黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第三部 アストラス編~竜の血脈~

12.※なくなった嫉妬

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「ハインツ王子!」

クレイがハインツをジークに紹介していると、そこに突如リーネがやってきて驚いた。
どうやら王宮から急に居なくなったハインツの後を追って来たらしい。

「なんだリーネ。随分慌ただしいな」
「クレイ?!」

リーネはここに自分がいることに驚きを隠せないようだったが、すぐさま場所を確認してどこだここはというように首を傾げた。
そんなリーネにジークがくすくすと笑う。

「クレイの友人か?私はジーク。ここはカルトリアにある俺の城だ。良かったらゆっくりしていってくれ。クレイの知り合いなら歓迎する」
「カルトリア?」

そうして戸惑うリーネにクレイは笑顔でそうだと口にした。

「ここはカルトリアの魔物の森にある魔王城の中だ。こっちのジークがその魔王で、俺は今ここに遊びに来てるんだ」
「よろしく」
「え?あ、よろしく。私はリーネ。アストラスの王宮黒魔道士よ」

ニコリと微笑むジークにリーネの頬がそっと染まる。

「ちょっとクレイ!いつの間にこんな男前の友人を作ったのよ!またロックウェル様に嫉妬されるわよ?!」

そうしてひそひそと忠告されるが、知り合ったのはつい先日だしロックウェルには会っていない相手だ。
どんな人物かロックウェルが把握していないなら嫉妬しようがないと思う。
ヒュースからバレる可能性はあるが、喧嘩中ということを考慮してわざわざ嫉妬を煽るようなことはしないはずだ。
だからそう言ったのに、リーネはロックウェルの嫉妬を甘く見過ぎだと強く主張する。
男のところに泊っていること自体が嫉妬対象になると言われてしまった。
それは確かにそうかもしれないが、ジークは本当に友人だし、そもそも部屋だって離れている上にちゃんと結婚しているとアピールはしているから然程問題はないと思うのだが…。

「それで?ハインツ王子を引き取っても構わないかしら?」
「え?ああ、それは駄目だ。明日一緒にカルトリア観光をする約束をしたからな」

その言葉にリーネが目を瞠る。

「本気なの?」
「ああ。ハインツに必要なのは息抜きだ。それについでにココ姫の姿も確認しておこうとは思っている。こっちは適当にやるから、そっちはそっちで上手くやっておいてくれ」

その言葉にどうやらクレイは事情をハインツから聞いたのだろうと言うことが容易に見て取れた。

「任せてもいいのね?」
「ああ」
「わかったわ。でも明日の観光は私も一緒に行きたいわ!今日は王宮への報告があるから一旦帰るけど、明日街に出る時には合流するから待っててちょうだい」
「わかった。美味しいものが沢山あったからな。きっとリーネも気に入るはずだ」
「それも気になるけど、カルトリアはセクシーな服が多いのよ!熱い国だから刺激的な服が売ってるって以前知り合いから聞いたの。一回見に行きたいと思っていたからちょうどいいわ。クレイ!見繕ってくれるわよね?」
「ああ。別に構わないぞ」
「やった!じゃあすぐにあっちは上手く収めてくるから」
「ああ。頼んだ」

こうして嬉々として帰っていったリーネにアストラスのことは丸投げして、改めてジークへとハインツを紹介する。

「ジーク。俺の弟、ハインツだ」
「ハインツです。よろしくお願いします」

ハインツはクレイが弟だと紹介してくれたのが嬉しくて、笑顔で目の前のジークへと頭を下げた。

「ジークだ。気安く呼び捨てにして欲しい。それにしてもさすが兄弟だな。瞳の印象は違うが紫でとても綺麗だ」
「あ、ありがとうございます」
「ハインツは俺とは違って世間慣れしていない。明日は観光に連れて行ってやろうと思っているんだが、ジークも一緒にどうだ?」
「いいな。先程のリーネという魔道士も来るのだろう?大人数で出掛けることがないから新鮮だし、是非一緒に行かせてほしい」
「決まりだな」

そうして話しているとレノヴァが来て、夕食の支度が出来たと口にした。

「ハインツ様。お食事の間にお部屋の方もご用意させていただきますので」
「突然お邪魔したのにありがとうございます」
「いいえ。これほど来客があるのも初めての事なので私も嬉しいのです。どうぞお気になさらず」

そうして皆でまた魔物の話や眷属の話で楽しく話しながら過ごし、その日の夕餉を終えた。


***


「クレイ…」
「んふっ…ロックウェルッ!」

ギシギシと鳴る寝台の上でクレイが甘く喘ぎ声を上げる。
それはともすればこれまでと変わらないようにも見えるかもしれない。
けれどほんの少しだけこれまでとは違う事を、ロックウェルはヒシヒシと感じていた。

「ロックウェル…あっ…!」

そうしてこちらに向けられる熱い眼差しに浮かぶのは全幅の信頼。
それは調教の果てに屈服させたものとは違い、甘く淫らでいてクレイらしさを強調させ、より一層色気を増幅させながら黒魔道士の魅力に満ち溢れさせていた。

「はぁんッ!」

くねる腰を支えながら突き上げると、甘い吐息を吐きながら気持ち良さそうに自分を求めてくるクレイ。

「ロックウェル…もっと奥まできて」

どこか初々しく、けれど淫らに甘えるような声音で誘われて、自分の中に喜びがじわじわと広がっていく。

「クレイ…可愛い」
「んん…ッ。そろそろ激しくしていいから、奥までロックウェルで犯し尽くして…」
「こうか?」
「あんんッ!」

夢の中のクレイはどこまでも自分の欲求に忠実だった。
しかも素直にして欲しい事を口にするだけではなく、自分が一番だと時折零すのだからたまらない。
敢えて近しい状態を挙げるなら、酔っている時と似ているかもしれない。
けれどその時との違いは、どこか黒魔道士らしさをなくさないところにあった。
その艶美な表情と眼差しにすっかり虜にされたと言ってもいいだろう。
熱に浮かされたように腕の中で可愛く身悶えるクレイを甘く優しく翻弄するのは、嘗てない程の充実した甘美な時間だった。
これまでも本当の夫婦だったはずなのに、今の方がずっと新婚夫婦のように思えてしまう。そんな甘い甘い閨だ。

「クレイ…お前は本当にどこまでも魅力的だな」

正直この三日、新たなクレイの顔を知って益々惚れてしまったと言ったら大袈裟だろうか?
勿論これまでもどんなクレイも好きだと思っていたが、それを実際に知っているのと知っていないのとでは気持ちのありようも変わってくるというものだ。
愛おしさはどんどん膨らむばかり。
こんな風に甘えられたら、もっとドロドロに甘やかしたくなるではないか。

「あぁっ、あッ!ロックウェル!今度はこっちの体位にしてッ」

そう言ってねだるのはクレイも自分も好きな体位だ。

「は…ぁ…。好きなだけわがままも聞いてやる」
「あぁんッ!ロックウェルッ、もっと魔力も交流して欲しッいぃ!んんんッ…」

こんな風に素直に甘えるクレイに機嫌の良さは増すばかり。

「もっといくらでも甘えて欲しい。なんでも言ってくれ。好きなだけ叶えてやる」
「あ……ロックウェル!幸せ…すぎて死にそう…ッ!」

そうしてこれ以上ない程幸福に満ち溢れた笑みを浮かべるクレイを、こちらも幸せいっぱいな気持ちで優しく犯し尽くした。


***


「さて…と」

昨夜はまたロックウェルに優しく抱いてもらう夢を見て幸せいっぱいな朝を迎えていた。
夢見がよかったからか、昨日あれだけ圧縮魔法を使ったにもかかわらず、身体は快適そのものだ。

(まあロックウェルの水晶のお陰かもしれないが…)

こうして離れていてもロックウェルを感じられるのは嬉しくてしょうがなかった。
だから全部は使い切らずに5つほど腰布にしまってある。
絶対に失くしたくないからいつも以上に防御魔法を掛けて、仮に誰かがぶつかってきてスリを働こうとしてもできないようにしておいた。
取ろうとした瞬間指先に電流が流れるよう雷の魔法を仕込んでおいたから、そうそう奪われることもないだろう。

「ロックウェルと一緒みたいで嬉しいな」

そうして顔を綻ばせているとまたもや眷属達に囃し立てられた。

【今日もお熱いですね】
【本当に。お幸せそうで我々も非常に満足です】
【そんなに大事に水晶をおしまいになって…。つくづくクレイ様はロックウェル様が大好きなのだと実感できますね】
そうやってどこかニヤニヤしながら言われると、最早喧嘩して家出してきたことも忘れてしまいそうだ。

(そろそろ帰ろうかな)

勝手に家出した事を謝って、ちょっとだけ嫉妬の嵐で蹂躙されるのを我慢すればいいだけの話だ。
最後の調教が思い出されて気が重くなったが、この三日夢で優しくしてもらえたのを思い出したら意外と耐えられそうな気がした。

(ちょっとくらい怖くても平気だ)

そう思えるくらいには復活できたと思う。
それよりも恋しく思う気持ちの方が上だと思った。
それにロックウェルのドSな顔もそろそろ見たい。
あの嫉妬の炎を宿しながらも冷たい眼差しで見られたら、今なら夢とのギャップで必要以上に燃え上がってしまう気がする。
できればそれで酷くせず、こちらの快感を引き出しながら思う存分貪るように抱いて欲しいものだ。

(まあ…それは流石に欲張りすぎか)

どんなロックウェルも好きだが、全てを自分の思い通りにしたいわけではない。
ロックウェルはロックウェルだからいいのだ。
あの男が自分を翻弄しながら嫉妬する姿にゾクゾクすると言ったら怒られるだろうか?
別に狙ってやっているわけではないのだが、そのせいでよそ見できないのは確かだし、いつだって虜にされてしまう。
今日はハインツ達と出掛けるが、明日朝一で結界を張ればもういつでもアストラスへと帰ることができるから、潔く帰ってしまおうか?
ジークとは会おうと思えばいつでも会えるし、それで構わないだろう。

「行くか」

そうして部屋を出てハインツのところへと向かい、二人並んでジークの元へと向かう。
先導するのはいつものようにレノヴァだ。

「ハインツ様。よく眠れましたか?」
「ええ。とても気持ちよく眠れました」
「それはようございました」

そしてジークと共に食事を取り、リーネが来るまで少し書庫をのぞかせてもらった。




「すごいな。珍しい書が沢山ある!」
「そうだろう?先々代が読書家だったらしくて、その時の物がそのまま残っているんだ」
「へぇ…」

そしてそっと手近な本を手に取ると、そこには魔物図鑑という文字が書かれてあった。
こういったものはアストラスにはないので非常に新鮮だ。
他にも物語から薬草図鑑、黒魔道士の歴史など様々だった。

「あ、これ見たい!」

気になって手に取ったのは『精霊魔法からの派生』という本だ。

「あとは、これとこれも」
「ふむ。『魔石』の本と『大陸魔道具図鑑』か」
「ああ。黒曜石や水晶以外の石と魔力の融和性を確認したいのと、魔道具の可能性を知りたいと思ってな」

そう口にすると、ジークとレノヴァはそのまま感心していたが、ハインツは驚いたように目を見開いていた。

「どうかしたか?」
「あ、ううん!なんでもない!」
「そうか?あ、ジーク!あれ!それとあっちも借りていいか?今日中に読むから」
「え?そんなに沢山今日中に読めるのか?」
「勿論。5冊くらいだし、帰ってから読むには適量だろう?」

それくらいすぐに読めると思うのだが、皆は違うのだろうか?
昔仕事の隙間時間にあちこちの屋敷の書庫で本を読んだなと懐かしく思いながらそう言ったのだが、その場にいた皆は何故か唖然としていた。

「え…クレイ?それ、凄く分厚いよ?」
「…?これくらい普通だと思うが?」
「そう?無理してない?」
「ああ。それより楽しみだな。これでまた新しい何かが思いつくかもしれない」

ワクワクするなと笑顔で言うと、何故かまるで規格外だと言わんばかりに皆から揃って溜め息を吐かれた。




「クレイ!」

お待たせと言ってやってきたリーネは、涼しげなシースルーの上衣とホットパンツという組み合わせの簡易的な黒衣で現れた。

「どう、これ?」

そうして笑顔でクルリと回ったが、正直リーネにはボーイッシュすぎるデザインだ。

「涼しげだが、リーネには全く似合ってないな」
「もう!クレイは相変わらずなんだから!」
「俺は正直なだけだ。リーネにはもっと似合う服がある」
「あら嬉しいわね。期待しちゃおうかしら」
「ああ。任せておけ」

そうして二人でじゃれ合っていると、ジークがボソッと羨ましいと言ってきた。

「クレイ!俺にも服を選んでくれ!」
「え?」
「俺はお前みたいにセンスがないしな。お前が選んでくれた服で、お前が認めてくれるくらいカッコよくなりたい!」

そうやって主張してくる姿に思わず笑みが浮かんだ。
この一生懸命なところもジークの良いところだと思う。
そしてそんなジークを見て、ハインツまで声を上げてきた。

「クレイ!僕もお忍び用に数着見繕って欲しい!」

そんな言葉に持ってなかったのかと驚くが、そう言えば今の服装もいつだったか渡した黒のマントを羽織っているだけで、中は王宮での服そのままだった。
これでは暑いに違いない。

「わかった。じゃあ今日はみんなで買い物を楽しむか」

そうして一行は、笑顔で街へと向かったのだった。


***


「ロックウェル様!」

今日も仕事を機嫌よくこなしていると、そこに外務大臣が姿を見せた。

「どうかなさいましたか?」
「どうかではありません!クレイ様とハインツ王子がご一緒だとか!すぐに連れ戻してきて頂けませんか?!」

どうやら二人がカルトリアにいるのが気が気でないらしい。

「大丈夫ですよ。二人はただの息抜きに観光として行っているようですし、余計な事をするような輩さえいなければ問題はないでしょう」

どうせ二人がカルトリアにいることはカルトリア側は把握していないだろう。
クレイも森に結界さえ張ったら帰ってくると言っているようだし、問題はないはず。
帰ってきてくれるのが今から待ち遠しい。

「今日明日くらい羽を伸ばさせて差し上げては?」
「~~~~っ!何かあってからでは遅いのですぞ?!」
「と言うと?」
「護衛も付けておりませんし、誘拐でもされたらどうなさるおつもりですか!」
「残念ながらクレイや眷属が付いていてハインツ王子が誰かに害されるなど想像もつかないのですが?」
「うっ…」
「どうぞ『杞憂など抱かず』、お帰りをお待ちしては?」

そして話は終わりだとばかりに書類へとまた目を向ける。
そんな自分に悔しそうにしつつ、その大臣はその場から去っていった。

「ロックウェル様」
「ドルト殿」

その大臣と入れ替わるかのようにドルトが自分の元へとやってきたので笑顔で立ち上がり、挨拶をする。

「ハインツ王子はクレイと一緒だとのことですが、ロックウェル様はクレイと仲直りできたのですか?」
「そうですね。仲直りはまだですが、かなり気分転換はできているようですし、明日にでも迎えに行こうと思います」
「そうですか。それなら安心です。フローリア姫とのご挨拶をクレイ不在の中勝手にするのもと考えていたので、帰ってきてもらえるのなら食事でも一緒に取りながら和やかに皆で話したいですね」

そんな言葉にそれは名案だと頷いた。
たとえフローリアが一緒でも、ドルトとの会食ならクレイも喜んで同席してくれる事だろう。

「そう言えばフローリア姫や赤子の衣類をクレイが用意したと伺いましたが、急な事でしたし出費も多く大変だったのでは?その分はレイン家の資産から支払いますので、仰ってくださいね?」

幸いクレイのおかげでレイン家の資産は潤沢だ。
姫達の一週間や10日程の着回せる衣類などを支払う余裕はあると思ってのことだったのだが、ヒュースにその旨を伝えるとそんなものは必要ないと返してきた。

【フローリアとルッツの衣類費用ですか?そんなものレイン家から出すと言われたらクレイ様はお気を悪くされると思いますよ?クレイ様の資産で十分支払える額でしたので、どうぞお気になさらず。そんな事よりクレイ様もやっと機嫌を直してくださったご様子。早ければ明日にでもお帰りくださるようですし、出来るだけ怒らず優しく迎え入れてあげて下さい】

どうやらヒュースにとっては大金を使った事よりも、自分達の関係改善の方が最重要課題のようだった。
このあたりの感覚は正直よくわからないが、これまでのヒュースとの付き合いから察するにこれは深追いするだけ無駄だろうと判断することにした。

「…わかった。ちなみにハインツ王子は?」
【今日はクレイ様とお買い物です。お忍びの服を持ってらっしゃらなかったらしく、暑そうなので見繕っている最中のようですね】

どうやらハインツも楽しく過ごせているようだし、これなら今日一日クレイに任せても大丈夫だろう。

「わかった。ではドルト殿、クレイが戻りましたら一報入れますので」
「え?ああ、はい。わかりました。ではフローリア様にも宜しくお伝えください」

そうしてドルトは、苦笑しながら下がっていった。


***


「う~ん…。悔しいけどやっぱりクレイはセンスがいいわね」

何着か試着して最終的に三着を前にリーネが唸り声を上げた。

「こっちはこのレース使いが魅力的だし、こっちはこの編んでるリボンのデザインが捨てがたいのよね。あ~でもこっちの背中が大きく開いてるデザインも捨てがたい~!」

アストラスはこちらほど暑くはならないから、無駄にならないよう買っても二着までとリーネは悩みに悩んでいるらしい。
女性の買い物は時間がかかるなと思いながら、続いてジークとハインツの方を見た。
二人共選んだ服を嬉しそうに見ている。
ジークはこちらに住んでいるのもあり、十着ほど見繕って欲しいと言われて黒ベースの似合いそうなクール系の服をチョイスした。
今は瞳の色を隠しているが元の瞳の色が紅色だし、差し色には鮮やかな赤色を取り入れている。
体格がいいのでシンプルなデザインでも見栄えして、ハッとするほどの色男に仕上がった。
ハインツの方はお忍びという事で目立つ色を避け、紺ベースの簡素な上衣に動き易いカーゴパンツでまとめてみた。
黙っていてもどうしても気品が漏れ出すので、敢えてのワイルド系衣類にして誤魔化すことにしたのだ。
それでも浮かないようデザインを吟味し、ベストな一着を選べたと思う。
大人になりきれない年相応のアンバランスさを上手く引き出す服装と言えるだろう。

「クレイ!ありがとう」
「俺も!このまま一着は着ていこうと思う」
「そうか。じゃあ荷物になるし、それ以外は使い魔に城まで持っていってもらうから貸してくれるか?」

そうして受け取った二人の服をすぐさま魔王城へと届けておいた。
そしてやっと二着に決めたリーネを連れて今度は食べ歩きに出る。
四人でワイワイ歩くのは楽しい時間だった。




「それにしてもよくロックウェル様が許してくれたわね」
「え?」

そうして串焼きをもぐもぐと食べているところで、リーネが不思議そうに口を開いた。

「だってロックウェル様ってクレイが大好きだから、普通に考えて他の男の所に泊まるなんて絶対に許さないでしょう?それなのにここ最近ものすごく上機嫌みたいなの。あり得ないと思わない?不思議で仕方がないわ」

一応リーネとしては心配してロックウェルの様子を窺った上で報告を入れてくれたようだ。
けれどその言葉にドキッとしてしまう自分がいた。
余程ジークを信頼しているのかとリーネは言うが、そもそもロックウェルはジークに会ったことすらない。
信頼も何もないことだろう。
そんなロックウェルがイライラしているなら兎も角、上機嫌というのは妙な話だ。

「え?違うの?じゃああのフローリア姫と何かあったとか?嘘か本当か、今レイン家に滞在中だって小耳に挟んだんだけど…?」

クレイからの乗り換えか浮気かしらと冗談半分に言ってくるリーネの言葉に更にどきりとする。
それは自分だけではなくハインツも同様なようだった。

「ク、クレイ!」

ハインツからすれば信頼するロックウェルが自分の好きな相手に手を出したのではと考えるだけで気が気ではないのだろう。
けれど内心穏やかではない二人に眷属達がすかさずフォローを入れた。

【大丈夫ですよ。ロックウェル様が機嫌がいいのは別件ですから】
【そうですよ。ヒュースからクレイ様が順調に機嫌を直してくださっていると聞いて安心なさっているのです】
【一年帰らないと言われてかなり反省なさっていましたし、安堵が大きいのでしょう。クレイ様が帰ったらフローリア姫とドルト殿を会わせるという名目で、食事会も企画してくださっているようですよ?】
【クレイ様が喜んでくれるだろうと色々考えてくださっているご様子。ですから邪推などせず安心してお帰りください】

そんな風に口々に言われるとそうなのかと少し安堵するが、なんとなく不安が拭えない。
あの嫉妬深いロックウェルがこちらを気にすることなく上機嫌というのが本気で解せないのだ。
もしや他に気になる相手でも出来たのではないかと考えてもおかしくはない。
そうしてどうしようと考えたところで、ジークがクシャリと頭を撫でてきた。

「クレイ。自分が選んだ伴侶だろう?信じてやればいい」
「ジーク…」
「それで浮気されてたら、お返しに俺と浮気してやればいいじゃないか!なんでもフィフティ・フィフティが一番だぞ?」

そうして満面の笑みを浮かべるジークに思わず笑みがこぼれ落ちる。
ここまであっけらかんと言われると、悩んでいるのが馬鹿らしくなってしまうではないか。

「ジークは本当に面白い奴だな」
「そうか?俺からしたらクレイの方が見てて飽きないし、面白いと思うが…」

クスッとジークが何でもないことのように笑ってくれたので気持ちが軽くなって、素直に感謝を述べた。
流石眷属お勧めの男だ。
こんな時に明るい気持ちにさせてもらえるのは非常に有り難かった。

「じゃあハインツの当初の予定を終わらせるか」

そうして王城に探りに行かせていた眷属を呼び出し、報告を受ける。

【クレイ様。どうやら王がクレイ様が城下にいると間諜から聞き焦っているご様子。表面上平静を装っているようですが、裏で他の間諜も動かしアストラスの動きを探り始めたようでございます】
「そうか」

こちらはただの観光なのに何をそんなに慌てているのだか。

「まあいい。じゃあココ姫の様子をハインツに見せてやってくれ」

正直カルトリア王のことなどどうでもいい。
改めて王城に眷属を放っておいたのはハインツがココ姫の事を知りたいと言ったからだし、自分がこの国でやることは後は森に結界を張ることだけだ。
わざわざ自分から厄介事に首を突っ込むつもりはない。
そうして溜め息をついている間に、ハインツは眷属を通してココ姫の様子を確認したようだった。


***


「ねえ、城下にクレイ王子が来ているらしいわよ?」

カルトリアの姫、ココは自分の侍女にフゥと溜め息をつきながらそう口にした。

「ハインツ王子なら手の平で転がす自信はあるけれど、クレイ王子はやり手だと言うわ。一流の黒魔道士として名を馳せる御仁ですもの。私では太刀打ちできないし…どうしようかしら」
「まあ姫様。クレイ王子は王宮嫌いでも有名だそうですよ。それほど心配なさらなくても、好き好んで首を突っ込んだりなさらないのでは?」
「それはそうだけど…ではこのタイミングでこの国に来る理由は?どう考えてもただの観光とは考えられないでしょう?」
「それは…確かに気になりますけれど……。そうですわ!黒魔道士のお仕事で来られただけではありませんか?黒魔道士は影を渡れますし、クレイ王子の噂を聞いたカルトリアの者が仕事の依頼をしたのやもしれません」
「……随分マルサはクレイ王子の肩を持つのね」
「そんなことはございませんよ。ただ美しいアメジスト・アイをお持ちと聞いた時から、憧れてはおりますけれど。本音を言いますと一度でいいから直にお会いしてみたいと思っていますわ」
「…全く。私が嫁ぐのはクレイ王子ではなくハインツ王子なのよ?ハインツ王子は噂では我儘に育てられた頼りない王子らしいじゃない。まだまだ中身はお子様みたいだし、優しく優しく懐柔して、上手く言って王の座につければ良いだけの話とお父様も言っていたわ。だから…邪魔が入って欲しくはないのよ」

念には念を入れて、クレイが首を突っ込んで来る前に先手を打っておきたいとココは言った。

「姫様。何をお考えです?」
「ふふっ。決まっているわ。クレイ王子がこちらにいるのなら、それを逆手にとってこちらからアストラスに乗り込めば良いのよ。私がここにいなければクレイ王子も何も探れはしないでしょうし、アストラスでは王宮に来ないでしょうから、私はただハインツ王子と親交を深めれば良いだけ…。名案でしょう?」

そうして艶やかに笑うココに侍女はなるほどと笑顔で答えた。

「さすがは姫様ですわ。ではすぐにご準備を整えた方がようございますね」
「ええ。アストラス王とハインツ王子への手土産はしっかり吟味しておいてね?」
「はい。もちろん腕によりをかけて手配させていただきますわ」

そうして二人は速やかに行動を開始した。


***


「何これ……」

正直ハインツはココ姫のやり取りに嫌悪感しか抱けなかった。
確かにクレイと比べられれば世間知らずの王子だと自分でも思う。
けれどだからと言ってこれはないだろう。
どこまで馬鹿にすれば気がすむのだろう?
自分が王ではなく魔道士長になりたいと言ったのは、ただの我儘ではない。
色々考えた上でのことだったし、ルドルフともクレイとも話して決めたことでもあった。
周囲の期待に押し潰されそうな自分を精一杯支えると言ってくれた兄ルドルフ。
それに対し、別に王族に生まれたからと言って、向いていないのに無理して王になる方が国が荒れる原因になるとバッサリ言い切ったのがクレイだった。
やりたい者がやればいいとあっさり言ったクレイに無責任だと周囲は言ったが、言っていることはわかる気がして何度もよく考え、心を決めてからは周囲を説得した。
そんな自分の思いをなかったことにするかのようなココ姫の発言は、とても許せるものではなかったのだ。

「……クレイ。今すぐ全力でココ姫との婚姻を取りやめたくなったんだけど」

フローリアが嫁いできてくれようとそうでなかろうと、このココ姫との結婚だけは絶対に嫌だとハインツは主張した。

「…本気で嫌ならやめればいいんじゃないか?人となりを知って考え直したくなったとか何とか言って暫く保留にして、子供を作れる気がしないとでも言えば一発だろう?」

子作りが周囲の目的なのだから、それができないとなれば周囲だって聞く耳を持ってくれるのではないかとクレイは言う。
それは確かにそうだと思った。
もしかしたら周囲はそれが気掛かりでココ姫と自分を婚姻の日まで会わせたくなかったのではと疑いたくなるほど、この姫は自分には合わないと思えて仕方がなかった。
けれどそんな自分にクレイはこともなげに言い放つ。

「フローリアだって似たり寄ったりだろう?あの女も性格は悪いぞ?」

きょとんとして言って来るその姿に、気づけば全力で弁明している自分がいた。

「フローリア様はココ姫とは全然違うよ?!確かにちょっと捻くれたところや腹黒いところはあるかもしれないし、自分の思い通りに事を運びたいっていう王族らしいところもあるけど、すごく可愛い人なんだ!すっごく綺麗だし!」
「……それ、容姿しか誉めてなくないか?」
「ち、違ッ……!そりゃあ確かに物凄く綺麗で天使みたいにも見える人だけど、中身はとっても人間らしくて、そのギャップもまた素敵で……」
「……ハインツ。要するに中身は二の次で、容姿に惚れたんだろう?」
「クレイ!」

サラリと流れる美しい金の髪。
大きな目を縁取る長い睫毛。
ツンととがった可愛い鼻に、小さく可憐な唇。
白い肌がそれらを全て際立たせ自分を見惚れさせたのは初めて会った時からだ。
だからあながち違うと言い切れない自分が辛いところだが、それでもあの閨で見たフローリアの弱さを自分が癒してあげたいと強く思ったのは確かだった。

これは中身が好きだと言うのと同じ事なのではないだろうか?
あの美しさはココ姫とは比べるまでもない。
ココ姫も綺麗な人ではあるが、流れるような艶のある黒髪を見ても、猫のようにクリッとした目を見ても、その豊満な胸を見てさえ何も魅力を感じなかった。
正直自分の手にすっぽり収まるフローリアの胸の方が好みだ。
そんな自分にクレイは小さく息を吐き、好きにしろと言ってくれた。

「まあ…上手くやるといい。レイン家で預かっているフローリアの安全だけは保証する」

普通なら大好きなロックウェルをあんな目に合わせたフローリアのために動こうなんて考えもしないはずなのに、クレイは色々と動いてくれる。
それだけでもすごく有難いことだった。

あくまでも現時点で深入りはしないというスタンスをとるクレイに、それだけで十分だとしっかりと頷き返す。
これが自分の成長を思っての行動だとよくわかっているからだ。
クレイは優しいしお人好しなところはあるが、締めるところは締める、自分の人生の先生とも言える人だ。
黒魔道士としてだけではなく兄としても尊敬しているし、その期待にはできるだけ応えたいと思う。
口では素っ気なくとも本当に困った時には手を貸してくれる。
そう言う所が大好きだった。

「クレイ。フローリア様を絶対に迎えに行けるよう頑張るから、応援してもらえたら嬉しい」
「ああ。頑張れ」

そうして二人で微笑み合い、リーネにフローリアはやめておけと言われるのを適度に流しながら、ジークも含め四人で街歩きを堪能したのだった。



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アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

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