簡雍が見た三国志 ~劉備の腹心に生まれ変わった俺が見た等身大の英傑たち~

平尾正和/ほーち

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序章 気がつけば簡雍

帰還

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 長生が逃げてほどなく、役人に率いられた兵士が乗り込んできたので、袁紹を呼んでもらった。

「いやはや、災難だったなぁ子伯しはくどの」

 もちろんだが、袁紹には素性を明かしていないので、彼は劉備のことを青洲の王子伯だと思っている。

「もうしわけございません。このような夜中にお呼び立ていたしまして」
「なんのなんの。私で役に立つのなら、いくらでも頼ってくれていのだよ」

 しかし、夜中の呼び出しに応じてくれるとは、袁紹って意外といいやつなんだな。

「しかし、たまたま呼び出された邸宅で、人殺しに出会うとは、なんとも不運でしたなぁ」
「まったくです。このことが本初どのやそう部尉ぶいの迷惑にならなければいいのですが」

 曹部尉ってのは、北門の警備責任者である北部尉ほくぶい、曹操のことだ。
 本人を前に劉備は『部尉どの』なんて言ってたけど、本来役職に敬称はいらない。
 いってみれば『社長さん』とか『部長さん』とかいうニュアンスに近いんだろうな。

「なんの。あいつの職務はあくまで北門の警備だからな。町中の犯罪はまた別の管轄だ」

 この場に曹操が出てくると面倒なことになるかもな、と思ったけど、管轄違いの場所に顔を出すほど彼も暇じゃないらしい。

 それから十日ほど、なんども呼び出されて事情聴取を受けたが、鄧に呼び出されたことと長生を逃がしたこと以外、ほとんど事実しか話していないので、すぐに疑いは晴れた。
 犯人を逃がしたのではないかという嫌疑もあったけど、そこは張飛と長生がガンガン打ち合ったことが幸いして、襲われたのを撃退した、ということで納得してもらえた。

「本初どの、お世話になりました」
「いやいや、たいしたもてなしもできず、すまなかったな」

 洛陽に来て半月以上付き合っているあいだに、袁紹の態度も随分と砕けてきた。
 この国では長幼の序の教えが行き渡っているので、年齢による上下関係が自然にできあがる。
 袁紹は劉備より5~6歳ほど年上なので、少し偉そうなしゃべり方になっているけど、劉備は気にしていないようだ。

「また青洲から来い、とは軽々しく言えんが、縁があれば会うこともあるだろう」
「かさねがさね、ありがとうございます」
「だから気にするなと言っている。さぁ、門の外まで送ろう」

 袁紹の先導で門を出る。
 とくに取り調べもなく、すんなりと城門をくぐることができた。

「あの、曹部尉は?」

 俺も気になったところだ。
 曹操がいれば、鄧殺人事件について、ひと言ふた言文句を言ってきそうなものだけど。

「ああ、孟徳なら異動になったよ」
「異動? なぜまた」
「うむ、蹇碩けんせきのことがあってな」

 いまの皇帝、劉宏りゅうこうには何人かのお気に入り宦官かんがんがいる。
 宦官ってのは皇帝の後宮こうきゅうの世話をする人たちのことだ。
 後宮ってのは、ハーレムとか大奥みたいなところだ。
 女性ばかり後宮で悪さができないよう、去勢して職務に当たる。
 ただのお手伝いさん的なポジションのはずなんだけど、皇帝に近い場所にいるせいで、権力を得たりすることもままある。
 実際、いま現在も張譲ちょうじょうを筆頭にした宦官たちが、漢帝国を牛耳っている、なんていわれてるからな。
 ちなみにその連中は中常侍ちゅうじょうじという皇帝の世話役に就いていて、12人いるその中常侍を別名『十常侍じゅうじょうじ』なんて呼ぶんだとか。

「蹇碩は中常侍の職にはないものの、天子のお気に入りであることに変わりはなくてな。その親族もそれなりに幅をきかせていたのだよ」

 その蹇碩の叔父が、ある日夜間通行の禁令を破って北門を通った。
 その叔父を、曹操は法に則って罰し、棒打ちの刑罰によって殺してしまった。

「宦官どもはなんとか孟徳を亡き者にしようと動き回ったのだが、あいつに非はない。まぁ祖父の威光もあって、張譲も下手に手を出せなかったのだろう」

 曹操の祖父は曹騰そうとうといい、先代の桓帝かんていお気に入りの宦官だった。
 いまは引退しているが、それでもいまだ後宮にそれなりの影響を持っている。
 張譲や蹇碩、そして曹騰のことを話す袁紹は、面白くなさそうな顔をしているので、彼は宦官が嫌いなんだろうな。

「どうにも罰しようがない、しかし曹操を洛陽から追い出したいと思った張譲は、結局あいつを栄転というかたちで頓丘とんきゅう県令けんれいにしたのだ」

 県令ってのは、市長とか町長くらいに考えとけばいいのかな。
 警備主任から市長ってんだから、やっぱ栄転だよなぁ。

「そうですか。最後にごあいさつをしたかったのですが……」

 そう言って残念そうな顔をする劉備だけど、内心ほっとしてるにちがいない。

「まぁ孟徳には私からよろしく伝えておこう。もしなにか困ったことがあったら、豫州よしゅうの袁家を頼るといい。では、縁があればまた会おう!」
「このたびは、本当にお世話になりました」

 洛陽に背を向け、歩き始める。
 帰りに、近くの村に預けてある馬車をひきとらなくちゃな。
 はぁ、またあの地獄のロードが始まるのか……。

「いいやつだったな、袁紹」
「そうだな。御しやすくはあったかな」

 穏やかな口調でそういうことをさらっというから、こいつは怖いんだよ。

「だが、もう会うこともあるまい」
「どうかな」
「偶然会うことはあっても、世話になるようなことはないだろう」

 そういうのを、俺の時代じゃあフラグっていうんだぜ?
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