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第三部 アストラス編~竜の血脈~
14.油断ならない男
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その頃、シュバルツはやっとロイドを捕まえてホッと安堵の息を吐いていた。
正直何度も逃げられ、これはまたひと月以上逃げ続けられるのではとイライラし焦っていたのだが、ロックウェルから聞いた方法を試した途端に状況は一転した。
それは『下手に追いかけないこと』『視線を極力合わせようとせず、マイペースに過ごすこと』そして重要なのは『目があった時はすぐに逸らすのではなく、薄っすらと笑ってから逸らすこと』。この三点だった。
正直そんなことをすればこれ幸いと接点をなくされるのではないかと考えたのだが、予想に反してロイドは自ら近づいてきた。
「シュバルツ?あのドS白魔道士に何を吹き込まれた?」
帰って早々気に入らないと言わんばかりに自分を壁際へと追い込み、逃げないようにと壁に手をつかれた。
いわゆる壁ドン状態だ。
「…別に何も?」
何となくバツが悪くてそう誤魔化したのだが、ロイドとしてはそれさえ面白くないようだった。
気づけば唇を塞がれて、甘い口づけをこれでもかと与えられていた。
「お前は私のものだ。あんな男の言葉に耳を貸すな」
どうやら自分がロックウェルの色に染められたようで嫌だったらしい。
実にプライドの高いロイドらしい嫉妬だった。
(あれ?もしかしてこれが狙いだったとか?)
この行動自体が攻略法だとばかり思っていたが、実はそうではなかったのかもしれない。
あのロックウェルのことだ。
ロイドのプライドを煽るのなんてお手の物だっただろう。
「ロイド…。じゃあこれからは他の色に染められないよう、ちゃんと逃げずにそばに居てくれ」
けれどその言葉にロイドはどこか苦々しい表情を浮かべた。
「…………私は別にお前と結婚したくないわけじゃない」
「うん」
つまりは自分と結婚はしたいと思ってくれているということ。
それは素直に凄く嬉しい。
「名前も…通称だったから知って居る奴もいるし……」
そうしてバツが悪そうにしながらも、ロイドは逃げたり誤魔化したりしようとはせず自分ときちんと向き合ってくれる。
とは言え通称とはどういう意味なのだろうと素朴な疑問を抱いた。
「通称?本名じゃなく?」
「ああ。親の付けた名は『ヘテロ』だったんだが、あまり呼ばれなかったし好きじゃなかった。何でもいいから金を稼いで来いと言われて小さい頃から魔法を使って小銭を稼いで、そのうち本格的に黒魔道士の仕事をこなすようになってからウロボロスからもじった『ボロス』が通称になったんだ。仕事で本名を名乗るとトラブルになった時困ると聞いたことがあったし、それからはずっとボロスと名乗っていた」
一瞬込み入った事情があるなら話してくれないかとも思ったが、ロイドは何一つ隠すことなく素直にそうやって自分へと教えてくれる。
「じゃあ今の名前は?」
「これはライアード様に仕えると決めた時にもらった名前だ。特別で大事な名だし、これまでの名より愛着があって気に入っている」
「…そうだったんだ」
そんな話を聞いて、意図的に教えられなかったわけではないのだと納得がいった。
それと同時に、クレイはきっと“ロイドの過去もついでに聞いてみたらいいんじゃないか”と思って条件を付け加えたのではないかとふと思った。
「ロイド…。じゃあ、すぐじゃなくてもいいから、私達のせいで喧嘩したクレイとロックウェルが仲直りできたら籍を入れようか?クレイが一年帰らないとか言って家出したらしいし、このままだと寝覚めが悪い」
この条件ならロイドを追い込まずに頷いてもらえるだろうか?
折角手を貸してくれたのだから、あっちもこっちもスッキリさせてから入籍をしたかった。
そしてそれを聞いたロイドはそれは名案だなと言って、軽く笑って甘く口づけてくれたのだった。
***
「それで、クレイは書庫の本を本当に一晩で五冊読みきったんだ!」
凄いだろうとジークが言いながら、よく冷えた黒いビアへと口をつける。
それに対してロックウェルも朗らかに笑いながら同じものを一口飲んだ。
「クレイは結構本を読むのは早いからな」
「そうか?俺は普通だ。ロックウェルの方が早いだろう?知ってるんだぞ。仕事の書類にサッと目を通して捌くのが物凄く早いのを。しかもちゃんと内容を理解した上で的確に指示出しをしているだろう?あれをみて流石だなと思ったんだから」
クレイがそうやって目をキラキラさせて褒めてくるところがなんとも微笑ましい。
ジークに対する態度を見るに、まるで眷属達に自分のことを話すような気安さだ。
けれど話している内容が自分のことだからか、やっぱりちっとも嫉妬心は湧かなかった。
そうして暫く話していると、なるほどジークという人物は実にクレイ好みの性格だった。
魔物が好きなところ、気さくで理解があるところなどはその典型だろう 。
ロイドとはまた違った性格でこちらとしても話しやすく、普通に仲良くできそうだと思った。
「二人は本当に仲が良いな。付き合いも長いのか?」
「ああ。もうかれこれ何年だ?8年?9年くらいか?」
クレイがそうやってジークに答えを返すのを聞いて、そう言えばもうそんなになるのかと改めて思った。
出会った頃に比べればクレイも随分表情豊かになったものだ。
当初は不器用な黒魔道士そのもので、コミュニケーションは最低限という感じだったのに…。
このあたりは独立したのも大きかったのかもしれないし、自分と付き合ってからも大きく変わったと言える。
月日と共に随分丸くなったものだと思う。
「良いな。俺はそれだけ長い付き合いはレノヴァぐらいだな」
「そうなのか?あ、でもレノヴァは魔物なんだって?本人がそう言ってたよな、確か」
「そうだな。まあ正直いつもあの姿で一緒だから気にしたことはないが」
「わかる!良い奴だしな」
レノヴァは執事のような者らしいが、どうやら人ではなく魔物だったらしい。
まあ魔王の配下なら特別おかしいことではないだろう。
人型の魔物というのは意外といるものだ。
「折角結界を張って安全も確保できたんだし、レイン家に遊びに来る時はレノヴァも一緒に連れてきたらどうだ?」
「ああ。是非そうさせてもらう」
勝手にクレイが話を進めているが、今回クレイが世話になった点を加味するとこうなるのは想定内ではあった。
それにジークがレノヴァと一緒に来るというのならなんの問題もないことだろう。
友人が遊びに来る────ただそれだけのことだ。
「じゃあクレイ!その時は四人でしよう!出張現地妻として、俺は三人相手でも頑張るぞ?」
そうして油断したところにそんな言葉を笑顔であっけらかんと口にされ、思わず黒ビアを吹き出しそうになった。
けれどそれに対してクレイが可笑しそうに大笑いする。
「ハハッ!ジークは本当に冗談も規格外だな。四人でだなんて黒魔道士でもそうそうやらないぞ?」
「いやいや。クレイとロックウェルの口づけを見たら、これは色々教えてもらいたいものだと凄く思ったんだ。だから遊びに行った時は是非俺に色々教えて欲しい。そういうのは黒魔道士は得意なんだろう?確か」
無邪気に笑いながら明るく話すジークにクレイは全く警戒することなくOKを出しているが、この男は油断できないかもしれないと密かに思った。
恐らく見た目や話し方からは想像できないほど、この男は色々考えて話しているように思えた。
このタイプは逃げるのも躱すのもどちらも上手い。
こちらが熱くなればなるほど相手の思う壺になるから、笑顔で応対しここぞというタイミングでサラリと別方面に話題を振って躱すに限る。
「その分だと、ジークとレノヴァは恋人関係にあるのか?」
だからまずはそうして話をほんの僅か逸らしてやった。
こうした方がクレイの失言を避けつつ別方向へと誘導しやすくなる。
「レノヴァとは身体の関係はあるが、恋人って感じではないな。あくまでも主従という感じだし」
どうやら二人はセフレのような関係らしい。
これはますます油断はできなさそうだ。
「へえ。まあでもそうか。ここにいると人は敵みたいなものだっただろうし、それどころじゃないよな」
「ああ。でもクレイのお陰で魔物達の安全も確保できたし、これからは安心して好きに出掛けられる。まずは手始めにアストラスの事をもっとよく知りたいな」
『影渡りも慣れてきたし、いつでも遊びに行けるからアストラスに行ったら案内してくれるだろう?』とクレイに頼むジークに、クレイは全く警戒することなく二つ返事で了承する。
実に上手い事の運び方だ。
「ロックウェルも時間があれば是非お勧めの店に案内してくれ」
さり気なくこちらにまで話を振りニコッと笑うその姿はとても裏があるようには見えない。
けれどこれまで培ってきた人付き合いの多さから導き出される答えが、ソレを明確に感じ取ってしまう。
これは『嫉妬』対象ではなく、『警戒』対象なのだと────。
ロイドのように油断したら掻っ攫われる類ではなく、油断をした途端あっという間に内に取り込まれる……そんな相手。
「ああ。そうだな。クレイが行く店はどちらかというと偏っているから、私のお勧めの店を皆で回ってみるのも一興かな」
そうしてまた手元の黒ビアを傾けた。
「ロックウェル!これが言っていた水晶だ」
それからクレイが見ていたという水晶を見にきて、その後は何故か服を見立ててもらうことになった。
それと言うのも、これまたジークの発言が切っ掛けだった。
「クレイはロックウェルにどんな服を贈ったことがある?」
「え?そう言えば…俺が見立てたことはないな」
「一度もか?俺やハインツには見立ててくれただろう?男相手だって見立てられるのに、伴侶にしないのはどうしてだ?」
「だってロックウェルはセンスもいいし、なんでも似合うし、わざわざ俺が見立てる必要なんてないだろう?」
立ってるだけでカッコいいんだからと惚気るクレイだったが、そんなクレイにジークがクスリと笑う。
「バカだな。服には『自分好みに染めたい』とか『脱がしたいから贈る』とか意味があるだろう?まあ聞いた話だし、全部が全部そうではないと思うが…。お前はロックウェルにそんな風に思ったことがないのか?」
その言葉を聞いてクレイはあからさまに動揺して、こちらをチラリと見やってきた。
確かにクレイがそんな観点で自分に服を贈ってくれたことは一度としてない。
よく考えたら贈られたリーネ達に嫉妬したことはあったが、贈られたいと思ったことはなかったなと思い至り、目から鱗が落ちた気分だ。
ある意味盲点だったかもしれない。
そうやって特に何を言うでもなく考えていると、クレイがあからさまに挙動不審になった。
これはジーク達に服を買ったことを誤解しないでほしいとでも思ってそうだ。
今更と言えば今更なのにと、妙に可笑しな気持ちになって小さく笑ってしまう。
「クレイ。大丈夫だ。怒ってはいない」
クレイが服を意味なく贈るのはとっくに分かりきっていることだし、それを指摘するのであれば最近のルッツの服やフローリアへのドレスの件まで全部ということになる。
流石にそんな事までわざわざ口に出すのは間違っているだろう。
そう思っての返しだったのだが、これを受けて何故かクレイはショックを受けたように固まって、次いで勢いよくこう言い放った。
「~~~~っ!今すぐロックウェルの服も買いに行く!」
何故そんなに泣きそうになっているのか…。
「クレイ。無理はしなくていいぞ?」
「無理なんてしてない!絶対にお前に似合う服を買うから!」
それは嬉しいが、どうせなら嬉しそうに笑顔で選んで欲しいものだ。
「クレイは本当にロックウェルが好きなんだな」
そして微笑ましげにそう口にするジークに、クレイは勢いよく言い切った。
「当然だ!他の誰かが選んだ服じゃなく、俺が選んだ服を着てほしい!」
絶対だと言ってクレイは勢いよく歩き出した。
どうやら自分が着ている服の中に、これまでの恋人達からの贈り物が含まれている可能性に思い至ったらしい。
そう考えたところでまた嬉しい気持ちが込み上げてきた。
クレイにこんな風に嫉妬されるのも悪くはない気分だ。
これだけ意思表示をしてもらえるなら嫉妬する暇なんてどこにもない。
けれどクレイが勢いよく歩き過ぎていたのが悪かったのか、商店の死角から出てきた少年と勢いよくぶつかってしまい、少年が尻餅をついてしまった。
これにはクレイも悪いと思ったらしく、そっとその少年へと手を差し伸べた。
「すまない。大丈夫か?」
そう言ったクレイに少年がパッと勢いよく顔を上げ、驚いたような顔をした後、勢いよく大きな声で叫びを上げた。
「見つけたーーー!」
その声にクレイが驚いたように少年の方を見る。
「フロックスにクレイって呼ばれてたよな?俺はアキ。ガキに見えるかも知れないけどこう見えて16才だ!よろしく!」
「え?ああ、俺はクレイ。アストラスの黒魔道士だ」
よくわからないと言う顔でそう返したクレイに、満面の笑みで少年───アキは礼を言った。
「この間は追われているところを助けてくれて助かった!ありがとう」
「ああ、あの時の…」
クレイはそれで得心がいったと頷きを落とす。
「お礼を言おうと思って追ったらフロックスに絡まれてたから黙ってみてたんだけど、その後消えちゃったから焦って探してたんだ」
その言葉にクレイは興味なさげにしつつ、あの時の男はフロックスというのかと違うことを考えているようだった。
「ロックウェル。昔の仲間にフロックスという奴はいたか?」
自分とも知り合いのようだったと話を振られ、もしやあのフロックスかと思い至った。
確か自分がクレイと知り合って何年かした頃、一時期一緒に仕事をしていた仲間だろう。
あの頃は某貴族の反乱鎮圧期で一番仲間の入れ替わりが激しい時期でもあった。
フロックスはそこそこできる男ではあったが、力に驕り努力を殆どしない癖に金金と煩い男で、まともに相手をしないクレイに対してあからさまに食って掛かることが多かったように思う。
「お前は相変わらず他人に興味がないな。いただろう?ほら、よくお前に絡んでは地団太踏んでいた男が」
「そんなのいっぱいいたからいちいち覚えていない。覚えてるのはお前とファルとよく酒を飲んだロディだろ…ん~…女の方も数えるほどだな。全部で10人前後しか覚えていない」
そんな薄情なことを口にしつつ、眷属の方は全部覚えてるんだけどなと笑うクレイの思考回路が本当にさっぱりわからなかった。
眷属だけで言えば60前後居たはずなのに、今だに覚えているのだろうか?
それはそれで凄い。
恐らくフロックスも眷属を出せばその眷属の名前くらいは呼んでもらえただろうに…。
「それで?フロックスに絡まれて騒ぎでも起こしたのか?」
「いや?勝手に向こうが騒いでいただけで、俺はすぐに立ち去ったから。被害が出ないようにちゃんと配慮したし、俺にしては大人しかったぞ?」
挑発だってしなかったんだとクレイが言ったので、それは非常に珍しいなと驚いてしまった。
「本当か?」
「本当だ。お前の名前を出されて無性に会いたくなってたし…お前のことで頭がいっぱいで他はどうでも良かったんだ」
そうしてポロリと溢される言葉が可愛すぎる。
本当に無自覚だなと笑み崩れてしまった。
「こっちはその感じだとクレイの恋人?すっごい美形だな。後ろの人も男前だし、三人揃うと圧巻って感じ!」
アキは興奮したように言ってくるが、クレイはそれに対しては興味なさげにそうかと軽く流していた。
けれど次の言葉にはさすがに驚いたように動きを止めた。
「俺、この国から出たいんだ!クレイの弟子にして欲しい!」
「……は?」
「黒魔道士になりたいんだ!この国では魔力を持っている子供は隠れて過ごさないと売り飛ばされて危険だし、魔道士の弟子兼愛妾に収まるか、性格の悪い冒険者になるか、何も知らないまま国外に出て見様見真似で底辺魔道士として生きていくかの三択しかない。だから、それなら自分の目で凄いと感じたクレイの弟子になりたいって思ったんだ!」
そうしてアキは思い切り勢いよくクレイへと頭を下げた。
「お願いします!弟子にしてください!」
「え……嫌だ」
面倒臭がり屋のクレイからすれば災難だとでも言わんばかりの出来事だろう。
けれど少年は絶対に諦めないとばかりに食い下がってくる。
「理由は何ですか?どうしたら弟子にしてもらえます?」
「面倒くさい」
「自分のことは自分でするので、魔法を教えてくれるだけでいいです!」
「ロックウェルとの時間が減るのは嫌だし、仕事だって自由にやりたい」
「もちろん一切邪魔はしません!なんなら炊事洗濯ベッドメイキング何でもこなします!」
「いや、それは使い魔や眷属達がやってくれるから」
「じゃああとは何が足りませんか?」
「え?…………静かな時間」
「じゃあ時間を決めて最低限だけ口をききます。それでどうでしょう?」
「いや、それだとお前が窮屈だろう?」
「平気です。こう見えて諜報活動なんかも少しだけやってますから、慣れてますんで」
「……紹介してやるから、他をあたってくれ」
「えぇえええ?!」
どうやら交渉は決裂したらしい。
自由を好むクレイにアキはあまりにも無謀だと思った。
とは言え仕事の斡旋なら自分でも可能だろう。
「アキと言ったか?諜報の経験があるならアストラスの王宮に来ないか?ショーンがちょうど使える奴が欲しいと言っていたから、面接だけでも受けてみたらと思うんだが…」
「王宮……それって王宮魔道士になっていいってこと?弟子じゃなくても傍に居られるならそれでもいいな!」
そうやって顔を輝かせたアキには悪いが、そもそもクレイは王宮魔道士ではない。
「私は王宮魔道士だがクレイはフリーの黒魔道士だ。すまないがそちらは諦めてくれ」
「そんな~…」
しょんぼりと肩を落としたアキにクレイが呆れたように溜息を吐く。
「そもそもお前は自分が黒白どちらに適性があるのかちゃんと知っているのか?もし白だったら俺よりロックウェルの方が師としては適してるんだぞ?」
「え?」
「ロックウェルは王宮で魔道士長をしてる白魔道士なんだから」
その言葉にアキの表情がまたキラキラと輝きだす。
「魔道士長って王宮魔道士のトップ?その若さで?!」
凄い凄いと言ってテンションの上がるアキにクレイがホッと息を吐いているが、それは押し付けたというのではないだろうか?
(まあ別に構わないが…)
どちらの適正だろうと、王宮魔道士見習いにするなら関係ないし、そちらの修行をさせながら諜報としてショーンの元で働いてくれてもいい。
クレイが一人で抱え込む必要性はないだろう。
「じゃあ私が適性を見ようか?」
「いいのか?!あ、いや、いいんですか?」
「ああ」
そうして人の少ない場所へと移動して、その手を取り魔力の質を見る。
それによるとどうやら彼は白魔道士寄りの魔力の持ち主のようだった。
「アキは白魔道士向きだな」
「白魔道士……」
その様子を見て、興味深げにジークが声を掛けてくる。
「俺も見てもらっていいか?」
「え?ああ構わないが?」
そうして今度はジークの手を取り魔力の質を見た。
「……ッ!」
それと同時にその根源を垣間見て思わず手を放してしまう。
(この男……)
それは黒や白といったものではなく、人外の力と言ってもいいものだった。
それ故の『魔王』と言ってもいいのかもしれない。
これは後でヒュースにそれとなく聞いておいた方がいいかもしれないとさえ思ったほどだ。
ヒュースは古参の魔物だしもしかしたら何か知っているかもしれない。
「大丈夫か?ジーク、お前は俺が見てやる。魔力がバカ高いんだからロックウェルの負担になるだろう?俺の魔力を量った時、ファルもちょっと寝込んだんだよな、確か」
そうしてクレイが気を遣い、瞳の封印を解いて自分と入れ替わるようにジークの手を取り、同じように質を推し量った。
「ん~…コツはいるかもしれないが、どっちも使えそうだな」
「どっちも?」
「ああ。例えば回復魔法」
クレイが呪文を教えると、ジークはそれをあっという間に行使してみせる。
随分呑み込みが早い。
「今度は結界魔法」
キンッと甲高い音を立てて小規模な結界を展開させると、それも真似してジークは実践してみせた。
「そうそう。そんな感じだ」
「へぇ。便利だな」
嬉しそうにジークが笑うが、クレイはなんでもは使えないぞと口にした。
「俺もそうだが、俺は白魔法は回復魔法くらいしか使えない。まあ…もうちょっと力を入れたらできることは増えるだろうが、万能じゃない。それと一緒で、ジークは補助魔法と防御魔法が多彩には使えないようだ。必要最低限だけという感じだから、そこは諦めてくれ」
「そうなのか」
「ああ。あと、広域魔法も制限がありそうだ。仮に黒曜石を使っても広大な結界維持はまずできないと思っていた方がいい」
「なるほど」
「その分攻撃魔法は大得意みたいだから気にするな。街を一瞬で消し炭にできる魔力量だぞ?凄いな」
「ああ。そっちは予想通りだな。でもクレイだってできるだろう?」
「できるが、やるだけ無駄だしやる気は無いな。美味しい食べ物を食べる方がずっといい」
「それはそうだ」
ハハハとジークはクレイの言葉に楽しそうに笑ったが、予想通りと言った時の声の冷たさは本気だったように思う。
さすが魔王。血も涙もないような冷酷さを持ち合わせているらしい。
「さてと、じゃあそのアキのことはロックウェルに任せるとして、俺達は街歩きの続きと行こうか」
そうしてジークが自然な感じで歩き出したので、見事なさり気なさだなと思わず感心してしまう。
けれどそう簡単にいかないのがクレイだった。
「ジーク。悪いが俺はロックウェルの服をまだ見てない。見たいところがあるならここからは別行動になるがそれで構わないか?」
「…俺はいつでもここに来れるしな。今日はいくらでもクレイが行きたいところに付き合うぞ?」
笑顔を保つところは流石だが、二人になれなかったことにほんの僅か残念さを滲ませている。
「そうか。良かった。もうロックウェルの服を選んだらすぐに帰るつもりだったから、ここでお別れかと思ったんだ」
そんなこととは露知らず、クレイはそんな心底残念そうな言葉でジークをあっさりと虜にしてしまう。
狙っていないところが実にクレイらしい。
「……!ちゃんと最後まで付き合うから一緒に居させてくれ」
「そう言ってもらえたら嬉しい。そうだ!ついでにレノヴァにも何か買っていこうか?好みとかがわかれば教えてくれ。世話になったし、それくらいのお返しはしておきたい」
「レノヴァの好みか…そう言えば来客用の茶器を見て、もっとちゃんとしたのを用意しておけばよかったと呟いてたな」
「なるほど。じゃあそっち方面で選ぼうか。二人で選んだって言ってプレゼントしたらきっと喜んで受け取ってくれるだろう」
「そうだな」
ジークは話しながら眩しいものを見るような目でクレイを見た後、さり気なく肩を抱いた。
「よし!そうと決まれば善は急げだ!」
ジークから明るく言われたせいか、クレイがその行動自体を咎めることはない。
実に上手いやり方だと思った。
こうして自分の中でジークは要注意人物だという認識は高まったのだった。
「ロックウェルに似合うのはこれとこれ、あ~でもこっちもいいな。なんでも似合うから何着でも買いたくなる…」
そうやって次々持ってこられるのはいいが、白地に黒や紫、青の差し色や縁取りが入ったものが多く、これは狙っているのかと微笑ましく思った。
クレイは黒魔道士は黒が好きだから単純に自分が白が好きだろうと思って白地の服をメインで見ているようだが、そこに自分の色を加えてきているのを見ると自分の色を纏ってほしいという気持ちが透けて見えて嬉しくて仕方がなかった。
これなら今度黒地に銀が入った服でも贈ってやろうかとさえ思えてしまう。
【ロックウェル様。ご機嫌ですね】
そうして可愛いクレイをにこやかに見守っていると、唐突にヒュースが話しかけてきた。
どうやらジークの目がクレイに向いている隙を狙って話しかけてきたらしい。
「ああ、ヒュース。もちろんだ。クレイが可愛くてな」
【それはいいですが、何やらクレイ様は勘違いなさっているご様子ですから、フォローは考えておいてくださいね?このままでは帰って早々押し倒されるのは間違いないと思われますので】
「そう言えば、どうしてクレイはあんなに必死なんだ?」
別に可愛いからいいかと思っていたのだが、何やら勘違いしているのは感じていた。
【それはですね、ロックウェル様があまりにも穏やか過ぎたからですよ】
「……?」
【いつもなら嫉妬していてもおかしくない状況で全く嫉妬されないので、とうとう見限られたのかと焦られたご様子。我々としてはそんな早とちりをするクレイ様も可愛いとは思いますが、あまり思いつめればまた明後日の方向にいってしまわれそうで…】
「ああ、なるほど」
それで焦って口説く方面に暴走したのかと納得がいった。
このパターンは正直考えたことがなかっただけに嬉しい誤算だった。
とは言え自分が浮気すると思われたのはいただけない。
なんとか独占欲を保持させたまま甘い空気に持っていき、そのままべったりと甘えさせる方法はないものだろうか?
そうなればクレイの天然も鳴りを潜めて自分だけを見てくれそうな気がするのだが……。
「わかった。何とか上手く言い含めてみよう」
【助かります】
眷属達は自分が機嫌良くしている理由を知っているからクレイの憂いは誤解だとわかっているものの、夢現で自分が抱いたなどとバラした日にはまたクレイが怒ってしまうとわかっているだけに何も言えないのだろう。
有難い配慮だが、クレイを翻弄するのは兎も角暴走させるのは本意ではない。
「ロックウェル。お前はどれがいいと思う?」
そこで最終的に10点に絞ったクレイに、笑顔で『全部』と言ってやった。
「…え?」
その言葉に驚くクレイに、切り札とばかりに続けて口にする。
「フローリア姫には30着以上買ってやっていただろう?」
「……まあ確かに」
「姫はお前色に染めるくせに、私はお前色に染めてくれないのか?」
そう言ってやんわりと嫉妬をにじませてやると、クレイの目にどこか喜びが混じったのが見て取れた。
「わかった!帰ったら全身俺色に染めてやる!」
その言葉と共にクレイは嬉しそうにそれらを持って支払いへと向かっていく。
これなら早々誤解はしないことだろう。
その後クレイの後姿を見遣りジークが微笑ましいなと言いながら話しかけてきたので、軽い口調で『本当に』と答えてやった。
「ちなみにロックウェル。クレイにはセフレはいるんだろうか?」
「いや。あいつは私一筋だ」
「そうか。じゃあ仲の良い友人は?」
「何人かいるが、一番親しいのはソレーユの黒魔道士だな」
「ふぅん…。ちなみにそいつとはどんな話をしてるんだ?」
「主に魔法開発だな。黒魔道士特有の軽口もあるから一概にそれだけとは言えないが」
「なるほど。じゃあ俺とは毛色が違うだろうし、いいかもしれないな」
あくまでも本気ではなくセフレや友人枠だと主張するジークが小憎らしい。
けれどここで熱くなるのは悪手だからさらりと流しきる。
「もちろん、ロックウェルのセフレや友人としてでも付き合ってくれたら嬉しい」
そんな自分にニコッと無害を装って笑いながらそんな言葉を口にしてくるから油断も隙も無い。
この手の相手は正直御しにくいからクレイ以上に面倒だなと思った。
ここは何もわからないふりで冗談と流すのが一番いいだろう。
「そうだな。でもお前相手だと私が抱かれる側になるだろう?それは御免被りたいところだ」
クスッと冗談めかして笑うとジークもつられたように笑った。
「ハハッ!確かに体格的にはそうなるか。でも俺はいつも抱かれる側だからな。お前やクレイに可愛がられたいと思っているのは本当だ」
楽し気に笑いながらそうやってまたあっけらかんと言い放つさまは、いっそ清々しいほどだった。
ある意味嫌いになれないタイプではある。
友人枠でならこれ以上ないほど付き合いやすく楽しい相手だろうと思えた。
そうして二人で話していると、支払いを終えたクレイがやってきてギュッと腕に絡みついてきたので驚いた。
「ロックウェル。ジークに口説かれていただろう?」
意外にも鋭いことを言ってきて、思わず目を丸くしてしまう。
「ジーク。ロックウェルは俺のだから、絶対に手を出すなよ?」
そうやって牽制までするのだから珍しい。
明日は嵐でも来るのではないだろうか?
「いいじゃないか。ロックウェルはその容姿だし俺が声を掛けなくてもモテるだろう?」
「それでも俺と結婚してるんだから俺のだ」
「じゃあクレイが遊んでくれるのか?」
「俺は浮気しないってロックウェルと約束してるから、ロックウェル以外とは寝ないんだ」
「そうか。じゃあ三人でしたくなった時に呼んでくれ。それまで大人しくレノヴァと寝てるから」
そのまま笑顔で引き下がるジークにクレイは最初でこそ不機嫌そうにしていたが、ジークが冗談だとでも言わんばかりに笑ったので軽く息を吐いて『冗談が過ぎるぞ』と言って促し、さっさと店を後にした。
「大人の世界だ…」
そんなやり取りをこっそり聞きながら頬を染め、三角関係なのかと呟いていたアキには少し悪いことをしてしまったかもしれない。
正直何度も逃げられ、これはまたひと月以上逃げ続けられるのではとイライラし焦っていたのだが、ロックウェルから聞いた方法を試した途端に状況は一転した。
それは『下手に追いかけないこと』『視線を極力合わせようとせず、マイペースに過ごすこと』そして重要なのは『目があった時はすぐに逸らすのではなく、薄っすらと笑ってから逸らすこと』。この三点だった。
正直そんなことをすればこれ幸いと接点をなくされるのではないかと考えたのだが、予想に反してロイドは自ら近づいてきた。
「シュバルツ?あのドS白魔道士に何を吹き込まれた?」
帰って早々気に入らないと言わんばかりに自分を壁際へと追い込み、逃げないようにと壁に手をつかれた。
いわゆる壁ドン状態だ。
「…別に何も?」
何となくバツが悪くてそう誤魔化したのだが、ロイドとしてはそれさえ面白くないようだった。
気づけば唇を塞がれて、甘い口づけをこれでもかと与えられていた。
「お前は私のものだ。あんな男の言葉に耳を貸すな」
どうやら自分がロックウェルの色に染められたようで嫌だったらしい。
実にプライドの高いロイドらしい嫉妬だった。
(あれ?もしかしてこれが狙いだったとか?)
この行動自体が攻略法だとばかり思っていたが、実はそうではなかったのかもしれない。
あのロックウェルのことだ。
ロイドのプライドを煽るのなんてお手の物だっただろう。
「ロイド…。じゃあこれからは他の色に染められないよう、ちゃんと逃げずにそばに居てくれ」
けれどその言葉にロイドはどこか苦々しい表情を浮かべた。
「…………私は別にお前と結婚したくないわけじゃない」
「うん」
つまりは自分と結婚はしたいと思ってくれているということ。
それは素直に凄く嬉しい。
「名前も…通称だったから知って居る奴もいるし……」
そうしてバツが悪そうにしながらも、ロイドは逃げたり誤魔化したりしようとはせず自分ときちんと向き合ってくれる。
とは言え通称とはどういう意味なのだろうと素朴な疑問を抱いた。
「通称?本名じゃなく?」
「ああ。親の付けた名は『ヘテロ』だったんだが、あまり呼ばれなかったし好きじゃなかった。何でもいいから金を稼いで来いと言われて小さい頃から魔法を使って小銭を稼いで、そのうち本格的に黒魔道士の仕事をこなすようになってからウロボロスからもじった『ボロス』が通称になったんだ。仕事で本名を名乗るとトラブルになった時困ると聞いたことがあったし、それからはずっとボロスと名乗っていた」
一瞬込み入った事情があるなら話してくれないかとも思ったが、ロイドは何一つ隠すことなく素直にそうやって自分へと教えてくれる。
「じゃあ今の名前は?」
「これはライアード様に仕えると決めた時にもらった名前だ。特別で大事な名だし、これまでの名より愛着があって気に入っている」
「…そうだったんだ」
そんな話を聞いて、意図的に教えられなかったわけではないのだと納得がいった。
それと同時に、クレイはきっと“ロイドの過去もついでに聞いてみたらいいんじゃないか”と思って条件を付け加えたのではないかとふと思った。
「ロイド…。じゃあ、すぐじゃなくてもいいから、私達のせいで喧嘩したクレイとロックウェルが仲直りできたら籍を入れようか?クレイが一年帰らないとか言って家出したらしいし、このままだと寝覚めが悪い」
この条件ならロイドを追い込まずに頷いてもらえるだろうか?
折角手を貸してくれたのだから、あっちもこっちもスッキリさせてから入籍をしたかった。
そしてそれを聞いたロイドはそれは名案だなと言って、軽く笑って甘く口づけてくれたのだった。
***
「それで、クレイは書庫の本を本当に一晩で五冊読みきったんだ!」
凄いだろうとジークが言いながら、よく冷えた黒いビアへと口をつける。
それに対してロックウェルも朗らかに笑いながら同じものを一口飲んだ。
「クレイは結構本を読むのは早いからな」
「そうか?俺は普通だ。ロックウェルの方が早いだろう?知ってるんだぞ。仕事の書類にサッと目を通して捌くのが物凄く早いのを。しかもちゃんと内容を理解した上で的確に指示出しをしているだろう?あれをみて流石だなと思ったんだから」
クレイがそうやって目をキラキラさせて褒めてくるところがなんとも微笑ましい。
ジークに対する態度を見るに、まるで眷属達に自分のことを話すような気安さだ。
けれど話している内容が自分のことだからか、やっぱりちっとも嫉妬心は湧かなかった。
そうして暫く話していると、なるほどジークという人物は実にクレイ好みの性格だった。
魔物が好きなところ、気さくで理解があるところなどはその典型だろう 。
ロイドとはまた違った性格でこちらとしても話しやすく、普通に仲良くできそうだと思った。
「二人は本当に仲が良いな。付き合いも長いのか?」
「ああ。もうかれこれ何年だ?8年?9年くらいか?」
クレイがそうやってジークに答えを返すのを聞いて、そう言えばもうそんなになるのかと改めて思った。
出会った頃に比べればクレイも随分表情豊かになったものだ。
当初は不器用な黒魔道士そのもので、コミュニケーションは最低限という感じだったのに…。
このあたりは独立したのも大きかったのかもしれないし、自分と付き合ってからも大きく変わったと言える。
月日と共に随分丸くなったものだと思う。
「良いな。俺はそれだけ長い付き合いはレノヴァぐらいだな」
「そうなのか?あ、でもレノヴァは魔物なんだって?本人がそう言ってたよな、確か」
「そうだな。まあ正直いつもあの姿で一緒だから気にしたことはないが」
「わかる!良い奴だしな」
レノヴァは執事のような者らしいが、どうやら人ではなく魔物だったらしい。
まあ魔王の配下なら特別おかしいことではないだろう。
人型の魔物というのは意外といるものだ。
「折角結界を張って安全も確保できたんだし、レイン家に遊びに来る時はレノヴァも一緒に連れてきたらどうだ?」
「ああ。是非そうさせてもらう」
勝手にクレイが話を進めているが、今回クレイが世話になった点を加味するとこうなるのは想定内ではあった。
それにジークがレノヴァと一緒に来るというのならなんの問題もないことだろう。
友人が遊びに来る────ただそれだけのことだ。
「じゃあクレイ!その時は四人でしよう!出張現地妻として、俺は三人相手でも頑張るぞ?」
そうして油断したところにそんな言葉を笑顔であっけらかんと口にされ、思わず黒ビアを吹き出しそうになった。
けれどそれに対してクレイが可笑しそうに大笑いする。
「ハハッ!ジークは本当に冗談も規格外だな。四人でだなんて黒魔道士でもそうそうやらないぞ?」
「いやいや。クレイとロックウェルの口づけを見たら、これは色々教えてもらいたいものだと凄く思ったんだ。だから遊びに行った時は是非俺に色々教えて欲しい。そういうのは黒魔道士は得意なんだろう?確か」
無邪気に笑いながら明るく話すジークにクレイは全く警戒することなくOKを出しているが、この男は油断できないかもしれないと密かに思った。
恐らく見た目や話し方からは想像できないほど、この男は色々考えて話しているように思えた。
このタイプは逃げるのも躱すのもどちらも上手い。
こちらが熱くなればなるほど相手の思う壺になるから、笑顔で応対しここぞというタイミングでサラリと別方面に話題を振って躱すに限る。
「その分だと、ジークとレノヴァは恋人関係にあるのか?」
だからまずはそうして話をほんの僅か逸らしてやった。
こうした方がクレイの失言を避けつつ別方向へと誘導しやすくなる。
「レノヴァとは身体の関係はあるが、恋人って感じではないな。あくまでも主従という感じだし」
どうやら二人はセフレのような関係らしい。
これはますます油断はできなさそうだ。
「へえ。まあでもそうか。ここにいると人は敵みたいなものだっただろうし、それどころじゃないよな」
「ああ。でもクレイのお陰で魔物達の安全も確保できたし、これからは安心して好きに出掛けられる。まずは手始めにアストラスの事をもっとよく知りたいな」
『影渡りも慣れてきたし、いつでも遊びに行けるからアストラスに行ったら案内してくれるだろう?』とクレイに頼むジークに、クレイは全く警戒することなく二つ返事で了承する。
実に上手い事の運び方だ。
「ロックウェルも時間があれば是非お勧めの店に案内してくれ」
さり気なくこちらにまで話を振りニコッと笑うその姿はとても裏があるようには見えない。
けれどこれまで培ってきた人付き合いの多さから導き出される答えが、ソレを明確に感じ取ってしまう。
これは『嫉妬』対象ではなく、『警戒』対象なのだと────。
ロイドのように油断したら掻っ攫われる類ではなく、油断をした途端あっという間に内に取り込まれる……そんな相手。
「ああ。そうだな。クレイが行く店はどちらかというと偏っているから、私のお勧めの店を皆で回ってみるのも一興かな」
そうしてまた手元の黒ビアを傾けた。
「ロックウェル!これが言っていた水晶だ」
それからクレイが見ていたという水晶を見にきて、その後は何故か服を見立ててもらうことになった。
それと言うのも、これまたジークの発言が切っ掛けだった。
「クレイはロックウェルにどんな服を贈ったことがある?」
「え?そう言えば…俺が見立てたことはないな」
「一度もか?俺やハインツには見立ててくれただろう?男相手だって見立てられるのに、伴侶にしないのはどうしてだ?」
「だってロックウェルはセンスもいいし、なんでも似合うし、わざわざ俺が見立てる必要なんてないだろう?」
立ってるだけでカッコいいんだからと惚気るクレイだったが、そんなクレイにジークがクスリと笑う。
「バカだな。服には『自分好みに染めたい』とか『脱がしたいから贈る』とか意味があるだろう?まあ聞いた話だし、全部が全部そうではないと思うが…。お前はロックウェルにそんな風に思ったことがないのか?」
その言葉を聞いてクレイはあからさまに動揺して、こちらをチラリと見やってきた。
確かにクレイがそんな観点で自分に服を贈ってくれたことは一度としてない。
よく考えたら贈られたリーネ達に嫉妬したことはあったが、贈られたいと思ったことはなかったなと思い至り、目から鱗が落ちた気分だ。
ある意味盲点だったかもしれない。
そうやって特に何を言うでもなく考えていると、クレイがあからさまに挙動不審になった。
これはジーク達に服を買ったことを誤解しないでほしいとでも思ってそうだ。
今更と言えば今更なのにと、妙に可笑しな気持ちになって小さく笑ってしまう。
「クレイ。大丈夫だ。怒ってはいない」
クレイが服を意味なく贈るのはとっくに分かりきっていることだし、それを指摘するのであれば最近のルッツの服やフローリアへのドレスの件まで全部ということになる。
流石にそんな事までわざわざ口に出すのは間違っているだろう。
そう思っての返しだったのだが、これを受けて何故かクレイはショックを受けたように固まって、次いで勢いよくこう言い放った。
「~~~~っ!今すぐロックウェルの服も買いに行く!」
何故そんなに泣きそうになっているのか…。
「クレイ。無理はしなくていいぞ?」
「無理なんてしてない!絶対にお前に似合う服を買うから!」
それは嬉しいが、どうせなら嬉しそうに笑顔で選んで欲しいものだ。
「クレイは本当にロックウェルが好きなんだな」
そして微笑ましげにそう口にするジークに、クレイは勢いよく言い切った。
「当然だ!他の誰かが選んだ服じゃなく、俺が選んだ服を着てほしい!」
絶対だと言ってクレイは勢いよく歩き出した。
どうやら自分が着ている服の中に、これまでの恋人達からの贈り物が含まれている可能性に思い至ったらしい。
そう考えたところでまた嬉しい気持ちが込み上げてきた。
クレイにこんな風に嫉妬されるのも悪くはない気分だ。
これだけ意思表示をしてもらえるなら嫉妬する暇なんてどこにもない。
けれどクレイが勢いよく歩き過ぎていたのが悪かったのか、商店の死角から出てきた少年と勢いよくぶつかってしまい、少年が尻餅をついてしまった。
これにはクレイも悪いと思ったらしく、そっとその少年へと手を差し伸べた。
「すまない。大丈夫か?」
そう言ったクレイに少年がパッと勢いよく顔を上げ、驚いたような顔をした後、勢いよく大きな声で叫びを上げた。
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その声にクレイが驚いたように少年の方を見る。
「フロックスにクレイって呼ばれてたよな?俺はアキ。ガキに見えるかも知れないけどこう見えて16才だ!よろしく!」
「え?ああ、俺はクレイ。アストラスの黒魔道士だ」
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その言葉にクレイは興味なさげにしつつ、あの時の男はフロックスというのかと違うことを考えているようだった。
「ロックウェル。昔の仲間にフロックスという奴はいたか?」
自分とも知り合いのようだったと話を振られ、もしやあのフロックスかと思い至った。
確か自分がクレイと知り合って何年かした頃、一時期一緒に仕事をしていた仲間だろう。
あの頃は某貴族の反乱鎮圧期で一番仲間の入れ替わりが激しい時期でもあった。
フロックスはそこそこできる男ではあったが、力に驕り努力を殆どしない癖に金金と煩い男で、まともに相手をしないクレイに対してあからさまに食って掛かることが多かったように思う。
「お前は相変わらず他人に興味がないな。いただろう?ほら、よくお前に絡んでは地団太踏んでいた男が」
「そんなのいっぱいいたからいちいち覚えていない。覚えてるのはお前とファルとよく酒を飲んだロディだろ…ん~…女の方も数えるほどだな。全部で10人前後しか覚えていない」
そんな薄情なことを口にしつつ、眷属の方は全部覚えてるんだけどなと笑うクレイの思考回路が本当にさっぱりわからなかった。
眷属だけで言えば60前後居たはずなのに、今だに覚えているのだろうか?
それはそれで凄い。
恐らくフロックスも眷属を出せばその眷属の名前くらいは呼んでもらえただろうに…。
「それで?フロックスに絡まれて騒ぎでも起こしたのか?」
「いや?勝手に向こうが騒いでいただけで、俺はすぐに立ち去ったから。被害が出ないようにちゃんと配慮したし、俺にしては大人しかったぞ?」
挑発だってしなかったんだとクレイが言ったので、それは非常に珍しいなと驚いてしまった。
「本当か?」
「本当だ。お前の名前を出されて無性に会いたくなってたし…お前のことで頭がいっぱいで他はどうでも良かったんだ」
そうしてポロリと溢される言葉が可愛すぎる。
本当に無自覚だなと笑み崩れてしまった。
「こっちはその感じだとクレイの恋人?すっごい美形だな。後ろの人も男前だし、三人揃うと圧巻って感じ!」
アキは興奮したように言ってくるが、クレイはそれに対しては興味なさげにそうかと軽く流していた。
けれど次の言葉にはさすがに驚いたように動きを止めた。
「俺、この国から出たいんだ!クレイの弟子にして欲しい!」
「……は?」
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そうしてアキは思い切り勢いよくクレイへと頭を下げた。
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「じゃあ私が適性を見ようか?」
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そうして人の少ない場所へと移動して、その手を取り魔力の質を見る。
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(この男……)
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「大丈夫か?ジーク、お前は俺が見てやる。魔力がバカ高いんだからロックウェルの負担になるだろう?俺の魔力を量った時、ファルもちょっと寝込んだんだよな、確か」
そうしてクレイが気を遣い、瞳の封印を解いて自分と入れ替わるようにジークの手を取り、同じように質を推し量った。
「ん~…コツはいるかもしれないが、どっちも使えそうだな」
「どっちも?」
「ああ。例えば回復魔法」
クレイが呪文を教えると、ジークはそれをあっという間に行使してみせる。
随分呑み込みが早い。
「今度は結界魔法」
キンッと甲高い音を立てて小規模な結界を展開させると、それも真似してジークは実践してみせた。
「そうそう。そんな感じだ」
「へぇ。便利だな」
嬉しそうにジークが笑うが、クレイはなんでもは使えないぞと口にした。
「俺もそうだが、俺は白魔法は回復魔法くらいしか使えない。まあ…もうちょっと力を入れたらできることは増えるだろうが、万能じゃない。それと一緒で、ジークは補助魔法と防御魔法が多彩には使えないようだ。必要最低限だけという感じだから、そこは諦めてくれ」
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「それはそうだ」
ハハハとジークはクレイの言葉に楽しそうに笑ったが、予想通りと言った時の声の冷たさは本気だったように思う。
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「レノヴァの好みか…そう言えば来客用の茶器を見て、もっとちゃんとしたのを用意しておけばよかったと呟いてたな」
「なるほど。じゃあそっち方面で選ぼうか。二人で選んだって言ってプレゼントしたらきっと喜んで受け取ってくれるだろう」
「そうだな」
ジークは話しながら眩しいものを見るような目でクレイを見た後、さり気なく肩を抱いた。
「よし!そうと決まれば善は急げだ!」
ジークから明るく言われたせいか、クレイがその行動自体を咎めることはない。
実に上手いやり方だと思った。
こうして自分の中でジークは要注意人物だという認識は高まったのだった。
「ロックウェルに似合うのはこれとこれ、あ~でもこっちもいいな。なんでも似合うから何着でも買いたくなる…」
そうやって次々持ってこられるのはいいが、白地に黒や紫、青の差し色や縁取りが入ったものが多く、これは狙っているのかと微笑ましく思った。
クレイは黒魔道士は黒が好きだから単純に自分が白が好きだろうと思って白地の服をメインで見ているようだが、そこに自分の色を加えてきているのを見ると自分の色を纏ってほしいという気持ちが透けて見えて嬉しくて仕方がなかった。
これなら今度黒地に銀が入った服でも贈ってやろうかとさえ思えてしまう。
【ロックウェル様。ご機嫌ですね】
そうして可愛いクレイをにこやかに見守っていると、唐突にヒュースが話しかけてきた。
どうやらジークの目がクレイに向いている隙を狙って話しかけてきたらしい。
「ああ、ヒュース。もちろんだ。クレイが可愛くてな」
【それはいいですが、何やらクレイ様は勘違いなさっているご様子ですから、フォローは考えておいてくださいね?このままでは帰って早々押し倒されるのは間違いないと思われますので】
「そう言えば、どうしてクレイはあんなに必死なんだ?」
別に可愛いからいいかと思っていたのだが、何やら勘違いしているのは感じていた。
【それはですね、ロックウェル様があまりにも穏やか過ぎたからですよ】
「……?」
【いつもなら嫉妬していてもおかしくない状況で全く嫉妬されないので、とうとう見限られたのかと焦られたご様子。我々としてはそんな早とちりをするクレイ様も可愛いとは思いますが、あまり思いつめればまた明後日の方向にいってしまわれそうで…】
「ああ、なるほど」
それで焦って口説く方面に暴走したのかと納得がいった。
このパターンは正直考えたことがなかっただけに嬉しい誤算だった。
とは言え自分が浮気すると思われたのはいただけない。
なんとか独占欲を保持させたまま甘い空気に持っていき、そのままべったりと甘えさせる方法はないものだろうか?
そうなればクレイの天然も鳴りを潜めて自分だけを見てくれそうな気がするのだが……。
「わかった。何とか上手く言い含めてみよう」
【助かります】
眷属達は自分が機嫌良くしている理由を知っているからクレイの憂いは誤解だとわかっているものの、夢現で自分が抱いたなどとバラした日にはまたクレイが怒ってしまうとわかっているだけに何も言えないのだろう。
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その言葉と共にクレイは嬉しそうにそれらを持って支払いへと向かっていく。
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クスッと冗談めかして笑うとジークもつられたように笑った。
「ハハッ!確かに体格的にはそうなるか。でも俺はいつも抱かれる側だからな。お前やクレイに可愛がられたいと思っているのは本当だ」
楽し気に笑いながらそうやってまたあっけらかんと言い放つさまは、いっそ清々しいほどだった。
ある意味嫌いになれないタイプではある。
友人枠でならこれ以上ないほど付き合いやすく楽しい相手だろうと思えた。
そうして二人で話していると、支払いを終えたクレイがやってきてギュッと腕に絡みついてきたので驚いた。
「ロックウェル。ジークに口説かれていただろう?」
意外にも鋭いことを言ってきて、思わず目を丸くしてしまう。
「ジーク。ロックウェルは俺のだから、絶対に手を出すなよ?」
そうやって牽制までするのだから珍しい。
明日は嵐でも来るのではないだろうか?
「いいじゃないか。ロックウェルはその容姿だし俺が声を掛けなくてもモテるだろう?」
「それでも俺と結婚してるんだから俺のだ」
「じゃあクレイが遊んでくれるのか?」
「俺は浮気しないってロックウェルと約束してるから、ロックウェル以外とは寝ないんだ」
「そうか。じゃあ三人でしたくなった時に呼んでくれ。それまで大人しくレノヴァと寝てるから」
そのまま笑顔で引き下がるジークにクレイは最初でこそ不機嫌そうにしていたが、ジークが冗談だとでも言わんばかりに笑ったので軽く息を吐いて『冗談が過ぎるぞ』と言って促し、さっさと店を後にした。
「大人の世界だ…」
そんなやり取りをこっそり聞きながら頬を染め、三角関係なのかと呟いていたアキには少し悪いことをしてしまったかもしれない。
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