黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第三部 アストラス編~竜の血脈~

22.お手軽魔道具

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予兆はあった。
魔の森に入れなくなったと冒険者ギルドが把握したのは数日前。
原因を調査しようと魔道士達にも依頼を行った。

「これは……」

広大な森に張り巡らされた結界を見て魔道士達は息を呑む。
誰が何のためにこれほどの結界を張ったのか────。
いや、それよりも何よりもこんな規模で結界を張ることなど容易にできはしない。
例えどれほど多量の魔力を有した者であっても。
だからこそ謎は増える。
どうやってこの結界は張られたのか。
要因はなんなのか。
もしもこの結界に媒体があると言うのならそれを壊せばいい。
けれどこれはそんな単純なものではない。
術者は必ずいるはずだが、人一人で張れるものではないため恐らく相手は複数の黒魔道士だろうと推測できる。
何らかの闇の組織が魔王と手を組んだとでも言うのだろうか?
そんな憶測が囁かれる中、冒険者ギルドを密かに脱退していく者達も存在した。
それは当然と言えば当然だっただろう。
原因を調べ魔の森を元通りにしようと奔走する者だけとは限らないのだ。
稼ぎがないのならここに留まっても仕方がないとすぐさま見切りをつけた者達はあっさりとカルトリアから脱出していく。
それは皮肉なことに実力のある者達ほどその傾向にあった。
そんな中、これまでの栄光にしがみ付くかのように冒険者達よりも活発に動く者達がいた。
それはこの国の魔道士達だ。
これまで誰よりも尊重され、栄華を極めてきた彼らはそれがあっさりと失われるのが許せなかった。
当然この男も────。

「くそっ!なんでこんなことになってるんだ?!まさかクレイの仕業じゃねえだろうな?」

フロックスは自分に攻撃された腹いせにこんなことをしでかしたんじゃないだろうなと思わず悪態を吐いてしまう。
そう考えるほどにはフロックスはクレイの実力を把握していた。

数年前、ファルの元で多くの魔道士が入れ替わりたち変わり国内の騒乱を収めるため奔走していた時期があった。
そこでロックウェル達と共に頭角を現していたのがクレイだ。
その性格は傲岸不遜。
白魔道士だけではなく同業である黒魔道士達でさえ見下し、名前を覚える気すらない男だった。
そのくせ眷属達からは何故か好かれ、そちらには笑顔を見せる。
正直認めたくはないがその顔に惹かれたのは一度や二度ではない。
その都度少しくらいは歩み寄ってやるかと声を掛けるものの、それはいつでも失敗に終わって一緒に飲むことすら叶わなかった。
こっちを見ろと突っかかってもこちらを全く見てこないあの男が腹立たしくて、実力で敵わないのも合わさってやがてそれは憎悪に似た感情へと変わった。
最後はファルが頭を冷やせと言ってきたのに腹を立て、啖呵を切ってそこから離脱することになったのだが後悔はしていない。
あのままあそこにいたとしても結局は何も変わらなかっただろうから────。

それから風の噂でクレイがファルのところから抜けて独立したことを知った。
そしてロックウェルがアストラスの魔道士長になったことも…。
二人は揃って一流と謳われ有名になったが、今の自分だって負けてはいないと自負していた。
いつか再会したら、お前達よりも自分は凄いんだと言ってやりたかった。
だからこそカルトリアで今の地位を築くに至ったのだ。

そんな中、クレイとロックウェルの新たな噂が耳に届いた。
それによると二人は結婚して大貴族の養子に迎えられたと言うのだ。
正直話を聞いた時は思い切り笑った。
あの男女共に浮名を流しまくっていた男に尊大なクレイが捕まったのかと。
きっとクレイを嫌っていた者達はその話を聞いたら自分と同じように歓喜したことだろう。
ロックウェルに遊ばれて捨てられてそのプライドをへし折られればいいのだと。
ロックウェルはクレイと友人関係ではあったが、自分は知っていた。
あの男がクレイにコンプレックスを抱き、少なからず憎々しい思いも抱えていたということを。
ならばどこかでそれが爆発してクレイを陥落させ、一番幸せの絶頂であるタイミングで不幸へと突き落としてやると考えても何らおかしくはなかった。

「そう言えば一年以上経った…か?」

ロックウェルはああ見えて割とやることは徹底している。
クレイを追い詰めるためなら法の改正さえやってのけることだろう。
あの男は外堀を埋め、逃げ場を失くし、これでもかと笑顔で相手を追い詰めるのが元々得意なのだ。
不器用なクレイがそこから逃げるのは容易ではないだろう。
結婚して一年────。
そろそろロックウェルが動くには頃合いなのではないだろうか?

「今回の調査がてら、ショックで死にそうに落ち込んでいるクレイを見るのも楽しいかもしれねえな…」

ロックウェルは恐らくクレイをべた惚れにさせているに違いない。
それくらいあの男には朝飯前のはずだ。
そこから絶望にどう叩き落とすのだろう?考えるだけでニヤニヤが止まらない。
これはアストラスに一度足を運んでロックウェルとコンタクトをとってみてもいいかもしれない。
そこから魔の森の結界についてクレイから何か聞いていないか尋ね、ついでに離婚の予定も聞いておこう。
これでもかと言うほど落ち込んだクレイを手籠めにするのも楽しいだろうから…。

「……行くか」

そしてフロックスはクッと笑いながら、楽し気にアストラスへと影を渡った────。


***


「クレイ様のお子を見たか!見事なアメジスト・アイだったぞ!」
「それにあの背にあった羽はもしや…」

クレイが去った後、そうして興奮したように話し出す重臣達にサラリと先程聞いた話を教えてやることにする。
信じがたい話ではあるが、幸いにも今ここにいるのは初代レノバイン王の崇拝者…つまりクレイ贔屓な者が多いため勝手に納得してくれることだろう。

「ああ、なんでもドラゴンの子らしいぞ。昨日ロックウェルと魔力を交流していたら魔力溜まりが出来て、その場に生まれたらしい」
「なるほど!やはり強大なお力があればこその現象が起こったわけですな」

案の定、素晴らしいと皆が興奮しながら盛り上がっている。
つい先ほどまでのハインツの婚約破棄騒動が見事に頭から吹っ飛んでいるのだからすごいものだ。

この者達は今でも皆本心ではクレイに王位についてもらいたいと願っている者ばかり────。
けれどそれが叶わないからハインツの子に希望を託しているのだ。
ルドルフが正式に王太子となることも最後まで反対していたし、それをクレイを後見につけることで渋々認めたのも彼等だった。
けれど、早くレノバイン王の正当な血を継がせたい────その一心でハインツの結婚を後押しし、早急に話を纏めたかったのが本心で、それ故にこの婚約を破棄することがより難しかったのだ。
たとえ無理矢理婚約破棄にこぎつけたとしても、下手をすれば王宮内の派閥争いが激化し、最悪そんな混乱の中カルトリアと戦争などという最悪な状況に陥ってもおかしくはなかった。

それを今回根底から覆したのがクレイだ。
ココ姫の味方だった彼らがおとなしく掌を返したのは、彼らの中で優先順位の高いクレイが真っ向からハインツの味方をしたからに過ぎない。
しかも魔王と友人になると言うあり得ない手段でカルトリアの国力を下げ、しかも知らない内に国防まで担ってくれていたのだから、彼らからしたら国のためにクレイが尽力してくれたと感動したのだろう。
それに加えて先程のセリフだ。
多少浮かれてしまっても仕方のないことと言えた。

「まさかクレイ様からあのように好意的なお言葉を頂けるとは…!」
「本当に。それで、クレイ様にお願いする懸案は如何されますか?」
「そうですな!クレイ様が自主的にそのように言ってくださるなんて滅多にないことです!これは是非とも厳選せねば!」

嬉しそうに更に盛り上がっていく大臣達には悪いが、今日は温泉に行くつもりだと言っていたから実質あまり時間はないだろう。
引き止めたりして遅くなれば機嫌を損ねてしまう可能性の方が高い。
この辺りで軌道修正をした方がいい。

「ショーンとドルトを呼んでくれ」

ここは一番この場で最適な答えをくれそうな相手を呼び出すのがいいだろう。




「クレイにしてもらいたいこと…ですか」
「……しかし国防も既にしてくれていたのでしょう?」

そうして同じように考え込む二人に、何かないかと重ねて問う。

「先程クレイが国外追放になってもソレーユに住むからと笑顔で言ったせいでな、大臣達が焦っているようなのだ」

それは自分も望むことではないし、なんとかクレイにこの国に居たいと思わせつつ国の役に立ちそうな良い案はないかと口にしてみた。

「ああ、ソレーユでのクレイの功績は凄いですもんね。あれはクレイが来てくれるとなったら諸手を挙げて大歓迎でしょう」

ソレーユは正直実に上手くやったと思う。
クレイと普段からさりげなく交流を図り仲良くなって、相談という形で国を発展させる手助けを自然と手に入れたのだから。
それに対して自国としてはそれほどクレイと関わりを持てていないというのが現状だった。
レノバイン王を崇拝する者がクレイを見掛ける度に必要以上に持ち上げたせいで、ただでさえ王宮嫌いだったクレイが結婚以降あまり王宮に来なくなってしまったのだ。
一緒に住み始めればいつでもロックウェルに会えるのだからさもありなん。
それまで頻繁に来ていたのはこちらの都合でしかなかったし、クレイからすればこれ幸いと以前の生活に戻っただけの話。
呼び出す理由も特になかったので、時折ロックウェルやドルトに様子を聞くくらいしかできなかった。
それ故に今日は久し振りに姿が見れて嬉しかったのだが……。

(まさか子連れで来るとは思ってもみなかったな)

しかもドラゴンの子だなんて予想外もいいところだ。
本当にどこまでも常識にとらわれない息子で、それ故に心配は尽きない。

今回のカルトリアの件も、婚約破棄はできたもののココ姫の様子から油断はできないと感じていた。
森の結界の件もあることだし、国境の防衛の件も含め後で諸々対策をとらねばならない。
クレイが恨みを買ったのはまず間違いないことだし、暫くカルトリアの動向には目を離さない方がいいだろう。
場合によってはロックウェルに頼んで眷属を動かせないか相談した方がいいかもしれない。
この辺はロックウェルにつけられているクレイの眷属の意見も是非とも聞いてみたいところだった。

何はともあれ婚約破棄はなったのだ。
後は為すべき些事を片付けていくまでの話。
幸いハインツの子はフローリア姫と共にレイン家で預かってくれているようだし、そちらは何の問題もない。
トルテッティに連絡を入れ、丁重に母子共々迎えるよう手配すればいいだけの話だ。
そしてクレイにも思いがけず子ができた。
これは寝耳に水の話ではあったが自分にとっては僥倖だった。
これからはそれを口実にお忍びでそちらに顔を出してもおかしくはないし、これを機にクレイとの関係をしっかりと見直すチャンスだろう。
離れた場所でやきもきしながら様子を窺い、気まぐれに来てもらうことを願うのではなく、堂々とこちらから行けばいいのだ。
そうだそうしよう。
目が行き届いている方が安心だし、孫と戯れるのも楽しいかもしれない。

そして…近々正式な場を設け、フローリア姫にも会って謝罪しなければならないだろう。
知らなかったとはいえハインツの子を産んでくれた姫を不憫な立場に置いてしまったのだ。
きちんと謝罪した上で正式にハインツの妃として迎えられるようにしなければならない。
順序は逆になってしまったが、すでに子が産まれていることから王宮内での反対も出にくいことだろう。

そう結論づけたところで、ショーンが名案を思いついたとばかりに声を上げた。

「クレイは今魔道具に興味があるようですし、そちら方面で話をつけてみては如何です?例えばドルト殿は王宮内で魔力がなく不便に思ったことはありませんか?」
「不便…そうだな。例えば先程のように影渡りでクレイに先に行かれると追い掛けるのが大変だな。陛下の居場所を探すのに時間が掛かることもあるし、急ぎの時は焦る事が多い」
「うっ…」

正直これは耳の痛い話だ。
出来れば聞きたくはなかった。

「ああそれ。意図的にドルト殿を撒いてハインツ王子の所に行ってる時がほとんどでしょう?」
「それがそうとも限らないんだ。まあそれは置いておいて…後は物や書類を運ぶ時かな。人手が足りない時はどうしても何度も行き来しなければいけなくなるから、時間の無駄だと思う事が多い気はする」
「なるほど。黒魔道士なら影渡りでスイスイできるし、白魔道士は魔法で軽くして一気に運んだりとかしてますけど、ドルト殿にはどちらもできませんし、大変でしょう。かといってその問題に対応する道具って実質ありませんしね」

台車などは絨毯が多い王宮内では押しにくくて使い勝手が悪いし、かといって書類を袋に入れて運ぶにしても多すぎては重くて持ちきれない。
そうなると一度に運びたければ人数を増やして一気に運ぶのが一番なのだが、忙しい時はその人員さえ確保するのは難しい。
そんな中いなくなった王を探して回るのは大変だろうとショーンがドルトに同情的な眼差しを向けるので、非常に居た堪れない気持ちになってしまった。

そんなこちらの心境など知る由もなく、ショーンはごく軽い調子で『今回はそれの相談という形で言ってみるのがベストですよ』と言ってきたので、そうすることにした。
これなら時間が押すこともないだろうし、クレイの機嫌を損ねることもないだろう。
こちらの罪悪感も少しは軽くなるので一石二鳥だ。

けれどその場にいた大臣達には不服だったようで、『そんなもの父親のためなら眷属に頼んでおしまいだろう。折角なのでもっとこれを機に国の発展のための案を』などと言ってきたが、これだってドルトの仕事効率が上がって国の発展の一助にはなる。
文句は言わせない。

そう意見を取り纏め、ショーンの方からクレイにその話を持っていってもらったのだが……。




「魔道具で、父様の悩みを解決?」

その提案をした途端、これまで見たことがないほど目を輝かせたらしい。

「本当に?!」
「ああ。ドルト殿が意外にも不便を感じている事があると言っていたから、それならと思って」
「例えば?」
「見つけたい相手がすぐに見つからないとか、重い物や書類を何往復もして運ぶ事があるとかそんな些細な事なんだが…」
「そうか。でも確かに魔力がないとそうなるな。よし!ロックウェル、仕事はまだ掛かるだろう?ちょっとあっちの部屋を借りてもいいか?」

そう言ってロックウェルから許可をもらってあっさりと別室へと向かってしまったとのこと。




ショーンからの報告を聞き一先ず今回はこれでいいだろうと一息ついて、カルトリアとトルテッティへの対処をドルト以下大臣達に指示を出す。
カルトリア王には謝罪及び婚約解消に至った経緯を包み隠さず報告。
トルテッティ王にも姫の懐妊に対しての謝罪及び妃として迎えたい旨の打診。
それ以外にもカルトリアの森の結界に対しての周辺諸国への連絡および出国者達への対策願い等々、やることはまだまだ沢山ある。
そうやって忙しく頭を働かせながら深く息を吐き、早く引退して孫と穏やかに過ごしたいなと密かに思ったのだった。


***


まさかあの優秀なドルトが、些細なことで困っていることがあったなんて考えたこともなかった。
けれどあの王の面倒をずっとみているのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。

「重い物を一度で簡単に運ぶ方法…か」

何か考えられないかなと頭を捻る。

【箱に魔法を付与して重さを感じさせないようにされてみては?】
「それだと軽くはなるから楽にはなるだろうが、量が多いとな…」

箱はどうしても両手が塞がるし、箱に入りきらない量だった場合結局何往復もしなければならなくなる。
それだとあまり意味がない。

【では箱ではなく手提げ袋にいくつか掛けられては如何です?】

それならいっぺんに沢山持てるのではと言われてなるほどなと思った。
重くなければ気にせず幾つも持てるし、書類だけならそれで十分いけるような気がする。

「じゃあ一先ず試作で10枚くらい作ってみるか」

ロックウェルの執務机の上にある書類を見やり、あれが入るサイズの袋を持ってきてくれと言うと、すぐさま使い魔が動いてくれた。

【クレイ様。ついでにこう…滑車のついた押し車をご用意されては如何です?】

いわゆる商人達が使っているような台車だ。
それなら書類以外の重い物も運びやすいのではと言われ、それはいいなと考えた。

「じゃあそれで重さを感じさせない仕様にするか」
【滑車ではなく地面からちょっと浮かせる仕様になさったら煩い音が出なくて便利なのでは?】
「お、いいな!それならカーペットの上も運びやすそうだ。ついでに持ち手は折り畳めるやつがいいな。使わない時はこうペタンとなるやつが便利だ。誰か作れるか?」
【簡単ですよ。これも10台ほどのご用意で宜しいですか?】
「ああ。用意できたら魔法を付与させるから言ってくれ」

そうして指示を出したところで袋の方が届けられたので、早速重さを感じさせない魔法を掛ける。
既存の魔法を即席で組み合わせて発動させてみたがどうだろうか?
対象が壊れない、破れない限り半永久的に効果が持続する魔法式を組み込んでみたので、上手くいけば長く使ってもらえるだろう。

「これでどうだろう?」
【試してみましょうか】

そうして小さめの使い魔を一匹、その中へと入れてみる。

「ん。軽いな」
【クレイ様!この袋の中面白い~!】
「そうか。息はどうだ?苦しくなかったか?」
【大丈夫!】
「良かった」

自分の役に立てたと嬉しそうにする使い魔の頭を撫でて、他の袋にも同じように魔法をかけていく。
そして10枚全てに掛け終わったタイミングで、今度は台車のようなものが届けられた。
滑車のついていないシンプルな板に畳める取っ手がつけられている。

「じゃあこっちは同じように重さを感じさせない魔法プラス浮かせる魔法をっと」

これくらいか?と思いながら掛けるが、真っ直ぐ浮かせる魔法の調節が意外と難しい。

「面倒だな」

仕方がないので魔力の調整がより細くできるよう瞳の封印を解いて、再度挑戦してみた。

「よし。これくらいでどうだ?」

ぴったり拳一つ分浮かせる事ができたので、満足げに笑い皆にも見てもらう。

【ちゃんと安定して真っ直ぐですね】
【乗っても安定感があります】
【さすがクレイ様!宜しいのでは?】
「そうか」

そんな言葉の数々にホッと安堵し、忘れないうちにと残りの9台も済ませてしまう。

「できた!」

早速試してもらおうと一つの台車の上に全部乗せて部屋を出ると、ロックウェルがこちらに気づいて目を丸くした。

「クレイ。それは?」
「父様が重い物を一度で運べるように作ってみた。こっちが上に乗せたものをスイスイ運べるやつで、こっちの袋も重さを感じずに運べる魔法が掛けてある。これで楽になるだろう?」
「…それは便利だな」

微妙な間を感じて、もしや何か問題があるのかと心配になった。
何かまずかっただろうか?

「ロックウェル、何かまずかったか?一応邪魔にならないよう畳めるように工夫したつもりなんだが……」

そうやって意見を聞かせてほしいと言うと、逆だと言われてしまった。
意味がわからない。

「クレイ…言っておくが、そんな便利なものがあれば欲しいという者が後を絶たないぞ?汎用性が高いから王宮以外でも欲しいという者が出てくるはずだ」

ロックウェル曰く、この『浮いている状態』というのがポイントで、水の上だろうとぬかるんだ道の上だろうとごつごつとした足場の悪い採掘場などでもスイスイ運べるのがいいらしい。

「そうか」

まあそれならそれで別に欲しいと思う者が勝手に真似して作ればよいだけの話ではないだろうか?
寧ろそういった者達は何故これまで作らなかったのだろうと不思議で仕方がなかった。
魔道士に頼むことが多いからこれまで必要がなかったとか?

何はともあれ自分はドルトの役に立てればそれでいいのだから、問題がないなら他は関係ないしどうでもいい。

「じゃあ渡しても問題ないんだな。父様の役に立ちそうなら安心した。すぐ渡してくる」

そうして意気揚々とドルトの元へと足を運んだ。


***


クレイの事が気に掛かるものの取り敢えず真面目に仕事に取り組んでいると、小一時間程した頃だろうか、突然クレイがソレを押しながらやってきた。

「父様!取り敢えず作ってみたので見ていただけますか?」

相変わらずドルトにだけ丁寧で好意的だなと思いながら、ドルトと共にクレイの元へと向かう。
周囲の者達もこれには興味津々のようで、遠巻きにしながらもチラチラと様子を窺っている。

「こちらの袋は中に入れた物の重さを感じさせない仕様にしてみました。書類等の持ち運びに使って下さい。それとこっちの台車の方も同じように重さを感じさせず大きなものを運ぶ事ができるよう魔法を掛けました。地面から少し浮かせる仕様にしているので床も傷つけませんし、煩い音もなく、カーペット上でもスイスイ物を運ぶ事ができます」

使わない時は折り畳んでコンパクトに倉庫に入れられるので、そうそう邪魔にもならないだろうと言われて驚いた。
意外にも細かい配慮がされた素晴らしい品だ。

「クレイ…これはすごいな。重宝しそうだ。ありがとう」

嬉しそうに礼を言ったドルトに、クレイは役に立てて嬉しいですと本当に嬉しそうに笑みを浮かべる。
正直羨ましいの一言だ。

「見つけたい相手を見つけるアイテムの方はまた考えてみるので、できたら渡しにきます」

そうして自分の仕事は終わったとばかりにクレイはロックウェルの元へと戻っていった。
後はドルトとロックウェルが仕事を終わらせることが出来ればクレイが機嫌を損ねることはないだろう。




クレイの姿が見えなくなったところでワイワイと大臣や官吏達が集まってくる。
特に魔力を持たない者達は興味津々だ。

「軽くなるというのは本当でしょうか?」
「試しに入れてみれば良いのでは?」

そして一抱えある書類をちょうど持っていた官吏がその袋へとバサッと入れてみた。

「……ッ!全く重さを感じません!」

凄いと感嘆の声が上がる。

「これなら確かに一度に沢山運べますよ!」
「どれ」

そうして皆が次々それを手にとって持ち上げ、感嘆の息を吐いた。

「グッ…さすがクレイ様。素晴らしすぎる…!」

文句のつけようがないと一人の大臣が悔しそうにしている。
どうやらその大臣はもっと別の事を頼みたかったらしく、いちゃもんをつけようと狙っていたらしい。

「こちらの台車の方も凄そうですよ」

そして今度はそちらの検証に入る。
これがまた凄かった。
どれだけ重い物を乗せてもビクともせず、宙に浮かぶ高さは常に一定。
本当に全く重さを感じずにどこでもスイスイ物が運べたのだ。

「これは凄い!ドルト殿!是非一台我が部署に!」
「狡いですぞ!ドルト殿!運搬の多い私の所に是非お譲りを!」
「私はこちらの袋が欲しいです!お願い致します!仕事能率のアップの為に是非お譲りを!」

口々に皆が訴え始め、収拾がつかなくなってしまった。
これはまずい。
そうして困っているところでロックウェルが来てくれた。
どうやら心配して見にきてくれたようだ。

「どうぞお静まりを。ドルト殿、そちらの品を見せて頂いても?」
「ああ、ええ。どうぞ」

そうして実際に手に取り品質を確認し、台車の方も検討する。

「…すぐには難しいでしょうが、レイン家主導で商品化させてみましょうか。それなら欲しい方全員に行き渡るでしょう」

それは正直名案だと思った。
レイン家主導でと言うことはクレイも手伝ってくれると言うことだ。
文句など出るはずもない。

「正直一般に普及させればこれ以上ない利を生みそうですが、そちらも構いませんか?」

それを聞き、その場に衝撃が走る。
皆今の今まで自分達が使うだけの便利アイテムだとしか考えていなかったが、確かに言われてみればこれはものすごく汎用性が高いアイテムだった。
国内だけでなく上手く他国にまで流通させる事ができれば、巨万の富になることは間違いはない。
それに考え至り、皆ゴクリと息を呑んだ。

「こ、国家プロジェクトにしましょう!」
「それは名案です!クレイ様の開発品はまだ増えるかもしれません。ブランド化して売り出せば確実に国益に繋がるでしょう」
「ロックウェル様。レイン家に売り上げの2割をお渡ししますので、それでなんとか手を打ってはいただけないでしょうか?」
「別に構いませんよ」

そうしてどこか疲れたようにドルトとロックウェルが揃って溜め息を吐く。
恐らくクレイは深く考えていないから、上手くやらねばと頭を悩ませているのだろう。
本当に子供のように無邪気に行動するくせに、とんでもない結果を出す息子だと常々思う。
色んな才覚がありやたらと優秀過ぎるのに、ちっともそれをわかっていないのが難点だ。

「取り敢えずドルト殿。クレイが温泉に行くと張り切っていたので、今日はお早めに」
「ええ。ロックウェル様の方は大丈夫ですか?」
「あと一山なのですぐですよ」
「そうですか。流石ですね。では私も陛下を促してできるだけ早く終わらせますので」
「伝えておきます。では後程」

そうして二人は笑顔で別れ、仕事へと戻った。

「では陛下。よろしくお願いいたします」

それと共にドルトからカッチリとした声で言われ、これはしっかりこなさないと怒られるなと溜め息を吐きながら仕事へと取り掛かる。
自分もたまには温泉に行きたい……そう思いながら。



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