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幕間 彼は変わった。
しおりを挟む通話をきって、新幹線に乗りこみながら、自然と口元がほころんでいた。
実家のあの子が心配なのは変わりない。
けれど、拓海の言葉に心が温められていた。
――変わったな。
そう思う。彼は変わった。
前の拓海なら、約束をドタキャンしたら、たとえそれが仕方ない理由であっても、きっと不満のひとつも口にしていたはずだ。
さっきの拓海は、ただ、私の気持ちを考えて、優先しようとしてくれた。
不満に思わないはずがない。ガッカリもしたはずだ。
でも、それを私に、ぶつけてはこなかった。
全然欲情を隠しきれていない声をしているくせに「いいって、来週で」「ゆっくりしてきなよ」なんて強がりを言って。
だから、いいかな、と思ってしまった。
自由にしても、きっと今の拓海なら私を裏切らないだろうと。
あの瞬間、信じる気になれたのだ。
それなのに、拓海は。
「……あ、ここだ」
窓側の指定席に腰を下ろしながら、バッグにスマートフォンを押しこみ、代わりにアップルティーのペットボトルを取りだす。
キャップをひねって、ひとくち。
熱々とはいえないが、ほのかに温い甘ずっぱさに満たされる。
ごくり、と飲みこみ、ふふ、と笑う。
――落としちゃったなんて、嘘だよね。
いや、落としちゃったのは確かだろう。うっかりではなく、わざとなだけで。
拓海は選んだのだ。
自ら手にする自由ではなく、私から与えられる自由を。
――バカだなぁ。苦しい方を選ぶなんて。
けれど、その愚かさが愛しいようにも思えた。
「……ぁ」
スマートフォンが震えて見れば、母からのメッセージだった。
慌ててペットボトルを脇に置いて画面をタップする。
「……今から全身麻酔」
どうやら、造影剤をいれてレントゲンを撮りおわり、内視鏡を入れるための全身麻酔をかけることになったらしい。
「……ということは、誤飲か」
電話では「とにかく大変だから、万が一ってこともあるし、今すぐ帰ってきて」的なことを言われて焦ったが中毒や事故、病気の類ではないなら、助かる可能性は充分ある、と思いたい。
「レントゲン撮って内視鏡、ってことは……まだ、胃にあるってことだよね……たぶん」
胃ならば、そのまま取りだせる、かもしれない。
それならば、おなかを切らずに済む、かもしれない。
「……上手くいくといいな」
拓海の励ましの言葉を思いだす。
「本当に……手術、上手くいくといいね」
イイコでまっているという拓海を思いうかべて、ほんのりと心を温めながら、私は母への返信を打ちはじめた。
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