黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

131.堕ちる

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シュバルツは執務室にやってきてすぐ、室内の人模様をジッと観察していた。
これは結構見ていて面白い。
ロックウェルが教えてくれたが、アストラスの王宮魔道士第一部隊は白魔道士と黒魔道士が約半々で構成されているのだとか。
優秀な黒魔道士とはどんな感じなのかと思いながら観察していたが、自国の黒魔道士とは違い生き生きとしていて仕事も早く、これなら白魔道士と遜色はないなと思われた。

けれどどうやら白魔道士と黒魔道士は仲がいいのか悪いのか、口喧嘩が多い。
じゃれ合い…と見るには剣呑だ。
どうやら黒魔道士は優秀ではあるが、さっさと仕事を片付けて副業で出掛ける者が多いらしい。
それに対して白魔道士達はせめて王宮内の副業にしろと怒っているようだ。
急な呼び出しができないと仕事が翌日回しになってその案件が滞るのが理由なようだった。
それは確かにそうだろう。

(なるほど…白黒両方だとこんな弊害も出るんだな…)

どこがどうと言うのはよくわからないが、どうも黒魔道士と白魔道士は根本の考え方が大きく違うようだというのが彼らを見ていてよくわかった。

そうして色々観察しているとそこへクレイがやっと顔を出してくる。

「ロックウェル。やっぱり俺はシリィへの伝言を伝えたらすぐに帰るから」

どうやら仕事の邪魔になると考えたらしい。
この辺りは好印象だ。
けれどそれだけを伝えてシリィの姿を探し始めたクレイを、ロックウェルはあっさりと引き留めにかかった。

「伝言はいいが、お前はここに残ってシュバルツ殿を特訓してやったらどうだ?さっきロイドに大口を叩いたんだから、逃げずに少しくらいはちゃんと教えてやれ」
「ああ…そう言えばそうだったな」

そんな言葉と共にクレイがこちらを向いて少し待っていろと言ってきた。


取りあえずクレイも来たことだししっかり観察してロイドの好みを把握しようと思ったが、クレイはどうやら思った以上に特殊らしい。
こういう性格なのかなとあたりをつけて見ても、意外な方面で別な顔をのぞかせるとでも言うのだろうか?
兎に角意外性の塊だった。

執務室に入ってすぐに真っ直ぐロックウェルの所に行ったのはまあ予想の範囲内だ。
どこか傲慢で自己中なところがあるから用件を済ませるのに手っ取り早いと思ったのだろう。
けれど意外にもその後第一部隊の者達と親しげに会話をし始めたので、これは仲がいいのかと思い観察していたら話し終えた途端にもう興味がないと言わんばかりの冷めた目になって、そこで初めて「あれ?」と思った。
あれでは恐らく彼らの名すら覚えていないのではないだろうか?
どうやら基本的に浅い付き合いをするタイプのようだ。
けれど誰にでもそうなのかと思って観察していると、シリィと言う白魔道士には温かな目を向けている姿にまた驚いてしまう。
どうやら彼女は本当に親しい相手らしい。
だからそれなりに優しく接しているんだろうなと思って見ていると、天然なのかなんなのか先程の話を悪気なく口にした。

「ライアード王子が三週間後シリィに会いに来るとさっき言っていたぞ」
「え?」
「改めてシリィとじっくり話したいらしい」
「そ…そう」
「まあそう気負うこともないだろう。シリィは可愛いし、きっと向こうも忘れられなかったんだろうからな」
「クレイ……」
「困ったことがあればロックウェルや俺に相談すればいいから、とりあえず普通に会って話してやってくれ」

そこからまた上手くいくかもしれないしとクレイはなんと言うこともないように微笑んでいたが、言われた方のシリィは悲しそうな顔をしていた。
どうやらクレイ的には彼女は『友人』で、シリィの方はクレイに絶賛片思い中…という様相のようだ。
クレイのあまりの脈なしっぷりに悲しくなってしまったらしい。
けれどクレイの方は何故かそんな彼女の表情を、『元婚約者が来るから不安になっているようだ』と取り違えているようだから始末が悪い。



「クレイは鈍すぎる…」
「え?」

お茶を飲みながら思わずそう口にすると、言われた本人は目を丸くして何故そんなことを言われたのだろうかと首を傾げてしまった。
どうやら本当にわかっていないらしい。

「はぁ…どうしてクレイにロックウェルやロイドが嵌るのか…全く理解ができない」

本当にそこが不思議で仕方がなかった。
この天然激ニブなところがツボだったりするのだろうか?
けれどこんなおかしなところはできれば見習いたくはない。
真似をしろと言われても絶対に無理だ。
確かに魔力が高いし一緒に魔法開発をしている分には面白くはあったが、怒らせたら怖いし、天然鈍感がそこに加わったら地雷が何かさっぱりわからない。
取りあえずロックウェルに手を出すのはNGなんだろうなくらいしか把握できていないし、できればロイドの件さえ片付いたらそのまま距離を置きたいタイプでもあった。

どうして自分はアベルやフローリアに乗せられて関わってみようと思ってしまったのだろうか?
話を持ちかけられた時は退屈しきっていたし、国では問題を起こしていたし、珍しいアメジスト・アイの魔力というものに興味を持った。アストラスに面白いことがあるなら行ってみようと思ったのは確かだが……。
結果的にはアベルもフローリアも相応の対価を支払う羽目になった。
自分が今回無事だったのは偏に運が良かったとしか言えないだろう。

「取りあえず国に帰ったら真面目に頑張るとしようか……」

これまで自分がどれだけ恵まれた環境にいたのかと言うこともわかったし、スリルがリスクと背中合わせというのも理解できた。
国に帰ったら少しはマシになった自分として生きていける気がする。
それこそ遊んで周囲に迷惑を掛けまくるお子様はもう卒業だ。
あとはロイドさえ手に入れられたら────。

「そうだ。先程ロックウェルには誤魔化されてしまったが、どうしてあの二度目の拘束魔法の時、解呪しなかったんだ?」

できたはずだろうと尋ねると、クレイはう~んと悩んだ後でどうしてだろうと首を傾げてしまった。
どうやら誤魔化しているわけではなく本当にわからないらしい。

「私の拘束とロックウェルの拘束で何か違ったのか?」

同じ魔法のはずなのだが、何かが違ったのだろうか?

「いや?あの魔法は少し欠陥があるからな。魔法の繋ぎ目がまだ甘いし、そこを見極められたら自力で解けるんだ」

その言葉は正直意外だった。
まさか欠陥があるとは思っても見なかった。
そう言うことならロイドを拘束した際、すぐさまクレイが解呪できたのも頷ける。
これは国に帰ったらすぐさま改良を検討しなければ…。
しかしそこでハッと我に返った。

「いやいや、そういうことならロックウェルのも解けたはずだろう?」

そうだ。うっかりそのまま流されそうになったが、自分が聞きたかったことはそういうことではない。
けれどクレイには本当に不思議なようで、しきりにそう言われてもと困った顔をしていた。

「…まあわからないなら仕方がないな。そう言うことならまたロックウェルに改めて聞くから」

本人にはわからなくてもロックウェルはわかっていそうだったから、そちらに聞く方が確実だろう。
それならと今度は先程の駆け引きについて教えてもらうことにした。
ロックウェルが言っていたように確かにロイドはクレイとのやり取りを楽しんでいたし、自分にそれができればきっとロイドを楽しませることができるはず。
そう思って話を振ったら、クレイはすぐさま表情を変えて艶やかに笑ってきた。
ロックウェルの前では可愛い面も見せるが、こういうところは大人だなと思ってしまう。
実に色っぽい。

「そうだな。シュバルツは誰かを口説いたことはあるのか?」
「え?ない…かな」

自分がこれまで関係を持ったのは王宮の使用人二、三人とフローリアだけだし、全員誘ったらすんなりOKしてもらえたからわざわざ口説く必要などなかった。
だから正直口説くと言う行為自体が初めての経験だ。
それを素直にクレイに伝えると、クレイはすぐに納得してその言葉を口にした。

「そうか。じゃあまず俺を口説いてみろ」
「どうやって?」
「そうだな。別に言葉だけが重要じゃないんだが…」

そう言って例を見せてやろうかと妖しく笑われほんのちょっと興味が湧く。
大人の口説き方とは一体どんなものなのだろうか?
そう思っているところでジッと思わせぶりな眼差しで見つめられ、それに思わず魅入られている内にそっと顎を持ち上げられた。

「シュバルツ……」

それはただ名を呼ばれただけだったにもかかわらず、胸がドクリと跳ねてしまうほど衝撃的だった。
甘やかな眼差しもどこかゆったりと流れる時間も名前に込められた熱も、全てが初めての経験で────。

「ははっ!真っ赤だな」
「し、仕方がないじゃないか!こんな経験なんてないんだから!」

あっという間に元に戻ったクレイが楽しげに笑う姿にどこか安堵しつつも何故かもっと翻弄してほしいと思ってしまって、思わず誤魔化すように勢いよく怒りを面に出す自分がいた。

「まあそう怒るな。こんな風に言葉じゃなく態度や目線、あとは…適度な間が大事なんだ」

いくら言葉を尽くしても多くなり過ぎると本気には取ってもらえない。
だからこそ言葉は最低限で、あとは態度で示せとクレイから教えてもらえた。

「こういうのは黒魔道士の方が長けているから、この王宮内にいる間は他の黒魔道士を観察しているだけでも勉強になると思うぞ?」

あちらこちらで駆け引きをしているはずだからと言われ、なるほどと思わず首肯する。
これは確かに国に帰ってしまったらできないことだし、是非参考にさせてもらいたいものだ。

「ああ、ロックウェルを観察してもその辺は勉強になるはずだ。あいつは白魔道士だがその辺の黒魔道士よりもずっと経験豊富だしな」
「…へぇ」

どうも話を聞く限りロックウェルは相当の遊び人だったらしい。
そう言うことならフローリアの手に余るのも当然だろう。
けれどそんなロックウェルがどうしてクレイに夢中になったのか…それもまた気になる。
普通に考えたらどちらも男に走る理由がない。

(まあいいか)

どちらにせよ自分が落としたいのはロイドなのだ。
参考になりそうなら聞くことにして、今はこの駆け引きの方をちゃんと学んでみようと思った。

「まあ…わかった。じゃあ私もやってみるから、何点か判定してくれ」

そう言って先程のクレイを思い出しながらそっとクレイへと向き直る。
取りあえずジッと見つめて…そっと手を伸ばし、名を呼んでみた。

「クレイ……」

けれどそれはすぐさまダメだしされてしまう。

「0点」
「えぇっ?!」

しっかりと目を見たし、そっと触れたし、間だって取った。
一体何が悪かったのかわからず驚きの声を上げるがため息を吐かれてしまう。

「だから、視線一つ、触り方ひとつで全然違うんだ」

そう言うや否や、クレイは執務室をぐるりと見渡して、近くにいた黒魔道士へと声を掛けた。

「悪いが時間は取らせないし、少しだけシュバルツの口説き練習に付き合ってくれないか?」
「え?」

彼女は少し驚いた姿を見せた後チラリとロックウェルに視線を向け、こちらへと向き直る。

「そうね。見返りはあるのかしら?」
「そうだな。何か欲しいものでもあるのか?」
「ふふっ…そうね。クレイに手を出すとロックウェル様が怖いから、情報交換でどうかしら?」
「仕事か?」
「ええ。薬草を扱う仕事で良さそうなのがあれば回してちょうだい」
「ああ、そう言うことなら喜んで」

経験になるしなと答えたクレイに彼女も満足げだ。

「それで?何をすればいいのかしら?」
「ああ。シュバルツ!ほら、男よりも女相手の方が口説きやすいだろう?さっきのを彼女でやってみろ」
「え?ああ、じゃあ…」

それは確かにいいかもしれないと思って、もう一度同じようにやってみる。
けれど彼女からもまた0点と笑顔で言われてしまった。

「なっなんで?!」
「「色気がない」」

ばっさり二人から同時に言われて悔しくて仕方がない。

「じゃあクレイが彼女にやればいいだろう?!私はそれを観察するから!」
「…別にいいが」

そう言ってそっと彼女に向き直り同じように甘く見つめ、そっと柔らかく触れたかと思うと彼女の名を────。

「…えっと?」

どうやら先程自分が名を呼んだのを覚えていなかったらしい。
どれだけ他者に興味がないのだろう?
いや、もしかしたらロックウェルをこっそり見てて聞いていなかっただけなのかもしれない。
そんな姿にロックウェルが吹き出すのを感じ、彼女もまた楽しげに笑った。

「ふっふふっ…!クレイって本当に天然ね!」

そう言って彼女はメリッサと改めて名乗った。

「はい。じゃあもう一度どうぞ?」

そう言って仕切り直した彼女に悪いなと苦笑して再度クレイが彼女を口説きにかかる。

「……メリッサ」

その言葉にはどこか色香が含まれていて、確かに誰でも落ちていきそうな…そのまま口づけに流れていってもおかしくないような響きが感じられた。
そんな二人の所に今度はそっとロックウェルがやってくる。

「クレイ。面白いことをやっているな。私にも是非やってほしいんだが?」

にっこりと言ってきたロックウェルに、しかしクレイは渋る様子を見せた。

「お前にやっても仕方がないだろう?」
「わかっていないな。いつも私ばかりがお前を口説いているからたまには逆もいいと思ったんだ」

どこか余裕のロックウェルにクレイがそっと頬を染める。
こんなロックウェルを口説ける相手などいるのだろうか?
けれどクレイはロックウェルのその言葉を暫し噛みしめた後でわかったと受けて立った。

「まあシュバルツへのお手本だしな」

どうやらそれが一番の決め手だったらしい。
そっと場所を譲ったメリッサがどこか興味津々で少し距離を置きながら見つめているのが印象的だった。
どうやら黒魔道士としても興味があるらしい。
それは周囲も同じようだった。

「じゃ、じゃあ…ちょっとだけ……」

コホンと軽く咳ばらいをした後でクレイがそっとロックウェルの方へと向き直る。
その目が先程よりも熱を帯びるのを、シュバルツははっきりと感じてしまった。

そっと触れる手が…いや、その全身が相手を求めているかのように色香を放ちだす。

「ロックウェル……」

その声に含まれた熱が…相手を求めるようにどこまでも切なく響いた。

(うっわ……)

名を呼ばれた途端ロックウェルが吸い込まれるようにクレイへと激しく口づけ、思わず目のやり場に困ってしまう。
「んんんっ?!」
しかも思いきり貪るものだから思わずそれに釘づけになってしまった。

(すっご……)

これが大人のディープキスか、などとつい思ってしまう。

「ロックウェル…!こんなところでいきなり何をするんだ!」

やっと唇を離してもらえたところでクレイは真っ赤になりながらそう叫んだが、あれで腰が抜けないのは凄いと思う。
自分なら絶対に腰が抜けて立てなくなっていただろう。

「仕方がないだろう?お前に口説かれて何もしないはずがないじゃないか」
「お前がしろと言ったんだろう?!そこはサラッと流せ!」

それくらいできる癖にとギャイギャイ噛みつくクレイをロックウェルが幸せそうに受け流す。
「ふっ…本当にお前は可愛いな」
「煩い!もういい!今日は帰る!もう明日まで会わないから!」
すっかりへそを曲げてしまったクレイが腹立ち紛れにそう言ってそのまま一気に影へと身を沈ませるが、そんなことをロックウェルが許すはずがない。
あっという間にまた例の魔法で絡め取ってしまった。

「クレイ?逃がすはずがないだろう?」

今度は怒っているからすぐに解呪して逃げるかなと思ったが、やはりクレイは悔しそうにしながらも逃げようとはしなかった。

「うっ…ロックウェルの馬鹿……!」

そんな二人に第一部隊の者達が呆気にとられてしまう。
そんな中、暫し席を外していたシリィが部屋へと戻ってくる。

「あ────っ!!ロックウェル様!何をなさっているんです?!」
「シリィ…!」

クレイが助かったとばかりに顔を輝かせるが、シリィはそのまま呆れたようにその言葉を紡いだ。

「クレイ。いくらロックウェル様が大好きだからって拘束されるのに慣れちゃだめよ?ほら、ロックウェル様!離してあげてください!可哀想じゃありませんか!」

そんな言葉に思わず目を丸くしてしまう。
可哀想?クレイが?
こんなに魔力が高くて、やろうと思ってできないことなどないであろうクレイが?
それは正直衝撃の一言だった。
それに彼女の言葉を額面通り受け取るなら、どうやらクレイがロックウェルから逃げられないのは、魔法を解呪できないからというわけではなく心理的要因が大きい…らしい。

「シリィ…私がクレイをどうしようと勝手だろう?」

恋人なんだからと事もなげに言うロックウェルにシリィが少し怒ったように書類を渡す。

「ロックウェル様?恋人だからこそ優しくしてあげてください。嫌われても知りませんよ?」

そう言ってシリィはそっと鎖から解き放たれたクレイに「もう大丈夫よ」と聖母のような笑みを浮かべた。

「シリィ…ありがとう」

対するクレイも本当にホッと安堵の息を吐き素直に感謝を表している。

「いいのよ。クレイは私が守るって決めてるんですもの。それよりロックウェル様はしっかりお仕事なさってください!遊んでいる暇はありませんよ?」

そんな言葉にロックウェルもため息を吐きつつ席へと戻っていった。
何と言うか…すごい。

「シリィは本当に仕事熱心だし凄いな」

クレイもそれは同様に感じたようで、心からの優しい笑みを浮かべる。
そんなクレイにシリィはポッと頬を染めて慌てて言葉を紡いだ。

「そ、そんな…。私はただクレイが仕事ができる人が好きって言ってたから頑張ってるだけで…」
「いや。シリィは前から仕事熱心だぞ?ロックウェルの補佐もずっとしっかりこなしているだろう?」
「そ…それはそう…だけど…」
「交流会の時も色々支えてくれたし、本当にシリィは優しくて仕事もできるしいい女だな」

(…これは……)

本人は単に褒めているだけで口説いているつもりは一切ないのだろうが、シリィがどんどんクレイにうっとりしていく姿を見て、これはまずいのではないかと言う気にさせられた。
案の定ロックウェルの機嫌は下降の一途のようだ。

「シリィはそのままいい花嫁になりそうだ」

そんな蕩けるような視線と甘やかな言葉がとどめになって、シリィが真っ赤になりながら口を開いた。

「ク、クレイ!今度ロックウェル様と別れることがあったら、私と!結婚を前提に付き合って下さい!!」
「…………え?」

何故そんな話に?と首を傾げたクレイだったが、ここまできてロックウェルが大人しくしているはずがない。

「シリィ?人の恋人に勝手に予約を入れるな」

その声のあまりの低さに、場にいた面々が我先にとその場から逃げ出していく。
けれどクレイだけはきょとんとしており、どこまで鈍いんだと突っ込みを入れたくて仕方がなかった。
さっきのはどう考えても口説いているようにしか見えなかったが、本人曰く『口説く=言葉を尽くす』とは思っていないようなのできっと違ったのだろう。

「シリィ。俺はロックウェルしか好きになれないから…結婚は……」

どこか困ったように告げられた言葉にシリィがそうよねと僅かに涙ぐむ。

「い、いいのよ!ちゃんと玉砕しておきたかっただけだから!」

そんなシリィがあまりにも可哀想で、思わずガタッと席を立つ。

「本当にクレイは無神経だな!」

そう言ってそっとシリィの肩を抱いてため息を吐きそのまま出口へと向かう。

「暫く彼女相手に口説く練習でもしてるから、ちゃんとそっちはそっちで仲直りしておいてくれ!」

それだけを言い放ち、そっと労わるように彼女を部屋から連れ出した。
本当に仕方のない黒魔道士だ。
好きなだけロックウェルに怒られればいいのだと思いながら、シュバルツはバタンと扉を閉めたのだった。


***


「クレイ?」
「え?」

クレイは部屋から出ていった皆に戸惑いつつも、目の前に迫るロックウェルにどうしたものかと蒼白になりながら懸命に考えていた。
正直何が悪かったのかさっぱりわからない。
素直に助けてくれたシリィに感謝したら何故か告白されて、これはまずいと思ってそのまま断りを入れたと言うのに…。
あれ以上自分はどうしたらよかったのか皆目見当がつかない。
自分が好きなのはロックウェルだけなのだから、まさか受けるわけにはいかないではないか。
何故ロックウェルはこんなに怒っているのだろう?

「ロ…ロックウェル…その…シリィの告白を断って彼女を傷つけたのを怒っているのか?」

部下を傷つけたことについて怒っているのかなとそっとそうやって口にはしてみたが、どうもそう言う訳でもないらしい。
その笑みが益々壮絶になったのを見てその答えが間違いであると察してしまう。
けれど考えても考えても答えはさっぱりわからない。
何が悪かったのかわからないのに謝るわけにもいかないし、それに対して怒られるのは理不尽極まりないと思えてやるせない気持ちになってしまった。

「クレイ?お前は本当にいつまで経っても成長しない男だな」
「え?」
「いくら調教してもちっとも理解しないのはどういうことだ?」
「…え?」

ロックウェルの表情がどこまでもドSになっていく理由がわからないまま、ただただ鼓動だけが跳ね上がっていく。
こんな表情を向けられて逃げようと言う気が一切起こらない自分を感じた。

「あっ…」

突然首筋に歯を立てられてつい甘い声を上げてしまう。

「はぁ…」

噛まれたところをぺろりと舐め上げられてゾクゾクとした快感が背筋を這いあがり、たまらない気持ちになってただただロックウェルへと切ない眼差しを向けてしまう自分を止められない。

「ロックウェル…」

こんなところで欲情させられてはたまらないというのはわかっている。
けれど早く逃げなければと思うのに、それをするとまた鎖に囚われると思うと動くことができなかった。

「クレイ…?」

名を呼ぶその声の冷たさにどこまでもどこまでも堕ちていく。
最早その冷たく熱を燻らせる瞳から逃れる術など残されてはいなかった。

「あ…ロックウェル…」

そして…気が付けば『好きにして…』と口にしている自分がいた────。



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