黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第三部 アストラス編~竜の血脈~

15.束の間の平穏

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その後、レノヴァが好みそうな白磁のティーセットを見つけたのでそれを購入しジークへと託した。

「じゃあジーク。アストラスに来たらいつでも遊びにきてくれ」
「わかった。また会えるのを楽しみにしている」
「アキも、親御さんの了承が得られたらアストラスの王宮を訪ねてくるといい。さっき渡した紹介状があれば私のところまですんなり通してもらえるはずだ」
「ありがとうございます!」

そうして笑顔で二人に別れを告げて、久方ぶりに二人揃ってレイン家の自宅へと帰り着いた。




「…ロックウェル」

ソファに落ち着くなりクレイがそっと首へと腕を回し、甘い声で誘惑するようにこちらの名を呼んでくる。
そんな珍しい行動にゾクゾクしてしまう自分がいた。

「やっと二人きりだな…」

そう言いながら妖艶に笑い、そっと人差し指で唇をたどってくる。
こんな風に黒魔道士然としながら蠱惑的に自分に接してくるのは滅多にないだけに、喜びばかりが込み上げてしまった。

「こんな風にお前に誘惑されるなんて、たまらないな」

そう言って腰に手を回して抱き寄せると、クレイもまた嬉しそうに艶やかに笑う。

「ロックウェル、今日はいっぱい楽しませてやる」

そしてそっとクレイの方から柔らかく口づけを落とされ、焦らすようにチュッチュッと何度も官能的に口づけられていく。

(本当にクレイはキスが上手いな)

一見軽く見える口づけも、クレイはほんの少し溜めの時間を取る。
それがなんとも心地良くて相手にもっとと思わせてくるのだが、その合間合間に舌をちろりと掠めるように使い余計にこちらを煽ってくるからタチが悪い。
そして、それと共に目線は誘うように熱くこちらへと向けられるのだ。
正直仕事でもこんな風に口づけているとしたら、落ちない相手などいないだろう。
けれどそう感じていたのは自分だけではなかったらしく、クレイが賛辞を送ってくれた。

「相変わらずお前は口づけが上手いな。正直お前の元恋人達に嫉妬しそうだ」
「それは私も同じだぞ?お前のこれまでの仕事相手達に嫉妬しそうだと思っていたところだからな」

それと同時にチュッと口づけてやると、やはりクレイは嬉しそうに笑った。
いつの間にか愛情確認の指標にでもされているようで、嫉妬されるのが兎に角嬉しいらしい。

「クレイ…今夜は仲直りも兼ねて、たっぷり愛させてくれ」
「ん…もちろんだ。お前が目移りしないように、いっぱい愛し合いたい」

そう言いながら服を剥がれ、上にのし掛かられる。

「ロックウェル…」

そして積極的なクレイへと笑みを浮かべて、今日もまた新鮮な想いでクレイを堪能した。




そして早朝────。
ここ数日と違い起きたら隣にクレイが眠っていて、あれは夢ではなかったのだと嬉しさからつい頬が緩んでしまう。
正直昨夜の閨は最高だった。
クレイがあんな風に黒魔道士然としながら時に焦らし誘いながら楽しませてくれるなんて考えもしなかった。
これまでも夢中にさせてくれたものだが、もしかしたらこちらの対応次第でもっと色々な顔を見せてくれるのではないかと思わせるような、そんな夢現とはまた一味違った刺激的な夜でついつい夢中になってしまったほどだ。

はっきり言ってこんなに自分を楽しませてくれるのはクレイだけだ。
これまで付き合ってきた相手は良くも悪くも殆どがこちら任せだった。
それはそれで当然だと思ってきたし、不満なんて感じたことはなかった。
けれどこうして楽しまされると、もうあの頃に戻れる気がしない。
黒魔道士の恋人を持つと白魔道士が夢中になって結婚を迫るというのがよくわかる夜だった。
彼らと順番は違うが、結婚して大正解だと思う。

「クレイ…もう喧嘩なんてせずに、ずっと一緒にいような?」

そうやって幸せ一杯に笑みを浮かべていると、クレイがそっと目を覚ました。

「ん…ロックウェル?」
「おはよう、クレイ」
「…………」

どこか気恥ずかしげにしているが、どうかしたのだろうか?

「どうかしたか?」
「…いや。何故かいつも以上にキラキラ嬉しそうにしているから、どうしたのかと思って…」
「やっとお前が帰ってきてくれて、隣で寝ているから幸せだなと喜んでいただけだが?」
「…………」

それを聞いたクレイは、そっと頬を染めて胸に顔を埋めた。
いつもなら『恥ずかしい事を言うな!』と照れ隠しに怒りながらベッドから飛び出しているところだが…。

「…お……れも、お前が隣に居てくれて、嬉しい」

ポツリと蚊の鳴くような声で言われて、思わず胸が震えてしまう。
夜とのギャップが激しすぎて、物凄く興奮させられた。
黒魔道士然として自信満々に攻めるクレイもいいが、こんな風に照れながらも素直に心情を溢してくれるクレイも好きだ。
それに夢現でなくても頑張って甘えてくれたことが何よりも凄く嬉しい。

「クレイ……今日は朝から抱き潰してもいいか?」
「え?ひゃっ…!」
「まだ時間はある。だから時間いっぱいこれ以上ないほど可愛がってやるからな」
「んんん…。まっ…!ンァッ…!」
そうして可愛い声で啼くクレイを堪能してからシャワーを浴び、甘く口づけてから機嫌よく仕事へと向かった。


***


「……うぅ。ロックウェルのケダモノ…」

朝からまた抱かれるのは別に嫌ではなかったが、中途半端に熱が燻る事があるから困ってしまう。
今回久し振りにロックウェルと寝たせいで、勝手に身体がもっともっとと貪欲にロックウェルを求めてやまないため、余計にその傾向が強かった。

「ロックウェルが恋しい……」

捨てられるかもしれない気持ちもまだ引きずっているし、その分不安でずっと一緒に居たくて胸が痛くて仕方がない。
けれどここが踏ん張りどころだ。
仕事の邪魔はせず、不安も口にせず、否定的な言葉も紡がず、黒魔道士の腕を遺憾なく発揮して確実に落とさなくてはいけない。
そうして黒衣でソファに突っ伏しクッションを抱いてゴロゴロ考え事をしていると、傍らに幻影魔法が発動するのを感じた。

「クレイ」

そこに映し出されたのはシュバルツとロイドだった。
どうやら上手くまとまったらしいということが一目でわかり内心で安堵する。

「上手くくっついたのか?」
「…お陰様で」

シュバルツがどこか不服そうに言うので、クスッと笑ってやる。

「まあお前達は意外とお似合いだし、結婚しようとしなかろうと仲良くやっていけるだろう」

そうして気怠げに言って『もういいか?』と解呪しようとしたら慌てて止められた。

「クレイ!ちょっと待て!」
「なんだ?」
「…そこはレイン家か?」
「ああ」
「ロックウェルから家出したって聞いてたんだが?」
「昨日帰った」
「仲直りしたのか?」
「目下のところ口説き中だ」
「え?」

その言葉は二人には予想外だったようで、揃って驚き呆けたように固まってしまった。
それはそうだろう。
ロックウェルの嫉妬深さはこれまで相当だったのだから。
けれどロックウェルが嫉妬しなくなったのは本当のことだし、繋ぎとめておくためにこちらは真剣なのだ。
今日も帰ってきたら再度口説こうと考えているし、作戦を考える邪魔はしないで欲しい。
そんな自分に気づかぬままに二人が戸惑うように声を上げた。

「いや、クレイ?それはおかしくないか?」
「そうだな。相手はあのロックウェルだぞ?口説く必要なんてないだろう?」

そう尋ねると同時に二人は揃って影を渡りこちらへとやってきてしまう。

「熱はないな」
「変な薬とか飲んでないか?念のため解毒してやる」

二人してそんな事を言い、無駄なのに解毒魔法までかけられた。
そんなに自分はおかしく見えたのだろうか?

「別に具合が悪いとかじゃない。ロックウェルが嫉妬しなくなったから、別れ話を切り出してくる前に籠絡しようと思ってるだけだ」

そうして不機嫌に言い切ると二人揃ってそれはないだろうと言ってきた。

「ロックウェルが嫉妬しないなんてあり得ないだろう。何かの間違いじゃないのか?」
「本当だ。家出中にカルトリアで仲良くなった男の所に四日も泊まったのに、全く嫉妬の欠片も無かったんだぞ?」
「…相手が嫉妬するほどの相手じゃなかったとか?」
「相手は冗談交じりとは言え結構積極的にグイグイくるタイプだぞ?これまでのロックウェルなら嫉妬しない方がおかしい」
「…それはどう見ても相手は警戒対象だな」
「そうだろう?なのにロックウェルはすっごく穏やかなんだ。絶対他に目がいってる!」

それ以外に考えられないと断言してやると二人揃って信じられないとばかりに顔を見合わせていた。
けれどそこで少し考え、シュバルツが尋ねてきた。

「クレイ。その四日間、ロックウェルの夢を見なかったか?」
「見たぞ」

それを聞いてロイドもピンときたと言わんばかりに口を開く。

「それだな」
「なんのことだ?」
「だから、ロックウェルが夢現を利用した可能性がある」

どうやら話を聞く限り、フローリアがロックウェルに回復魔法の応用であるその魔法を教えたとのことだった。
けれど……。

「ん~…。なくはないかもしれないが、あっても初日だけじゃないか?」

確かあの日は優しく抱いてくれたし、少し申し訳なさそうに謝ってくれていた気がする。
けれど─────。

「他の日は多分違うぞ?」
「どうしてそう言い切れる?」
「だって二日目は俺がロックウェルを抱く夢だったし」

あれが現実であるはずがないではないか。

「……それは絶対違うな」
「うん。間違いなく欲求不満からくる夢以外のなにものでもない」
「だろう?」

どうやら二人ともその話に納得がいったようだ。

「と言うか、クレイ!ロックウェルを抱きたいって思ったことがあったのか?」
「もちろん少しくらいはあるぞ?黒魔道士なんだから、相手を喜ばせたい気持ちは当然あるに決まってる」

シュバルツからの疑問にそう言い切って返すとシュバルツはチラリとロイドの方を窺ったので、それに対しロイドはクスリと笑い口を開いた。

「まあ気持ちはわかる」
「だろう?ロイドなら絶対共感してくれると思った」

このあたりはやはり黒魔道士同士通じ合うものがある。

「それで?夢で抱いた感想は?」
「最高だったな。あんな切ない目で俺を見るロックウェルを俺は知らない」

あの時のロックウェルは本当にいつもとはまた違ったフェロモンを出していて、どこまでも魅惑的だった。
絶対に無理ではあるが、できればあんな姿も実際に見てみたいと思ったほどだ。
そんな心境を目敏く汲み取ったようにロイドがどこか楽し気にその言葉を口にしてくる。

「実際に襲ってやればいいのに」
「できるわけがないだろう?それこそ離婚されておしまいだ」

それができるほどの関係性であれば自分はそもそも悩んではいない。
これはそれ以前の問題で、離れていこうとしているロックウェルを繋ぎとめるために自分は必死なのだ。
捨てられないように黒魔道士として使える手は何でも使い、誘惑してなんとしてでも口説き落とすのだと昏く笑う。
そんな自分を見て二人は顔を見合わせ溜息を吐いたところで、これはこれ以上深追いしない方がいいと結論付けたようだった。

「そうか…。じゃあ二人が大丈夫だとわかってから入籍することにしたから、また進捗があれば教えてくれ」
「そうなのか?」

それは流石に悪い気がして『こちらは気にせず籍を入れろ』と言ってやるが、二人は急がないからと言って帰っていった。
なんだかそれはそれで申し訳ない。

「さてと…」

二人と話しているうちに身体の熱も落ち着いたことだし、気持ちを切り替え少し黒曜石に魔力を込める作業でもしようかなと思った。


***


昼頃ロックウェルが仕事で一息ついてそろそろ昼食をと考えていると、執務室に幻影魔法が展開されるのを感じた。
それは意外にもシュバルツとロイドで、どうやら上手く捕まえることができたらしいことが察せられた。

「シュバルツ殿。そこの黒魔道士を無事に捕まえられたようですね」
「ああ。それで…ロックウェルとクレイはどうなったかと思って」
「ああ、昨日迎えに行って無事に帰ってくれたのでこちらは何も問題ありませんよ?」

どうやら心配をしてくれていたようなので、何も心配はいらないと言ってやる。
けれど物凄く言い難そうに、先にクレイに事情を聴いたのだと口にしてきた。

「クレイはなんと?」
「目下のところロックウェルを口説き中だって」
「それはクレイの勘違いなので、お気になさらず」

どうやらクレイの誤解はまだ解けていないようだと溜め息が出てしまう。
昨日と今朝であれほど愛し合ったのに、どうしてちっともわかっていないのかが謎だった。
やはり一度きちんと話し合った方がいいのだろうか?
こうなったら真面目に話があると切り出してみるのも手かもしれない。

それにしても、クレイに話を聞きに行ったのならこちらのことなど放っておけばいいのに、なんとも奇特なことだと思う。
それほど気がかりだとでも言うのだろうか?

「でも…男のところに泊ったのに嫉妬もしなかったと聞いたぞ?」
「それは毎晩この手で可愛がっていたので、浮気してないことは明白でしたし」

その言葉に「ああ、なるほど」と妙に得心がいき、ついクスリと笑ってしまったのだが、二人はどこか訝し気だ。

「もしかして、夢現で…?」
「ええ」
「……クレイは抱いたって言ってたけど?」
「正確には少し違いますね。クレイは私に挿れたのではなく、そのまま抱いたんですよ」
「意味が分からないんだが?」
「わからなくてもいいです。あれはクレイだからこそできることだと思いますし。そこの黒魔道士にはあんな風に抱くのは無理でしょう」

そうして挑発するように言ってやると、ロイドはプライドを刺激されたのかどういう感じだったのかと聞いてきた。

「言葉通り、挿れられた状態で相手を抱くんだ。騎乗位とはまた違う良さがあったな。正直クレイのあのテクニックをこれまで知らなかったのは勿体なかったとさえ思ったぞ?」

あれならまた抱かれてもいいと言ってやると、ロイドがやる気満々の表情に変わった。
意外にもこの男は好奇心が強いらしい。
案外扱い方さえ間違わなければ可愛い男なのかもしれないと初めて思ってしまった。

「お前がそう言うということは相当だな。面白い。シュバルツ!今夜は私がお前を抱いてやる!」
「はぁあ?!そんな高度な閨、できるはずがないだろう?!」
「クレイにできて私にできないはずがない!任せておけ!」
「ちょっ…!ロイド!新しい扉は開けなくてもいいから!」

やめてくれと言いながら二人はそのまま魔法を解呪し、やっとその場が静かになる。
これで暫くはこちらに干渉はしてこないことだろう。
とは言えクレイが未だに自分が余所見をしていると勘違いしていると思うと面白くはない。

「ヒュース。昨夜の閨でもクレイの誤解は解けなかったようなんだが?」
【そのようですね~。クレイ様は本当に思い込みが激しいので、どうしたものやら】

昨日の夜は本気で最高だったから何度もお前だけだと伝えたように思う。
それにもかかわらず全く信じて貰えていないのはどういうことなのか。
しかも今朝もこれでもかと可愛がってきたというのに、シュバルツ達にあんな風に答えるとはどういう了見なのだと問い詰めてみたい。

【ああ、それはですね、クレイ様的には自分のテクニックでギリギリロックウェル様を繋ぎ留められたという認識のようですよ?】

本当に困ったものだとヒュースはやれやれと溜息を吐いた。

【まだまだ惚れさせてやると気合いを入れてらっしゃるご様子ですし、暫く続くでしょうね~】
「ああ…なるほど」

どうやらまたズレた思考で明後日の方向に気合いを入れているらしい。
それはそれで想像するだけで微笑ましいし嬉しい限りだが、やはりこれほどまでに信じてもらえないのは辛いところだ。

「仕方がない。ではこちらも負けずに口説いてやるとするか」

それなら対等だしクレイもそのうちわかってくれるかもしれない。
それにこれはこれでクレイがフラフラせず真っ直ぐ自分だけを見てくれているということに他ならない。

(クレイが余所見をせずこちらだけを見てくれるのだから、ある意味願ったり叶ったりとも言えるな…)

いっそのこと遅れてやってきた甘い新婚生活だと思えば良いのだ。
そうして結論を出し、昼食を軽くとって午後もまた機嫌よく仕事へと取り掛かった。


***


黒曜石を見るのは楽しい。
しかも圧縮した魔力を込めてやると更に一段と艶が増し、その存在感が増すのを見るのがたまらなく好きだった。

「はぁ…ソレーユから貰ったこの黒曜石は最高だな」

さすが最高級品。
うっとりするほどの美しさだ。

【本当にクレイ様は黒曜石が大好きですね~】
【いっそ鉱山を買い取って黒曜石を原石から磨いてみられてはいかがです?】
「う~ん…。考えなくはないが、やはり専門の者の方が採掘は得意だろう?それに今はソレーユとの仕事が増えているから手に入れるのも前より簡単で、その上良質なものが手に入りやすい。これ以上望む気はないな」

幸いカルトリアでの結界の件では黒曜石を失わずに済んだことだし、お気に入りの黒曜石は豊富にある。
わざわざ鉱山を手に入れる必要は感じないと口にして、再度黒曜石へと向き直った。
そして機嫌よく魔力を込めていると、そこへフローリアがやってきて声を掛けてくる。

「クレイ」
「なんだ。フローリアか」

そっと顔を上げて彼女の方を見ると、そこには贈ったドレスを上品に着こなす姿があった。
これを見る限りデザインなどに特に文句はなさそうだ。

「なんだではありませんわ。折角ドレスやルッツの衣類のお礼を言おうと思ってましたのにいつまでも帰ってこないのですもの。もう少しでお礼を言いそびれるところでしたわ」

そんな風に文句は言ってくるが、要するに礼を言いたかっただけのようだ。
これは正直意外だった。
フローリアのことだから、してもらって当然だと言い切ると思っていた。

「別に構わない。他にも何か足りないものがあったら言ってくれたら用意するぞ?」
「そんなことを言って、私が無駄遣いをしたらどうするつもりなのかしら?」
「別に?稼げば済む話だ。昔トルテッティで荒稼ぎした時期にとある貴族が鉱山を元手に事業をしたいと言い出してな。その時手を貸したのが縁で割とまとまった金も手に入った。少しくらいの贅沢ならさせてやれるぞ?」
「そんな自慢は聞きたくありませんわ。私の個人資産で返しますし、今は借りにさせてくださいな」

毒舌は相変わらずだが、意外にも殊勝なところはあるらしい。

「ふっ…そう言うことなら期待せずに貸しにしておこうか」
「是非そうしてくださいませ」

そうして嫣然と笑って自室へと戻ろうとしたので、少しだけハインツの話を振ってみることにした。

「そう言えばハインツに会ったぞ」
「そうですか」
「お前と結婚したかったと泣いていた」
「……随分お甘いこと」
「子を抱きたかったとも言っていたぞ?」
「…………」
「迎えに来たら話くらいは聞いてやれ」
「……カルトリアの姫との結婚が決まっているのでしょう?できるはずがありませんわ」
「そう言ってやるな。あいつはカルトリアの姫とは何が何でも破談にすると言っていた。少しくらいは期待してやれ」
「…お子様に期待するほど私は愚かではありませんわ。ごめんあそばせ」

ツンといつも通りに毅然と背を伸ばし踵を返すフローリアだったが、その表情が一瞬苦し気に歪んだのを確かに見た。
それを見て、フローリアはやはり不安なのだと言うことがわかってしまった。
こうしてレイン家へと迎え入れられていようと、一人で立派に子供を育てなければというプレッシャーに押し潰されそうになっているのかもしれない。

そんな姿に柄にもなく思わず手を差し伸べたくなってしまう。
彼女には母親の二の舞になってほしくはないし、ルッツにも自分と同じ目には会ってほしくない気持ちが大きいのだ。
できればルッツには少しでも多くの愛情を与えてやりたい。

「待て」
「まだ何か?」

訝しげに足を止め振り返るフローリアに自分もルッツの顔を見に行くと口にすると、驚いたように目を見開かれた。
そんなにもこれは意外な言葉だっただろうか?

「どういう風の吹き回しですの?」
「うるさいな。可愛がる分には別に構わないだろう?」
「…………槍でも降りそうですわね」

そう言いながらもフローリアは一緒に来てもいいと口にしてくれたので、共にルッツの元へと足を運ぶことになった。




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