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第4章 杜の都

第258話 えっ!? それって、態と黙ってたってこと!?

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 わたしたちが見送る背中が謁見の間を出ると、ちょうど見計らったかのように昼を知らせる鐘の音がカラーンと都の空に鳴り響くのが聞こえた――。

 「行っちゃったね」

 「そうだな」

 わたしの横にヒルダが居る。大臣たちのようにソワソワすることなく、いつも通りの自然体だ。

 わたしの方が年上のはずなのに、何故だかヒルダには頭が上がらない。成人した大人の人間。確かに色々負けてるけど、わたしも伸びしろがある、はず!

 それに、アルの存在も可笑しい。1つのからだに魂が2つって有り得ない事だもん。

 時々入れ替わってるみたいだけど、アルは怖いのよね。品定めするみたいに、ジッと見てることがあるから。目が合っちゃうとつい逸らしちゃう。

 「今更だけど、残って良かったの?」

 「ふふふ。気にするな。どの道、外ではわれの【火魔法】は使えん。使って樹でも焼いてみろ、吾だけでなく皆まで奴隷送りだ。エルフの戒律が外様とざまに厳しいの変わっておらぬからな」

 その言葉に耳を疑った。

 「え、戒律って――」

 戒律と言う言葉は、エルフの中で普通に使う言葉だけど、他の人種には知られていないはず。それよりも、法律って言ってる方が多い。ご主人様みたいに……。

 「うむ。主君は法律って言ってたが、吾は昔、エルフと魔物を狩る機会があってな。そこで色々と聞いてただけだ。別に言葉が違うだけで、意味合いは然程さほど変わらぬようだからな。黙っていただけだ」

 「えっ!? それって、わざと黙ってたってこと!?」

 「そうなるな」

 胸の前で腕を組むから、わたしに無い胸の大きさが強調される。

 「何で!? ヒルダが説明してくれたら、もっと早かったんじゃ!?」

 「かもしれんな」

 「訳分かんないよ」

 「ふふふ。主君はああ見えて頑固でな。自分で納得せぬと動かぬ性分なのだ」

 頬を膨らますと、そう言ってヒルダが笑った。一瞬見惚みとれてしまう。

 ご主人様の周りは本当、美人ぞろいだ。エルフのわたしが言うのも何だけど、エルフでも目で追うくらいに綺麗な3人。街を歩いてた時、エルフの男たちの何人かが見てたっけ。プラムは可愛いが一番似合う。

 「へえ……」

 よく見てる、って思った。わたしは気付かなかったな。



 ……何だか悔しい。



 「何でも頭ごなしに言うとな、こう子どもがへそを曲げるように、少しだけ不機嫌になる。その顔を見るのも楽しいのだが、あまりすると吾が構ってもらえなくなるのだ。それならと思い言わぬことにして……ああ、注意せねばならん時は別だぞ?」

 そう楽しそうにわたしへ教えてくれるヒルダ。その顔を見ながら思う。

 何かあまりこんな話してこなかったな。寝てる部屋も違ったし、仲間外れにされてみるみたいで、やきもち焼いて何か壁みたいなものをわたしが勝手に作ってただけなのかもしれない。

 プラムは全然そんなこと無かったけど……。

 はあ。本当、自分でも面倒臭い女だと思うわ。

 「何かヒルダ楽しそう」

 「うむ。生きているという実感が味わえると言うものだ」

 「……ごめん、そこは何言ってるのかよく分かんない」

 「さて、おしゃべりはここまでだ」

 「あ、うん」

 ヒルダが話を終わらせた訳が目の前に居る。居るというか、近づいて来てる。確か、宰相様だ。わたしの父親の何倍も年を取った老人がゆっくりと近づくのを見ながら思う。

 ご主人様が言うには、カレヴィ殿下はもう別人だってこと。

 今の状況は、陛下だけじゃなくてこの謁見の間に居る者が全員人質で、わたしたちはご主人が逃げないようにするための鎖。

 カレヴィ殿下の動きを見てたら、嫌でも現実を呑み込まざるを得ない。



 何であんなに動けるの!?



 それに付いていくというか、上回る動きができるご主人様も大概だけど。わたしたちには無理。槍の一刺しで終わりよ。

 それに【転移魔法】? そんな魔法があるなんて・・・・・聞いたことない。

 ヒルダは驚いてなかったけど、見たことあるのかしら?

 『スルバラン嬢。そちらの婦人を紹介してもらえるだろうか?』

 『あ、はい。彼女はヒルダ――』

 宰相様にヒルダを紹介しようとして、名前を言い掛けたとこだった。

 『お初にお目に掛かる。われは、ヒルデガルド・セイツ・アイヒベルガー。宜しく頼む、ご老人』

 『っ!?』『ほっほっほ。まさか、これほど流暢りゅうちょうなエルフ語を話されるとは少々驚きましたな。エルフに知り合いが? ……アイヒベルガー?』

 宰相様よりも、驚いたのはわたしの方だ。

 握手はせずに、右の掌を胸に当てて小さくお辞儀ヒルダを見て思う。

 様になってるじゃない。マギーは王宮仕えの経験があるって聞いたことあったけど、そう言えば、ヒルダのことは聞いたこと無かったわね。

 「久し振りに思い出して、自己紹介はできたが、後はダメだな。すまぬが、後は通訳を頼む」

 自己紹介とは言うけど、発音も言葉の並びも完璧かんぺきだった。

 「う、うん。分かった。けど、エルフ語話せるんなら、話せるって言ってよね。『申し訳ありません。挨拶はエルフ語でできますが、後はわたしをかいして話して欲しいと言ってます』」

 丸投げして来たヒルダに、眉を寄せて軽く文句を言ってから宰相様に答える。

 『……』

 『あの、宰相様?』

 宰相様はわたしの言葉に反応しなかった。

 呼び掛けてもあごに手を当てたまま、床をジッと見てる。

 「ふむ。何か発音が間違っていたのか?」

 心配そうにヒルダが聞いて来た。いや、問題なかったわよ?

 「ううん。完璧だったわ。むしろ、わたしが聞きたいくらいよ」

 「ああ、そこの片腕殿下。聞き耳を立てているとこ失礼するが、良からぬ事を考えぬようにな? この首飾りハールは主従の証。われらが事切れれば、主君にはそれが伝わる。そうなれば主君らがここに帰って来る必要はなくなるぞ? 苦い薬でも飲んで、午睡ごすいをするくらいは時間が取れるのではないかね?」

 宰相様の挙動が可笑しいから、何か失礼なことしたんじゃないかって焦ってたら、ヒルダがカレヴィ殿下に失礼なことを言いだしたじゃないっ!

 幾ら中身が本人じゃないからって、目の前の姿は本人その者なんだからね!?

 王族に対する不敬罪って言われたらどうするつもりなのよ!?

 「ちょ、ちょっとヒルダ。何言ってんの!?」

 「ふん。主人が主人ならば従者も底が浅いものだな。あおったところで火はきんぞ? 俺もなめめられたものだ」

 『そうか! アイヒベルガー! "炎帝討伐"のおりに、勇者と共にいた魔導士でしたな! いや、しかし、あれから300年は経って……』

 「マリア。ご老人は何と言ってるのだ?」

 言いたい事だけ言って、完全にカレヴィ殿下の言葉をサラッと無視したヒルダがわたしに聞いてくる。何なのこの掴みどころのない振る舞い。

 わたしには、睨み殺せるんじゃないかってくらいの目つきでこっちを見るカレヴィ殿下が見えてるのに。何でそんなに平気なのよ!?



 ううっ、何か胃が痛くなりそう……。



 「ご老人って、ヒルダ、この方、この国の宰相様だからね!?」

 「ふむ。宰相か。代替わりをしていないのであれば……、サラッハ……サラッハカール殿か?」

 わたしも注意くらいしていいよね! と思って口を開いたら、この場に居る人の名前を誰一人紹介しても居ないのに、宰相様の名前を言い当てたじゃない!?

 『やはり、アイヒベルガー殿であったか!?』『ふえっ!?』

 噓っ!? 顔見知りだったの!?

 「その様子だと、間違いではなさそうだな。マリア、通訳を」

 「え、え、ええっ!?」

 何が何だか分かんないんだけど!?

 「お久し振りですね。あの時以来・・・・・・・・ですが、老けられましたな」

 『お久し振りです。あの時以来ですが、老けられましたね』

 あの時? 炎帝討伐ってこと? でもあれ300年くらい前の話だし、わたしもまだ生まれてなかった頃だよ!?

 『ほっほっほ。そう言うアイヒベルガー殿はお美しいままですな。若さを保たせる秘術があれば、教えを乞いたいくらいですぞ?』

 うん。人間が300年もこの若さでいるのは有り得ない。

 「そう言うアイヒベルガー殿は美しいままですね。若さを保つ秘訣が何かおありですか? だって」

 「いえ、本来であれば、あの日にわたしは死んだ・・・・・・・・・・・のです。今こうして居られるのは、女神ザニア様のお陰です。止まった時を動かし、つとめを与えてくださったのですから」

 『いえ、本来であれば、あの日にわたしは死んだのです。今こうして居られるのは、女神ザニア様のお陰です。止まった時を動かし、務めを与えてくださったのですから』

 わたしがそう訳すと、宰相様の細い目がクワッ開かれたの。この方でも驚くことあるんだ、と思ったのはここだけの話。でも、ヒルダの言葉をそのまま想像したら、ザニア様によって生き返ったって事?

 いやいや。【死者蘇生ができる魔法】なんて聞いたことがない。

 そんな魔法があったら戦争になるわね。

 『――使徒様』

 「待って下さい。わたしにその礼は不要です! マリア、止めてくれ!」

 『お待ちください! わたしにその礼は不要です!』

 ヒルダに促され、慌てて片膝を突こうとする宰相様の肩を押して立ち上がらせる。あれ? いま使徒って言った? ヒルダも使徒なの!?

 「使徒は、あなた方が雪毛ゆきげと侮った主君の方だ。あの方は九柱から正しく使徒としての務めを果たすように、神託オリーカルを賜ったのだから」

 『使徒は、あなた方が雪毛と笑ったハクト様です。あの方は九柱から正しく使徒となるように神託を授かりました』

 ん~ヒルダ、難しい言葉使い過ぎ。これで伝わるよね?

 『何と!? それは真か!?』

 『はい。わたしたちだけでなく、エリクソン司教やレンドル神殿騎士も神託が下った場に居られましたので間違いないかと』

 ヒルダを手で制して、わたしが説明する。

 『スルバラン嬢、何故それを王宮に伝えなかった?』

 いや、そう言われても……。

 『確かにお伝えはしませんでしたが、この場に居る皆様の反応を見ればそれも致し方ないかと存じます。ハクト様は雪毛の兎人ですから、使徒だと伝えたとしても、正誤を確認することなく不敬罪に問われたことでしょう。わたしたちが、それを避けたいと思うのも自然な流れかと』

 それとなく視線を聞き耳を立てている大臣たちに向けると逸らされた。

 はあ……。疲れる。

 『うむむ。そうは言うが、九柱の使徒は有史以来、初めてのことではないか? 兎人だ、雪毛だと言っている場合ではあるまい!?』

 『はあ。でも、ハクト様は面倒事がお嫌いですから、騒ぎ立てても無駄かと思いますよ?』

 何かもう説明するのが莫迦ばからしくなってきた。陛下だけでなく、自分もここで人質になってることを忘れてない? 暢気のんきすぎるでしょ?

 『しかしそれでは我が国の面子が……』

 その言葉にカチンと来たけど、グッと我慢する。今そこを気にする前に、陛下の事考えるのがあんたの仕事じゃないの!?

 「マリア、何を揉めておるのだ?」

 「えっと、ご主人様を改めて歓待したいという事かな? 使徒だし?」

 「ふっ。無駄な事だと伝えてやるがいい。主君は堅苦しい場所は嫌いだ。何かしら特権を与えて、自由にエルフの国を動き回れるようにするくらいの褒美を喜ぶはずだ。金にも住む場所にも困ってないのだからな」

 ヒルダの言葉をそのまま訳すと、宰相様は入り口がない壁の方にわたしたちを引いて行き、具体的にどうすればよいかとわたしたちに質問を浴びせ始めた。冗談じゃない。それくらいあんたの頭で考えなさい!

 その白髪頭と、しわは飾りじゃないんでしょ!?

 他の大臣は宰相に丸投げで、カレヴィ殿下の勘気かんきに触れないように隅の方でコソコソしてるし。近衛騎士たちはオロオロしてるだけ。

 本当、どうするの!? あんたたち雁首がんくび並べて国の何を決めてたのよ!?

 この国ってこんなに頭の可笑しい人の集まりが国を動かしてたのかと思うと、眩暈めまいがしたわ。国を出ようと思うエルフが居るのも納得ね。

 宰相様の話を適当に聞き、ヒルダに訳しながらわたしは、「あ~サッサとこの国から出たい」と思い始めていた――。





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