れたりするらしいから気をつけておくといい」

まさかクレイがそんな真っ当な忠告をするとはロックウェルも思ってもみなかったのだが、足元でヒュースが【我々が何度も言っていた事なんですけどね~。どうもクレイ様は一般的な見識としか認識されなくて…】とボヤキを溢した。
ヒュース達は恐らく自分との関係を円滑にしようとそんなアドバイスをしたのだろうが、どうやら本人は自分自身に全く当てはめる気がなかったらしい。
そこに考え至らないのが天然だなとロックウェルはため息をついてしまう。
本当にクレイの眷属達には同情を禁じ得ない。
自分達が上手くいっているのは眷属達の努力の賜物なのだろう。

「クレイ…そういうことなら、シュバルツ殿には駆け引きを重点的に教えてやると言うのでどうだ?」

それならクレイも恥ずかしくないのではないかと提案してみる。

「口説くには駆け引きが一番大事だ」

そこができていなければ当然夜のあれこれには持ち込めないだろう。
そう言ってやると、確かにという頷きが返ってきた。

「後は…男同士のやり方くらいなら私が教えてやってもいいしな」
「ロックウェル?!」

思わせぶりに言ってやるとたちまちクレイが焦ったように食いついてくるが、それをフッと笑って受け流し、そっとその頬へと手を添えてやる。

「そう心配するな。実地でやるわけがないだろう?」
「う……」
「それとも…この間のように混ぜてやるのか?」
「……お断りだ」
「言うと思った」

そしてそのままチュッと軽く唇を重ねあわせるとクレイの頬がほんのりと赤く染まった。

「クレイ…この後執務室に来ないか?」

さすがにそろそろ昼を食べて仕事に戻らないといけない。

「お前がいてくれたら仕事もより捗りそうなんだが……」
「俺がいても邪魔なだけだろう?」
「ふっ…そんなことはない。それにシリィに先程の話もしないといけないしな」
「ああ、なるほど。そういうことならルドルフの部屋に結界を張ってから行くから、先に行っておいてくれないか?」

先程のうっとりした眼差しがあっという間に消え去り、いつものクレイの表情へと戻ったのを確認し、ロックウェルは満足げに微笑みを浮かべる。

「ああ、それで構わない。ついでに昼食も食べてくるといい」
「そうか。それなら、ルドルフ!部屋まで案内してくれ」

それと同時にルドルフがハッと我に返ってクレイへと向き直り、次いでハインツも一緒に行くと言って慌ててついて行った。
後に残されたのはシュバルツと自分だけだ。

「こんな風に、言葉一つで相手を好きなようにうっとりさせたり我に返らせたりするんですよ」

そうやって微笑する自分にシュバルツは呆気にとられたようだった。

「……狙ってあれをやったと?」
「ええ。何事も適度が一番ですし…」

あれ以上クレイをうっとりさせてしまうと仕事に戻れなくなってしまうからと言ったロックウェルに、シュバルツはなるほどと頷いてくる。

「そういうことなら私もそれを学ぼうかな」

これは確かに大人の業だとしきりに口にし、それから我に返ってそう言えばと言葉を紡いだ。

「先程クレイがロックウェルの魔法を解呪できるのにしなかったのには何か訳でも?」

そこも今一つわからなかったのだと口にしたシュバルツに思わずクスリと笑みが零れてしまう。

「いえ。あれは単にクレイが私の物になった証拠…ですよ」
「え?」
「何でもありません。行きましょうか」

そう言って歩き出した自分に、シュバルツがまだ答えを聞いていないと言いながら追いかけてきた。



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