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第2章 巣喰う者
第284話 えっ!? シャドウさんや、あんたそれ喰うんかいっ!?
しおりを挟む「あの……ハクト殿」
「ん?」
迷宮を出たとこで、何かを思い詰めたような顔をしてたヴィクトルが、背中を向けていた俺を呼び止めた。
「迷宮で『夜になれば好きなだけ始末できる』と言われていましたが、何故お分かりになったのでしょうか?」
ああ、確かにな。何でそんな浮かねえ顔してたのか腑に落ちたぜ。
「ああ、あれね。単なる気紛れだって言うのは……無理そうだな?」
「……理由をお尋ねしても?」
あの時は話の流れで、【鑑定】や【識別】が使える者が居ねえから、正体が判らないって話だったもんな。
けどよ、他人様の能力を訊ねるのはマナー違反じゃねえの?
とは思ったんだが、ここは街中じゃなく砂漠のど真ん中だ。
そこまで神経質になることもねえか、と思い直して真面目に答えることにした。
「俺は【鑑定】が気紛れで使えることがあるのさ。能力はあっても自分の意思じゃ使えねえんだぜ? 可笑しな話だろ? んで、あの時は上手く【鑑定】が使えたってだけだ。任意で使えねえ能力なんだ。軽々しく【鑑定】が使えます、とか言えねえだろうがよ」
「……それで気紛れ、だと」
この程度で信じてくれと言うのも烏滸がましいのは百も承知だ。でも、不審に思われてるんだから下手に黙って何も言わねのも可怪しいだろ?
そりゃ「疑ってくれ」って言ってる様なもんだぜ。
「そう言うこった。ま、この話を信じるも信じないのも勝手だがな。話のついでだ。俺らは夜に湖の島に上がるつもりなんだが、問題ねえよな?」
左手の親指で"世界樹"を指す。
「はい。我らは"世界樹"の守り人ではありませんので、ご自由になさってください。ただ……。ただ、我らも同行させていただくことは可能でしょうか?」
「そりゃ構わんが、どれくらい毛虫が湧くのか見当が付かねえんだぞ?」
「ならば、ハクト殿たちの邪魔にならぬように対岸で見守ります。それくらいなら構いませんか?」
先を歩く嫁たちが立ち止まって振り返ってるのが見えた。俺たちの様子が可怪しいと思ったのかもしれんな。
「……好きにしな。ただ、灯りには気を付けろ? 卵を産み付けた親玉の蛾がまだここに居る可能性があるからな。灯りを点けてると襲われるぞ?」
「は、はい。注意します」
「良し、話は終わりだ。俺らは陽が落ちたら砂蜥蜴族の里側から島に上がる。村長に宜しく言っといてくれや」
短く話を終わらせ、背中越しに左手を振ってヴィクトルたちに別れを告げた俺は、不安げにこっちを見る嫁たちへにかっと笑って見せた――。
◆◇◆
夜空に双子月が浮かんでる。
フォルトゥーナに来てから馴染みの風景だ。
日本で夜空を見上げても月が1つしかなかったのにもう違和感がねえとは、可笑しなもんだぜ。
ヴィクトルたちと別れた俺たちは、1度、砂蜥蜴族の里に戻った。夜に備えて休むためだな。
その前に、鰐竜の肉と証拠の頭を里の者に渡しておいたぜ。プルシャンが意気揚々と皆の前で宣言して出てったからな。
プルシャンに恥を掻かせる気はねえよ。
「宴を!」みたいな流れになりそうだったから、さっさと家に帰ったぜ。
ああ、そうそう。さっぱりしようと思ってな。皆で一緒に家の風呂に入ったんだが、その時ふと気が付いたことを聞いてみたんだ。
プルシャンはよ、今の人の姿になる前は深淵の森の湖に棲む"闘魚"だったのさ。それも莫迦でけえな。
何が言いたいかって言うとだ。
湖に流れて来る昆虫や毛虫、はたまた魔獣を喰ってたんじゃねえの?
――って話だ。
迷宮で毛虫を見た時「ひぃっ」って完全に怯えてただろ?
即興で作った演技にしちゃ質が高かったからな。聞いてみたのさ。
そしたら、「分かんない」だと。笑ったね。そりゃ俺も分からんわ。
ただ、『魚だった頃の感覚は人として生活するには邪魔なものですから、人になった暁には、闘魚としての知識や経験を対価に年頃の女性としての感覚を与えましょう』みたいなことを俺が湖に来る前に言われてたんだと。
まあ、ノーリスクでハイリターンって言う旨い話がある訳もねえわな。あってもそりゃ詐欺だ。対価を払って人間らしさを埋め込んでもらったってえのなら、話は解る。
年頃の女って、きっとザニア姐さんの好みを押し付けてるんだろう。
何となくそんな気がする。
でもまあ、裏話を聞けてそれならって納得できたわ。
逆に、「あれ好物なの!」とか言ってあの顔で口から毛虫を食み出させたり、昆虫の足を食み出させたりしてたらドン引きだぜ。だから、可愛らしい反応で良かったと、今は思う。
んで、俺たちはそのプルシャンに【水魔法】の第8位階【水渡り】って言う所謂水上歩行できる魔法を掛けてもらい、島に渡ったとこだ。
俺の職業がもう変わりそうにないのもあってか、他人の職業なんて特に気にしてなかったんだが、「そう言えば」って感じで聞いてみたらよ。
5人ともエルフの王都でいつの間にか"職種替え"を済ませてたらしい。俺が神殿で女神像のお色直ししてる時だそうな。
ヒルダは魔法剣士見習いから魔法剣士へ。
プルシャンは魔法弓士見習いから魔法弓士へ。
マギーは影から戦侍女へ。
プラムは盗賊から拳士へ。
マリアは精霊使いから秘術使いへ変わってたわ。
何でも、レベルだけが"職種替え"の条件だと思ってたんだが、関係する能力も一定以上の熟練度に達してねえとダメなんだと。
ま、それもそうだな。レベルだけ高い奴が何にでもなれます、的な状態だと世の中が可怪しくなっちまうぜ。ただ、5人の職種は稀少職らしくてな。本筋からだと辿り着けないんだと、ヒルダとマギーが教えてくれたわ。
マギーとマリア以外だと、【〇〇戯】と言う能力の【熟練度】が最大値になってねえと【星天儀】っていう転職オーブに候補が現れないんだそうだ。
ヒルダなら【剣戯】。
プルシャンは【弓戯】。
プラムは【拳戯】だな。
それが転職で【剣技】、【弓技】、【拳技】になったんだと。
詳しくは聞かなかったが、肉体のレベル、特定能力の熟練度、その他色々な条件と偶然が重なって現れる――。
異様な気配に彷徨ってた思いが現実に引き戻された。
ゆっくり"世界樹"に歩み寄ってる最中だったのを忘れてたぜ。
月光に照らされた"世界樹"の根本で、影がもそもそと蠢いてるのさ。
「主君、すまぬ。あれは無理だ」「ダメダメダメ。ゾワゾワが止まらないよ。何であんなの食べれてたのか、分かんない」「申し訳ありません、旦那様。これ以上は近づけません」「わたしもあれは遠慮したいかな~~……。多過ぎだよ」「――(コクコクコク)」
プラムに至っては忙しく首を縦に動かすだけだ。
使い物にならねえって事か。
そりゃ俺もそうだぜ。俺が触りたくねえから嫁に行けって言うのも無理だろ?
んな事言ったら、俺があそこへ放り込まれるに決まってる。
俺らが立ってる場所から"世界樹"まで約135パッススはあるが、約67パッススくれえは毛虫で埋まってる状態だ。
正に毛虫の絨毯だぜ。
なので、久し振りに出番を与えることにした!
「【餓者髑髏】!」
ああ、マギーの職を聞いて「被っちまってるな」とは思ったさ。餓者髑髏に「名前変えるか?」って聞いてみたことがあったんだが、「嫌だ」って首を振られちまったからな。そのままなんだよ。
俺の呼び掛けに応えて、地面から身長約6.7パッススはある巨大な人型骸骨が現れる。
「シャドウ、悪いがあの毛虫を潰してくれるか? 俺らじゃ手に余ってな。それとあの莫迦でかい樹は"世界樹"って言ってな。あれを折らねえ様にするのが今回、俺らが請け負った仕事だ。だからよ、毛虫を潰すとき気い付けてくれや」
「オオオオ――ン!!」
俺の言葉に、餓者髑髏が月に向かって咆える。
いや、寝てた奴、起こしてすまん。
俺は心の中で頭を下げておいた。だってよ、咆えるとは思わねえじゃんか。
そして次の瞬間、俺たちは目を疑った――。
えっ!? シャドウさんや、あんたそれ喰うんかいっ!?
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