黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第三部 アストラス編~竜の血脈~

11.※クレイの望み

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※リバではありませんがそれっぽい表現があります。
苦手な方は飛ばし読みを推奨。よろしくお願いしますm(_ _)m

────────────────

森の中は鬱蒼と木々が生い茂り、魔物達が息を潜めている。
ジークと一緒だから逃げないようだが、こちらを警戒するような目で見ていることから人間不信なのはまず間違いなさそうだった。

「可哀想に…」

仕方がないこととは言え、本当に可哀想だと思う。
いつだって警戒しなければならない生活は辛いことだろう。
そうして憂うように溜め息を吐いたところで、ジークが気鬱を取り除こうと話を振ってきた。

「クレイは碧眼だと少し魔力が落ち着くんだな」
「ああ、力も一緒に封印して目立たないようにしているからな」
「なるほど、俺の魔力も抑えることはできるか?」

そう言ったジークを見て、できるぞと言ってやる。
現在ジークの瞳はルビーのような紅ではなく、割とよくある濃茶色にしている。
それと共に、すぐさま要望に応じて魔力も同時に抑えてやった。

「おおっ!凄いな。これなら人に混じっても魔道士にしか見えないだろうな」
「ああ。はぐれないようにな」

そうして二人仲良く森を抜け街へと繰り出した。




「ジーク!見てみろ!掘り出し物だ!」

とある店の店先で、クレイは嬉々として瞳を輝かせた。
そこで見つけたのは古ぼけたロッドだ。
クレイ自身は普段杖などを使ったりはしないが、往々にしてこういった物は耐久性を考えて良質な黒曜石が使われる傾向がある。
その中でもこれはなかなかの品質だった。
恐らく遠い昔にソレーユなどの良質な鉱山で採掘された一級品だろう。

「そんなに凄いものなのか?」

自分にはよくわからないとジークは言うが、クレイは嬉々としてそのロッドを手にしてすぐさま購入するに至った。
価格はこの国の通貨で2300カッツ。金貨約25枚程の品だった。
店の主人はこんな古ぼけたロッドが大金に化けたと大喜びだが、クレイからすればこのロッドの価値をまるでわかっていないとしか思えなかった。
このサイズの黒曜石を普通に買えばこの価格の十倍はするだろう。
そう考えるのもおかしくはない。

「ちょっと待ってろ」

そうして少し歩いて人の少ない場所に出たところで周囲に結界を張り、人の視線を遮断する。
そしてその杖を元通り綺麗に研磨すると共に、少々いじって今風にアレンジを加えてみた。
黒曜石も磨き上がって本来の美しさを取り戻している。

「わかるか?この杖の本質が」
「これは……」

まさに息を吹き返したかのように圧倒的な存在感を醸し出すその杖に、ジークは思わずと言ったように感嘆の息を吐き、ゴクリと唾を飲み込んだ。
正直言って先程までとはその存在感がまるで違う。
これなら確かにクレイが言うように、先程の価格の十倍はしてもおかしくはないだろう。
けれどクレイはこのロッドを一体どうするつもりなのだろう?
見る限り特に必要とはしなさそうだが…。
そうして首を傾げていると、クレイがクスリと楽しげに笑った。

「このロッドを結界の媒体にできないかと思ってな」

そうすれば自分の負担も軽減できると言ったのだが、そこに待ったをかけたのは眷属達だった。

【クレイ様。それは確かにご負担は減りますが、結界発動は兎も角、維持に支障が出るでしょう?使用した黒曜石を全てこの国に置いていくおつもりですか?お気に入りのものも多々含まれておりますのに…】
「うっ…それは確かに…」

金は惜しくないが、お気に入りの黒曜石は惜しいと言うのが本音だ。
けれどなんとかしたいのも本心なので、ここはやはり自分の魔力でカバーするかと考え直す。

色々考えて一番いいのはロックウェルと仲直りした上で圧縮した魔力を込めた黒曜石を用意し、再度こちらに持ってきて万全の状態で結界を発動させる方法だ。
けれどこれは最悪ロックウェルの嫉妬を受けて戻ってこられなくなる可能性が高い。

次は時間を掛けてでも黒曜石を50個用意し、結界を発動させる方法。
こちらは時間が掛かる分魔物達の安全を確保するのがそれだけ伸びるので、できれば避けたい。

そしてこのロッドを使用しこちらの負担を減らしつつ結界を発動する方法。
こちらは自分が発動するという点では同じだが、ロッドを媒体とする関係上その維持に制約が発生する。
そのため、結界発動に使った黒曜石は全て置き去りにし、半永久的に結界の維持に使用されることとなる。
流石にあの数の黒曜石を全てこの国に置いていくのはコレクターとしては避けたいところだ。
せめてお気に入りだけは回収したいが、それをすれば結界が消滅するから、意味がない。
となると、やはり石が足りない魔力分を自身で補うのが一番現実的と言う結論に至るわけで……。

「仕方ないな」

そして結論を口にしようと思ったところで、朝から出掛けていたコートが姿を見せた。

【クレイ様。こちらをお使いください】
「え?」

そこに差し出されたのは、魔力が圧縮された水晶だった。
キラキラと輝くその水晶を見て、一目でそれが誰の物なのかを理解する。

「ロックウェル……」
【ええ。ロックウェル様の了承を頂きお持ちしました。クレイ様に謝りたいから帰ってきてほしいとも、ご伝言をお預かりしております】

そんな言葉にキュッと胸が締め付けられる。

────嬉しい。

……帰りたい。

けれど折角こうして水晶を貸してくれたのだから、それを無駄にもしたくない。

「わかった。じゃあ黒曜石に魔力を入れて結界を発動させたら帰ると伝えてくれ」

様子見も兼ねて二、三日で帰れるはずだと伝えると、コートは諾と答えまた戻っていった。

「助かったな。これで結界の方はなんとかなりそうだ」

そうしてジークに笑みを向けると、ジークは嬉しそうに感謝の言葉を口にした。


***


「クレイ…」

今日も最低限の回復魔法と魔力を送り込み、そっとクレイを揺り起こす。

「んん…」

ゆっくりと開かれる瞳はどこか寝惚けているように見える。

「ん…はぁ…。ロックウェル…」
「今日も可愛いお前を堪能させてくれ」

そうしてそのまま上からのしかかり、昨日と同じように口づけながら服を剥いでいくと、うっとりとしながらまた溺れてくれた。

「クレイ…」
「ん…ロックウェル……。お前と寝るの…好き…」

気持ちよさそうに素直に腕の中で溺れて甘えてくれるクレイに何度も口づけを落としていく幸せな時間に満足感が広がっていく。
すっかり素直に甘えるようになったクレイが愛おしくて仕方がない。
回復魔法にこんな使い方があるなんて…もっと早く知りたかったとさえ思った。
これまで使っていたものよりも更に浅く何度も掛けるだけでこんな効果があるなんて思いつきもしなかった。
本当に魔法は奥が深い。
シュバルツが言ったように物は使いようだ。
きっと今ならクレイは何でも隠さず言ってくれることだろう。
だからこれを機にやってみたいことはないかと尋ねてみた。

よく考えるといつもこちらが主導権を握っているため、時折クレイが攻めの態勢を取ったとしても、最終的にこちらが攻めに転じていたような気がする。
クレイはいつもそれで良しとしていたし、こちらもそんなものだろうと思い込んでいたが、もしかしたらクレイだってその胸にやってみたいことを秘めているかもしれないとふと思った。
別に襲われたいわけではないが、ここで胸の内を聞けば新しいクレイを見られるかもしれないとチラッと考えてのことだった。
そうしてクレイが何か言ってくるのを期待半分好奇心半分で窺っていたのだが、クレイは恥ずかしそうにしながらもいつもとは違う様子でその言葉を口にしてきた。

「ロックウェル…狡い……」

狡い…とは?

「そんなに優しく聞かれたら甘えてしまう…」
「好きなだけ甘えればいいだろう?」

甘えてもらえるのは嬉しいし、これは何か要望がありそうだと殊更優しく促すように囁きを落とした。

「お前がしたいことはなんでも叶えてやる」
「…黒魔道士にそんなことを言うのは危ないんだぞ?」
「ああ」
「…言ったら嫌われそうだから、言いたくないのに……そんなに優しく聞かれたら言いたくなる」
「嫌わないからなんでも言ってみろ」

これはもしや自分が挿れてみたいとかそういう類なのだろうか?
あまり気は進まないが、クレイが望むなら一度くらいは試してみても構わないが……。
そうやって先を予想しながら促すと、クレイの口からは予想外の言葉が飛び出した。

「お前に挿れられながら、お前を抱きたい」
「……?」

正直言われている意味がさっぱりわからなかった。
クレイは本当に難しい。
抱きたい、はわかる。
男だから誰かを抱きたい気持ちだって当然あるだろう。
けれど挿れられながら、とは?
3Pでもしたいのだろうか?
けれどニュアンスがそれとは違うような気がする。
取り敢えずよくはわからないが、OKを出して様子を見ようかと判断することにした。

「お前が望むならいくらでも」

そうして笑顔で了承を伝えると、どこか泣きそうになりながら名を呼び抱きついてきた。

「ロックウェル…!」

クレイは上に乗りながら何度も貪るように熱く情熱的に口づけを交わしてくる。
こんな姿もまた新鮮だ。
そんなにやってみたいことだったのだろうか?

「やっぱり夢だな。願望が叶うなんて……」
「……」
「ずっと…お前を自分の手でもっともっと気持ちよくさせてやりたかった」
「…クレイ」
「黒魔道士なのに、いつもお前にばっかり溺れさせてもらってて、これでいいのかって…悩んだ時もある。相手の要望を叶えるのだって黒魔道士の流儀だし、襲いたい気持ちは控えめにすべきだと抑えてきた。でも本当は…もっと思う存分自分の手と身体でお前を満足させてやりたかった」

そう言ったクレイの目は情欲に濡れて、狂おしいほどに自分を求めているように見えた。
いつも対等に好きにしているように見えてはいたが、どうやらそれは間違いで、どこかでずっと自分に対して遠慮している部分があったらしい。
意外と言えば意外ではあったがこんな風に狂おしくも激しく求められるのは悪い気はしない。
そんな姿に見惚れているうちにクレイは艶やかに笑い、しっとりとした声で名を呼びながら覆いかぶさってきた。

「ロックウェル…愛してる。今日だけは俺に黒魔道士として最後までお前を愛させてくれ」



それからの時間はそれ程は長くなかったように思う。
けれど初めてクレイが攻めの態勢を取った日のことを思い出すと共に、あれの更に上が存在することを知った。
自分に挿れられている筈なのにこちらの体位を上手く変え、まさに“抱いている”かのように自分を翻弄してくるクレイ。

「んあっ…はっはぁ…ロックウェル、凄く気持ちいい」
「んっんっ……」

騎乗位とはまた違うクレイ主体の翻弄が心地いい。
クレイの手が自分の弱いところを的確に這い回り、時折舌で肌を嬲りながら官能を煽っていく。

「はぁ…色っぽくてたまらないな。ロックウェル。もっともっと気持ちよくしてやるから、好きなだけ堪能してくれ」

正直こんな風に愛おしげに自分を抱いてくるクレイに衝撃が走った。
クレイは女を抱く時、いつもこんな風に抱いていたのだろうと思う。
こんな姿を見れば惚れるなと言う方がおかしい。
艶っぽい顔で優しく丁寧に愛しながらも、ツボを押さえて絶対にそこを外さない。
今日のこれも、自分が好きな体位を取り入れつつ、的確に最高に気持ちのいい状態に持っていってくれていて、自分が悦ぶ事にだけ重点が置かれていた。
さすが一流の黒魔道士を名乗るだけの事はある。
自分と付き合ってからこのテクニックの大半が封印されていたのかと思うと、なんだか申し訳ない気持ちになってしまった。

嫉妬にかられ蹂躙し、自分のテクニックだけで満足させていればそれでいいとばかりに過ごしてきたが、クレイとしてはある意味満足しきれていなかったのだろう。
だから時折自分から攻めようと考えたのだろうが、恐らくこちらの反応を見ながら引き際を見定めていたのだと思われた。
騎乗位だけではなく色々と楽しませてはくれたがこんな風にこちらの官能を引き出すように舐めてくることはなかったし、限られた体位に留まっていた。
それはそれで楽しかったし気持ちが良かったが、主導権をいつだってこちらに持たせてくれていたからやはり自分が攻める方がいいという気持ちがどうしてもあったのは確かだ。
それ以上のことを望むことなどなかったし、それ以上の行為があるなんて考えもしなかった。
それをクレイは敏感に感じ取っていたのだろう。
黒魔道士とは得てしてそういう風に相手に合わせるものなのかもしれない。
振り返ってみるとロイドもその傾向があったではないか。
三人でやった時のあの引き際の良さが、恐らく良くも悪くも黒魔道士というものなのだろう。
だからこうして夢現状態でなかったなら、これからもずっとクレイは何も口にしてくれなかっただろうと思う。
それを口にする事で関係が壊れる事を恐れていたように思えるから…。

「はあっ…クレイ、これ…は、すごく気持ちいい」

こちらの足を抱えながら腰を動かしキュッと中を締め付けながら、吸い付くような奥まで引き入れられると無理な体勢ながらもっともっと激しく動きたくなった。

「ああ、ここの奥にもっと挿れたいか?」

その言葉にコクリと頷くと、じゃあと嬉しそうに頬を染めながらこちらの足をクレイの肩に掛けて更に身を寄せてきた。

「これで…もっと奥に入るだろうッ。んんんッ!」

そうして一際奥まで入るよう腰を進めたクレイが、大きく息を吐きながら快感に耐える。

「ふ…ふぁッ!」

可愛い声を上げて快楽に耐える姿に激しく唆られて、どこまでも興奮してしまうのはどうしたことか。
奥まで突き刺さった楔に打ち震えながらも、こちらを満足させ悦ばせようとする健気さがたまらない。
正直何度も突き上げてどこまでも啼かせたくなる可愛さだが、このまま襲われたい気持ちも確かにあった。

「ロックウェル、気持ちよすぎてあまり持ちそうにない…から、一回一緒にイッてもいいか?」
「は…はぁ…もちろんだ。一緒にイこう」

その言葉と同時にクレイが嬉しそうに激しく動き出す。
いつもと違い自分で加減しているのか喘ぎ声は少ないが、物凄く気持ちよさそうにしているので好きなようにさせてやった。
こちらとしても色っぽいクレイを見つめながらいつもと違った体位でするのは最高に気持ちよすぎて、ついつい夢中になってしまう。

互いに溶け合い口づけを交わして溺れ合う甘美な時間────。

最初に甘く溶け合った時間とクレイに抱かれた時間を合わせると大体昨日と同じくらいの時間で終わりを迎えたが、終わる頃には双方が満足げな笑みを浮かべて居た。

「ロックウェル…こんな風に愛しあえて嬉しかった」

そう言って寄り添うクレイの目はどこか切なげで、これが夢で残念だと言っているようにも見えた。
そんなクレイを抱き寄せて、そっと口づけを落とし『最高に良かった』と伝えてやる。

「お前と寝るのは本当に飽きないし、どんなお前も好きだ。だから…もっと本音でなんでも言って欲しい」
「ロックウェル…」
「どんなお前も愛しているから…ずっと私の腕の中に居てくれ」

そう言ってやると泣きそうな顔で笑みを浮かべ、自分も同じ気持ちだと言ってくれる。
そうしてギュッと抱きつきながらクレイは安堵したように眠りへと落ちていった。

(さて…どうしたものかな)

このまま朝まで一緒にいるのは簡単だ。
けれど目を覚ましたクレイが夢でなかったのかと愕然とし、そこからまた頑なになったり、恥ずかしがって逃げ回るようになる姿が容易に目に浮かぶ。
それならやはり今回は夢で処理して、戻ってきてから優しく接して本音を聞き出すのがベストだろうと結論を出した。

「そうと決まればシャワーだな」

そうして今日も愛しいクレイを抱き上げ、眷属達にベッドを整えてもらっている間にシャワーへと連れ去ったのだった。


***


「……。凄い夢を見たな」

自分の腕の中でロックウェルが頰を染めてされるがままなんて、夢以外の何物でもない。
別に自分がロックウェルに挿れていたわけではないが、妙に倒錯的で刺激的な夢だった。
あんな切ない眼差しで見つめられたら……。
そうやって思い出すだけで抜けそうな自分に気づいてブンブン頭を振った。

(何を考えてるんだ!)

「あれは確かにやってみたいと思ってたが、絶対に無理だろう!」

立場が変わらないとは言え、あのロックウェルが大人しく組み敷かれて好き勝手おとなしくさせてくれるはずがないではないか。
夢は願望が現れるとはよく言ったものだと思う。

「恥ずかしい……」

どうも昨日と言い今日と言い、ロックウェルが恋しすぎるのか淫靡な夢ばかり見ている気がする。
淫魔はここには入れないよう結界を張っているし、あれが自分の願望をそのまま現してしまっているのはまず間違いない。

「ヤバイな」

これでロックウェルの顔を見たら物凄くまずい気がする。

「会ってすぐ赤面しそうだし、下手をしたらすぐに襲いたくなるかもしれないし……。困った」

そうして寝台の上で火照る頬に手を当て悩む自分に、眷属達が何故か微笑ましげに声を掛けてきた。

【クレイ様。今日の夢もロックウェル様との夢でしたか?】
【ラブラブでいいですね】
【次に会ったら、すぐに沢山甘えてくださいね】
「なっ…!そんな恥ずかしい事、できるはずがないだろう?!」
【はいはい。取り敢えずやるべき事をやって、ロックウェル様のところに早めに帰りましょうね?】
【そうですよ。そろそろ会いたくなってこられたのでは?】
【きっとロックウェル様は満面の笑みでクレイ様を受け止めてくださいますよ。心のままにその胸の内をお話しくださいね】

何故こんなに皆分かっていると言わんばかりにニコニコ笑っているのだろう?
話していないのになんだか夢のことが全部バレているようで、妙に気恥ずかしい。

「煩い煩い!ロ、ロックウェルとは、夢で会ったから大丈夫だ!」

そうして照れ隠しで叫んですぐさま着替えると、今日もジークの元へと向かったのだった。


***


「クレイ。顔が赤いが熱でもあるのか?」

顔を合わせてすぐにジークは気遣うように声を掛けてくれるが、原因が原因だけに言えるはずもなかった。

「大丈夫だ。それより今日は黒曜石に魔力を込めようと思っているから、暫く部屋にいるつもりなんだが構わないか?」
「ああ、勿論だ。昼食や夕食で食べたいものがあればレノヴァに言っておいてくれ」
「わかった。そうだ!昨日のロッドだが、結界に使わなさそうだしジークかレノヴァが使わないか?使い方次第で色々応用が効くし、もし良かったらもらって欲しい」
「いいのか?」
「ああ。世話になってる礼とでも思って、受け取ってもらえたら嬉しい」

そうしてジークに答えレノヴァの方へも視線をやると、レノヴァは少し考えてからその所有者はジーク様にと言ってきた。

「折角のクレイ様からの贈り物です。ジーク様がご活用する方がよいでしょう」
「そうか」

それに対してジークが嬉しそうにしたので、あのロッドはジークへと渡すことになった。




その後部屋へと移動し、早速黒曜石に魔力を込める作業に入る。
キンッと高い音を立てて黒曜石に魔力が圧縮されていくのを満足げに見遣りながら作業を進めていく。
今でちょうど三つ終わったところだ。
後一ダース。先は長い。
けれどそこでそっとロックウェルの水晶を手に取ると、優しい魔力が身を満たしてくれる。
それは魔力交流と近しいものと言えた。

(やっぱり好きだな……)

側にいなくてもロックウェルの魔力に触れられることで不思議と気持ちが落ち着いていく。

「よし!今日中に終わらせるぞ」

そうして時折休憩を挟みながら作業を続け、あと五つという所まで終わったところで幻影魔法の発動を感じた。
誰だろうと思っていると、そこに映し出されたのはハインツだった。




「クレイ…」

そうやってなんだか申し訳なさそうに身を縮めるハインツに思わずクスリと笑みがこぼれる。
どうやらあの突然やってきた日のことを気に病んでいるらしい。
勝手にレイン家の養子に入れたのはこちらの都合だったが、ハインツからしたら寝耳に水の話で、あんな風に憤ったのも仕方がないことだとわかっていたのに、後のフォローをロックウェルやドルトに任せてしまったため、あれ以来顔を合わせてはいなかった。
そこは少々自分が悪かったかもしれない。

「ハインツ。放置してすまなかった」
「…!違う!クレイは悪くないのに…僕が子供だから……」

そうして最近皇太子としての姿しか見せていなかったハインツが、珍しく素の状態で弱音を吐く。
ハインツがこんな風に弱音を吐くのはもしかしたら自分の前でだけなのかもしれない。
ルドルフやロックウェルなどともよく話すようになったが、それでもやはり年が離れている分話せないこともあるだろうし、言っても王宮の役職者だ。気も遣うことだろう。
気さくに話せる相手は眷属や自分付きの侍女くらいのもので、友人と呼べる間柄の相手もいなかった。
黒魔道士である自分が一番近しい話し相手というのはある意味可哀想だと思えた。

「クレイ。今カルトリアにいるって聞いたんだけど…」
「ん?ああ、観光ついでに眷属お勧めの魔王城に遊びに来たんだ。凄くいいところだぞ」

そうして嬉々として教えてやると、そうなんだと複雑そうに苦笑された。
やはり王宮に縛られているから色々辛いのだろうか?
ハインツも自分のように気軽に気分転換できるといいのに…。
そう思っていると、少し言い淀むようにそっと尋ねてきた。

「あの…ね?クレイから見て、カルトリアの姫は…どういう人?」
「…?普通だぞ」
「具体的には?」
「具体的に?そうだな。王族そのものの野心家といったところか。アストラスに嫁ぐことで利益も立場も手に入れたいと思っている普通の女だ。当然後ろには王の思惑もあるし、お前を次王に推したい気持ちも大きい。それ即ち自分の娘を次の王妃にと思っているんだ。だから親子揃って俺は『普通』だと思っているが?」

サラリと思ったままを口にしたのだが、ハインツはその答えを聞いてガックリと肩を落とした。

「…………うん。クレイからしたらそれが『普通』だったんだよね。隠してたとかじゃないんだよね」
「…?隠すまでもなくわかることだしな。何か問題だったか?」

それを上手く躱してそうさせないのが王宮の大臣やら官吏達の仕事なのではないのだろうか?
当然彼等だってそれを知った上で婚約を取り付けているはずだし、クレイからすれば今更何をという感じだ。
王宮内のゴタゴタに好き好んで自分から首を突っ込む気は無いので、毒殺でも目論んでいない限り自分から口出しすることはないのだが……。
そうして首を傾げていると、ハインツが憔悴した様子で『気にしないで欲しい』と口にしてきた。

「うん。ごめん。クレイは王宮のゴタゴタが嫌いでこっちに近づかないって最初から言ってたもんね」
「?」
「正直自分の馬鹿さ加減に落ち込んでいるだけだから、気にしないで」

なんだかよくわからないが、ハインツは痛恨のダメージを受けたように顔色を悪くしていた。

「大丈夫か?愚痴なら聞くぞ?」
「うぅ……」

フローリアの件もあることだし、この年で色々抱えるのも辛いだろうと声を掛けると、そっちに行ってもいいかと言ってきたので、別に構わないと答えてやった。
するとすぐさま影を渡ってハインツが自分の元へとやってきて、縋りつくように泣き出した。

「うぅ…クレイ!」

そうして悔しいと言って子供らしくわんわん泣いて、行き場のない思いを吐き出すように拳でドンドンと胸を叩き始めた。

「全然上手くいかない!どうして僕ばっかりこんなに理不尽な思いをしないといけないの?!」
「…………」
「カルトリアの姫となんて最初から結婚したくなんてなかった!僕の子供を抱きたかった!フローリア様と結婚したかった!」
「ああ」
「カルトリアの思惑なんてしらない!王にだってなりたくない!僕はロックウェル様みたいな立派な魔道士長になって、大好きな魔法に囲まれて過ごしたいんだ!」
「ああ」
「僕だってクレイみたいに自由にやりたいことをやって過ごしたい!」

そんな風に訴えるハインツを黙って受けとめる。
きっとこんな風に感情を吐露できる相手がいないのも問題なのだろう。
とは言えアストラスの貴族の中にハインツと年が近い者は少ないし、多かれ少なかれ親の影響が大きい。
純粋に友人と呼べる相手を見つけるのは至難の業だろう。
愚痴一つとってもそれが漏れて問題にならないとも限らない、そんな嫌な世界なのだから。

「仕方がないな」

だからこそ息抜きも必要なのだと思い、ある程度落ち着くのを待ってハインツに声を掛けた。

「ハインツ。問題がなければ今日はここに泊って、明日俺と一緒にカルトリア観光でもしないか?」
「え?」

今日は出掛けていないが昨日も一昨日も出掛けたのだ。
少しくらいはお勧めのものを教えてやれる。

「お前に必要なのは息抜きだ。ちょっと公務をサボって明日は一緒に出掛けよう」

そうして笑ってやると、ハインツはキョトンとした後仄かに笑って『クレイらしいね』と言ってくれた。


***


その頃王宮では、ハインツの件がちょっとした騒動になっていた。
そもそもの発端は結婚前にハインツがカルトリアに赴くか、ココ姫をアストラスに招待するかを外務大臣に相談したことから始まった。
一応ドルトとロックウェルにも相談した上での口上ではあったのだが、何故か話が拗れてしまったのだ。

ハインツは結婚前にココ姫ときちんと顔を合わせその人となりを知りたいと主張したが、結婚は決まったのだから会うのは式の時で問題ないではないかと大臣達が消極的な姿勢を見せたのがまずかった。
ハインツはそのことに反発し、それならココ姫とは結婚しないと言い放ち態度を硬化させてしまった。
これに対し大臣達は内心の焦りを表に出すことなく、国と国の関係やらそれに対して生じるデメリットなどを子供に言い聞かせるかの如く滔々と語った。
けれどそれはハインツの中では既に分かり切ったことだったし、結婚前に会いたいと言っているだけなのにどうして聞き入れてもらえないのだと飛び出してしまったのだった。
その時は『頭を冷やせばわかってもらえるだろう』と判断した皆だったが、そこからハインツの姿が自室の方にも見えなくなって、本格的に焦ることになった。

「ハインツ様は見つかったか?!」
「いや。今、王宮魔道士に捜索依頼を出した。すぐに黒魔道士が来てくれるはずだ」

そうしてざわざわとしているところで、リーネが姿を現した。
こういう時は白魔道士ではなく黒魔道士の出番だからロックウェルからの指示でやってきたのだ。

「もうっ!ハインツ王子が本気になったら影渡りでいくらでもどこにでも行けるのよ?!追い込むようなことはしないで欲しいわ!」

探索魔法を使っても見つからない場合は、それこそクレイやロイドクラスに探してもらう以外に方法がないのにとリーネは憤る。
何と言ってもハインツはクレイ同様紫の瞳の持ち主なのだ。
本気で逃げられたら王宮魔道士で追えるはずがない。
そうしてすぐさま探索魔法を唱えて行方を探った。

「よかった。足跡は消されていないわね」

どうやらそこまで気が回らなかったらしいとホッと安堵の息を吐き、その先を辿る。

「いたわ!」

そうしてそれを辿ってすぐさま後を追った。



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